思いやりの形は人それぞれなんだからお互いの気持ちを言葉にすること。正しさよりも思いやりを大切にすること。自分と同じだと考えずに求めすぎないこと。価値観が違うのは当たり前だから受け入れようとすること。
相手を変えようとするより自分を変えること。
しょうもないな……くだらない。そういう事を偉そうに言っている人もそれに翻弄されて信者のように崇拝している人も嫌いだ。
そんなのぜんぶ俺は、綺麗事だと思っている。
*
中二のとき——母親が他に男を作って消えた。
両親の仲がよくない事は子供なりにもわかっていたつもりだった。でも心のどこかでそういうのが原因で別れたりするっていうのは俺の人生にはちっとも関わりのない事なんだろうなって思っていた。
親父の存在のデカさって言うのを知ったのも、その頃だったと思う。
母親がいないせいか女みたいに口うるさいし、ゴミみたいな存在だなと、卑下してばかりいた。生きる価値もないゴミ。この世で生きているものすべてひっくるめても、それ以下の、ゴミ同然。そんな風に親父のことを思っていた時期もある。けれど、そんな親父が働いて家に金を入れていたのは紛れもない事実だった。それが全てだった。
なのに、全部が狂った。戻ってきたんだ、あの母親が。しかもどっかの男とポッと出来たらしい子供を連れて。それが、本当に最悪だった。
母親は、気でも狂ったように叫ぶわ、殴るわ、夜の街を徘徊するわで。俺の��妹�≠�置いて昼も夜も風俗で働いていた。たぶん哀しさを紛らわすために。父親が母親を幽霊みたいに、居ないものとして扱っていたのも、大きな原因だと思う。
一日の生活もままならないまま、毎日が流れるように過ぎていく。
学校——和光中は浮かれた奴等のふきだまり。バカみたいなくだらない、ちゃっちい話しかしたがらない同級生たち。恋だの愛だの勉強だの何が流行っていて、どれがダメで何が面白いのかも、全部どうでもよかった。
そんな俺の周りはと言うと、似たようなものでたわいもない会話、だいたいは、女・パチンコ・喧嘩・単車。女と会えばヤッて、男と会えば喧嘩して。思えば俺も、そんなゴミ並の生活だった。ただあの頃は、生きていくことだけで精いっぱいだったんだ。当時の自分にとっては。
母親は幼少期から俺を見ては怪訝な顔をして、よくこう言っていた。
『 ほんとうに、うまく笑えない子ね 』
そのせいか『うまく笑えない』と他人から言われると男でも女でも大人でも、その相手に対して一気に心を閉ざしてしまう。こいつとはもう関わりたくない、関わってくるなって、線を引く。
そもそも、欲しくもなかったのなら作らなきゃよかっただろ。産まなきゃよかっただろ。なのに出て行ったかと思えば子供こさえて戻ってきて。
何でよく知りもしないクソガキを、俺が世話しなきゃならねえんだってずっと思っていた。泣くわ、喚くわ、臭ぇわ、うるせえわ。こんなガキ、いない方が……どれだけ生きやすかったか。
なんで産んだ。なんでコイツを産んだ。なんで俺を、産んだんだよ——。
*
文化祭がいよいよ始まってしまったことにより教室にもついにいられなくなり、色んなところを転々と逃げ回って隠れ家を探していたが気づけばもうすぐラストの花火があがるとも取れる軽音部の演奏がバラードに切り替わった。結局最後まで学校にいた私って、意外と優等生じゃない?
