≪Chapter 11≫
part of me
『相手の幸せを願えないなんて
本当の愛じゃない』
『自分の想いを押し付けるだけなら
子供と変わらない』
安全な場所でなら何とでも言える。
まったく関係ないところでなら
どんな綺麗ごとだって、吐ける。
でも、現実はそうじゃない。
もう、わかっているのに……。
*
バスケ部の練習の後、俺は宮城に連絡をした。「ちょっと付き合え」と、半ば強引に約束を取り付けたのだ。電話口では散々、文句を垂れていた宮城だったが俺の住む最寄り駅まで来てくれると言った、宮城の口を尖らせているであろう表情を思い浮かべて鼻先で笑ってしまう。
駅前に到着してホームの外、防護柵に腰をかけて携帯をいじっている宮城を見つけてプップ!と軽くクラクションを鳴らす。すぐに顔をあげて、キョロキョロとあたりを見渡したあと、俺の車に気付いてタッタッタ、と軽い足取りで駆け寄ってくる高校時代の後輩。
「お疲れース」
言いながら、当たり前のように助手席に座った宮城を見た時、やはり反射的にどんな人でも助手席に乗るもんなのか?と以前勝手に助手席に乗り込んできた、元婚約者の姿が不意に頭をよぎる。
「お疲れさん」
それだけ返して俺は車をとりあえずあてもなく流し出した。「なに食べに行くンすかー?」と、宮城は晩飯に誘われたとでも思っているのかいつもの調子で携帯をいじりながら運転している俺に問う。なにも答えない俺を不審に思った宮城が、チラと携帯の液晶画面から視線を俺に向けたのが目の端に映った。
「三井サン?」
「……」
「おーい」
わざとらしく、片手を口の横に当てながら言う宮城を俺は一瞥する。
「うっわ、目つき!」
「あ?」
すぐに正面に向き直った俺が不機嫌そうな声でそう返すと「悪すぎ、アンタの今日の目つき」と無遠慮にもこのイケメンを前にして、蔑んでくる始末。
「……うっせ。いつもこうだ」
「まあ、目つき悪いのは否定しねースけどねー」
「……飯は、また今度な」
言った俺の言葉にはじめこそ「え!腹減ってんのに」と文句を垂れた宮城だったが、俺の様子を見て、なんとなく何かあったのだろうなと悟したのか、そのあとは口を噤んでいた。
この時間でも開放されているであろう海水浴場に向かう途中、宮城が出し抜けに言う。
「あ、コンビニ寄ってもらっていい?」
「あ? コンビニ?」
「そ。お願いしまーす」
言われるがまま目の前の信号を超えた先にあるコンビニの駐車場に停車すればすぐに車を降りて行った宮城が、五分ほどで戻ってきた。見ると、手にはビニール袋が持たれている。車に乗り込んだのを確認して車を発進させれば袋の中からおにぎりと焼きそばパンを取り出して奴は断りもなく助手席でそれを食い始めた。
「ハイ」
言われてチラと見れば、「三井サンのね」と、言って、中央部分のドリンクホルダーにエナジードリンクを置かれた。
「さて、聞きましょうか」
「……あ?」
「センパイの恋バナっ♪」
思わず面食らって俺は情けなくもふはっと笑ってしまった。そのまま解放されている海水浴場の砂利で出来た駐車場に車を停める。目の前の黒い暗闇の中、海があたり一面に広がっている。
俺がゆっくりとした動作でシートベルトを取っ払って「はあー」と、溜め息をつきながら椅子を倒して寝そべれば、宮城は「おっさんみたい」と揶揄う。そんな宮城もシートベルトを取っ払ってドリンクホルダーに置いていた自分の分のペットボトルのコーラを飲んでいた。
「なんか、大学生みてースね。夜の海にドライブなんて」
俺は寝そべったままで両肘で目元を覆うようにして無言を貫く。
ややあって宮城が「なに、あったンすか」と、落ち着いたトーンで問う。俺はそのままの体勢でいつもより更にトーンを落として言葉を紡いだ。
「お前から……電話あった日」
