私は、あなたとの恋で、たくさんのことを学びました。その中でも強く学んだことは運命なんてものは、ないということ。
一緒にいることにより運命になっていくんだと知ることができました。
好きになった事を後悔はしない。どんな恋でも無駄な恋なんて一つとして、ないはずだから。
*
寿はそのまま、大股気味に距離を詰めてきた。まさかの展開過ぎてリアクションが取れない私。どんな顔をしたらいいのかわからず自分の表情の作り方を忘れてしまった。
彼は、私と水戸くんを交互に見て、すぐそばで足を止めた。私達よりもゆうに大きい彼は私達を見下ろすように、上から目線で睨みつける。
「おめーら、デキてんのかよ?」
普段よりも数倍低いトーンで彼はそう言った。その問いに、水戸くんは怪訝な顔をする。
「だったら、どーすんの?」
「てめ……」
勢いで、水戸くん掴み掛かりそうになった彼に私は抱きついて、それを制止した。
「違う! 違います、違うから!」
「あら、それは残念。」
「水戸くんもっ! 適当なこと言わないで!」
「ははは、ノリ悪いなー」
私は女子なので体を張って止めないと物理的に抑えられないので、いつもこうだ。軽く笑う水戸くんを複雑な表情で見返す寿が、チッと舌を打ち鳴らして、水戸くんと距離を取る。しかし、水戸くんが煽るように、飄々と言い放つ。
「そんなこと思うって事は、みっちーさ、自分に自信がねーのか?」
「あ?」
「なまえさんから愛されてる自信。ねーからそんな考えに行き着くんじゃなくて?」
「……水戸、テメェ」
私は思わず水戸くんを見た。彼は至って普通。いつもと変わらぬ表情で、やや首を傾げている。
「テメェ、何が言いてーんだよ」
「アンタはなまえさんの気持ち、考えたことあんのかって話だよ」
「……、」
「なまえさんがどんな気持ちで自分の隣にいるか、みっちーに想像つくかな」
「なんだと?」
「余裕ぶっこいて、自分優先なことばっかしてるアンタには、わかんねーかもしれないなー」
言い終わる前に寿は動き出していた。私が慌てて止めに入った腕もかなわず、彼は水戸くんに、右パンチを繰り出す。
「寿……!!」
私は思わず両手で口元を押さえた。でも、次の瞬間、水戸くんは来るのがわかっていたように、そのパンチをひらっと交わしたのだ。だがそれも予想の範疇だったのか寿は振り向き様に左で拳を突き出す。でも今度はそれを水戸くんがパシッと華麗につかまえた。
「みっちー、アンタ……俺に勝てないの知ってるよな」
「うるせぇ! んなの今はカンケーねぇだろ!」
「アンタがいつまでもそんなだとなまえさんなんか、すぐどっかの野郎にかっさらわれちまうぜ」
「……!」
そのまま水戸くんは、寿の腕を引き、ぐわんと一本背負いをした。ダシーン!と、重そうな音があたりに響き渡る。一瞬の出来事すぎて何が起こったのか考えるのに時間を要した。すると——、
「——なーんちゃって。」
パンパンと両手をはたきながら水戸くんはあっけらかんと、そう言い放った。コンクリの地面に叩き付けられた寿は、目を開いたまま、大の字になって放心していた。
「寿っ!」
収着したのを見計らった私が、駆け寄って手を貸すと寿は「痛って、クソっ……」と背中を摩りながら、上半身を起こした。
「だっ……大丈夫?」
「ああ、痛てぇの背中だけだ」
服の汚れを払ってやると、水戸くんが寿に目線を合わせるようにして、しゃがみ込んだ。王道のヤンキー座りとかいうやつで。
「おい、元不良の主犯——」
「うるせー、テメェは現役だろうが……」
「はは、現役ねえ……」
「……っ、」
「——なかなか、タフじゃねーか……」
「……!」
無傷の水戸くんは、涼しい顔。悔しそうな寿はジロッと、水戸くんを睨め付けて牙を剥くが——
「——次、泣かせたら……本気でいく。」
その言葉に、寿は目を見開いた。私は、そっと水戸くんへと視線を向ける。
「そんときは、グーな。」
水戸くんはグーパンを作って、それを寿の目の前に差し出して見せた。
水戸くんは私なんかいないみたいにしてこちらを一瞥もしない。私は、突然の出来事に動揺していて、油断したら涙が出てきそうだった。
「……ああ。」
遅れた反応で、寿は苦笑するように、頷いた。「じゃあね」と立ち上がり、ひらひらと手を振る水戸くんの背中を私はただ黙って見つめていた。
