地球には長い年月をかけて姿や形を変え、さまざまなグループに進化した、生き物達が暮らしている。
生き方も見た目も違うけれど皆それぞれの命を輝かせている。水槽の中には私達『人間』と同じグループの生き物もいる。
水の中ではほとんど見えない透き通る体は海の中で、どんないい事があるのだろうか。それぞれの透明の違いを観察しながら考えてみよう。
光の路、きらめきの回廊。私は、彩って生きる透明に出逢った。それはただただ、ひたすらに、蒼く澄んで透明だった。
15歳 12月
― 15歳 12月 ―
あっという間に入学式、夏休みが過ぎ、一年の中でも大イベントと称されている文化祭と体育祭も終わり雪国なんかでは霜が降りるほど寒い季節になった。気づけばもう、冬休みが目前に迫っている。
なんとなく家に帰りたくなくて放課後、近所の公園でブランコに乗って、携帯電話をいじくっていた。夜の公園ってカップルばかりなんだなぁ。あそこと、あっちと、そこと……三組か。あとは純粋に犬の散歩をしている人とか。こんな夜に?まぁいっか、そんな事はどうでも。
携帯電話の画面には20:47と表示されている。今日も誰からも連絡はなし。最近は、恋人からの便りすらもなくなった。このまま……自然消滅しちゃったりして。てか、洋平くんはバイトかな。
特にする事もなくて、でも家には帰りたくなくて、やっぱり公園でうだうだしているしかない。甘々なカップルは、この際放っておくとして……
「……」
キイ、キイ……とブランコが揺れる。目を空に向けては、星の数を数えてみる。神奈川の空は、そんなに星の数は多くない。数えられる程度だ。まるでとんだロマンチストだ。しかしそれくらいやることがないのだ。でも、なにかしていないと連絡を無意識に待ってしまうから。
期待なんかしたくないのに、彼からの連絡を、いまかいまかと待ち望んでしまう。そして、その度に泣きたくなって。なんであんな男のために、何で洋平くんのために……私が一喜一憂しなきゃいけないの?——え、待って。洋平、くん?彼氏じゃなくて?
「……、」
そもそも洋平くんは何とも思ってないんだよ。だって最近まともに言葉すら交わさないし。とか言って、私が避けちゃってるのもあるんだけど。私と目が合ってこちらがそそくさと逃げるようにその場を去ったとて、追いかけてもこない。
やっぱり私が一方的に入り浸っていただけなのかな?彼のテリトリーに——。それを迷惑がっていただけ?
でもさ、あんな事を言われちゃったら、いくら私でも、避けちゃうよ無意識に。
『頼むよ、アイツにもうちょっかい出さないで』
『色々と、めんどくせーからさぁ……』
『次見つけたら、ほんとに怒るからね、俺。』
洋平くん、怒ってたなぁ。怒っていたというか怒りを、頑張って抑えている感じに近かった。
三井の彼女がそんなに大事か、そうか。なにか弱みでも握られているのかな。だって彼女に対する想いは��恋愛�≠フそれとは違うんでしょ?でも怒ってた。はいはい……悪かったよ、私がぜんぶ悪かったですよ。
「……って、だから。ダメだってば」
ほら、すぐにこうやって考えてしまう。考えたくないのに。もしかしたら忙しいだけかもだし。バイトが忙しくて、疲れているだけかもよ。学校でも声を掛けるタイミングとか、掴めてないだけかもよ?けどさ、連絡の一本くらい入れてくれたっていいじゃん。って、そもそも私、洋平くんの番号なんか知らないんだった……。
「おじょうさん」
「……ん?」
空から視線を正面に戻すと、スーツを着たおじさんがいた。一瞬、私服警官に補導でもされるのかと思って、ドキッとした。
「は、はい……」
「おじょうさん」
「はい」
「おじょうさん」
「……はい?」
「おじょうさん」
「……、」
私服警官では、なさそうだ……。確実に様子のおかしい目の前の男性に何だか怖くなってきて、急いで立ち上がる。私がブランコから離れようとすると、その男性に左腕を掴まれた。
「わっ!」
そしてぐいぐい引っ張られる。ちょ、待って!待って、なんだこれ——!?
「ちょ、すいません、離してください!」
「ハァ、ハァ……」
「やだ、離して!はーなーしーて!誰かぁー!」
そう叫んで辺りを見回した……が。嘘でしょ、さっきまでいた甘々なカップル三組とか犬の散歩をしていた人たちの姿がない。ふざけんな!女子高生を置いて逃げんのか、アンタらは!!
「……へへへ」
「……!? ちょ……うわっ!」
急に思いっきり腕を引かれて、そのまま地面に尻もちをついた。この状況、色々とやばくない?目の前のおじさんは、薄気味悪く下唇を舌で舐めながら笑う。背筋がぞっとした。
逃げたくて男性に背中を向けた瞬間ものすごく強い力で、制服のスカートを引っ張られる。
「きゃああ!」
もう半ば半狂乱で私は叫んで、全下げの直前でおじさんの手を掴んで、なんとか阻止した。おじさんの生ぬるい息がかかる。気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い——!
「キモいんだよっ!エロオヤジーーーー!!!」
——そう、叫んだときだった。
「死ね」
バキッ。ガッ。ゴッ。——ガ ア ン !!