チラッと階段の踊り場、窓から外を見てみたらバスケ部が運営しているたこ焼き屋さんに軍団のかたまりを見つけた。暗がりの中、目を凝らしてみたが、その中に洋平くんの姿を確認することは出来なかった。
「あ〜あ、水戸洋平くん、どこ行ったんだろー」
「さっき、桜木軍団の中にはいなかったよねー」
とりあえず、一階に下りて、売店横の自販機でコーラでも買って頭をスッキリさせようと小銭を入れようとしたとき、背後を歩く女子生徒二人組の会話に耳がダンボの如く膨らむ。勢いよく後ろを振り返ったら、体育館の方に向かっていくその二人組が、会話を続けていた。同級生には見ない顔だったのできっとあれは上級生だろうと思う。
「しっかし、あの硬派がさぁ〜文化祭マジックに乗っかって告白受けてくれるなんて思えないんだよねー」
「言ってみなきゃわからないじゃん! ほらっ!探しに行こうよ!」
ちょ、ちょっと待ったぁぁ!!!!告白なんてさせない!誰にも渡さないっ!——と、私は勢いよく校舎を飛び出した。猛ダッシュでバスケ部のたこ焼き屋を目指す。たどり着いた先、やっぱり彼の姿は見当たらなかった。
「……、」
軍団に話しかけれる空気じゃない。何だかあの空間、完全に私ごときは��部外者�≠チて感じだ。実際、部外者なんだけどさ。
誰にも渡さない……!なんて。こんな、独占欲丸出しで何が、彼女がいてもいいや、だろう……すこし、頭冷やそう。
もう一度、校内に戻り、あまり人気のない方へ歩みを進めていると文化祭には使用されていない音楽室の方からエレキギターか何かを弾いている音が聞こえた気がした。引き寄せられるように、そちらへと向かっていけば音楽室に到着する手前ギターの音色がぴたりと途絶える。廊下はシン、としている。
すでに開け放たれていた音楽室のドアから顔を覗かせてみると——見つけた。電気も付けず窓際の机に突っ伏すリーゼントの彼を。その脇には、音楽室に置いてあったらしいエレキギターが立て掛けてある。やっぱりさっきの音の犯人は彼か。ギターなんかも弾けるんだ……何でもできるんだなぁ、すごいな。
「見ーつけ、た……。」
彼のそばまでそっと近づいて行き、そう囁くと突っ伏していた腕の隙間から見えた、閉じられていたはずの瞼がバチっと開かれて、鋭い瞳が私を射抜いたのでびっくりした。そして彼はポツリと呟く。
「見つかった——」
「おっ、起きて……たんだ、ね。」
「なに、何か用?」
「……、」
何か用、と言われると……困ってしまうけど。特にこれと言って用という用はない。ただ、洋平くんがどこの誰かもわからない女から告白されるかもしれないと言う恐怖から、必死に探し回っていただけで。
「——花火、見に行かないの?」
「んー、花火ねぇ……」
まったく、こっちを見てくれない。私なんかに興味はないんだろうな。もういい、現実なんて、所詮こんなものだ、と小さく溜め息をついたとき洋平くんが「あ」と言って椅子から立ち上がる。そして窓際に立った。窓が開いていたので夜風に乗って、洋平くんの匂いがここまで届いてきた。やっぱり、いい匂いがする。なんか、酔いそう。
「俺、この曲けっこー好き。」
軽音部の生演奏。同時に綺麗なピアノの音色も混じり演奏がはじまる。それはディズニー映画の��魔法にかけられて�≠フ曲だった。耳をすませば微かに洋平くんの鼻歌が聞こえてくる。
「踊る?」
その言葉に、息が止まりかけた。彼の表情は、逆光ではっきりとは見えなかったけれど差し出された左手だけは、しっかりと見えた。おずおずと歩み寄り、その左手に自分の手を乗せる。
「……」
「……」
彼女がいてもいいなんて嘘。信じたくない事実を知っているふりをしないと、なんか、立てない気がしたから。
もしも。もしもさ、三井の彼女のことは本当に何とも思ってなくて、好きな人でも何でもないとしたら——少しは、うぬぼれちゃっても、いいのかな。
「——足、」
「へっ!?」
「踏んでる」
「あっ、ご、ごめ……っ」
「いーえ」
「……っ」
だって、ダンスなんかガラじゃないでしょう?よっぽどこの曲が好きだったとか?たまたま私がいたから?それとも、ふざけてるだけなのかな。なにを考えているのか、さっぱり分からないよ。
もう一度彼をゆっくりと見上げたらその口元が何かを言いたげな、そしてそれを抑えようとしているのか、そんな表情をしていた。
葛藤がまざまざと眉間に刻みついている。それは高校生でも同級生でもなくて……悩ましげな、男性の——表情だった。
「……」
「……」
バタバタと足音が聞こえる。気づかないフリをしていた私を置き去りに、彼は私からパッと手を離して距離を取った。ああ……いつもの無表情で冷たい��水戸洋平�≠ノ戻ってしまった。きっと、0時の鐘の音が鳴ってしまったのだろう。魔法はいつも、そこで解けるんだ。
ねえ、教えて。愛してくれないところも含めて愛してしまった私は、一体どこへ行けばいいの?
魔法が解けない
シンデレラ
のお話。
(よーへー!!)
(ん?花道……)
(何やってんだ、探したぞ!)
(おー、わりーわりー)
(ミッチーとなまえさん探し付き合え!)
(へっ?)
(もーすぐ花火あがんのに、いねーんだ!)
(……りょーかい、いま行くー)
※ image song
『Love Letter/CHiCO with HoneyWorks』
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