「電話? あー、はいはい」
「アイツ、藤真と会ってたみてえなんだ」
ぽつぽつと低い声で言った俺の声はしっかりと宮城にも聞こえていたようで奴は「ふうん」とか言いながら小さく何度かうなずいていた。
「駅から出てきたアイツ見て……あ、やべえって思った」
言った本人がその台詞のあと、心臓がぎゅっと締め付けられる気持ちになって吐きそうになる。
「え? やべえ、って?」
「ああ。同意のうえか、無理やりか」
「ん……?」
「どっちかは聞いてねえけど、一線……超えたんだろうな、って思った」
「え。」
宮城の低くて重い声が車内にえらく響き渡る。しかし俺は宮城を見ることなくそのまま続けた。
「けどよ、お前から聞いた話だと泣いてたって、助けてって、言ってたみてえだって」
「あーうん。そう、助けてって言ってた、よ?」
「だから、後者だろうなって頭では整理しようとしたんだ」
「後者って……無理やりってこと?」
「そ。でもよ、アイツを目の前にしたらなんか、パニックになっちまってよ、こっちが」
「そりゃなるっしょ〜そんな冷静になれねーって普通は……」
そう言って、宮城もその先の言葉には詰まってしまったのかしばらく無言になったあと「ええ、マジかぁ」とかなんとかボソボソ呟いて困惑している様子だった。
「……付いてたんだよ、」
「へっ……? なにが?」
刹那、ゆっくりと起き上がって俺は、運転席のシートを戻した。宮城がそんな俺の動向を、目で追って来る。
「——ここに。」
俺は自身の鎖骨付近を中指でトントンと叩く。
「ん?ここに、って……なに?」
「痕だよ」
「あと? って……?」
「キスマーク!だ……っつの、普通わかんだろ」
「え……!? マジ?」
宮城は漫画みたいにして、左手でパーを作って口の前にあてがい間抜けなツラを晒した。藤真が社長を務める会社で彼女が働き始めた事は宮城もすでに知っている事実だった。彼女が夜遅くまで仕事をしていたり休日出勤が増えたお陰で最近よく宮城と会ったり飲みに行く回数が増えていた。だからある程度はこいつにも話していたので水戸の前で飲んでくだを巻いたときと同様に、彼女の気持ちが、藤真に向いているかも知れないという話も宮城は知っている。
「てか、さ……?」
「……あ?」
「なんか、三井サン変じゃね?」
「あ? 変って、なにが」
宮城は「んー」とバスケ部の元マネージャーのそれみたいに人差し指を口元に当てて、なにかを考えるみたいに車内の天井を仰ぎ見る。
「いつもならさ、おまえ藤真となにしてんだー!みたいな?」
「……」
「もうそんな仕事なんてやめちまえー!って騒ぎ散らして喧嘩して名前ちゃんが彩ちゃんのとこに逃げ込んできてさ?」
「……、」
「アンタも俺とか水戸に促されてハイ!仲直り〜チャンチャン♪って、なりそーなモンなのに」
宮城の言っていることは、90%正しい。確かに普段の俺なら怒りにまかせていつもの如く彼女とガチンコでぶつかって、言い合って話し合って。そして、後腐れのないように解決策を導き出して仲直りをしていたはずだった。
「あ、わかった!なんか俺にまだ言ってねーことあるっしょ?」
こう見えて、宮城は目敏い。あの水戸には少々劣るが昔から勘が鋭く鼻が効く。そして冷静だ。すくなくとも俺なんかよりは。童貞のくせして。ムカつく。
「——実は……よ、」
「はいはい?」
「名前が今の会社、藤真の会社に……面接行った日、な?」
「うんうん?」
「みょうじと会ったんだ。コンビニで偶然ばったり」
「……ん? みょうじって? 誰、それ?」
「……みょうじ、なまえ。」
宮城は少し考えたあと「ああー」と思い出したように緩く声を漏らした。そうしてさっさと先を言えと言わんばかりに「で?」と、促す。
「ああ、早い話が……キス、された」
「へえ〜、って、え!?」
