童話『シンデレラ』は、魔女の力を借り豪華な出で立ちで舞踏会に参加した彼女、シンデレラが王子様と出会い、互いに惹かれ合っていくお話。
有名なシーンと言えば魔法が解けてしまう深夜0時の鐘が鳴る前に、お城から帰ろうとしたシンデレラがガラスの靴を片方だけ落としてしまう、あのシーンだろうか。
その靴を拾った王子様は、シンデレラを忘れることができず『この靴の持ち主を探し出して結婚する』と国中にお触れを出してまでシンデレラを熱烈に捜し求めるという展開にまで発展する。
実はこのとき、恋の主体者は『王子様を求めるシンデレラ』から『シンデレラを求める王子様』に変わってしまったのだ。前者は継母に虐げられている日陰者のシンデレラ。魔女の力を借りなければ舞踏会に出られない虚飾に満ちたシンデレラにとっては決して叶える事のできない夢物語だが後者は権力者である王子様の強い愛情があれば、強引に押し通すことができる。
以上の事より『追う恋』よりも『追われる恋』の方が幸せに繋がる場合もあるということが証明された。
『 ガラスの靴を落とすなら今 』
要するに自分から相手に恋をして追いかけるのではなく相手に恋をするきっかけを与え、自分を熱烈に追いかけさせるほうがよい。
そして言うなれば、そのチャンスは��今�≠オかない——ということだ。
*
我が校、湘北高校では学年やクラスによって、委員会の実行委員を数名選出しなければならないという決まりがあった。いかにも��学校�≠ニいう感じだ。
内申書に響くとか、その委員会の担当の先生に気に入られたいからとか、そんな理由から、自ら立候補する生徒も多い。結局は皆、内申書のためなのだろうと思う。
それでもやっぱり現実は人数が足りていないという理由で勝手に先生に指名されるというオチが待っている。しかも部活動に所属している者は、それを待逃れるという謎の暗黙のルールまで存在し俺たちのように帰宅部の連中が最終的に空いた枠に選ばれるのだ。
そんな俺はといえば言わずもがな、勝手に担任から指名された側のメンバーだった。
今日は不定期で開かれる委員会の打ち合わせ。基本的には委員会の担当教師のクラスで行われることがほとんどで、俺の担当、保健委員の教師は三年一組のやつだった。なので放課後、わざわざ三年の校舎まで出向いたというわけだ、が……。
「水戸くん!」
委員会の集まりが終わったあと教室を出ると、不意に背後から声を掛けられた。
俺はぴたりと立ち止まりゆっくりとした動作で振り返る。「誰?」と思いつつ、その人物を確認できたとき、その相手が知り合いだった事に俺は目を少しだけ見開いてへらりと笑みを浮かべた。
「なまえさんじゃん」
「うんっ」
彼女はコクンと一つ頷く。「委員会?」と言いながら俺の横に並んだ彼女と自然に二人で廊下を歩くかたちになる。
「そう、保健委員」
「ええ? 水戸くんが?」
「なァにその言い方、侵害だなー」
ハハと両手をポケットに入れて少し屈む姿勢で歩きながら、軽やかに笑って返す。
「だって『クラスの傷病者の引率や介護に当たり幅広く健康管理に努めます』——って活動内容でしょー?」
と、彼女は手に持っていたA4サイズのプリントの束を眺めながら「水戸くんが保健委員か」とか何とかボソボソと呟いていた。俺はそんな彼女を横目に見て浅く笑って言う。
「だから、それ侵害」
「ごめんごめん。てか毎回渡されるよね他の委員活動のレポート用紙。これ処分に困るんだよね」
「あァ、紙の無駄だよなー」
言いながらもすでに自分の分はさっきの教室に置いてきたので何も言える立場ではないのだけれども。しかし、手ぶらな俺を怪訝な顔つきで眺め「そんなんで務まるんか、保健委員」とでも言いたげに、彼女は口を噤んだ。
「三井〜っ!!」
突如、背後から聞き慣れた名前を呼ぶ女子生徒らしき声が聞こえてきて、ビクッと肩を揺らした隣を歩く彼女に、チラと視線を向けてしまった。それでも俺は、歩みを止めず後ろを振り返った。やはり聞き間違いではなかったことだけ確認したあと俺はすぐに首を正面に戻し、そのまま何事も無かったかのように会話を続けた。
「バスケもう観に来ねーの?花道、会いたがってるぜ?」
「え? 私に?」
「ああ、なまえさんよいしょすんの上手だからな」
「晴子ちゃんだけで満足しなよね、欲張りめー」
「ハハ、それ本人に言ってやって」
こうして普段通りの、たわいも無い会話を繰り広げている最中でも、無意識に背後の会話が耳に入ってきてしまうのか、他の事でも考えて気分を紛らわそうとしているのが手に取るように伝わってきて、思わず溜め息を洩らしてしまう。
「三井〜、カラオケ行こうよ〜」
