�� これからだよ ��
忘れていた痛みは……埋もれていた記憶を掘り起こす。
永遠じゃない、だからこそ愛おしい。
本当に��これから�≠セって、思ったのに——。
*
「……あれ?」
あれから数日後の昼休みが終わる少し前の事。もうすぐ本鈴——そんな時間帯に、階段の途中の踊り場の窓から、見覚えのある背中を見つけた。校舎裏に向かう、黒髪リーゼントの彼だ。
「……洋平、くん?」
私はちょっと背伸びをしてみる。すると、洋平くんらしき男子の隣に誰かいることに気づいた。軍団かな?——でも、何だか胸がざわついて目をそらせなくなった。恐る恐る少しだけ覗き込むとそこには……洋平くんと、キスをする女子生徒。
「——ッ」
思わず叫びそうになってそこで本鈴が鳴った。
気が付くと私は、走っていた。こけそうになる階段を駆けて、駆けて、駆け下りて、滲む視界を必死に振り払う。
なんとか一階に降りて、下駄箱の前で見慣れた長身を見つけたら——体育着姿の彼、三井の腕を思わず私は引っ張っていた。
背後から強く引っ張られた事で、大胆に後ろに「うおっ」と仰反る奴、三井が勢いよくこちらを振り返る。
「……おまっ、名字!?」
「……っ」
「え?……おい、大丈夫か……?」
「もうやだ……!」
私はそう言ってその腕を掴んだまま奴を階段下に連れ込んだ。三井は、はじめこそ焦っていたが意外と抵抗もせずに、素直についてきてくれた。
「……おい、どうした?」
「やっぱ、やだよ……!」
「は? 何?どうしたよ。落ち着け、聞くから」
「も、わかんない……っ」
「……だからっ! 落ち着けっての!」
パニックで、言いたいことがまとまらずにいる私の肩を三井が掴んで、激しく揺さぶる。そこで私はハッと我に返る。
「あ……っ、え、っと……」
「……何だよ?ゆっくりでいいから言ってみ?」
「……っ、」
三井がしゃがみ込んで私の顔を覗き込みながら私の左手首をそっと掴む。その三井の手の温度がほんのり温かくてなんだか不思議な感覚に陥る。
「……洋平くん、キスしてた」
「あっ!!?」
私が言うとばっと勢いよく立ち上がった三井。本当に運動神経がいいんだなぁ、と。こんな時に無駄に感心してしまった。
「ほんとかっ!?いつ、誰と!?」
「さっき。しらない女子と。」
「……」
「……」
三井は、やれやれと頭を振ったあと、後頭部をガシガシと掻きむしり、ため息をつく。そんな奴のことを上目遣いで下から見ていれば私に視線を戻した三井が気まずそうに目を逸らして言った。
「俺も——前にみたことある」
「……うそ、」
「ホントだ。……つっても学校じゃなくて普通に外でだけどな。手ぇ、繋いで歩いてたぜ」
「……」
「俺が見たのは、もっと年上の女だったけどな」
「……、」
思考が、フリーズ。私は思わずしゃがみ込む。三井も合わせてしゃがんでくれた。めちゃくちゃめんどくさそうだったけど。
てか、そんなのうそだよ。だって、洋平くんは毎日のようにバイトなんだよ?……なんて、彼を庇うのはやめよう。私だって、気付いてたんじゃないの?彼の空気に、匂いに、他人の気配はしていた。今さらじゃん、全部。
「やっぱ私なんかは、ただのクラスメイトなんだよね」
「……」
「そのほうが、楽だわ。」
私はきゅっと口を結んだ。泣くなよ、私。泣き過ぎなんだよ、最近。しかも、コイツに泣きつくなんて……どうかしている。私は立ち上がった。それに合わせて、三井も気怠そうに立ち上がる。
「……ごめん。テンパった」
「別に俺ァ……いーけどよ。それより大丈夫かよお前。さっき、マジでやばかったぞ?別人だったかんな?」
「あは……ごめん、忘れて」
「引きとめてごめん」と三井に謝って体育の授業でグラウンドへ歩いていく奴の背中を見送った。
私もひとつ深呼吸をしてから、教室に戻ろうと踵を返した——そのときだった。
「 仲良いね、みっちーと。」
背中に、ぞっとするような悪寒。デジャブ——よみがえる、あの日の午後の……英語の時間。
振り返ると、そこには洋平くんがいた。あなたさっきまで、女子と裏にいたんじゃないの?とかなに笑ってんの、とか。近寄らないで、とかいう頭で——。
「……そんなこと、ない」
「え? 抱き合ってたじゃんさっき」
「……!」
「見境ないねー。カレシいても、色んな人にツバつけたくて仕方ないんだもんなー?」
「……洋平くんに、言われたくない」
「え、何言ってんの?俺、彼女なんかいないよ」
「……っ」
ホントに、怖いんだけど……。ほんと神出鬼没すぎる。私は後ずさる。洋平くんは至ってすました表情で歩み寄ってくる。階段下のスペースなんて、そんなにない。いきどまりなんてすぐそこ。また、嫌な不安が襲う。首の裏がぞわっとする。
「あの人にカノジョいるって知っててこんなことしてんの?」
「だ、だから、そういうんじゃ……」
「あーあ、許せないねー」
「え——?」
ほら、いきどまり。背中にコンクリの壁の温度が伝う。冷たい……。まるで、彼の心のようだ。
壁に追いやられた私に彼は近づいて、壁と腕で私を挟み込む。まさかの壁ドン、とかいうやつ。こんなときに、体験したくはなかったけれども。
……洋平くんの、顔が近い。
「嫌いなんだよなー俺、そーいうの」
「……、」
「マジでさぁー何で、アイツなの?」
耳元で声がする。心臓がうるさい。体が焼けるくらいに、熱い——震える……。耳は、やめて。
「……ムカつくんだよ」
「っあ……ッ!」
重低音が、脳を壊す。やっぱりダメだ。ほら、堕ちた——。
*
連れてこられたのは、教員専用の男子トイレ。すぐとなりは職員室だ。授業の始まっている今はもうほとんどの職員はいないだろうけどそれでも危惧するにはいいこと。一番奥の個室で、両手の自由をうばわれた。唇を噛んで声を押し殺した。
生理的に出る涙の意味をしらないままなら——たとえば、泣くほどに悦いと捉えるか、それとも泣くほど厭なのかと捉えるに違いない。でも相手は手練。女の表情の違いくらい、たやすく知れるはず。
「頼むよ」
「……、」
「アイツにもう、ちょっかい出さないで」
「……っ」
「色々と、めんどくせーからさぁ……」
縋るような、そのやや掠れた声に、歪む視界の奥、精神の限界の奥、理性の最奥で、そんな事を思った。
——苦しいのに、
どうしてこんなに、気持ち良いの?
いつも夢だと思って目を開けても絶対にそれは夢じゃない。いつだって、現実。つきつけられる現実……。
片っぽな恋
に、心がまた破てる前に。
(次見つけたら、ほんとに怒るからね、俺。)
(……、)
(ごめんね、痛かったよね?)
(……よ、へ……くん、あの……私——)
(ほら、先出て。センコーにバレる前に)
(……っ)
※ image song『 片っぽ/eill 』
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