「したんじゃねーぞ!?されたの!無理やりな。ったく、油断も隙もあったもんじゃねえっつの」
「え、え。待って。え、何で?どーいうこと?」
「駅まで送ってってくれって言うから、仕方なく乗せたんだよ。んで降り際に、無理やり」
不服そうに唇を尖らせて言った俺を見た宮城のゴクン、とコーラを飲み込む喉の音が聞こえた。
「最初で、最後だ……とか言ってよ」
「——は?最初で最後って……え、アンタ……」
「ああ。間違ってねえよ。本当にそうだからな」
「へえ〜。やっぱ��そーいう�♀ヨ係性だったんだ三井サンたちって……」
宮城は感心してるんだか引いてるんだか驚いてるんだか、よく分からない表情で正面の海を見ていた。そしてやや続いた沈黙を先に破ったのは、宮城のほうだった。
「え、もしかして……」
「ん?」
「アンタ、それが原因で名前ちゃんが藤真と浮気してるとでも思ってンの?」
「あ? ああ、まあ……」
「ええー!?乙女ぇ、ウブぅ……」
「うっせーな。だってよ、それ以外、見当もつかねーだろうが」
宮城は「てか、真面目だよね三井サンって」と付け加えて何がおかしいんだか、一人でツボってハハハッ!と、しばらく楽しそうに笑っていた。
「チューなんてさぁ犬とでも猫とでもすんのに」
「……っ」
「しかもよくわかんねーけどさ?かすり傷みたいなもんじゃん?触れるだけのやつなんて」
「……、」
「あー、かすり傷にもなんねーか。蚊に刺された程度だって、不意打ちのチューなんてさ。名前ちゃん、気にしてねーと思うけどなぁ」
「……そう、思えねえんだよ」
「え?」
俺がハア、と溜め息をついて宮城が買ってきてくれたエナジードリンクの缶をプシュと開ける。それをひと口飲んで、ぼうっと正面の海を眺めながら言った。
「相手によるだろうが」
「あー、まあ……ね?名前ちゃんと水戸だったらやだもんね?」
「……チッ。俺のキスした相手が、元婚約者とかじゃなくて、これが仮に彩子とかよ?」
「え、待って!タンマ!それはヤダ。ムリ。」
「チッ、めんどくせーな。じゃあ、赤木の妹でもいいわ」
「え、晴子ちゃんかわいそ。まぁはい。んで?」
「そーいうのだったら分かっけど……確実にキスした相手が悪ィって今回のは」
「まあ……そっか」
「名前が一番気にしてる相手っつーのがまずかった気がしてる」
宮城は「うーん」と納得のいっているような、いっていないような相槌を打つ。「ほんと、気にしてねえと思うけどね」とか言いながら。
宮城は残りのコーラをぐびっと飲み干したあとキュと蓋をしめてなぜかダッシュボードのほうに空のペットボトルを放り投げやがった。その行動にじゃっかんイラっとしたが俺はその空のペットボトルに手を伸ばして取り、後部座席に投げた。
「てか、ちゃんと名前ちゃんに説明済みなんでしょー?なんでチューしちゃったかって経緯とか」
「ああ、言った」
「じゃあないと思うマジで。気にし過ぎだって」
「……でもよ、」
「はい?」
「じゃあ、なんで……藤真なんかと……」
宮城が途端に黙り込むので、また俺の中にぐるぐると、黒い何かが蠢いてくる。空気を入れ替えようとウイーンと静かに運転席の窓を開け放てば風に乗って届いた潮の香りが車内に広がる。その波の音を聞き捨てて、ぽつり、俺はつぶやいた。
「名前に……ひどいことしちまった」
「ん? ひどいこと?」
俺は運転席の窓の縁に右肘を乗せて視線を斜め下に落とし込み、独り言のように零した。
「危うく、殺し掛けた——」
「え。」と、俺のほうを勢いよく見た宮城。
動揺に付け加えて幻滅しているであろうその声色が俺の荒んでいる心に深く突き刺さる。俺はぐっと奥歯を噛みしめて、ただただ俯くしかなかった。
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