「ああ?バカ野郎、俺は部活あるんだっつーの」
「え? もう引退したでしょ?」
「顔出すんだよ……身体なまるから」
「えー付き合い悪いわぁ、せっかくクラスのみんなと馴染めてきたのにぃー」
「はあ?……もういいか? 俺、部活行くぞ?」
「えぇー」
自分と同様にみっちーがクラスの皆と話すことくらい日常茶飯事だと言うことは本人も理解しているだろう。それでも惚れた弱み。人間様の真骨頂��気になる�≠ニかいうやつか……。
でもこんな狭い学校という空間で別れた相手と約半日近くも一緒に過ごさないといけないのだから、いちいち気にしていたら身が持たないんじゃないかなとも思う。
「……あ。」
突然立ち止まった彼女にならって俺も「ん?」と足を止める。不思議そうに彼女の顔を覗き込んでみれば、苦笑いをした彼女がぽつりと言った。
「ペンケース、忘れて来ちゃった……」
「あー、二組に?」
う、うん……と言いながらその場に立ち尽くす彼女。ややあって「俺取りに行ってやろうか?」と、出来るだけ明るい口調で提案した俺に視線を向けてきた彼女に小さく息を吐いて、困った顔を晒し「戻るの嫌だろ?」と、助け舟を出す。
「……ううん」
「ん?」
「水戸くんのイケメン発言に反省して自分で取りに行きます」
言ってくるりと踵を返して視線を自分の足元に落としながら三年二組の教室に向かう彼女に着いて行けばそれに気付いた彼女が今度は不思議そうに「ん?どしたの?」と俺を見やる。
「変な
輩
(
やから
)
がいたら困るだろー」
「え?」
「ホラ、こないだの靴棚での奴らみたいな」
「……」
「雨の日のさ?」
と、正面を向いたままで言うと「水戸くんアリガト」と、ぽつり。なんとも弱々しい声が返ってきて俺は面を食らいつつ「いーえ」と言う。
そのまま一緒に三組の教室の前、廊下のど真ん中で未だ話し込んでいる男子生徒と、そのクラスメイトらしき女子生徒の横を通り過ぎて、二組の教室を目指す。そのとき感じた背中に突き刺さるような視線はきっと、気のせいじゃないだろう。
「失礼します……」
律儀にも、断りを入れてから教室内に足を踏み入れた彼女は早歩きでさっき座ったであろう席の机の上に置き去りになっていた自分のペンケースを手に取る。その姿が、廊下の壁に寄っかかって待っていた俺にも、はっきりと見えた。
「……失礼しました」
何とかミッションをクリアし、教室の入り口に戻ってきた彼女と俺のあいだを繋ぐ廊下を、堀田と仲間が通り過ぎて行く。そのとき、堀田が俺に気付いたらしく「オゥ」と言って、呑気に片手を翳してきた。
「どーも」
そのままの姿勢で一応、頭を小さく下げ返せば堀田たちが去っていく。その背中を見送ってから彼女が廊下を渡ってこちらまで歩いて来た。
「ごめんね? ちゃんとあったよ」
「よかったね。じゃ、戻りましょっか」
「うん」
今度は、さっきとは逆の方向に向かって二人で歩みを進める。一組の教室の角を曲がるとすぐに階段がありバッドタイミングでその階段の一個目の踊り場を歩いていた彼女の元彼を発見した。
相手は俺達に気づいてこちらを一瞥したもののすぐにサッと視線を逸らしてしまった。素直じゃないのもここまでくると、もはや才能だと思う。
「……はぁ。」
彼女が小さく溜め息を吐く。そうして俺よりも先に階段を降りはじめた彼女の後ろを少し遅れて着いて行った。
彼女の足が速かったのか、相手の足が遅かったのかは分からないけれど、気付けば二人の距離はもうすぐそこ、の位置まで近づいていた。
「……」
「……」
無言でも、お互いが何を思っているのかが手に取るようにわかって、ちょっと笑いそうになる。
彼女がそのまま、相手を後ろから追い抜いた。そして間もなくして、俺も彼女と同じくその影を追い抜いて一応、建前上、声をかけてみる。
「みっちー、お疲れー」
「……、ああ」
俺も同様に彼女の元彼をスルーして通り過ぎると思っていたのかどうなのか、定かではないが、俺が声をかけた事に動揺したらしい目の前を歩いていた彼女が階段の最後の一段というところで、派手に前のめりになって踊り場に膝を着いたので驚きを隠せない。
「痛……った、」
「大丈夫か!?」
思わず大きめの声が出てしまいその自分の声がやたらと階段に響き渡る。それでも彼女は、振り向きもせず「大丈夫」と情けない声で呟き、自ら立ち上がろうとした、まさに、そのとき——。
「……!」
俺の真横を風が通り抜ける。気づいたときには彼女の目の前に手が差し出されていた。
言わずもがなその人物はあの、三井寿だった。
彼女はその手の差出人を確認するよりも先に、背後の俺に視線を投げて寄越す。
俺はというと右手で階段の手すりを持ったまま「あ」と口を開いて目を瞬かせて、その場で足が止まってしまった。
