『頭が良い』って、身長が思いっきり高いようなものかもね。座る椅子はどれも平均身長に合わせられていて座り続けると体が痛くなるし、普通に座っているだけで後ろの人からは見えないぞってクレームがくる。
身長は見た目から分かりやすいけど頭の良さは周りから理解されない分、更に孤独そう。
完璧な人などこの世に存在しない。完璧でないところを含めて、それでも、完璧だと思える人と出会えることが��運命�≠ネんだろうなぁ。
*
「……」
「……」
偏見とか差別っていうのは、無知が原因なの。この人の��寂しさ�≠ノ��自由�≠ニいう名前をつけたら、誰か、羨ましがってくれますか。
ねえ……この人は、なに?いったい、誰なの?
「……」
「……」
一番や二番なんてない。大切に思う人に、順番なんて付けられないんだから。それって自分本位な意見だと思う?
「……何か、すると思ったの?」
「……」
嫌われちゃったかな?なんて呑気に笑う、水戸洋平——。さっきの気迫は私が必死に目を瞑って抵抗してる間に消えていた。
どうしようもないほどに濡れた体は洋平くんが持っていたタオルで包まれて補習が始まるはずの時間になっても大会議室には、誰一人として来なかった。
「……」
「……」
意味が、わかんないよ。
��二兎追うものだけが二兎を得る�≠アんなときにそんな、自分勝手な思考が私の頭を支配する。
「なに、その顔」
洋平くんに言われて、我に返る。ありのままの自分でそばにいられるのが理想だった。あなたといると何もかも違って見えるって勘違いしてた。
「抱きしめて欲しいみたいな顔、やめて」
また、そんなことを言って、彼は笑う。まるで悪魔みたい。笑顔をはりつけた、嘘つきな悪魔。
「……笑えるくせに」
ぽつり、私が呟く。
この人は————。
「優しく、しないで」
頭に被っていた彼のタオルをはぎ取って、彼に突き出す。震える体に、震える指先。濡れているからなのか、目の前の彼に怯えているからなのかわからないけれど、私の震えは止まらない。
「笑えるくせに」
「……」
「ちゃんと、好きな人が……いるくせに」
「……」
「優しくなんか、しないでよ」
私は繰り返す。今度は腕が震え出す。さっきの女子たちに向けた震えとは異なる、その震え方。自分でも驚くほどに震えているのだ。
「洋平くんがいなかったら、私は——」
「……」
「ねえ、なんで……?」
「ん?」
彼は私の手からタオルを受けとる。そうして、水戸洋平は——やっぱり、笑うんだ。
「やっと言ったな」
「……っ」
目頭が熱い。熱くて、耐えられなくて。瞑れば流れ出して嗚咽が止まらなくて。止まらなくて、止まらなくて、洋平くんの笑う意味が、やっぱり私には、わからなくて。
「なんで、笑ってんの……?」
「え?だってー、自分で言ったんじゃん」
「……は?」
「笑えるくせに、って」
私が横を向くと洋平くんは一歩、近付いて私の手を掴もうとした。
「——さわんないで!」
私は、その手を振り回して抵抗する。まるで、ただの駄々っ子の子供のように。
「やだ! やだってば!」
振り回す腕を掴もうとする彼に精一杯の抵抗を示す。嫌われればいいじゃん、私なんて。うまくいかない理由をすべてこの人のせいにするほどの人間なら。誰よりも優しい彼を——不幸の原因にするくらい幼稚なら。
答えなんて始めから、わかってた。赤木さんや三井の彼女が選ばれて、私が、選ばれない理由。
『一人に絞った方がいーんじゃね?』
『そーいうの嫌うんじゃねーの?アイツ。』
理由は、原因は、私自身がこうだからだ——。
「や、だってば………!」
もうどうしようもなくて逃げてやろうと思って椅子から腰を浮かした。それが、間違いだった。ふとした拍子に、簡単に腕を掴まれてしまった。
「いい匂い」
「えっ?」
「香水、付けてるよね」
「……っ」
「それ——俺の匂いに、そっくり。」
「……!」
血の気が引く。さっき自分の発した言葉が今更になって頭に響き出す。彼の顔が見れなかった、どうしても。うしろめたい感情がとぐろを巻く。巻き付いて、巻き付いて、離れない。
「良い子だよなァ、名前ちゃんは」
「……は?」
