言いやすい人にだけ強く当たるなよ。
こっち来いよ、
殺してやるよ——。
5月12日
― 5月12日 ―
『おいあんたら。そっちには体育館しかないぜ、何するつもりだ』
『知ってるよ、体育館だろ』
『これからちょっと、バスケットをしにな……』
愛に溺れた月と太陽は
全てを無みして重なり合う。
『ぐずぐずしてらんねーな……』
『一年坊なんざ、おめーらやれ! オラ行け!』
『——おい、逃げんなよ主犯』
『来な』
『小僧……死にてーらしいな』
過去一を一瞬にして更新してしまった私は
もう、息も止まり
『くっそォ……この小僧……』
『なかなかタフじゃねーか』
『おい……まだだぞう。立てよ』
『ぐっ……くそ……なんなんだてめえは……!』
『バスケ部でもねーのに……』
『関係ねーだろ、てめーには!!』
夢が叶うことと、幸せになることは
どうして、別物なんだろうね。
『もうバスケ部にはかかわらないと言え』
『この体育館には二度と来ないと言え』
恋愛だって人間同士の関わり合いなんだから
相手を思いやれなきゃ、上手くいきっこない。
『さあ、二度と来ないと言えよ、主犯』
『ぶっつぶしてやる……っ!』
『殺されなきゃ、わからねーのか』
世界が君に背を向けるのなら、
君が世界に背を向けてやればいい。
*
体育館襲撃事件が起こり、くわしい内容まではよくわからなかったけれど、その日クラスメイトの話に聞き耳を立てていたらどうやら水戸くんもその事件に関わっているらしかった。まぁそんな事じゃないかなとは思っていたけれど。
と、言うのも、桜木くん以外の軍団がそれから三日間の謹慎処分を食らってしまったからだ。
担任の先生に探りを入れたら「あまり他の奴らには言うなよ」とか言うわりにはあっさり教えてくれた。先生の話によると何やら主犯の三年生の三井寿って人が発端となった事件で、なぜかその三井って先輩はバスケ部に復帰したらしい。そもそも��ミツイヒサシ�≠チて誰?って感じだけど。
春の日差しが眠りを誘う古文の時間。机に突っ伏せば、夢が私を眠りにいざなう。
いくら日本人といえども、古い日本文学、何を言ってるかわからないし、わからなくていいし。『なになにけり』とか『なになにたり』とかどうでもいい。
平家物語を朗読する先生の声が、いいかんじにララバイになる。やばい、寝ちゃうな、これ確実に。ああ……おやすみ先生。グッナイ。
彼はきっと��不良�≠ニいうレッテルを、ずっと背負って生きてきたんだろうなって思っていた。
彼と出会ってから間も無くの頃——軍団以外の水戸くんの��特別�≠ェ、私だけかもしれないって高を括っていた瞬間があったのは確かだ。
クラスの中でも桜木くんとか軍団とかと話しているときは普通なんだけど、やっぱり水戸くんは孤立というか孤独を選んでいた感じで、クラスの中でも誰ともあまり話さなくて。でも私とだけは喋ってくれた。私としては、それがちょっとした自慢だったのかもしれない。だからそれを見透かされて、いじめの対象になったのかなって。
桜木くんって、不思議なオーラがあるからさ。彼といる時の水戸くんは、人が丸くなってひょうきんなお調子者に成り下がる。人って人によって変わるものだよね。
自分からは、喧嘩は売らないって言っていた。いつ話した時だったかまでは忘れちゃったけど。
いや、もしかして私の中の妄想かもしれない。でも言っていた気がする。うん言ってた。多分。
だけど水戸くんの特別は私じゃなかったんだ。だって「謹慎処分になった」って、連絡もらってないし。当たり前だけど。だって連絡先知らないし。でも、私が彼の特別じゃないっていうのは、変わらない事実なんだ。別に同じクラスで近くにいさせてもらえるだけで十分なんだけどさ。
あーあ。早く謹慎、開けないかなぁ。会いたいなぁ、早く……水戸くんに。
*
「��ミツイ�≠チて、どの人?」
私は放課後、例の、バスケ部が練習をしている体育館を覗きに行った。一度だけ私も水戸くんと見学に来たことがあったけど、その中でも見慣れない顔を見つけた。長身で、顔に絆創膏だらけ。
で——、なんだか、浮いてる。
「あら?名字さん」
「こんにちは、赤木さん」
売店で買っておいたパンを、バスケ部の練習を見ながら食べる。赤木さんと藤井さんと松井さんしか見学者がいなかったから、ラッキーだった。
