水戸と一緒にいた女。私服姿で茶髪で、たぶん年上。同級生でも見た事のないツラだった。
センコーでもなさそうだし年上彼女か。ったくもうセンコー臨時の奴しかいねえからって学校に女連れ込んでんじゃねーよ。
なんて脳内でひとり呟いていたとき、その女が俺を凝視して言った。
「……三井?」
「……?」
「あー!!はいはい、三井くん。バスケ部の!」
途端に俺を指差して大きな声を出したことで、俺は目を見開き「あ?」と思わず顔をしかめた。その女は、水戸の影に隠れるようにして怯む。
わざとだ、絶対に演技だと思う。ムカつく。
「奇遇だね。なんでこっちにいるんだ?」
水戸は体育館の方をチラと見ながらそう問う。それに対して俺は言葉より先に傘を突き出した。
「傘。」
「傘?」
「教室に忘れたから、取りに行ってたんだよ」
水戸は「俺と同じだ」と言って笑った。そして水戸は先にさっさと歩き出す。雨の匂いがする。俺は——この匂いも、キライなんだよな。
*
「ねぇ、みっちーってどっち方面?」
外に出ると急に黙りこくった俺に水戸が、声をかけてきた。なので俺は「あっち」とつぶやいてピッ、と指を差す。
「わー。ナマエと一緒かー」と水戸はまた笑った。水戸の女が奴の隣で傘を開く。
「ちょうどいいや。ナマエ。みっちーに送ってもらいなよ」
「ンなっ!?」
先を歩いていた水戸がくるっと振り向き満面の笑みで、俺と女にそう言った。俺が驚きのあまり声を出すも、女は特に気にする素振りも見せずにニコニコと笑っている。
な、なんだよ、その二人のテンション。つか、お前もお前でマジ誰だよ?「こいつの彼女です」くらい言いやがれってんだ。
「お、おい水戸!」
慌てている俺に反して彼女はやっぱり「えー」とか言いながらも特に動揺しているわけでも嫌がっているわけでもなさそうに見えた。俺にはよくわからない、高校生カップルのテンションって。
「いいじゃん、もう暗いし。雨降ってて視界悪いし。危ないから」
「んなこと言ったって……」
奴は傘を開きながら俺の方を見る。俺は小さく舌打ちをして、とりあえず俺も傘を開いた。
「ほんじゃあ、よろしくお願いしマス。」
水戸がそう言って俺たちは三人で校外を歩く。何なんだ、この組み合わせは。何かがおかしい。絶対におかしい。俺が傘を忘れたばっかりに……
「……」
「……」
「……」
……え、どうすっかな。しゃべることねーよ。しかも年上。んでもって今気付いたけど二の腕にけっこうがっつりと��墨�%�ってんぞ、この女。
あ、今の時代はタトゥーって言うのか?まぁ、どっちでもいいか。てか、こえーって。鉄男らとつるんでた俺が何を言うかってな。いや、でも、なぁ……?
「ナマエ、やっぱり今日の夕飯オムレツにして」
「えっ、ライスじゃなくて?」
「うん、レツ。なんかそんな気分」
俺もオムレツは好きだ。うめーよな。わかる。って俺の意見なんて聞いちゃいねーだろうけど。
降りしきる雨の中、江ノ電に左から俺、水戸の女、水戸の順で座席に座る。しゃべることなんてないし第一カップルの会話に割って入れるほどの度胸は持ち合わせちゃいない。混んでるわけじゃないし、ちょっとくらい間隔をあけて座ったって責められやしないだろうと思ってほんの少しだけ水戸の女と間をあけた。そもそも、びったりくっつけるわけがない。水戸は足を組んで絶えず彼女に笑顔を向けていた。
「………」
こいつって、こんなに笑う奴だったのか……。俺と会うときは、あんなに殺気立ってたくせに。えー、なんかむかつく。いや待て、彼女と男友達だぞ?態度なんて違って当然じゃね?……いや、待て待て、男友達?俺らって……友達、か?