色んな音がして、聞きなれた声と匂いがして。おじさんの汚くてぶっとい指が私のスカートから離れた、と思っていたら。
「あーあ、ザコ。」
「……よ、ようへ、くん……?」
私の目の前には水戸洋平の背中があった。彼の後ろからチラと覗くと吹っ飛ばされたおじさんが向こうの方で、のびていた。
えっ、と……ばきっ、がっごっガーン!だったから四発かな。四発、KOか。え、すごい……。
「何してんの」
「え、」
くるりと洋平くんが振り向く。久しぶりの洋平くんの声だ、と思った。それくらいに私達は最近絡みが極端に少なくなっていたから——。
「つーか、何されてんの。らしくもない」
「どっ、どーいう意味!」
「強くなるんじゃ、なかったのかい?」
「そ、それは……」
「なに女子高生っぽいことされてんのって意味」
「わ、私は……っ!現役女子高生ですよっ」
洋平くんが私に合わせて、しゃがんでくれた。久しぶりにこんな近くで会話を交わす気がする。少なからず、緊張している自分がいる。
「痴漢とか、そんな色気あったんだねー」
「そ、そりゃあ……」
洋平くんと同じ空間にいても何にもされたことないもんね。��何も�≠ヘなんか語弊があるけど。てか……色気なんて糞くらえだよ、色気なんて、
「……ない、けど……っ」
「泣かなくていーよ」
「泣い、てない、し……」
「いや、泣いてるよ」
「泣かないよ!」
不意に、入学当初を思い出す。保健室に運んでくれた彼との思い出。手伝わせて、調子に乗って洋平くんがそばにいる事にテンションが上がって事故を起こして、それに巻き込んでしまった事に落ち込んでいる私に彼が、かけてくれた言葉。
『参ったな……泣かなくていーよ』
あのときの優しい声音には程遠いそれは、私の心を抉るのには充分だった。
泣いてなんか——ないよ。結局は、洋平くんが優しすぎるんだよ。泣いてやるもんか。どうしてこんなときに丁度、良いタイミングで現れるの。ヒーローなの?……ねえ、なんで?どうして?
悔しい。助けてもらって喜んでいる自分にも、ちょっとだけ、期待していた自分にも。だって、ズルいよ。ズルいじゃん、こんなの……。
「追いかけて、こなかった、くせに」
「あー、……うん」
「連絡先も、し、らないし」
「うん」
「学校でも、シカト、するし」
「……泣くなって」
「怖かっ……、!」
洋平くんの腕が、私の背中に回った。頭が働かない。動けない。ただ一つわかるのは洋平くんの匂いがするってことだけ。
洋平くんの着痩せしている胸板。私も恐る恐る手を伸ばした。背中にその手を回す。涙もずっと枯れてくれなくて。ずるい。やっぱり、ずるい。洋平くん、あなたはいつだって、そうやってはぐらかすの。
体が少し離れると私はなぜかドンっと尻もちをつかされた。そして急に、首筋にキスをされた。驚いて彼を見ると全然真面目な、至って、いつも通りの顔だった。
「洋平……くん?」
そっと名前を呼ぶと、くすりと彼は笑って私の耳の裏へと唇を這わせた。体を捩ると、ぺろりと耳を舐め上げられる。
「——な、なにっ?」
耳を押さえて彼を見る。すこしだけ、ほんとにすこしだけ、洋平くんを怖いと思った。何故かはわからない。でも、なんか……怖かった。
「あ、あの……」
話し掛けようとしたその時、洋平くんの右手が私の首を掴む。少しだけ湿った——筋張った彼の手の温度がじんわりと私に伝わってくる。そしてそのまま体を地面、公園の草むらに、倒された。髪に雑草の感触。慌てて彼の、その手をつかむ。でも意味がない。彼の右手は私の首に回された。
「——な、何してんの!?」
「……」
彼は笑ったまま、何も言わなかった。なんで、何も言わないの——?
そんな私を無視して、信じられない力で彼は、私の首を絞めた。
「……ぁ……っ!」
思わず目を瞑った。息ができない、怖くて彼が見れない。信じたくない。意味が、わからない。
「んっ……ぅ、あぁっ!」
声にならない声が漏れる。彼の左手が私の太腿の内側を撫でた。こんなときなのに、そのことに体が反応してしまう。ぴくぴくと、肩が揺れた。
苦しくて、苦しくて、苦しくて苦しくて苦しくて——生理的な、涙が溢れた。悔しくて、意味が分からなくて。
……狡い。洋平くんは狡い。いつだって何にも言ってくれなくて。誰にも心なんか、開いてくれない。
「……あ、ぁ、んくっ……んんっ……!」
曖昧な記憶の真ん中で��死ぬかも——�≠サんな無意識。とたんに降る、洋平くんの甘い口付け。だけど、やっぱり口唇にだけは、触れないんだ。
「……っ!」
——息が、できないよ、洋平くん。
「……ん、っふ……」
死んでもいいと思えた。洋平くんの、腕の中でなら。何でだろう。理由は知らない。でも流れた涙は嘘じゃない。どうしよう、おかしくなる。
苦しい、
悔しい、
苦しい、
悔しい、
苦しい、
悔しい、
苦しい、
悔しい、
苦しい、
悔しい、
苦しい……………、——
気持ち良い……?
「——ぁ……っ!」
遠い意識の中。私の好きな、誰かの匂い。甘い誘惑——こんなところで?
首を絞められ、太腿を撫でられて。甘い甘い、口付けの嵐。私はそこで、意識を手放した。
壊れそうな叫びは『
傷つけないで
』。
(助けて——、)
※ image song『 Lonely Hearts/加藤ミリヤ 』
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