私があなたの幸せを祈るのは私が隣にいる事が前提なのに、
あなたが祈る私の幸せには、あなたが隣にいてくれない気がするのは、どうしてなの?
信じたさきにあった現実は
私を貶めるのに、十分すぎる事実——。
*
三井先輩に話したことが結果的に正解だった。何にせよ、心がずいぶんと軽くなったからだ。
洋平くんにも彼氏にも未だ戸惑いが隠せないのは仕方ないけど機会があったらちゃんと言おう。洋平くんには『何でおでこにキスしたの』って。彼氏には『何でこんな乱暴なことするの」って。
ただ、そんな風に簡単に聞けないという事実がまだまだ私の、弱い部分だけれど。
「起立ー、礼!」
また涙が出そうになるのを、ぐっとこらえた。恋じゃない、恋じゃない。ただのクラスメイト。そう自分に言い聞かせる。普通に話せる。それでまた、いつも通りに戻れる、よね……?
漫画みたいなタイミングばっちりで、何かいい事が起こるなんてリアルは無くて高校生のくせに今日の午後一発目の授業は、ALTを呼んで仲良くクイズなんてやっている。
ALTのマイケル先生はいきなり二人組を作るとか言い出して当然全部英語で『隣の席の子とペアだ』みたいなことを言った。
私は思いっきりマイケル先生を睨む。だって、マイケル先生はニコニコしながら、隣の席の子が休みの私と洋平くんをゆび指して『君たちペア』なんて、ウィンクをしたからだ。(英語だけど)
洋平くんは、なんて事ない顔をして私の左隣の席に来て平然と座る。……左、向けなくなった。信じられない、どんな厄日。
「じゃ、やる?」
洋平くんは配られたプリントを見ながら言う。マイケル先生に関してのクイズがこれでもかってくらい並べられた用紙。この人のことを知って、私が明日から生きていくための何か、メリットになることなんて、あるのだろうか。
「……」
「……」
何で今日に限って、ちゃんと授業に出てるの。訊きたかったけど訊けなかった。洋平くんに関わろうとするとなぜか全身が痛み出す、気がする。
教室が暗くなり、スライドが始まる。そこまでして自己紹介したいんだから、なんたって先生は素晴らしい。尊敬する、嫌味なく本気で。
『アイムフロムシカゴ!』
マイケル先生がそう言った瞬間に洋平くんは、手元のプリントの一問目の空欄に、てろんとした字で��CHICAGO�≠ニ書いた。
「つづり、合ってる?」
「え?あ、あー、……多分……」
ダメだ。まったくもって普通にできない。この際、具合でも悪くなったふりをして保健室に——
「仲良いね……��三井さん�≠ニ。」
真横から、ぞっとするような悪寒。横を向くとそこには、当たり前にリアルな洋平くん。
今、君は��CHICAGO�≠チて書いてたんじゃなかったの?……てか何で笑ってんの。近づいたら怪我をする——。そんな思考に、溺れていく。
「……そんなこと、ないけど」
「えー?大声で笑い合ってたじゃん、さっき」
「……!」
なんだろう。ほんと、怖いんだけど……なんで知ってるんだろう?どこからともなくっていうか神出鬼没すぎるって。
私の背中に嫌な汗が伝う。洋平くんはいたってすました表情で、プリントに文字を書いている。この距離を保つスペースなんて、そんなにない。いきどまりなんて、すぐ。また嫌な不安が襲う。
「いつの間にそんな仲良くなったのよ」
「だ、だから、仲良くないってば……」
「へー、妬けるね」
「は……?」
ほら、いきどまり——。背中に、冷たい温度。追いやられた私に洋平くんは近づいて、こちらを覗き込んでくる——顔が、近い。
「……」
「何で、泣いてたの?」
「……っ」
「何で、アイツなの?」
「——!」
耳元で、声がする。心臓がうるさい。体が焼けるくらいに熱い。震える。お願い、耳はやめて。
彼の声が、私を侵す。私の体内に入り込んでは絶対に抜けやしない、薬みたいに。ぐるぐるぐるぐる、頭の中で、まわって、めぐって。もっと、聴きたい——そう思う脳を拒絶したかった。否定するのに、必死だったはずなのに。
「あーあ、ムカつく」
頬杖をつきながら、スライドに顔を向けたまま隣の彼は、さらりとそんな事を言った。重低音が脳を壊す。思わず体が強張る。やっぱりダメだ。
「何か隠してんね」
「——、」
「俺に関わりたいって言ったんだから、名前ちゃんも、言う権利あるんじゃない?」
小声だけれど、無駄にいい声で且つ、はっきりとした口調だった。耳元でするその声が、ただの人間の——声が。私の脳を、侵してく感覚。
「……」
「……言いたくない?」
暗闇に紛れて私の方を振り向いた洋平くんに、数日前の彼氏の影が重なる。核心に触れられる。鷲掴みにされた心を振りほどこうとしても、当然敵わなくて。私はいつも、追い詰められるんだ。
「ご、めん——」
私は咄嗟に目を逸らす。全身が痛い、苦しい。微かに震え出す自分が、信じられなかった。彼はくすっと笑い、スライドに向き直る。
「……そか」
私は右に顔を背けながら早くこんな授業なんか終わってしまえと思った。これ以上、洋平くんのそばにいたくなかったから。
「……!?」
俯く私に何かが触れた。この角度で触れるのは彼しかいない。わけありで下ろして来た私の髪。彼——洋平くんは、何のためらいもなく、それに触れた。片手で髪を纏めて首から離せば私は目を瞑るしかなくなった。
「……ひでーな」
「見ないでっ、」
数日前から変わらず、そこにあったもの。尋常じゃない数のキスマーク。私はただ、哀しくて。
ぱっ、と教室に明かりが戻り洋平くんはそこで手を離す。��CHICAGO�≠ニだけ書かれた、やる気のないプリント。マイケル先生はそれを怪訝に回収する。
関わったら痛み出す——。彼氏から全身に付けられた、ありえない数の、その印。
私が弱いからいけないんだ。彼が怖くて逆らえなかった。私の知らない彼がほんとに居たんだ。
クラスのあの女子も、彼も、水戸洋平も——、みんなして、知らない顔ばかり覗かせる。
『 全部、壊しちゃうからな? 』
とっくに、壊れかけてるよ、もう——。
誰かにわかるのかな。��彼ら�≠フ気持ちが……私じゃない誰かならわかったりするのかな。たとえば、あの三井先輩とか、三井先輩の彼女とか。
私は未だにわからない。彼の、洋平くんの考えていることなんて。私じゃない誰かなら彼の考えていることがわかるの?どうしたら、知ることが出来るんだろう。どうしたら洋平くんは、誰かに心を開いてくれるんだろうか。
出会ったときから思っていた小さな疑問は限界まで押し殺して考えないようにって。忘れちゃえばいいって、頭のすみにおいやって、存在自体を消していたはずなのに——。
『じゃあお前の��好き�≠ヘどこに行くんだよ?』
『 置き場所に、困らねーのか? 』
不覚にも——三井先輩の一声で思い出す。鍵が外されて、一度外に出た核心は答えが知りたいと渦まいて……。
ああ、まただ。ほら、まただよ。めんどくさいことに、なってしまったよ。
愛
とは
二人の心が通じ合う
独り言
。
(罪のない人間なんているのかな。)
※ image song
『アイのシナリオ/CHiCO with HoneyWorks』
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