「こないだもオムレツだった気がするんだけど」
「え?そーだっけ?いーじゃん、美味しいし♪」
「今日は何書くの? ケチャップで」
「そーだなー。バスケットボール?」
「イージーだわ、もっと難しいやつ」
「えー」
てか、夕飯のメニューで盛り上がってるしな。お前ら、同棲でもしてんのかよ。
しばらくすると、水戸はすくっと立ち上がり、見た事もないような爽やかな笑顔で「じゃーね、頼んだよみっちー」なんて言って軽く手を振って江ノ電を降りて行った。へえ……。やっぱ彼女の前では、とことん猫かぶりしてんのな。
「……」
「……」
予想した通り、水戸が消えた瞬間静まる空気。あったりめーだろ、話すことなんかねえっての。
つか水戸って、そんないいか?あいつのために夕飯作ってやんの?あいつっていつもあんな笑ってる?普段、どんな感じなの、水戸って。
思いつく言葉はどうでもいい内容ばかり。あぁどうせバカだよ。現文できねえよ。頭をぐるぐる使わせてるうちに隣で彼女が「あのさぁ」と俺を覗き込んだ。身長(もしくは座高?)のせいかもしれないが、上目づかいだったから、かなりびびった。
「え、あ、おう……いや、ハイ。」
俺は急に声をかけられて驚いたのもあってちょっと吃ってしまう。我ながらダッセ……ウケる。
てかよく見たら、結構なんつーか、水戸の好きそうな顔してるなぁとか思った。まあ、あいつのタイプとか知らんけど。あくまで想像な、想像。
「私、ここで降りるね」
彼女は申し訳なさそうな笑い方をして俺に軽く会釈をしながら立ち上がる。待て待て……そんな気ィ遣わなくていいんだって。
気づくと俺は、傘とスポーツバックを背負って改札を出ていた。江ノ電を降りるときうしろで「え、大丈夫だよ!?」なんて声が聞こえた気がする。空耳かもしれないけど。そして彼女もあわてて改札を出てきた。
「あの、なんかゴメンね?」
俺は700円のビニール傘を広げながら「いーすよ別に」とかちょっとだけぶっきらぼうに言う。
そして傘を広げて思った。あれ?これちっちゃくね?——って。
間違えて持って来たか。暗かったしな、校舎。とか思いながらふと隣を見ると横で水戸の彼女がくすくすと忍び笑いをかましていた。
「あ?何か、ついてっか?あ。いや……ついて、マスカ?」
「いや別に。てか、敬語使わなくていーよ?」
「あ、ああ。……ハイ」
「ぶっ」
「おま、こらえすぎだろ!」
「だ、だって〜」
俺が声をかけると耐えかねたように彼女が笑い出した。そして言った「その傘ちっちゃくね?」と——。水戸の写し絵みたいなノリ口調で中腰になりながら俺を指差す彼女。もう、まるで水戸。水戸本人。「何だこのクローンは」って言いたくなるほどの。
「三井くん、ガタイいいしねぇ」
「……」
「普通の傘じゃ肩濡れちゃうんじゃないかなぁ〜って思ったら、おっかしくて」
もはや一人でツボっている彼女をジト目で見てから仕方なく誰のかも知れないビニール傘を持ち直すと、隣で彼女も傘を広げて雨足の弱まりつつある夜の街へと足を踏み出した。
横で彼女はまだひーひー言いながら笑ってる。ちくしょー、とか、ぼやくことしか出来ない俺。
そういえば隣に女を連れて歩くなんて高校生になってから初めてかもしれないと、ふと思った。
道行く人に訊いてみたい。変な意味じゃなくて俺たちって今、どんな目で見られてますか?——って。
*
なぜか途中スーパーに連行されて、大量に買い込んだ食品を持たされた。
夜もとっぷり更けた頃、新しくもなく、古くもない、大きくもなければ小さくもない……そんなアパートへと辿りついた。
「私のほうが年上だけど、ナマエって呼んでくれていーよ」
なんて。これまた上目づかいで言われながら、彼女はガチャリと色んな種類の鍵がついたキーケースから一本選んでそれを鍵穴に入れて回した。
大丈夫だわ、別に名前を呼ぶシチュエーションなんて今後ないだろうから、と心の中で呟く俺。
「汚いとこですけど、どうぞー」
彼女が俺に先に上がるよう促す。「お、おっ、おじゃまします」なんて少し緊張しながら言って俺は中に入る。
やっべー。女の家に上がるとか二軒目だ。親が知ったら誤解されそうだよな。そもそもアイツが知ったら俺、殺されそう。「寿が他の女の家から出てきた! いやー!寿のスケベえっちアンポンタン!」って言われそうすぎる。あー、やべえ。ウケる。そう言やアイツ、元気にやってっかな。今、高二か?もう、そんなになるか。連絡してー気もするけど、連絡先知らねーんだよなぁ……。
「……?」
足を踏み入れてふと異変に気づく。玄関にあるスニーカー。その隣にある、皮靴。どこかで見た記憶のある、この真っ黒な男物の靴。そういえばここ、すっげー煙草臭くねーか?
俺は台所へしゃがみ、買ってきたものをちゃっかり冷凍庫に入れながらもそんなことを思った。うしろで彼女が「ありがとー」なんて言ってる。そういや表札見なかったけど、いや、表札なんてなかった気がする。
「これで帰るのもあれだし、よかったらお茶とか飲んでく?」
彼女は、慣れた様子で戸棚を開きながら言う。何も答えないでいる俺に違和感を感じたのか振り返って彼女は気まずそうに「あ、門限やばい?」なんて問う。
「ここって……、アンタん家か?」
空気も読めないバカな俺は今までと何ら関係のない話題を持ち出す。
たった今感じ取った不信感。彼女は一瞬、目をぱちくりとさせて当たり前かのように言い放つ。
「ううん、今は臨時で洋平の家だよ?」
なんて——。へらりと力のない笑みで言った。やっぱり、水戸とそっくりな表情をはりつけて。
待て、待て。勝手にこいつの家だと思い込んで来たぜ?ああ、そりゃこいつら付き合ってんだしお互いの家くらい行き来してたって別に——つか臨時って? 何だ、どういう意味だよ?
「あ、でも言っときますけど私、洋平の彼女とかじゃないからね?」
「!?」
俺が冷凍庫を閉めて立ち上がり、次は冷蔵庫、と思ったときだった。「よく、誤解されちゃうんだけどねー」と、そんな言葉が、耳を通った。
「……つ、つき合って、ねーの?」
「え? うん。だって……」
「……」
「姉弟だもん。腹違いの。」
「は——!?」
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