「おらおらーっ!! どけどけー!!」
「よしっ! 行け!三っちゃ〜ん!!」
『男子棒倒しは、参年組があっという間に勝利を収めましたーっ!!』
三年男子と一年男子の棒倒しを、グラウンドの隅でクラスの子と一緒に眺めていた。
すると、競技を終えたらしい三井率いる三年の男子のかたまりがこちらのほうに向かって歩いてくるのが見えた。そのとき不意に三井と目が合ったので、私はギロっと睨みつける。そしたら鼻で笑った奴が私の座っている方へと向かってきた。
「よぉ、さぼらねーでちゃんと出てるたぁ、偉いじゃねーか」
「……うるさいよ、いちいち声かけにくんなよ」
「おお? あいかわらず生意気だなー、てめー」
三井が腰に両手を当てて背中を90度に折り曲げながら目を細めて私に顔を近づけてくる。怪訝な顔をしてあからさまに身を引いたとき三井を呼ぶ男子生徒の声が背後から聞こえてきた。
「——ほら、呼んでるじゃん。早く行けよ。」
「ったく、女子のくせに口わりーなァ、おい」
「うるっさいなー、早く行ってよ邪魔だから」
三井はガハハハ!と高笑いをしてくるりと私に背を向け風を切って去っていった。
私が安堵したようにハァと重い溜め息を吐けば隣に座っていたクラスメイトが苦笑いを浮かべて「大変だね」と、哀れみの目を向けたのだった。
*
裏口から校舎に入り、自販機でポカリを買って生徒入り口へ向かうと『参年組』という、目立ちすぎるド派手な刺繍が目に突き刺さり、ガッカリする。
「へぇー、組長がサボってんだぁ」
背後から声を掛けた。びっくりしたのかバッと振り返った三井は私の顔をみて「なんだ、てめーか」と、また正面に向き直って、なんと溜め息を吐きやがった。なんて失礼すぎる奴なんだろう。
この位置からでもグラウンドは見える。三井は誰かを探しているのかキョロキョロと視線だけを必死に校外に動かしていた。
「彼女さがしてんのー?」
「……」
「シカトかよ。まあ、別にいーけど」
「敬語使えよ、おめぇ後輩だろが。」
「あ、気にするんだ。すんませんね」
「……チッ。」
私はそのまま、奴の横に少し距離をあけて腰をおろし、体育座りをする。校内のスピーカーから聞こえて来る実行委員が選曲したであろうアップテンポな音楽が二人の間に流れる気まずい沈黙を掻き消してくれた。
「お前、降りたのか?」
「何が」
「水戸信者」
「……関係ないじゃん」
三井は「だから敬語な」と目を細めて笑った。そしてヤツは校外に視線を向けたままでぽつり、低い声で言った。
「で?結局、翔陽の乱暴男とは別れたのかよ?」
「乱暴男って言うな!せめて、彼氏っつってよ」
「ふーん、要は��二股してる�≠チてことだろ。」
「だから……関係ないでしょ」
「ある」
「はぁ!?」
三井は声を上げた私をチラッと横目で一瞥してからぷっと吹き出して、あはははと緩く笑った。そして言う、さらっと流れるように。
「ねーよ。関係ねえ、興味もねーな」
「——でしょ?あーあ、びっくりした。あんたが私を好きなのかと思ったじゃん」
「誰がテメェみてーなのを好きになんだよ」
「は?まじムカつく。超失礼。」
「いい加減異常性に気づけよ。おめーのやってることはただの二股。尻軽、浮気だってことをよ」
「……黙れ、元不良」
「うるせ、水戸信者」
「だからっ、それ、やめてって!」
そんな私の必死な姿に三井が「ガハハハ!」と高らかに笑う。私は「なにがおかしいんだよー、クソ」と、小言をついて舌を打ち鳴らした。
突如生まれた沈黙。グラウンドからは楽し気な湘北高校の生徒らの声が、ここまで届いてくる。
「つーか、あんたこそ人気者じゃん。三井信者がいてよかったね」
「だいぶ迷惑だけどな」
「えー、かわいそ。頑張って刺繍しただろーに」