*
それから私たちは言葉もなく暗黙の了解で私の家に来た。
さすがに立ち話で済ませられるものでもないしどっか他に行くのもなんだかなぁという雰囲気で足は自然と近くにあった私の家に向かったのだ。
父は帰宅していたが「お父さん、寿をちょっと上げてくから」というやり取りだけをして二階の自室へ舞い込んだ。さすがのうちの父も、私達のこのただならぬ雰囲気を察知したらしく特に口を挟まれる事はなかった。
「……ジャージ汚ねーから、脱ぐ」
「あ、うん……。」
ぎこちない会話が、とんでもなくむずがゆい。こんなの、久しぶりだ。
「……ハンガー、かけるね」
「おぅ」
ジャージを脱いで渡される。それをハンガーにかけて、私がいつも制服をかけているところへと引っ掛けた。ジャージの下に部活のTシャツを着ていたらしい寿はいつもみたいにローテーブルの前に座った。
「……」
「……」
なんとなくそばにいづらくて、私はその隣ではなく、後ろのベッドへ腰を掛ける。着替えるのもあれなので、とりあえず私は制服のままでいた。
「………」
「………」
会話はどちらかが口を開かなければ、始まらない。そう、わかっているんだけれど。私も寿も、人より負けず嫌いなところがあるので、こうして喧嘩をしたときはいつも、仲直りに時間を要するタイプだった。他愛のない喧嘩は、数え切れないほどしてきた。だけど、こうやって関係に亀裂が生じるようなやつは、言うほど経験が無い。
黙っていると家の中の生活音が響く。晩ご飯のいい匂いがして、水道の音がして、テレビの音がして——お父さんのスリッパの音がして、近所の誰かの家の、玄関のドアが閉まる音がした。
泣きたくなる……。人間関係とは——?なんて考えそうになる。だめだ。
『そう思ったら、やっぱり言いたいことを伝える勇気みたいなのも大事かなぁって俺は思うけど』
『素直になる勇気——出してみな?』
水戸くんの言葉がふと頭をよぎった。勇気——ぎゅっと拳を握ると斜め前にいて俯いていた彼がすっと、背筋をのばした。
「なぁ、」
「……はい」
「お前よ、何か俺に言いたいことあるんじゃね」
彼がどんな顔をしてその言葉を言っているのか知りたいけれど知るのが怖くてこの位置に座った自分を少しだけ後悔した。表情の見えない会話とは、これほど恐怖を伴うものかと。
「……上から」
「あン?」
「上から目線」
「……、」
でも、表情が見えない故、普段なら空気を読むことができるのに、あえてそうしない自分にも、このとき気がついた。
「……んなことねぇけど」
「言いたいこと言ってどうすんの。怒るでしょ」
「それは、言ってみなきゃわかんねーだろ」
「怒るよ。どうせ怒って私を叱るよ。言ったってどうにかしてくれんの?」
「ほらな、どうにかして欲しいことなんじゃねーかよ。言えよ、たまには素直に。」
彼はぽり、と頭をかいた。私は、震える両手に気づきたくなくて、隠すように制服の袖口に手をしまい込む。
「そんなの本人が一番わかってると思うけどね。私が言わなくたって」
「はぁ……お前なぁ」
彼が振り向く気配がして私は咄嗟に膝を抱えて頭を、そこにつけた。目を合わせたらきっと——流されてしまうから。
「……顔も、見たくねぇってか?」
「……っ、」
ベッドに彼が腕をかけた。ぎしっと少しだけ、傾く私の体。ああ、らしい気配。そういう空気。そう、感じた瞬間——
「なんでそうやって、我慢してんだよ」
「……」
「言いたいことあんなら……言えよ」
「……」
「……ダンマリかよ。一番嫌いなやつだわ」
ハァ、と彼が、忌々しいなにかを払うように、ため息をついた。……ああ。もう、嫌だ。
「……っ、」
ついに、涙が出てきた。きっとまた怒られる。寿は私の涙が大嫌いなんだ。泣けばいいと思ってる、そう何度も言われてきた。嫌われることしかできない私なんて——。
鼻をすする音に気づいた彼が、また小さく溜め息をついた気配を感じ取った。
「泣いてんじゃねーよ……」
「……っ、泣いて、ません」
「泣いてっと、話進まねーだろ」
ベッドにかけた自分の腕にうなだれる彼を隙間から見て、私の中の何かが弾けてしまった。
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