『浮気心と浮気は違う。距離としては一歩だけど浮気心は、まだ未遂でしょ』
『でも浮気心って、まだお互いの気持ちを確認しきれてない、探り合っている、浮気の一歩手前の一番いやらしい気持ちのことでしょ?』
『確かに。浮気心は浮気の一歩手前なんだけど、逆にそれが本当にいやらしくて、嫌じゃない?』
『そうなの。何かやらしくて気持ち悪くない?』
今朝、重い気持ちのまま登校していたら上級生の綺麗な先輩たちが、そんな会話をしていたのが不意に聞こえて来た。
あ……なんか、吐きそう。
15歳、5月
― 15歳、5月 ―
「あ、ほら」
「あー、あの子?」
こらこら……人を、指さすんじゃないよ。
吐き気のするような一日が終わり、私は帰路についた、そんな下校時間だった。
あれから水戸くんともあの仲が良かったはずの女子二人とも喋らなかったし適当に過ごしていたら、あっという間に一日が終わっていたって感じだった。そして、あっという間に数日が経った。
私の高校生活もこれで終わりかもしれないな。あの女子二人組は結構顔のきく子たちだったし、悪い噂は尾ひれ背びれがついて、数日で校内にも広まっているだろうと想定した。あー、めんどくさいなあ……。
私は歩きながら『今から行くねー!』と彼氏にメールを送る。送信、と——。
「ぶへ!」
「うおっ」
歩きながらメールを打っていたら、校門を出たところで、思いっきり人にぶつかってしまった。まったく、私はどうしてこうも色気のない声しか出ないんだろうか。とりあえず、謝罪しないと。
「す、すみま……って、水戸くん!?」
「あ、名字さんだ」
ぶつかったのは、水戸くんだった。厄日が続きすぎやしないか、最近の私。湘北高校って結構の人数の生徒がいるはずなんだけど、なんでよりによってこうも私の頭を悩ます相手ばっかり……。
「ちゃんと、前見て歩かないとねっ?」
「う、うん。ごめんね」
「なんか俺ら、ぶつかってばっかだな」
「……」
あ、またそうやって笑う。無理やり作った笑顔みたいな顔で。
ねえ、水戸くん。笑うのは、楽しいから笑うんだよ?笑顔を作っていれば、いいわけじゃないんだよ?ちゃんと、わかってるのかな……。
「……俺、そんなに笑えてない?」
「えっ……」
心を読まれたのかと思って焦った。目が合うと微笑みながら目を閉じて彼は俯いた。まるで自嘲するかのように。
取り繕う必要なんかない。私が「うん、」ってそう、はっきりと肯定しようとした、そのとき。
♪〜♪〜♪〜・・・
「……」
「……」
雰囲気をぶち壊す、今度は『おどるポンポコリン』の着メロの登場。私……着信音を変えた方がいいのかもしれない。いや、もはや脳みそ丸ごと取っ替えた方がいいんだろうな、きっと。
「あはは、ちびまる子ちゃん?」
「あ、う、うん……」
「メール?」
「ご、ごめん……ソーデス……」
色々と疲れ果てて携帯を開いてみればメールの相手は彼氏からだった。私はもう一度小さく溜め息をつく。
「彼氏だ?」
「え……?」
私は思わず水戸くんを見た。すると水戸くんは困ったように眉を下げてフッと笑う。そうして、遠くの方を見ながら、独り言みたいに言った。
「顔、こわばった」
「——、」
片思いなんて扁桃腺と同じだよ。なんの役にも立たないのに病気の元になる——こんなときに、昨日見たドラマの台詞を思い出すなんて。てか、なにそれ……なんなのよ、それ。お見通しは……どっちだよ。
「行くの? 彼氏んとこ」
「うん。今日約束してる」
私がちょっと笑いながら答えると、水戸くんは気まずくならないよう気を遣ったのか「そっか、どこで待ち合わせ?」なんていつものようなテンションと口調で、会話を繋げてくれた。
「うっわぁ〜、まじだよ」
「げー、やばっ!」
聞こえてきた声に反射的に私と水戸くんは同時に声のする方を見た。そこには同じクラスのあの女子、二人組の姿があった。
「ラブラブー」
きゃはは、と笑いながら、私と水戸くんの横を通り過ぎてく二人組。ほんと……こういうのいい加減にしてほしい。だめ、乗っかっちゃダメってわかってる。でも——
「あ、あのさっ——」
「行こっか、名前ちゃん」
——え?