「だって俺彼女いるしな。見られたら迷惑だわ。あいつが着るなら大歓迎だけどよー」
「……」
「俺、わりーけど、一人の女しか愛せないんで」
三井はそんなことを誇らしげに言う。ジト目でヤツを一瞥してから「ふーん」と軽く相槌を打ち私は顔を正面に戻した。ちょうど、私たちの座る位置から見えた、三井の彼女と洋平くん達の姿。まるで��高校生�≠ンたいに楽しそうに騒いでいる彼女達を三井は少し遠い目をして見つめていた。
「
背負
(
しょ
)
えば?」
「あ? 何を」
「彼女、命って——」
「……。」
私と三井の間にまた、沈黙が流れる。たまらず私が「冗談だよ」と言おうと口を開けかけたとき先に三井が「——じゃあ、」と、言葉を発した。
「お前も、
背負
(
しょ
)
ってくれっか?」
「え……?」
「水戸洋平命、ってよ……。」
「……、」
三井は無言の私には見向きもしないで自嘲するように、フッと目を伏せた。私はややあってからよいしょ、とあえて口に出しながら立ち上がる。
「素直にならないと、素直な人に取られるよ。」
「……」
「……なーんてね。ちょっと珍しく、アドバイスみたいなの、してみた」
「……。」
私はくるりと三井に背を向ける。スタスタと、軽い足取りで校舎の中へ歩みを進めたとき、背後から、声がかかる。それが、やたらと背中に突き刺さった。
「——言うまでもねーけど、」
「……」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ。」
私は一度、足を止めたが、三井の方に振り向くことなく、その場を立ち去った。
相思相愛な人にそんなことを言われたって全然響かないんだから。
わかったよ。腹、括ったよ。もしもアンタが、本気で『彼女命』って背負ったのなら、私だって『水戸洋平命』って背負ってやろうじゃないか。のぞむところだ、バカ三井!
*
三井と無駄な時間を過ごしてしまい、心身共に疲れ果てた私は少し校内で時間を潰してからまたグラウンドに出た。
外ではちょうど障害物競走が終わったようで、見事、一位を取ったらしい三井の彼女が��一位�≠フポールを持って突っ立っている姿が目に入る。
その視線の先には、『三井寿狂』と刺繍されている白い特攻服を纏った女子生徒と、三井の姿。
あーあ。馬鹿野郎じゃん、アイツ。なぁーにが『一人の女しか愛せないんで』だよ。まったく、片腹痛いわ。
「なまえさんっ」
「……あ、水戸くん」
彼女の背後からそっと声をかけた人物——壱年の組長、洋平くん。その場に立ち尽くしていた、三井の彼女が振り返り向かい合う体勢になった。
「一年負けちゃったよー、障害物競走」
「あ、晴子ちゃん越しちゃったの、ごめんね?」
「ハハ、晴子ちゃんも頑張ってたもんなー」
どんだけタイミング悪いんだよ、と思わず声が出そうになった。それもそのはず、三井の彼女が三井に背を向けたと同時に、三井が彼女の存在に気づいたからだ。
「おめでと、一等賞」
「……うん、ありがとう」
「まだ——着る気、ねえの?特攻服。」
「……うん、ない。」
一等賞——。私からすればあなたはすでに三井からも洋平くんからも、もう一等賞を取ってると思うよ。
贅沢だよ……。みんなに愛されてるあなたは、それでもまだ、他人からの愛情を求めている。
なんで私ばかりが間違っているんだろう。何で私だけ『尻軽』って……『二股』なんて、言われないといけないんだろう。不公平だよ、神様。
素直にならないと、素直な人に取られる——。私はちゃんと、洋平くんには素直なつもりだよ。
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