『君の心がわかる』と、容易く誓える男に、なぜ女はついて行くのだろう。そして泣くのだろう。
キミがすさんだ瞳で、強がるのがとても痛い。憎むことでいつまでも、あいつに縛られないで。
愛だの恋だの、そう思うことがどうでもいい。
それ以前の、問題なんだ。
それでもキミが笑ってくれるなら俺は悪にでもなるよ。
*
終業式の日——。
あいかわらず部活動に向かう、彩子とリョータくんを見送ってから私も帰りの身支度を整える。掃除当番且つ、ジャンケンで負けた私はその手にゴミ袋を持ち、校舎を出た。
「なまえさんっ」
ゴミを捨て終え背後からかかる声に振り返るとそこには一年生の水戸くんの姿。雰囲気からしてこれから、バスケ部の見学にでも行くのだろうと察する。
「水戸くん……。バスケ部の見学?」
「あー、そうね。なまえさんは?」
「うーん、今日は……このまま帰る予定」
やや目を伏せめがちに答えると水戸くんはきょとんとして「え?」と言う。思わず、目が泳いでしまう。まさか明日から冬休みに入ると言うのに今日起こった��あの出来事�≠�、ぺらぺらと話す気にもなれず、私は苦笑いだけを浮かべた。
「じゃあ——途中まで一緒に帰りましょ」
「えっ?」
まさかの提案に、今度は私が、きょとんとする番だった。水戸くんは「さて、行こ?」と言ってさっさと、校門の方に向かって歩いていく。とりあえず私は、急いで彼のあとを追った。
*
「次で降りようぜ」
どの駅に降りるのかな?なんて思っていたら、水戸くんがそう言って立ち上がった。それと同時に江の電は止まり、他の乗客に紛れて水戸くんが降りて行ったので、私も慌てて降車する。電車を降りた時いるはずがないのに無意識に視線を辺りへ彷徨わせてしまった。
人のいない小さな駅を通り抜け、商店街の方に自然と足を向ける私たち。
「……」
「……」
私……何、してるんだろう、なんて。
水戸くんとは、今までもふたりだけでこうして改まって、遊び歩くことなんてなかった。一緒にジョギングしたことはあったけど、それについて寿がしつこく怒る事もなかった。なんていうか、それ以上触れたくない——みたいな感じだったといいますか……。
寿よりもやや小さな背中を見つめながら、彼の後ろを歩く。すると前を歩くその彼の足が止まりついっと、斜め右を指差した。
「ねぇ……気晴らしにバットでも振っちゃう?」
顔を上げると、そこには古めかしいバッティングセンターがあった。チカチカと、看板の電気が切れかけているほどの老舗……。
「うーん……」
「何だ?暗いな。明日から冬休みだからかー?」
「い……いやぁ……」
「でもさ、こんなの巷の高校生がいつもやってることだろ?」
その言葉に、私は水戸くんと目を合わす。彼はふっと笑ってまた視線をバッティングセンターの看板へと向ける。水戸くんって……顎のラインがとっても綺麗だなぁと思う。
「だから、大したことじゃねーと思うぜ」
「で……でも、」
「いい機会じゃん。みっちーと付き合ってから、バスケばっかで高校生らしいことしてないだろ」
「……、」
「俺が、全面協力してやるからさっ」
珍しく水戸くんが食い気味に私に言葉を浴びせてくる。こんなこと、本当にめったにないので、私もうまく返答ができなくて、狼狽える。
そんな様子の私に彼は、ニッと笑った。それはまるで——勝算があるかのように。
「たまには、ワルになってみろって。」
そう言って、水戸くんが私の顔を中腰になって覗き込んできた。そんな涼しい顔で見つめれても正直、困ってしまう……。
「——、」
結果……私が折れる形で、私たちは二人でバッティングセンターへと足を踏み入れたのだった。
*
実はバッティングセンターに入ったのは初めてだった。昔から男友達と言えばあの三井寿だったため、野球よりはもちろんバスケット——という環境で、私も育ってきたからだ。
私の個人的な好奇心で水戸くんのバットを振る姿を見てみたかったので、二人で立つのではなく一人ずつ振ることにした。
まず先に水戸くんに入ってもらい私は後ろからネット越しに、彼のスイングを見物。彼は体育の授業も結構サボっているらしいのであまり運動をしているところを見る機会がない。ただ、逃げ足とか、喧嘩とか、原チャリでの運転なんかを見ていると身体能力に優れているようには見えていたずっと前から。その予感は、さっさと確信に変わってしまう。
——ぱきんっ!
