�� 無防備すぎる、名前ちゃんへの罰。��
君への思いで、世界を埋め尽くしたい。
至上最高の愛を、君にあげる。
恋とは二人で一緒に馬鹿になることでしょ?
……ねえ。もう、ガマンできないよ。
15歳 夏
― 15歳 夏 ―
あの、おでこチュー事件(なにそれ)から早、一週間。私に集中した、あの二人の女子達からのいじめは、相変わらず継続中。
そんな中で大きな事件——と言ったら、大袈裟だけど。まぁ、大きな変化といえば二年生のあの転校生の先輩が三年生の三井先輩とお付き合いをはじめた、という事だろうか。
なぜ大きな事件かと言うと、これで洋平くんと先輩が恋人同士になると言う世界線が完全になくなったからだ。なんて性格の悪い女なんだろう、でも、いいんだ。恋愛なんて、戦争みたいなものなんだから。もう開き直ってやる。
………ん?恋、愛——?違う違う、洋平くんと私は、ぜんぜんそんなんじゃ……。
「……」
「……チッ。」
情事の途中で突如引き抜かれた、彼氏のそれ。彼の舌打ちが聞こえて、私はハッと!我に返る。
「……なに?」と、憮然としながら私が問うと、自身の息子をしまいながら、気だるそうに言葉を放たれた。
「なに考えてんの?」
「え……なに、って」
「おまえ最近変だよ?ヤってる最中も、ぼーっとしてるしさ」
「……そ、そうかな?」
彼氏に睨まれて私は気まずさから横へと視線を逸らす。何も言い返せない。何もうまい言い訳が思いつかなかったから。ぼーっとしてるつもりはなかったんだけどなぁ。
「何考えてんの?」
もう一度、同じ質問が降りかかる。彼は、溜め息をつきながら頭をガシガシとかいた。私も中断された事をよそに、ちゃっかり衣服の乱れを正しながら返答を考える。
考え事。確かにしてた、かもしれない。内容といえば、このあいだの、屋上でのあれ——。
あれからすっかり洋平くんが見れなくなった。第一どんな顔をしたらいいんだか、不明すぎて。なすすべもなく、時間が経った、そんな感じだ。
「言えねーの?」
「……」
洋平くんほどじゃないにしても。この人、怖いんだよなぁ、最近。口調も荒いし。舌打ちなんて初めてされた気がする……こんな人だったっけ?イキってるのかな。高校デビュー、ってやつか?それとも、元々こういう人だった、的な?いや、まさかね。
「睨まないでよね……」
「あ?こっちは、ヤる気も失せるほど苛ついてんですけど」
制服を無事に着終わった私に彼の厳しい視線が突き刺さる。嫌な予感がする。こう言う予想は、昔からよく当たるほうだ。
「——もしかして、水戸ってやつが原因なの?」
「え」
——あ、墓穴。
私、今絶対に顔に出ちゃってた。それくらいに洋平くんの事を考えちゃってるって事だと自分で証明してしまったようなものだ。こうして改めて気付かされる私だって、困ってるんだけどなぁ。
参ったな……。だって、頭から全然離れてくれないんだもん。
「……は?マジかよ」
「へ? や、ややや、な、なにが?」
「まじで?」
「ちちち、違いますからっ!」
「関わんなって言っただろ?」
「や、違うし! ほんと。違うから!」
「……」
頭を反芻し続ける洋平くんの声が私の今の思考回路を戒め続けていた。
意外と自分は弱いんだと、脆いんだと、立場がおかされれば、あっけなく退いてしまうんだなと思った。ばかだな、私って。
「あー、マジだるい」
「え……?」
「必死すぎだし」
だよね……私も同じこと思ったよ、今。意外と私たちって、相性いいじゃん。なんちゃって。
ぎしっ、と彼のシングルベッドはスプリングを鳴らし、人間の動きを脳に知らしめる。彼が見たこともないような笑みを浮かべながら私へ寄って来る。——黒い。咄嗟に浮かんだのはそんな単語だった。そうだ、どうして必死になったんだろ、さっき、私は……。
「あんまり調子乗ってると」
ぐわんと視界が変化した。頭が痛かった。頭というか生え際。彼の顔が、あまりにも近くにありすぎて驚く。私は、彼に髪を引っ張られている、そう理解したとき——
「全部、壊しちゃうからな?」
思わず背筋がぞっとした。私はそのまま荒っぽく仰向けに倒される。せっかく着直した制服は、荒々しく脱がされていく。直感が『やばい』って叫んだ気がした。あ、ゴム……。さっきので最後だったじゃん。ふいに、彼の手が止まる。
「ばかだよなぁ、名前って」
その言葉が最後だった。私はこれから彼が何をしようとしているのかその笑い方で分かった。
視界が滲み始めて同時に痛みが走って当たり前のように光の消された真っ暗な彼の部屋を初めて怖いと思った。
『 無防備すぎる、名前ちゃんへの罰。』
洋平くんのキスは……媚薬みたいだったのに。ちがう、媚薬じゃない、あれは——麻薬だ。どんどんくらくらして嵌って抜け出せなくてどうにでもなれって思わせる。もっと欲しいと思わせる。おでこじゃなくて、もっと、別のところにって。
遠のいていく意識の奥で自分の中の『危険』が騒ぐのに、いつも途中で背を向ける。そうやってまた彼の手中に堕ちる。きっと目覚めたら、私は今日も、自分の家に戻るのだろう。
冷たくされては甘く、優しくされたら酷に。
そんな悪い鞭の餌食。そんな、悪戯の繰り返し。ほんとうに大馬鹿野郎だ、私って。
誰が好きとか、誰が嫌いとか。そんなことどうだっていい。どうしてそこに拘るのか、わからない。そんな小さな事、考えるだけ無駄だ——。
