昨日は夜から雨だった。次の日になっても雨は止まずようやく今になって落ち着いたと思ったら昼になっても、鬱になるような暗さ。太陽が出ていないと不満に思うのは、人間なら当然だろう。
昼休みになり彼女からの返信もないので、俺は購買へパンを買いに行った。適当に、6コくらい買うか、的な事を考えながら。部活が終わっても食うからって謎の言い訳を頭の中で浮かべながら辿り着いた先で、幼馴染の彼女の姿を発見した。しかも男がおまけ付きで。しかも、しかも相手があの��水戸洋平�≠セったという悪夢。
「……んじゃ、お二人さん。俺はここで」
「うん。バイバイ、水戸くん。また放課後ね!」
「シッシ。早く行っちまえ」
邪魔者をなんとか追い払い結果、彼女と一緒に屋上で食う事になったので二人で屋上へ向かう。途中、彼女の担任のセンコーと鉢合わせになり、そのまま彼女は、呼び出しをくらってしまった。
担任と一緒に職員室へ向かってしまった彼女を見送り、袋を手に持ち廊下を歩いていると中庭のベンチである女子生徒の姿を見つけた。俺は思わず、来た道を数歩下がって立ち止まる。
「……」
あれって確か、水戸の女だよな?赤木の妹とか彩子とかバスケ部以外の女子とは話す印象のないあいつが唯一、一緒にいることの多い女子生徒。
他人に無関心な俺でも水戸とあの女のツーショットをよく目にするくらいだから結構一緒にいるんだろうな、と思う。
「……に、しても。この天気に一人かよ」
彼女は俺と同じように購買で買ったらしいパンを頬張っていた。すると電話がかかってきたようで、すぐに着信を取って話し出した彼女は、妙に神妙な面持ちだった。
「……ま、俺には関係ねーけど」
次の時間は体育だし、着替えなきゃいけねーし教室戻らなきゃな、と思いつつも俺の足は中庭の向こう側のベンチへ向かっている。
自分のこういうところが好きになれない。でも直すこともできない。だって、気になる事は気になる事だ。なので、もう開き直る。
そんなに距離が空いているわけでもないので、よく通る彼女の声は俺の耳にもしっかり届いた。俺は袋から焼きそばパンを取り出しかぶりつく。紅生姜がグッド。焼きそばパンのメインって絶対に紅生姜だよな。こいつが主役だ、間違いない。
いくらか時間が経過した頃、彼女は腰を上げ、中庭から出て行った。俺は、中庭のガラス張りの窓を開けて出ていくその様までしっかりと見届けドアが閉まったのを確認して無意識に「はぁ」とため息をつく。
「……ん?」
そしてまたふと扉に目を向けると行ったはずの彼女がまた姿を現した。キリキリと特徴的な扉の音が響いて彼女が入ってくる。そして間違いなく俺の方に向かって歩いて来た。反射的にひとりでふっ、と笑ってしまった。
「よぉ、水戸の女だろ?」
「……」
俺が手を上げると目の前で立ち止まった彼女が眉間に盛大な皺をよせて、俺を睨んでいた。
「……ンなに睨むなって」
「ずっと見てましたよね?ストーカーですか?」
「何の得があってお前にストーカーすんだよ。」
「……売店でも、割り込んできましたもんね。」
乱暴な言葉とは裏腹に、彼女は背を丸くした。俺は自分がうろたえてるのがわかった。自分から聞き出しておいてなんてザマ。これだから自分を好きになれない。
すう、と匂いが鼻腔をかすめる。やっぱり……ビンゴじゃねーか。だってあの野郎と同じ匂いがするぜ、こいつ。何か、同じような香水の匂い。
「私、洋平くんの彼女じゃないですけど」
「え!? お前ら、付き合ってねーの?」
「……」
「まぁ、とにかく座れって。立ち話もなんだし」
「別に、何も話すことなんてないですけど……」
「いーから。な?座れ」
「……5分、だけなら」
彼女がため息交じりに言った。俺はおぅと軽く返す。条件反射で鼻で笑ってしまったのが不快だったのか彼女はチッと舌打ちして目を反らした。俺は腕を組んで今度は眉をハの字に下げる彼女を見上げる。すると、観念したのか彼女が俺の隣に腰を掛けた。ちょっとだけ、距離を空けて。
普通に考えれば下級生なわけだし、一応、言う事は聞いてくれるらしい。そこまでワルでもないみたいだからな。あの、野郎軍団とは違って。
