昔をたどると少しこそばゆい思い出も
歴史が、黒く感じることもあるけれど
楽しかった日々が、確かにあった。
ダム、ダム、ダム——。
バスケットボールの音が、体育館で規則的に、
時に不規則に反響する。
夢中になれる��好きなもの�≠�
見つけたのは、いつでしたか——?
*
俺がこいつを呼び出したのは別にやり返したいとか、おとしまえをつけたいからとか、もうそういうんじゃなくて。もっとこう、なんていうか、ガチガチに気まずくなるよりは形式上でも謝っておいた方がこれからのためにいいだろうと思ったからだ。
だから全然怒ってないし悲しくもない。だってこっちは、謝る気満々だから。
俺がその日の練習を終えて体育館の裏に行ったとき水戸はコンクリの壁に背中をやや気怠そうにあずけて煙草を蒸して立っていた。しかも、妙に殺気立って。そんなヤツの様子を見て俺は、つい口走ってしまった。
「そ、そういうつもりじゃねーんだよ、」
って。だいぶ矢継ぎ早に。噛まなくてよかったって思うくらいの早口だったと思う。そうしたら淡々と冷静に、こう言い返された。
「じゃあ、どういうつもりなんですか?」
……って。屈んで煙草を地面にジッと押しつけながら。思わず背中に汗をかいた。ただこれは、冷や汗じゃない。練習終わって暑かったんだよ!
「その、きのうは……悪かった。なんか、逆に、助けられたし、な。」
「……気持ちわる。」
「——っ、はっ!?」
そう言や、謹慎処分のせいで今日は学校に来なかったんだって事を今の今まで忘れてた。べつにこんなの処分が終わってからでもよかったんじゃないのかって。思い起こせばわざわざ桜木にこいつの家電を聞き出して呼び出すなんて、我ながら自分のバカさかげんに、ほとほと愛想が尽きる。
そんなことを俺が頭の中で考えているとは知らない私服姿の水戸は、ハァ、と溜め息をついた。
「なに」
「あ?」
「謝って、ナシにしようってこと?」
「いや、そんなんじゃねぇけど……」
「じゃあ何?」
「……」
こいつの声、って……なんか、冷めてぇよな。なんとなくそう思った。どう冷たいのかと問われると難しいところではあるが感じたまま答えるのであれば——温度がない。抑揚はあるんだけど。
「……な、なんとなくだよ」
「……へぇ。」
苦い煙草のケムリ。俺が嫌いな匂いだ。吸ってる方より吸っちまった人間の方が、何倍も被害がでかいんだぜ? わかってんのか、こら、不良。
消されたはずなのに充満するこの匂いは、多分こいつ自身の匂いなのだろうなぁ、って。
「——不良、」
「……あ?」
「やめて正解だったね」
「……」
「たぶん、死んでたよ」
水戸はそう言って笑った。額に流れる汗は冷や汗なんかじゃない。
今日は、ただ悪い一日なだけだ。悪い人生ってわけじゃない——と、思いたい。
「んじゃ、俺帰ります」
「これからバイトなんで」なんて言いながら俺の横を通り過ぎて奴は、体育館裏から姿を消した。ずっと居座る苦い香り。俺はこの匂いが嫌いだ。
「……」
�� 不良、やめて ��
�� 正解だったね ��
思った以上に、傷は深い——。
*
「寿くん久しぶりだね〜今、いくつになった?」
「……高三っす」
「そっかぁ、時の流れは早いねぇ〜」
「……」
「……。どう? 学校は、楽しいかい?」
「……まぁ」
自分で出した答えなら、それがきっと正しい。少しの寂しさと、優しい思い出を抱えてもなお、前に進む自分を誇れ。泣いた日も強さに変えて。
「——さてと。どれくらいの長さにする?」
「……ス、——さ、で。」
「えっ?」
「……スポーツマン……みたいな、長さで」
「スポーツマンか……はは、りょーかい!」
髪をバッサリ切ったときパラパラと落ちていく髪の毛を目の端に眺めながら、この長髪と一緒にこの二年間の負の遺産も何もかも全てを捨てた。
気持ちを入れ替え、体育館の入り口でしっかり一礼してからコートに足を踏み入れる。
みんなが普通に受け入れてくれてパスを回してくれた事が、何よりも嬉しかった。この気持ちを一生忘れないでいようと本気で自分の心と仲間に誓った瞬間だった。
「なぁ、赤木よ……」
「……? なんだ」
「あいつらって、いつも見に来てんのか?」
部活の休憩時間、赤木を捕まえて声をかける。体育館の入り口で、桜木と一緒に騒ぐ野郎連中を後ろ指で差し辺りをキョロキョロと見渡しながら周りには聞こえない程度のボリュームで問う。
「あいつら? ああ……いつもいるな」
「……へ、へぇ。」
「試合も大体いる。練習試合でも欠かさず」
「え」
ギョッとして固まった俺の後ろから「え、そーなの?」と、宮城が顔を覗かせた。
バカ、声でけーよ。聞こえたらどーんだアホ。と、宮城の野郎を睨みつける俺を無視して宮城は赤木と、あーでもないこーでもないと野郎連中のことを話していた。
『 もうバスケ部には関わらないと言え 』
『 この体育館には二度と来ないと言え 』
蘇る、苦くて痛い記憶——。
野郎たちの方をチラッと見れば、不意に水戸と目が合った。ただでさえ目つきが悪いのに、目を細めてじっと見てくるもんだから俺は気まずくて急いで目を逸らした。我ながらダセーなと思う。
「三井サン。」