「……」
「……」
ようやく俺から目の前の人物へと、ゆっくりと視線を戻した彼女。少しめんどくさそうに、顔を背けながら手を差し出している相手が口を尖らせ吐き捨てる。
「……ンだよ、早く立てよ」
「……ッ」
「お前はシンデレラかっつーの……」
そのままの体勢でしばらく沈黙が続く。痺れを切らした相手が「つかまねーのかよ」と、不機嫌そうに小さく舌を打ち鳴らし、その手を引っ込めようとした仕草が見えた。ダメだったかぁ……と哀れみの目で見ていたら今度は彼女が、勢いよく相手の手を引っ張った。ぎょっとして彼女を見る相手に、俺は無意識に目を細める。
「あらら」
思わず呆れて、心の声が漏れてしまった。俺は今いったい何を見せられているのだろうかという疑問は、とりあえず片隅に置いておく事にする。
相手に補助してもらって、彼女はそれを支えにようやくぐいっと立ち上がった。お陰様で二人の距離が、さらにぐんと縮まった。
「……膝、怪我してんじゃねーのか」
彼女の手を掴んだまま彼女の膝を覗き込むようにして、少しだけ屈む体勢を取った彼女の元彼。
「保健室行った方がいいぜ。——水戸、」
存在を消しつつ二人の動向を観察していたら、突然名前を呼ばれ、面を食らって咄嗟に敬語で「ハイ」なんて返してしまう始末。
「おまえ、保健室連れてってやれよ」
「え——俺が?」
思いがけず、素っ頓狂な声が出る。「アンタがそのまま連れてってやれよ」と続けざま言いそうになった口を、俺は噤んだ。
「あ? お前、保健委員だろ?」
え……真面目かよ。アホなのか?委員会とか、そんな今このシチュエーションでわざわざ役目をまっとうさせなくてもいいだろ。そんなんさぁ、状況的にみっちー、あんたが連れてってやれよ。
——と、言いたい気持ちをすべて飲み込んで、それでも俺は端的に言葉を返す。
「……そーだけど。 え、なんで知ってんの?」
「ああ? さっき一組でやってただろ、委員会」
「あ、ああ……」
困り果てはしたが「俺のクラスでも保健委員のヤツが一組行ってたから知ってんだよ」と必死にブツブツと言い訳じみたことを呟いていたので、何も言い返せなかった。
その刹那、掴んでいたままの彼女の腕を、更にぐっと引き寄せた相手の行動に彼女が「うおっ」と色気のない声を発していた。本気で俺は一体、なにを見せられているのだろうかと考えあぐねていれば硬直している彼女を無視して、眉間に皺を寄せ、唇を尖らせた喧嘩の弱い元ヤンキーが言い放った。
「ドジばっか踏んでっと、そのうち死ぬぞ?」
「……ハ、ハイ。」
「マヌケ」
やや口角を吊り上げ笑ってそう言い置いた彼が彼女からようやく距離を取る。そうして、そっと繋がれていた手を自ら離した。
「じゃーな」
片手を軽く挙げて、相手はそのまま先に階段を降りて行く。
嵐のような、瞬間だった。取り残された彼女と俺は、しばらく無言のままで立ち尽くしていた。
「あっ……ありがとうっ……!」
程なくしてずいぶんと上ずった声で誰もいない階段下に向かって叫ぶ彼女に「もうさすがに聞こえねーんじゃねえの」と笑って言えば、その声がやたらと階段に響いて元彼の降りて行く姿を見つめていた彼女が赤面しながら今度はパッとこちらを振り返る。
「あっ、でも。聞こえたかも、なまえさんの声」
「え……?」
「……
あの人
(
・・・
)
になら、な?」
「この階段響くしなァ」と付け加えてゆっくりと階段を降りていく俺が彼女の隣に立つ。
「……じゃ、保健室行こっか。」
その声掛けに彼女がこちらをチラ見してきた。俺は小さく息を吐いたあと、彼女の耳元で囁く。
「——我が校の、シンデレラさんっ」
そんな、おとぎ話のワンシーンみたいな台詞に対して更に真っ赤なリンゴの如く赤面した彼女が思いきり、俺の背中をバシンッ!と叩いてきた。
俺はポケットに両手を突っ込み、軽い足取りで階段を先に降りて行く。
「ハハハ、全然痛くありませんっ」
赤面のまま彼女がブツブツと小言をつきながら後ろを追って来る上履きの足音と俺の笑い声が、湘北高校の階段にこだましていた。
さぁ、
ガラスの靴
を落とすなら、今だよ?
(0時の鐘の音に焦ったシンデレラは、階段に硝子の靴を落としてしまう。あれってさぁ)
(み、水戸くん! 怒るよ!?)
(シンデレラがわざと落としたって、知ってた?)
(え……?)
(筆箱、わざと置いてきたのかと思ってさ)
(う、うるさいなぁ……)
(ハハっ)
※ image song『 シンデレラ/PLUE 』
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