「あの、三井先輩の彼女って……」
彼女は腹を括ったのか、神妙な面持ちで、そう呟いた。しかし、ため息を一つ吐き、先の言葉を飲み込んで目を瞑った。なので、俺からその先を繋いでやることにする。
「——俺、あいつと幼馴染なんだよ」
「え……?」
「マジで物心ついた頃からずっと一緒で、中学で父親の仕事の関係で、神奈川離れてたんだよな」
「……え、じゃあ三井先輩を追って、湘北に?」
「さぁな。そーいうわけじゃねーだろうけど……家から一番近いからじゃね?湘北なら公立だし」
ここで、そう言えば、なぜ湘北を選んだのかを聞いた事はなかったな、という事を思い出した。今度、直接あいつに聞いてみよう。
「ずっと両思いみたいなもんだったんだけどよ」
「は、はぁ……」
「まあ、ようやく付き合った?みてーな感じ?」
「そ、そうですか。それは……その、おめでとうございます」
めちゃくちゃ顔に出るタイプのヤツだな……。まるで、宮城の野郎みたいに「めんどくさ」っていうのが、前面に出ている。俺は気を取り直して少し声のトーンを上げて続けた。
「だから、おめーの男にもう俺の女にちょっかい出すなって言っておけって忠告しようと思ったんだよ、さっきお前を見つけたとき」
「いや、そんなん仮に本当に私と洋平くんが付き合ってたとしても、本人に言ってくださいよ」
彼女は心底呆れた様子でそう言い放った。俺はガハハ!と笑う。そんな俺を彼女は、怪訝そうな顔で見つめていた。その顔が水戸を彷彿とさせてちょっとだけ、イラッとした。言わないけど。
「まあ、それは冗談だとしても。マジでアイツ、女いんのに見境ねーなって思ってよ?ちょっと、お前が心配になったっつーか」
「え……」
「アイツ、そーいう奴だから、知らねーけど。」
「……」
「彩子とかにもあーだからなぁ。宮城もうるせーんだよ、毎日部活中とか。ほんとめんどくせー」
「……、」
「とにかく。そーいう奴だから、気にすんなって言おうと思ってよ」
「……はは、参っちゃうなぁ」
彼女は黙って聞いていたが急に自嘲するようにため息混じりに笑って、そう、ぽつりと呟いた。
「三井先輩も三井先輩の彼女も、めちゃくちゃ、優しいんですね。いい人すぎて疲れませんか?」
「へ?」
「私、先輩の彼女に、助けてもらったんですよ」
「は?」
突然、なにを言い出すのかと思えば、まさかの言葉が降ってきたので俺は何のことだろう?と、必死に頭の中をフル回転させる。……が、全く、見当もつかない。本人からこいつと接触があったなんて、聞いていなかったから。
「先輩の彼女と後日、廊下ですれ違った時お礼を言ったら、三井先輩の彼女、言ってましたよ?」
「な……、何を」
「人に見返りを求めてはいけないって好きな人に教わったって」
「……」
「見返りを求めずに人を助けろって、教わったんだって。だから気にしないで、って……。」
俺は何も言い返さなかったけど、内心驚いていた。俺の言った事をちゃんと覚えていて、しかもそれを考えて、行動に移してくれたんだなって。
不本意ながら、嬉しくなった。目の前の彼女の今のテンションを見たら、不謹慎すぎるかもしれないので、喜びが顔から溢れ出ないように必死に押さえ込んだけど。
「悲しい、事実なんですけど……」
「あ……?」
「私の好きな人には、好きな人がいて、」
「……は?」
「その好きな人も私は好きな人で。うまくいくといいなぁって」
「……。」
俺は食べ終わったパンの袋を結んで購買の袋の中に投げ入れた。残りは、あと二つだ。
急に隣で彼女が黙ったから、俺は彼女を見る。するとそこには、今にも泣きだしそうな目をした彼女がいた。いくら他人に無関心とはいえ流石に俺も、何かあったんだな……と、察する。
「……」
「……」
そして閃いた。なるほど、わかった。こいつが一方的に水戸の事を好きってことか。あいつってよくわかんねーからなぁ……急にキレたり、急に笑ったり。実際、笑ったままキレたり。
ひょんな事で、すぐネジの取れそうな奴だから何しでかすかわかったもんじゃない。なんつーか自分から傷つきに行くような奴だから……って、知らんけどな!?想像なっ、想像っ!
