なぜか途中スーパーに寄らされ大量に買い込んだ食品を持たされた。
 夜もとっぷり更けた頃、新しくもなく、古くもない、大きくなければ小さくもない、そんなアパートへ辿りついた。

「私のほうが年上だけど、なまえって呼んでくれていーよ」

 なんてこれまた上目づかいで言われながら彼女はガチャリと色んな種類の鍵のついたキーケースから一本を選んで、それを鍵穴に入れて回した。

「汚いとこですけど、どうぞー」

 彼女が俺に先に上がるよう促す。俺は「お、おじゃまします」なんて、ちょっと、緊張しながら言って中に入る。
 やっべー、女の家に上がるとか……二軒目だ。親が知ったら誤解されそうだよな。そもそも——��アイツ�≠ェ知ったら、殺されそうだ。

『寿が他の女の家から出てきたー!いやー!寿のスケベえっちアンポンタン!』

 って言われそうだよな。あーやべえ。やっぱりウケる。そう言やアイツ、元気にやってっかな。

「ん……?」

 そんなことを考えながらも足を踏み入れてふと異変に気づく。玄関にあるスニーカー、その隣にある皮靴。どこかで見た、この真黒な男物の靴。そういえばここ……すっげー、煙草臭くねぇか?
 俺は台所へしゃがみ、買ってきたものをちゃっかり冷凍庫に入れながら、そんなことを思った。後ろで彼女が「ありがとー」なんて言っている。
 そういや表札見なかったけど、いや表札なんてなかった気がする。

「これで帰るのもあれだし、よかったらお茶とか飲んでく?」

 彼女は戸棚を開きながら言う。何にも答えない俺に違和感を感じたのか振り返って彼女は気まずそうに俺に問う。

「あ、門限やばい?」
「ここって……アンタん家か?」

 空気も読めないバカな俺は今までと何等関係のない話題を持ち出す。
 たったいま感じ取った不信感。彼女は一瞬目をぱちくりとさせて当たり前かのように言い放つ。

「ううん、今は臨時で洋平の家だよ?」

 なんて。へらりと力のない笑みで言ったのだ。やっぱり……水戸とそっくりな表情で。

「…………。」

 待て、待て待て待て。勝手に、こいつの家だと思い込んで来たぜ?ああ、そりゃこいつら、つき合ってんだしお互いの家くらい行き来してたって別に——つか、臨時って? なんだ、臨時って。

「あ、でも言っときますけど私、洋平の彼女とかじゃないからね?」

 ——え?
 俺が冷凍庫を閉めて立ち上がり、次は冷蔵庫、とか思った時だった。「よく誤解されちゃうんだけどね」と、そんな言葉が耳を通った。

「……つ、つき合って、ねーの?」
「え? うん。だって……」
「……」
「姉弟だもん。腹違いの」
「——!?」

 見つめ合って固まっている俺と彼女。ややあって俺が我に返ってきたとき俺はもう一度目をぱちくりと瞬かせる。

「ウソ。」
「……は?」
「親戚なの。洋平の世話してたのって、ほとんど私の両親だったからねー」

 「私の親お店やってんの。今度みんなで食べに来てね」なんて言いながら彼女は俺に麦茶の入ったコップを手渡す。そして自分の家で寛ぐみたいにして床に寝転ぶ。んでもってオッサンみたいにリモコンでテレビをつけて野球中継を見始めた。
 立ち尽くしている俺をチラと一瞥しただけで、彼女の視線はまたテレビへと向けられた。テレビからは『ツーアウト満塁です!』という実況アナウンサーの声が微かに聞こえてくる。

「——洋平さ、」

 オッサンみたいな体勢のまま、彼女が視線を、テレビに向けたまま話し出した。

「あの子、いろいろと家庭環境が複雑でね」
「……」
「すっごい荒れてたの」
「……」
「中二?の頃だったかなぁ一番ひどかった時は」

 とか言いながら、彼女が起き上がってあぐらをかく。しかし彼女の視線は、テレビに向けられたままだった。

「中三の時かな。花道に会えてなかったら洋平、自殺してたかもしんない」
「え……。」
「それくらいあいつの存在は大きんだよ。あの子にとって」
「……っ」

 俺は気づけばなぜか奥歯を喰いしばっていた。

「体育館での暴行事件?三井くんを恨んでるとかそーいうんじゃないからね?」

 俺は歯を喰いしばっていた力を自然と緩めて、微かに眉間に皺を寄せたまま彼女の方を見やる。

「花道の居場所。奴のバスケットって居場所を、守りたかっただけだと思うの」
「——、」


『 もうバスケ部には関わらないと言え 』

『 この体育館には二度と来ないと言え 』


 俺はあの日の水戸の言葉が一気に蘇って来て、過去を思い返すように、無意識に目を細めた。

「だから今回はその相手が偶然、三井くんだったってだけ」
「……」
「相手が誰でも同じことしてたから。あの子達の場合」

 そのまましばらく沈黙が続いた。テレビからは『ホームラーン!』と言うアナウンサーの甲高い声が虚しくも、狭い室内に響き渡っている。

「あの子さ、多分ね。これは私の勘なんだけど」
「……」
「純粋で真っ直ぐできれいなものとか苦手なんだろうな〜って」
「……は?」
「三井くんって��そっち側�≠フ人でしょ?」
「………、——いや。」

 ようやくはっきりとした言葉を発した俺に彼女は驚いたのか反射的か少しだけ目を見開かせた。

「俺は、荒んでる。真っ黒に。」
「……」
「汚ねえ——もう、昔みたいには戻れねえのかもって、思ったりしてる」

『九回サヨナラホームランです!!』というアナウンサーの声になぜか思わずふたりしてテレビのほうに視線が向いた。

「すっごいねー。サヨナラホームランだって」
「ああ、みたいだな」
「こーいう世界にいるんでしょ?花道も……三井くんも」
「え……」

 彼女はあぐらをかいたままテレビを指差して、そんなことを飄々と言ってのける。その姿さえもなんとなく、水戸を彷彿とさせた。

「ちょっとくらいねぇ〜、陰があったほうが男はかっこいいから」
「……」
「いつか分かるよ、あんな道を歩いたのも、俺の人生に必要だったんだーって」
「……」
「陰がある人って、魅力的だよ?人間らしくて」
「……」
「ほらー、花道みたいな感じでさっ!」

 ニと笑った顔にやっぱり水戸の面影を感じた。アイツのこんなツラ、見たこともないのに——。

「いやぁ……」
「ん?」

 俺は後頭部に手を当てて、顔をそむける。

「あのバカと一緒にされんのは……ヤダわ。」

 きょとんとしたあと彼女はハハハ!と笑って、「たしかにっ!」と言うと、うんうんと、何度もうなずいていた。やっぱり水戸のような雰囲気を醸し出して。


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