反撃してやろうと口を開いた私の声を遮ったのは水戸くんで、私の手は強い力で水戸くんにつかまれていて、私達を見て笑って通り過ぎたクラスメイトを追い抜いて、その二人とすれ違う間際に水戸くんが、クラスメイトの女子二人をちらっと見た。私はその瞬間を、逃さずしっかりと見た。
——新学期、あの日の下駄箱でのシーンを思い出す。あの時のメンチを切られた瞬間の怖さを、私は思い出したのだ。
クラスメイトが立ち止まった。彼女達がヒクと息を呑んだのがわかった。あの日の私と同じだ。涙が、出そうになった。
*
「……」
「水戸くん」
「……」
「水戸くんってば」
水戸くんは歩くのが速くて、私は小走りで彼についていく。つかまれた左腕は、未だ放されずにそのままで。誰もいない夕暮れの道を水戸くんと二人きりで歩いている。
「水戸く——」
「知ってるよ」
「えっ?」
水戸くんは立ち止まり、私に背を向けながら、ぽつりと言う。すごく寂しそうな背中。このまま抱きつきたくなった衝動を、必死に抑え込む。
「あの日から、ずっとああだろ?」
「……」
「わかっただろ? 俺なんかと関わるから、こうなるんだって」
「……」
「もう関わんないで。俺、何とも思わないから」
「え……」
「急に名字さんから避けられたとしても、別に大丈夫だし、俺そーいうの慣れてるから平気。」
その言葉を聞いたあと、私は、ぱっと手を振り払った。すると彼が振り向いた。目が合う。遠くからは『夕焼け小焼け』が聞こえてくる。
「……じゃあ、なんでこんなこと、すんの?」
真っ直ぐ、見る。彼の目を、真っ直ぐに。水戸くんは、驚いたように目を見開いた。夕日が彼の瞳に映ってキラキラしている。まるで、泣いてるみたいに見えた。そんなわけないけど。
「なんで、私のこと庇ったりするの?」
——お願い、そらさないで。
「保健室で彼氏との電話、なんで遮ったの?」
「……」
「なんで、家まで送ったりしたの?」
「……」
「かまうなみたいなこと、言うけどさ……」
「……」
「知らねーよとか、突っぱねるけど、さぁ……」
私は一歩、水戸くんのほうへと歩み寄る。水戸くんが珍しく眉間に皺を寄せる。未確認生物でも発見した時のような顔だ。「何なんだ、コイツ」みたいな顔。
「ほんとは——」
「……」
私はそっと、水戸くんの手を取った。少しだけビクッと身を引いた水戸くん。ぜんぶ、はじめてお目にかかる��水戸洋平�≠セった。
「誰かに、かまってほしいんじゃないの?」
「——。」
五月——。風が吹いている。湘南の海の匂いがする。まだ海に入るには早い季節。そんな初夏の下校時間。雰囲気をぶち壊す、『おどるポンポコリン』が鳴り響く。
ごめんね恋人よ、もうすこしだけ、このままでいさせてあげて。私ね……?放っておけない人、できちゃったよ。
突然降り出した皐月雨が全身を濡らす。私を、水戸くんを——。酸性の水の音に紛れて、微かに聞こえた彼の声は……
「……——。」
上手く聞き取れなかったけれど、すこしだけ、熱いような気がした。
そっと回された腕は震えていた。私が抱き返すことは、なかったけれど。
それでもやっぱり。とても、良い香りがした。男性の、いや——水戸くんの香りでいっぱいだ。
ままならない
思春期の気持ち。
(……さてと、帰りますか)
(う、うん……)
(あれ? 顔、真っ赤。)
(だ、だれのせいだよっ!)
(はははっ)
※ image song『 Ref:rain/Aimer 』
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