素人目には速すぎて目が追いつかないボールをさっきからボコスカと、ホームランをさせている水戸くんの、わりと華奢な背中に驚きが隠せないまま、私はずっと彼を見つめている。
——ぱきーんっ!
小気味いい音をさせて本日何本目か忘れたホームラン。私は気づけばポカンと口を開けていた。
「ちょっと、水戸くん……」
「んー?」
「野球部から、スカウト来ちゃうんじゃないの、これ……?」
「えー。ボーズは勘弁だ、なっ!」
——ぱこーん!
言いながら気持ち良さそうにバットを振って、またヒット。もう機械的なタッタラー、みたいな音も、だいぶ聞き飽きてきた。
「なんかあったのかー? みっちーと。」
「え……?」
言いながら気持ち良さそうにバットを振って、またもヒット。少女漫画みたいな爽やかな笑みを浮かべた水戸くんがこちらを振り返るが、無言の私を一瞥して、またすぐに視線を正面に戻した。カーン、カーンとボールを打ちながら水戸くんが少し声を張って言う。
「なまえさんさぁー」
「……?」
「よく、わかりやすいって言われない?」
「……ははっ、よく言われます、はい……。」
私は思わず俯いた。それを知ってか知らずか、水戸くんが勝手にそのまま話し出した。
「不安な事、不満な事があんなら言わないとな」
「……、」
「そう思ったら、やっぱり言いたいことを伝える勇気みたいなのも大事かなぁって俺は思うけど」
「……っ」
「素直になる勇気——出してみな?」
「——。」
やっぱり彼は——エスパーなのかもしれない。今なら彼、水戸くんに今日起こった出来事を話せる気がした。でも、言ったところで、解決なんてするのかなって弱気になってしまって、やっぱり口を閉ざしてしまう私。そうしてなんやかんやで最後の球を打ち終えた水戸くんが、バッターボックスから出てくる。
「あー、スカッとしたァ」
「水戸くんさぁ、実は、自分が来たかっただけでしょ?」
「はは、正解ー!でもなまえさんも絶対振った方がいいって」
「スカっとするよ」と言われながら、水戸くんと入れ違いに私もバットを持って定位置についた。
「ふぁいとー」
だいぶユルい応援の声が、ネット裏からする。ばしゅっと音がしてボールが放たれる。ここだ!
「せいっ!!」
——すか、っと。もうそれは絵に描いたようなスカ。でも水戸くんの言った「スカッとするよ」とは別の意味の。
勢い良く振った私のバットが空を切る。しかもめちゃくちゃな、ドリフみたいなスイングで。
「……ん? あ、あれ?」
「ドンマイドンマイ!まだ球は腐るほどある!」
そうだ……。戸惑っている暇はない。ここまできたら、もう恥ずかしいとか言っていられない。私が顔を正面に戻すと、ボールはすでに目の前。
「てりゃあっ!」
気合いを入れたのもつかの間、またも勢い良くバットを振るが、安定の空振りという展開。
「ど、どーいうこと……」
やっぱり、かなり恥ずかしい。頬が熱くなる。そのとき背後で、ケラケラと笑う声がした。水戸くんだ。ちくしょー笑ってんなよ、そこの不良!真面目に狙ってくぞ!今は雑念を捨てるんだっ!