「……あン?」
「早いとこ��仲直り�≠オといたほうがいーんじゃないスか」
「まぁ……お前の気持ちは分からないでもない」
「……は?」
「あれだけ殴られたら、誰だってビビるだろう」
「ぅおい、赤木!だっ!誰がビビってるって!?ぉン!?」
赤木は特に乗っからずやれやれと木暮と彩子のいる方へと歩いて行った。まだその場に居座っている宮城に関してはニヤニヤとほくそ笑んでる。それを流し見て俺は、ポツリと言葉を漏らした。
「もう、謝ったよ……」
時間差で「え!」と目を見開いて固まった宮城を無視してめんどくさい展開になりそうだと俺もそそくさと赤木たちのいるところへと向かった。
あれは俺の決断だった。先に進むと決めたのは俺だ。だから、後悔はしていない。体育館に殴り込みに来た事だって、水戸に殴られた事だって、自らの意思で水戸に、謝ったことだって——。
*
水戸たちの謹慎が明けて間も無く、赤木からの伝言を木暮と一緒に一年、二年の部員へ伝達しに来た昼休みのこと。残すところはあと、あの桜木だけとなっていた。
「あ! おーい、水戸ぉ〜!」
一年の廊下を木暮と一緒に歩いていたとき木暮がそう明るく声をあげて教室に入ろうとしていた水戸を呼び止める。水戸はその声に立ち止まって振り返り、人でも殺めそうな目つきの悪い視線を瞬間的に緩ませた。いつもあんな目つきがデフォなのかよ。疲れねーのかな、どーでもいいけど。
「ん……メガネくん?」
「ちょうどよかったよ」
木暮が水戸の元まで駆け寄っていく。俺はどうしようか考えあぐねた末、廊下の壁に背を預け、木暮が水戸と話し終わるのをじっと待っていた。
「桜木いる?」
「花道?……あー、いねーみたいだねー」
水戸が入ろうとしていた教室はどうやら自分のクラス、1年7組だったらしく、ざっと教室内を見回した水戸が、そう木暮に返答する。
「なんだ、一緒じゃないのか?」
「ええ。体育館で自主練したまま寝てんじゃねーかなぁ、きっと」
「そっか。じゃあ悪いんだけど今日の部活、少し遅くなるって桜木に伝言、頼んでもいいかな」
「あー、伝えときますよー」
「ありがとう、助かるよ。」
「いーえ」
相変わらず、愛想の良さそうな笑顔を振りまく木暮をじっと見ていた水戸が「……つーか」と、息を吐くように呟き、教室のドアに背を預けて、両手をポケットに突っ込んだ。木暮は「ん?」と呑気に首を傾げている。
「……俺の名前、覚えてるんだね、すげーや」
「え?そーか?」
「さすがです。」
「いや、三井だって覚えてるよ? なっ!三井」
——ギクっ、と俺は思わず肩をびくつかせた。ニコニコとこちらを見ている木暮と、その後ろで俺を見据える水戸。生まれつき目つきが悪いのか故意に、そういう目つきをしているのか定かではないが、俺が目を泳がせれば奴はフッと鼻で笑い顎をしゃくってこちらを見下ろしながら言った。
「……あー。まぁ、忘れてたらびっくりするね」
「——っ、木暮!もういいだろ、早く行くぞっ」
踵を返してその場からスタスタと立ち去る俺の背中に突き刺さる鋭い視線はきっと気のせいじゃないんだろうなと思った。……苦手だ、俺アイツやっぱ苦手、悪いけど。仲直りなんてできそうにない、今の俺には絶対に。
*
その日、天気予報は雨だった。的中して今日は雨だ。この何ともいえない湿気が嫌なんだよな。ジメジメしてて、気持ち悪いったらない。
「……だー、くそ。傘、教室だ」
今日は朝練が休みだったのをいいことに、傘を教室に置いてきてしまう不覚。着替えも終了してロッカーのドアを閉めたところでそのことに気がついた。
「なんだミッチー、ずぶ濡れで帰るのか?」
桜木が、バッグからタオルを取り出して言う。汗だくなこいつはこのあとも基礎練習だからまだ帰れない。
「ンなわけねーだろが。取りに行くっつの」
俺はバッグを肩にかけ「じゃーな」と、残った部員に声をかけてから部室を出ていく。ザアア、と雨の音が響く廊下。もう真っ暗だ。非常灯しかついていない夜の学校は、薄気味悪い。
「あーあ、めんどくせ。」
三年はダリぃよな、上階だもんよ。一年なんか二階だかんな。あーあ、ずりいわ。……水戸とかだったら、きっとこういうとこでも怖くねーんだろうなぁ……。
「……って、何あいつのこと考えてんだ、俺」
ひとり廊下でぽつりと呟く。教室の前に来ると廊下にある傘立てから暗がりの中頑張って自分の傘を見つけ出す。700円もしたんだぜ、あのビニール傘。そう簡単には失くさせねぇ。
誘拐もされず無事だったビニール傘を手に俺は足早に生徒入り口へ向かう。雨の匂いが近づいてくる。
生徒入り口につくと下足箱の方から男女の声が聞こえた。あーカップルですか。ったく、うぜーな。こんな夜遅くまで、二人で何してたんだよ。想像しちゃいけない想像が脳内を占領しながらも俺は手に持っていたスニーカーをぱん、と置いて履く。ちらっ、とカップルらしき生徒を見ると、それはずいぶんと、見慣れた顔だった。
「……、水戸?」
「あー、こんにちは?
三井サン
(
・・・・
)
。」
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