「赤木さん、ミツイってどの人か知ってるー?」
「え?三井さん? えっと……あ!あの人よぅ」
「ほぅ、あれか……」
��あれ�≠ニか我ながら失礼極まりないなと思ったけど赤木さんはたいして気にしていないようだったので私も自分の発言をスルーすることにした。
ふーん……不良だったわりには、上手いんじゃないの?バスケ。知らんけどさ、バスケのルールなんて。でもほら、今、ゴール入ったし。
「ディフェンスあめーよ、木暮」
で——えらそう。うわ、無いな……私は無し。
それから少しのあいだ、たまに赤木さんたち、女子三人組と会話をしながら、桜木くんの活躍を一緒になって喜んだりする。
「スゴイワ、桜木くぅん!」
ははは……スゴイワ、て。
時たま流川楓という同い年のイケメンに視線を奪われながらも精一杯に桜木くんにエールを送る赤木さん。かわいいなぁ。でも私は気づいちゃったよ。赤木さん、流川楓が好きなんだなきっと。私もこんなふうに女の子らしい子だったら、水戸くんにもっと興味を持ってもらえたのかな——。
「——って……はは、くっだらない」
何考えてんだろ、私……。なんか、ここんとこずっと水戸くんの事ばっかり考えてる気がする。
「名字さん、見て見て!すごいわよ桜木くん!」
「ああー、うん……天才?らしいからねー」
「そうねぇ、ほんとにそうかもっ!」
「……」
何、この子。何でこんな女子っぽい可愛い声が出せるんだろう。まず私、こんなに声高くない。無理だよ、桜木くんのポジションが仮に水戸くんだったとしてもそこまで感動できないよ。そっか人間の作りが、根本的に違うんだな、きっと。
そうだ。そういえば赤木さん、最近よく7組に桜木くんを呼びに来たりしていた。その際に水戸くんとも普通に会話をしているのに、私みたいに虐められたりしない。
そういう事ね、根本的に作りが違えば他人からの評価も対応もまるで違うんだな、何もかもが。
「……じゃあ赤木さん、私、帰るね」
「え、もう?」
「うん。藤井さんと松井さんも。バイバイ」
それぞれに別れを告げて、校門へ向かっている最中スポーツテストの事前マークシートを持って帰るのを忘れたことに気がついた。
「げー......めんどくさいなぁ」
……机の中だよ。提出明日までだよね。じゃあ明日の朝、学校でやればいいか。
と、思ったけど、朝のちょっとした時間で終わるような量ではなかった気がすると立ち止まる。何か小さい小冊子になっていて、いかにも細かい質問ばっかりのやつだったよね。あー、だるい。めんどくさい。いっか……と、私はそのまま戻ることはせずに、また家路へと歩き出した。
赤木さんみたいな優等生なら、悩む前に取りに戻るんだろうなぁ。そもそも忘れたりしないか。
てか、あの��三井寿�≠チてトラブルメーカー、別に不細工じゃなかったぞ?むしろ、イケメンに入るんじゃないの、湘北のレベルなら。
そんなことを考えながら、今日も帰路につく。空はすっかり暗くなってどこからかカレーの匂いがした。いいな、カレー。今日、我が家もカレーだったらいいなぁ。
*
その日の夜、夢の中で誰かに会った。誰かが、私の名前を呼んでる。私はここにいるのに。
その人は気づかない。ずっと声が枯れるまで、私の名前を叫んでいた。そして泣きだして言う、『助けて』と——。
私はこの人を知らない。女性なのか男性なのかそもそも人間なのかもわからない。声を聞いてもわからない。ただ、どんどんその声は、遠ざかるばかりで。あの声は、誰?
いつも夢だと思って目を開けても絶対にそれは夢じゃない。いつだって、現実。つきつけられる現実。外は雨。ああ、また一日が始まる。地獄のような、面白くもない一日が。
水戸くんは露頭を彷徨う子供のようだと思う。でも心だけは、刺されたって壊されないくらいに冷たい。救いようのないどうしようもない子供のようで——。
でも実際にはもっと単純で……。彼は、ただの高校生なのかもしれないなっても思う。と言うかそうであってほしいと、願っている。もうすぐ、彼の謹慎が開ける。
夢
であれ、よたばなし。
(会いたいな、今すぐに。)
※ image song『 AM02:00/Aimer 』
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