「……っ」
「……起きた?」
薬のにおい、白い天井、水戸くんの端正な顔。私はゆっくりと起き上がる。
「——痛った!」
「まだ寝てな、頭打ってるから」
事態がようやく理解できてきた。
ここは保健室で、私はベッドに寝かされていて隣には、椅子に座った水戸くんがいる。保健室の時計を見れば、既に6時をさしていた。
「……あ、」
彼氏との約束——と、目だけを左右に動かしたあと、水戸くんと目が合った。
「携帯、バイブずっと鳴ってたよ。彼氏?」
「……う、うん」
どうしよう——。
「約束でもしてたの?」
「うん……5時半に」
怒ってるかな。怒ってるよね。連絡もせずに、すっぽかしちゃったんだもん。私はむくっと体を起こす。途端に、人の前で寝るなんて失礼な気がしたから。
「あの、私、なんでここに」
「覚えてない?窓拭いてて」
「……窓、うん。拭いてて夕日、目で直視しちゃって、目つぶったら脚立が揺れて、それで……」
あれ——?それで?そのあと、どうなったんだろう。そこからの記憶がまったく……でも慌てた感じで私の名前を呼んだ水戸くんの声は聞こえた気がするんだよなぁ……。
「ごめん」
水戸くんが目を伏せて呟いた。いつもよりも、少しだけ低い声だった。見ると彼の腕には包帯が巻かれている。
「え——」
「名字さんより先に脚立に当たっちまって」
ははっ、と水戸くんは苦笑した。私は、一気に青ざめる。そんな私の表情を見た水戸くんがふ、と笑った。
「ご、ごめんなさいっ!」
「いや……俺こそキャッチできなくてごめんね。情けねえよなぁー」
「そんなのいいよ、それより腕!」
「平気。ただの打撲」
最悪だ私。手伝わせて調子に乗って、水戸くんがそばにいることにテンション上がっちゃって、事故を起こして、それに巻き込んで——最悪だ。
「参ったな……泣かなくていーよ」
泣いてなんか——ないよ。水戸くんが優しすぎるんだよ。私の中の勝手な妄想で王子様を演じてくれればいいのに現実、本当に優しいんだもん。参っちゃうのは、私の方だよ。
「これな?先生が大袈裟に包帯巻いただけだから見かけほど痛くねーんだよ?」
水戸くんが私の頭を撫でた。包帯じゃない方の手で。でも、すっごく困った顔してる。ほら……やっぱり、痛いんでしょう?彼の優しさが、今の私には痛かった。打った頭の何倍も、約束をすっぽかしてしまった事実よりも、何倍も痛かった。
「……しっかし、どうも好きになれねーや」
「……え?」
「保健室」
「保健室?」
「うん。ここの匂いダメなんだよねー、俺」
そう言って諦めたように小さく笑って目を伏せた彼を私はじっと見ていた。誰か、先生を呼んでくればよかったのに。苦手なのに、わざわざ私をここまで……?
——ヴーッ ヴーッ・・・
「あ、」
「あ。」
二人の声が重なった。携帯のバイブが保健室に響いた。私の、携帯電話だ。
「……ごめん、出るね」
「うん」
携帯電話の小窓を見ると、言わずもがな相手は彼氏だった。
私は一呼吸置いてから着信を取り、恐る恐る、「もしもし?」と、声を発する。
『もしもしっ?やっと出たなお前ー。何やってんだよ、時間とっくに過ぎてんだろ!』
「ご、ごめん。委員会で掃除頼まれちゃって」
『はあ!?だったらせめて遅れるとか何とか一本連絡しろよな!』
「ご、ごめんなさい……」
『ったくよ、マジだり〜。今どこだよ?まだ掃除してんの?』
「え、えっと——」
「保健室だ」
——え?
「み、水戸く——」
「名字さん怪我してんだよ。遅刻くらいでガタガタ騒ぐなって……」
水戸くんは私の携帯電話を奪い取って、会話に割り込んだ。そんな彼の行動が、何だか信じられなくて私は目を疑う。
「今日は大人しく家帰れ。名字さんは俺が送ってくから」
そう言って早々と電話を切ってしまった彼——水戸くん。突然の展開に、未だ唖然とする私。
「……あ、ごめん。電話、切っちまった。」
「う、ううん……」
「こう静かだとさ、中身、丸聞こえなのな」
会話の内容のことを言っているのだろうか……水戸くんはハハッと浅く笑っている。もう先ほどの恐ろしいオーラは見受けられない。
「名字さんが痛い思いしてるってーのに遅刻くらいで責められてんのがさ、ちょっと腹立った」
「でしゃばってごめん」と水戸くんは謝りながら私に携帯を戻してきた。それを受け取りながら、水戸くんはどうしてこう掴めない人なんだろう、なんて考えていた。
「あ、名字さん、足。」
「あ、あし?」
「うん、捻挫してんだよ。知ってた?」
「え! うそ!?」
見ると左足にがちがちに包帯が巻かれていた。確かに大袈裟かも。これじゃあ痛みじゃなくて、包帯の固さのせいで歩けないってやつじゃない。
「な? 大袈裟だろ」
「……うん、だね。」
また二人で笑い合った。野球部の掛け声が聞こえてくる。体育館からはバスケ部だろうか?キュッ、キュ、とバッシュの音がする。「送るよ」と水戸くんは、私の鞄と上履きと、自分の鞄を持ちながら私の足元にしゃがんだ。
「はっ!?」
「あっはっは、色気ねー」
だ、だ、だって!!お、お、おんぶなのっ!?待って、ちょっと待って。私、おんぶなんて子供の頃にお父さんにやられたくらいの経験しか……
「む、無理! 恥ずかしいっ!」
「お姫様だっこのがよかったですか?お姫様。」
「……是非、おんぶの方向でお願いします……」
「ははっ、りょーかい♪」
拝啓、水戸くん——あなたが理解できません。意味がわかりません。無駄にかっこよすぎです。魔法みたいな一瞬をくれるあなたは、いったい、何者ですか?
ど、どうしよう……私、これからどうすんの。
魔法
もないのに、
あなたを好きになる。
(ヤンキーのくせに
王子様なんて信じられないよ……)
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