デフォルメしたらきっと今の私の目には、炎が描かれているやつだ。
バットをぎゅっと握り直し、もう一度気合いを入れて、私はその後もバットを振り続けた。
*
「0本だったなー。世界記録だよ、もはや!」
「……むぅ、」
とっぷり陽も暮れて、月が照らす駅までの道を手を叩いて笑いながら隣を歩く水戸くんの脇腹を私は軽くどつく。
「ねえー、いつまで笑ってんのー」
「だってさ、やる気と結果が伴わなすぎてさぁ」
「わっ、私だってねえ!毎回調子がいいわけじゃないんだからねっ!?」
「あれっ?調子がいいときなんてありました?」
「あ、あのねぇ〜!」
ひーひーお腹を抱えている水戸くんをジロリと睨む。若干、頬を赤らめながら。まさか私だってかすりもしないなんて思わなかったんだ本当に。
「もう、見てなよー?次行ったときは今の10倍は打つからねー?」
「おーおー、威勢がよろしいことで」
「水戸くんは、もう! 自分が三本しかミスしなかったからってさぁ〜!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら私達は駅に辿り着く。来た時と別の色の江の電に乗りつり革につかまって揺られること約10分。水戸くんが私の腕時計をチラッと見てから呟いた。
「……8時か」
「え? もうそんな?」
「明日の一限数学なんだよな。ダリィ、サボろ」
「こらこら。サボんないで、ちゃんと出なさい」
「うわ、なんかセンパイみてー」
「センパイなんだよ、私は歴とした」
「ええ?そうだっけー?それはそれは……」
ニヤリと水戸くんが私を見る。私は思わず女子みたいにして頬を膨らませた。それを見た彼は、ふっと目を細めて電車の窓、真っ暗な外の景色を眺めながら言った。
「遅いし、送るよ」
「えっ! いいよ別に。大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃねーよ。今日つき合わせたし。責任もって家まで送ります、みっちーのかわりにな」
「……、」
平気だよ、悪いよ。そう答えようとしたのに、不意に出された彼氏の名前に、胸がドキンと音を立てた。そういえば鞄の奥底にしまいこんだ携帯電話は、元気だろうか。思考がついよからぬ事を考えそうで、必死に頭を振る。
「——そういや。みっちーから、連絡あった?」
何ら今までと変わらぬトーンで彼がそう訊ねてきた。心を読まれたのかと思って焦った。私は、途端に表情が暗くなる。そんな私の顔色を彼が、窓越しに見ているような気がして、なかなか顔を上げられない。
「……わかん、ない。」
本当にわからないので、曖昧にはぐらかすと、「鳴った気はする?」と、優しげな声色で質問が続いた。
「……しない。」
素直にそう言うと「そっか」と言ったきり水戸くんも黙ってしまった。ここでようやく顔を上げる決心ができてそっと落としていた視線を正面に戻す。
『三井〜、成績全くあがってないぞ?』
『……スンマセン』
『これじゃあ、行きたい大学厳しいぞ?』
『ハイ』
『推薦ダメだったんだから、受験するんだろ?』
『まぁ……はい』
『彼女作って浮かれてんのもいいけどな今最優先しなきゃならない事他にあるんじゃないのか?』
今日見てしまった光景が、頭の中で反芻する。部活の見学に無断で行かなかったこと、怒ってるかな……なんて、窓に映る自分を見つめながら、ぼんやりと思う。それか疲れていて連絡するのを忘れてしまっただけかもしれない。それとも——
「もう……ダメなのかな。」
「……。」
不意に漏れていた心の声に、私自身は気づきもしない。だから、水戸くんがどんな顔をしていたのかも、知る由もない。
真実を知るのが怖くて片方の手で鞄の持ち手をギュッと握りしめた。
*