*
「なまえさん」
浮かれていたんだ……完全に。下の名前を呼び合える仲になれたと思って一人、完全に浮かれていた。そう気付いたのは、彼氏に無理やり行為をされてから、数日経った日のことだった。今日は絶対に史上最大、最悪な日だ……。
お昼、売店で何か買おうと向かったとき、洋平くんと三井先輩の彼女が一緒にいるのを見つけてしまった。そのとき聞こえた、彼、洋平くんが、軽やかに、彼女の��名前�≠�呼ぶ声が——。
「あ、水戸くん!」
「どーも。珍しいね、今日お弁当じゃないんだ」
私の名前を呼んだときに見せた、ぎこちなさもなければ、何なら、もっと前から呼び慣れているふうにも聞こえた。知らぬ間にいつからそんなに急激に親しくなったのだろうか。
水戸くん、女子の下の名前、呼べるんじゃん。しかも、そんなサラッと慣れた感じで。浮かれてたのが、バカみたいじゃん。
「水戸くんも、今日は売店組?」
「うん、花道は食堂行ったけどな」
「そーなの? 食堂行かないの?」
「んー? 俺はちょっと今、金欠だから」
あ。そうだ——思い出した。赤木さんも「洋平くん」って呼んでたかも……そして洋平くんも、「晴子ちゃん」って呼んでいたような気が……。なんだ、私が忘れてただけか。それか聞こえないフリをして、記憶から抹消してたのかも。
私って本当に頭の中がお花畑だったんだなって改めて気付かされてしまったよ。呆れちゃうね。
やっぱり彼と私の間に��特別�≠ネものなんて、一つとしてなかったんだ。そんなの、はじめからわかりきっていたことなのに。
「そっかぁ。じゃあ何にするー? 私はねぇ〜」
「ツナのランチパック?」
「え……水戸くんすごい、何でわかったの?私の考えてる事」
「はは。ただのあてずっぽ」
「えぇー? ほんとぉ〜?」
「ほんと」
笑えるくせに……そうやって、自然体で笑えるくせに。嘘つき。すけこまし、変態、人たらし。二重人格の——大嘘つき大魔神め。
「じゃあ、俺もランチパックにしよーかなー」
「えっ、でも私が買っちゃったらピーナッツしか残らないよ?」
「うわー、甘いのかー。じゃあダメだ」
『洋平くん』って——下の名前で呼べる権利を貰って少しだけ彼に近づけた気でいたけど、あの先輩が呼ぶ『水戸くん』の方が何倍も、何十倍も価値があるように聞こえて、悲しかった。実際、価値があるのだろう、洋平くんからすれば。
「んー......わかった!じゃあ、半分こする?私のツナ、一個あげるよ!」
「ははっ、大丈夫。なまえさんが食べな?」
あの先輩に彼氏ができたからもう大丈夫なんてどうして思ったんだろ。勝ち目なんてないのに。
だって彼氏がいたっていなくたって洋平くんはずっと、あの先輩のことを見てるもん……。
「どーしよっかなー。何にしよ」
「あっ!じゃあアレは?」
「まるごとソーセージ?」
「え!も〜何でわかったの?もしかして水戸くんって副業、エスパー?」
「ははは。俺も怖くなってきた」
流川楓を好きな赤木さん。三井先輩と付き合っているあの先輩。彼氏がいるけど洋平くんを気にかけている私。いったい何が違うんだろう。もうわかんないや。赤木さんより、あの先輩より私が一番、洋平くんのことを思ってるのにな……。
「なまえ」
「……あ、寿。」
気付いたら列に割り込まれていた。割り込んで来た相手は、あの三井先輩だった。
その声に振り返った先輩と洋平くん。そのときようやく、私の存在に気づいたらしい洋平くんと目が合った。けど、逸らした、私の方から。
「メール。見てねーのかよ」
「あ、見た見た!忘れてた」
「あーあ、ったく。だろーなと思ってたわ、で?どーすんだ?屋上で食うのか?天気わりーけど」
「んー、水戸くんも行くの?屋上」
「いや、俺はこれ持って食堂行く予定」
「そっか」
洋平くんと、自分の彼女が話しているのが気に食わないのか、目の前に立っている男が、小さく舌打ちしたのが聞こえてきて私は思わず吹いた。でも、私が吹き出したことに気づきもしない三井先輩は売店前、結構のボリュームで声を発する。
「おいおい、なんでそいつに聞くんだよっ!?」
「え?」
「信じらんね。そーいうとこだぜ、マジでお前」
「寿……、なに怒ってんの?変なのー」
「変はお前だろ。こンの、猛獣使いが」
「ちょっと!なんそれ!?猛獣使いって!」
「バーカ。学園のみんなが言ってるぜェ?」
「が、がくえんて……」
うんうん……わかりますよ、先輩。おもしろくないですよね、腹立ちますよね、もう、見せつけですもんねこんなの。苛つきますよね。仲間ですね、とっても同感です。お友達になりましょう。
——嘘。冗談です、すみません。なりません。
「……んじゃ、お二人さん。俺はここで」
「うん。バイバイ、水戸くん。また放課後ね!」
困ったように笑った洋平くんが、買ったパン、『まるごとソーセージ』を翳してふたりに挨拶を投げかける。彼女は小さく手を振っていたが三井先輩は「シッシ」とあえて声に出し、早く行けと言わんばかりに、洋平くんを追い払っていた。
それでも結局そのまま仲良く肩を並べて売店を後にする三井先輩と三井先輩の彼女の後ろ姿を、私はただただ、呆然と眺めていたのだった。
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