「じゃあお前の��好き�≠ヘどこに行くんだよ?」
「え……」
「置き場所に、困らねーのか?」
言ったあとに、こんな質問はナンセンスだなと思った。きっと彼女は共感して欲しいだけ、解決したいわけじゃない。昔、俺がそうだったから。
「私の��好き�≠ヘ……、その辺にゴロゴロしてるっていうか。寝っ転がってて。で、ちょっと。」
「……ちょっと?」
「はい。ちょっとだけ、頑張るときってあるじゃないですか?テストに、丁寧に自分の名前を書くときとか」
「あー白いワイシャツ着てカレー食う時とか?」
「そう。そういう時に、その人がいつもちょっといるんです。居て、エプロンをかけてくれる。」
「……」
「そしたら、ちょっと頑張れる」
たくさん失敗した若者ほど愛される大人になると、担任の教師が教えてくれた。バスケを辞めて散々、馬鹿をやっていたときの話だ。そう遠くはない、過去の記憶。
「そういう、好きだってことを、忘れるくらいの好き——」
「……ふーん」
人を動かすもの。その力を夢と呼べる大人に、俺はなりたい。例え、こういう些細な瞬間にも。
「……変、ですかね?」
「いや? なんつーか。まぶしいんじゃね?」
「はは、まぶしい?」
「おう。眩しい」
彼女は涙目で俺を見た。思わず返す言葉に詰まった。どうやら、俺はまだまだ、人の心を動かす大人の人間には、なれそうもないな。
「私、彼氏がいるんですけど」
「……へ?」
「翔陽の同い年なんです、彼氏。」
「ふーん。俺らが試合で勝った高校じゃねーか」
「あ、そう、ですか。まぁ、私の彼氏はバスケ部じゃないですけどね」
「あっそ……じゃあ興味ねーな、俺は」
「ちょっと、乱暴な彼氏で——っていうか乱暴になってしまったというか……」
突如、隣で彼女が俯いた気配。えっ?なんか、気に触ること、言ったか?と、自分自身の発言を思い返していると、今度は俯いていた彼女が消え入りそうな声で呟いた。
「三井先輩、苦しいのが気持ちいいって、思ったこと……ありますか?」
「——は?」
「……」
そ、そういう話?てか待て。お前、水戸はどうしたよ水戸は。彼氏って、お前、男いたのかよ。なんだよ、最近の若いのは破廉恥だな、って……俺も充分、若けーけど。二つしか違わねーし。
てか、その潤んだ目やめてくんねーかな。そうやって無防備だから相手がドSに走るんじゃねーのか?お前が入ってるのはただの��マゾ道�≠カゃねーの?……なんて言えるか!たいしてこいつの事も、その相手の事も知らねーってのによっ!
「それはぁー、違うと……思うぜ」
「そうですか?」
「好きでも嫌いでもダメなとこ許すのは、ただの甘やかしだろ。だから我儘に育つんだよそーいうヤツは」
「……そう、なのかな」
「怖くても、言わなきゃダメだろ。それが相手を思い遣るって、ことなんじゃねーの?」
「……、」
「許すことだけが優しさじゃねぇから。ひたすら許す事の方が、かえって残酷だわ」
「……。」
——とか、偉そうに言ったけど。彼女は、前を向いて小さく頷いていた。そして潤んでいた目をこすり「ありがとう、ございます。」と、小さく呟いて微笑んだ。はぁ…ったく。疲れた、くそ。
「つか……どーでもいいけど。とりあえず好きなヤツは、一人に絞った方がいーんじゃね?」
「え?」
「そーいうの、嫌うんじゃねーの?……アイツ。知らねーけどよ」
「……あいつ?」
「バーカ。わかってるくせにな。 テメェ、性格わりーぞ」
「ふふ、悪くて結構ですぅ〜」
お節介なのは自分でも重々承知していた。ただ俺の性分が、ちょっと、許せなかったというか、アイツ——水戸は、そういう中途半端なことを、嫌うようなヤツなんじゃないかって思ったから。
「わかんねーけど。なんつーかアイツって結構、真面目っつーか、曲がったことは嫌いっつーか」
「……」
「マジでどーにかなりてーってんなら……別れてからにしろよな、そのぉ……乱暴な?男と。」
これ以上、首を突っ込むのは良くないと自分の中の危険信号——水戸信号みたいなものが警告を発している気がする。なぜかチラつく、アイツにボッコボコに殴られたときの、あの日の情景が。
「真面目なのは、三井先輩の方ですよ」
「んなっ!?」
「マトモなこと、言えるんですね」
「おい!何だその普段はマトモじゃねーみたいな言い方は。そもそも、俺を知らねーだろうが!」
「だって、その通りじゃないですかぁ」
「あン? もっぺん言ってみろコラ!」
「��体育館襲撃事件�=v
「——う、げっ! テ、テメ……!」
気づくと彼女は笑っていた。安心してため息が出る。俺もとりあえず笑っとく。
気のせいか、雲間からうっすら太陽が見え隠れし出している。このまま晴れたらいいなぁ、と、のんびり、そう思った。
予鈴が鳴り俺たちはベンチから腰を浮かした。さてと——、次は体育だ。
雲の上は、いつも
晴れ
。
(おっしゃ。ほら、戻るぞ)
(い、やぁ……私は、その……)
(サボるつもりだなぁ?俺が連れてってやる)
(わ、わかった! 自分で戻りますからっ!)
(ふはっ!それでいーんだよ。頑張れ若者!)
(三井先輩って、変な人ですよね……)
(あン!?)
(ひぃ!)
※ image song『 #YOLO/AYANE 』
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