水戸くんが降りるべき駅を通過して私の最寄り駅に電車が着いた。申し訳ない気持ちを抱きつつ水戸くんの横を並んで歩く。ここに、彼と一緒に降り立ったのは私史上、初めてかもしれないな。
「なんか、さすがにもう、夜は冷えるな」
街灯がぽつぽつと並ぶ住宅街。横を流れる海の方を見つめてぽつりと、水戸くんはそう言った。まるで、独り言でも呟くように。
「……そうだね。まぁ、秋の次は冬だしね」
そう返すと笑いながら、違いないと返された。
コンクリートの壁で出来た、角を曲がる。もうひとつ角を曲がれば、もうすぐ、私の家に着く。
やや賑やかな眺めから一変、民家が並ぶ平和な町並み。なんだか......一気に、現実に戻ってきたみたいだ。
言葉数は明らかに少なくなっていた。そんな中少し久しぶりに黒髪リーゼントの彼が口を開く。
「な、」
「ん?」
「もし、みっちーが——」
どくり。その名前に、ちょっとだけ心臓の音が大きくなる。
「怒ったらさ。俺、怒り返すから、安心しな?」
「……え?」
「なまえさんが怒らねーから。俺が怒るよって話」
水戸くんを見上げると、彼も上を向いていた。でも、あさっての方向だ。多少の居心地の悪さに私は意識的に、鞄を持ち直す。
「ケンカ、するってこと?」
「んー。なれば、なるなァ」
「ダメだよ、安西先生と約束したんでしょう?」
「オヤジと? 俺はしてないよ。花道たちがな」
「だって……それ私、どうしたらいいの?」
「そうねー。味方したらいいじゃん」
「味方?」
「そう。」
「ど……どっち、の?」
会話のテンポが明らかにおかしい。こんなのは初めてのパターンだった。時間帯が、そうさせるのか、それとも、こうして初めて水戸くんと私のテリトリーを二人で歩いているから、そうさせるのかは、永遠の謎。
「……そりゃ、なまえさんが味方したい方でしょ」
小さく。でも、それでいて、はっきりと、彼はそう言った。お互いの足が止まる。なぜかはわからないけれど、自然とお互いが足を止めたのだ。
「……なに?それ。変なの。」
「——ねえ、訊いてもいい?」
平静を装うのに必死だった。後ずさりしてこのまま駆け出して逃げ出したい感覚。だって、考えたくない事項だ、これは。それなのに——。
追いつめたと言わんばかりの水戸くんは、少しだけ首を傾げた。月明かりと街灯が彼と私を照らしている。そして、ほんの少しの笑みと一緒に、
「なまえさんは、どっちの味方する?」
真ん中、ストレート。小細工なしの豪速球が、逃げ腰の貧弱バッターへと、襲いかかってきた。やばい、膝が笑いそう。
「……」
「……」
風もなくただ、あたりからは、海の音が響く。季節は、冬。私の頭の中は確実にオーバーヒートしそうだった。
口にしてもいいものか。声に出してもいいものなのか。それを決めるのが今なのか。でも——、どうして急に、そんなこと……。
「……ねぇ、それってさ、」
「うん」
「考えたら、終わるやつ」
「へぇ、じゃあ考えてよ」
「え、考えさせたいの?」
「うん、そう。」
「それは……そんなの、え……なんで、」
ちょっと……待ってよ。頭、真っ白だからっ!私がその場にへたり込みそうになった、その時。
「よう、そこの二人。」
——前方より。聞き慣れた低音ボイスが辺りに轟いた。暗がりでもわかる長身と、見慣れた黒と赤の色をした上下お揃いのジャージ。
��SHOHOKU�≠フ刺繍が施されたズボンのポケットに両手を隠して、こちらを見据える彼は——三井寿、私の幼なじみ兼、彼氏だった。
プラトニック・ラブ
に 翻弄される。
(私史上、最恐最悪の日……!?)
※ image song
『 プラトニック・ラブ/神はサイコロを振らない 』
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