覚悟したのち、発せられた台詞は、それ——。
「は?」
場に似合わず、同じ言葉で聞き返す馬鹿な私。だって、聞き返さずにいられますか、って。
その笑顔。ずっと見たかったはずの彼の笑顔が今は、ほんとに……怖い。
「いー子だ。」
「……」
洋平くんは目を伏せて、私の頭を撫でる。ゆっくりと、湿った私の髪を。
腕を掴まれた状態のまま、体の動きが止まる。私にとっては気まずいことこの上ないのに、どうして——。
「良い子すぎて、馬鹿だ。」
——水戸洋平は、笑うんだ。
「全部、わかってんだろ?」
この人は。
この人は、全部わかっていて、私に近付く。
「はなし、てっ」
「それ、本心?」
醜い嗚咽が止まらない——。洋平くんの顔が、近付く。思わず、ぎゅっと目を瞑る。
「……だから、そんな顔すんなって」
その言葉に驚いて目を開けた、次の瞬間、彼の口唇が、私の口唇に近づく。触れ合う距離、あと数ミリ——。
「……!」
咄嗟に離れて、そして信じられなくて。私は、彼を見る。触れ合うことを魔逃れた私の口唇が、ガクガクと震える。
あれ……?私、キスしたいんじゃなかったの?洋平くんに、おでこじゃなくて、もっとって……思ってたんじゃなかった?何で、自ら逃げたの、今——。
「——して、欲しいのかと思ってた」
「……!」
「あれ? 違った?」
「……っ」
「なんか、言いたげ」
洋平くんはその白く細い、でも男の人の指で、私の顔の輪郭をなぞる。ぞっ、っとする。
「よ……洋平くんが、いると、」
そこまで言いかけてまた近づいてくる彼の端正な顔。口唇が触れ合いそうになった瞬間に、私がぽつりと、つぶやいた。
「辛い——」
触れ合うギリギリの距離で、ピタリと止まった彼の口唇。私は溜め息を吐くみたいにして、ふっと小さく笑った。お互いが離れて相手を見ると、ほんの少しだけ、見開かれた彼の瞳——。そしてすぐに片眉を下げ、言った。
「……そんな、顔して?」
��全てわかりきってる��——そんな顔をした彼にまた翻弄される。わかってるんだ、そんなこと。
そうだよ、洋平くん。私、あなたがいると……辛いんだよ。あなたがいなかったら私は嫌がらせなんか受けなかったし、はぶられることも壊れた彼氏に強姦みたいな真似をされる事もなかったんだよ。屈辱と、後悔でいっぱい。
「俺さ、俺のせいでいじめられてる名前ちゃんを見るの、好き」
彼を見る。私は自分から彼に踏み込んだんだ。泥沼に足をとられて、はまりこんで、うまくねじ込まれて。
「俺のせいで彼氏に怯えてる名前ちゃんが好き」
彼は、笑う。逃げだそうとしたときには周りに助けるものは、何もない。彼によってなくされたすべての、それ——。
「俺のせいで泣く、名前ちゃんが、好き。」
ああそっか、そのための��笑顔�≠セったのね?
やっぱり洋平くん……あなたは、正真正銘の
��嘘つき�≠セったって事で、いいんだよね——?
「……」
「……」
『好き』って、何度も愛を囁かれても響かないのは、どうしてだろう。わかってる。わかりきってる。だってその『好き』って言葉は私に向けて言ってる言葉じゃ、ないんだもんね?
洋平くん。あなた自身も、もう気づいてるんでしょう?その『好き』は��あの先輩�≠ノ、向けられている、愛のカタチなんだってことを——。
この人は笑えるの、ちゃんと。楽しいから笑うの。私はいまだに掴まれている右腕を見る。赤く染まる腕。この人の痕は、彼氏のそれとは違う。
「補習、ここじゃなくなったんだよねー」
「……」
「行こ?」
その腕はなお、引かれて離されることはない。なるほど。私はもう、逃げられない……そういうことなんだね。
優しい
夏
は、どこにあるの?
(あ、そうだ。一個、教えとくよ)
(……?)
(その香水、俺のじゃないんだよなー)
(え……?)
(ははっ、残念でした不正解です。)
(べ、べつに同じの選んで買ったわけじゃ——)
(そんなに、俺の匂いが恋しかったのかー?)
(……っ、教えない、ペテン師。)
(うわっ、ひでー)
※ image song『 未完成/家入レオ 』
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