後悔なんてしていない、ちっとも。
だけど、こうなるって知っていたから
嵌りたくなかったんだ。
きっと、
��好き�≠ニ��さみしい�≠ヘ
比例するもの——。
*
くちびるが離れてもキスをしているときの熱や一体感は、見つめ合っている間も続いていた。
どきん、どきん、どきん、と鼓動が激しくて、鼻腔で呼吸するのがつらい。
口から息を吸って吐くと、はあ……はあ……と呼吸音が洩れた。過剰に興奮しているのがわかって、とても苦しくて、そして、恥ずかしい。
寿は鋭い目をしていた。視線が私の顎に下り、また、瞳に戻ってくる。私の状態を観察している目。それは微かに、軽蔑しているようにも感じられた。
「……名前」
すう……と、彼の鼻腔が匂いを嗅ぐ、長い音がした。私の吐息を吸ったのだ。
「名前……」
もう一度。痺れるように苦く、低く甘くて掠れた声。くすんだくちびるがそう呟き、ふわと私のくちびるに帰ってくる。
「好き、だ」
ああ、寿……。
髪をやさしく撫でる手が力を持ち指先が地肌を探る。頭を手のひらで一掴みにすると、彼は私をソファの背もたれに押し付けた。体が背もたれのクッションと彼の圧し掛かる厚い胸に挟まれる。顎を支えていたほうの指がしなやかに私の首筋をなぞり、鎖骨と鎖骨の間のくぼみで止まった。
どっくん、どっくん、どっくん、と太い血流が彼の胸を叩いている。圧し掛かられた私の太腿に彼の硬い腹部が触れている。その下——さらに、ウエスト部分のすぐ下が、彼のスウェット越しに硬く太くなっていて私の内股の柔らかいところに食い込んで痣ができそうなほどだった。
彼の怒張を感じるだけでぞくぞくと体が震えて声が洩れそうだった。くちびるが、ふやけそう。
互いのため息が湿度になって、くちびる同士がしっとりとなめらかなキスになる。丁寧で、やさしくて、すこしだけ激しい。キスというよりも、くちびるで、気持ちを伝えられているような気分だった。——あ、きもちいい。
ひくりと彼は顔を険しくさせた。むさぼるようにキスしていたのを突然やめたその顔に、冷静の波が一気に返ってきたようだった。
「……ひ、さし?」
「……」
「……ね、ねえ……?」
私をじっと見下ろしながら彼が、べつのことを透けて見ていることがわかる。白昼夢を見ているような、なにかに深く絶望したような、そんな、暗い目をしていた。
くちびるに灯ったキスの温度が拭われたようにさっと冷えていく。眉間に皺を寄せて彼は奥歯を噛み締めた。
「寿、」
「……」
「……寿、大丈夫……?」
「……あ、ああ……。」
「寿……」
「……っ」
くっ、ときつく目を閉じて二秒し目を開ける。そのときには冴え冴えとした、冷静な瞳に戻っていた。
寿は私から体を起こし立ち上がるとソファから離れて、部屋の窓べで立ち止まった。ぞっとするほど近寄りがたかった。
「寿……、」
「……」
なんで、どうして——。
力なくうつむいて私は乱れたシャツを正した。
「……なにを、考えてるの?」
「……」
さっきまで、体温まで一緒で、ぴったりと同じ気持ちだったのに。いまは触れられないし、以前以上に赤の他人に見える、その背中。
「——やっぱり、信用できねえ」
「え……」
「お前はまた、俺を棄てるんだろ」
「そんなこと、ないよ……?」
私は素早く口を挟んだ。それ以上のことを彼に考えてもらいたくなかったからだ。
「どうして、そんなこと言うの?」
「じゃあお前は……仕事を辞められんのかよ」
シンと静まり返ったのは私の胸の動悸だったのかもしれない。彼は振り返り、私を見た。疑いを孕んだ、きびしい眼差しで。
「どういう……こと? なんで、辞めないといけないの?」
「……、」
「……」
「辞めんのか、辞めねえのか」
この人は何を言っているのだろう。さっきまであんなに必死にキスをしていたのに。心が繋がりあっていると、思ったのに。
「……辞めない」
「……、見ろ。」
「……」
「お前は……いっつもそうじゃねーか」
辞めたらきっと寿こそ私に興味を失くすんじゃないの?なにも持っていない私のことなんか……そう言いたかったけれど何も言葉が出なかった。なぜこうなったのか、ひとつも状況が把握できていないからだ。わかるのは、たださっきともう、様子が違うこと。そして——もう戻らないこと、だった。
「もういい。 風呂……入ってこいよ」
「……」
「……」
「入るよ——言われなくても」
ガバッとソファから立ち上がり早足で脱衣所に向かって扉を閉めた。
扉の向こう——彼の、冷たいままの温度を感じながら涙も出ないのに顔を擦った。いっそ本当に涙が出てくれればいいのに。さっきまで、幸せで息苦しかったのに、いまは心がバラバラになったようだった。
寿はたしかに『好きだ』と言ってくれた。だがそれは彼にとって��責任�≠ナしかないのだ。
幼なじみの��責任�∴齒盾ノ居る��責任�″Dきでいることへの、責任——。
「……っ」
お腹が痛い。すごく痛い。くちびるに触れると冷たくて、硬く強張っていた。
寿はわざと、私を試しているのだろうか。私を責めるようでいて、何かと戦っているように見えた。まるで自分を、いじめているみたいに……。
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