正義のヒーローとは、正義の心の強い人や義を固く守る人、偉大な行為や、役割を果たした人を指す。
��正義の味方�≠フ例として有名なのはやはり、国民的人気な、あの『アンパンマン』だろうか。
アンパンマンの作者は『本当の正義とはお腹のすいている人に自分の食べ物を分けてあげる事』と述べているが『強いからヒーローなんじゃない喜ばせるから、ヒーローなんだ。』という言葉も残している。
しかし、その人の考える『正義』は人によって違うものなので、それによって常識の枠組みから外れたとされて事件を引き起こしたり問題になる事も実際にはあるわけで。
正解なんて誰にも決められない事で、絶対的な正解も出ない。
人間が、意思を持つ生命体としてこの世に存在する限り『正義』というものは永久のテーマなのではないのかなとも思う。
*
放課後のバスケ部見学という日課がなくなってからかなり経つのに今日は何となく家に帰りたくなくて最寄り駅を降りて近所の公園のブランコに乗って携帯電話を開いたら、グッドタイミング、お父さんから遅くなるとのメールが入っていた。
夜の公園はカップルばかり。する事もなくて、でも家には帰りたくなくてやっぱり公園で時間を潰しているしかない。
放課後のプリクラ、ファミレス、カラオケ……そんな事をしたい友人たちは悲しいかな、みんなバスケ部員だ。
キイ、キイ……とブランコが揺れる。目を空に向けては、星の数を数えてみる。神奈川の星は、そんなに多くないからすぐに数えられる。まるでとんだロマンチストだ。でも何かしていないと、連絡を無意識に待ってしまう。期待なんかしたくないのに、幼馴染からの連絡が、いつかいつかと待ち望んでしまう。そして……その度に泣きたくなって。
なぜ私が彼のために一喜一憂しなきゃいけないのだろうか。寿は、何とも思っていないんだよ。だって言葉すら交わさない。私も自ら、彼を避けちゃってるのは事実だけど。
「……あー、もう。ダメダメ」
ほら、すぐにこうして考えてしまう。考えたくないのに。相変わらずバスケとか勉強が忙しくて連絡する暇がないだけかも。学校でも声を掛けるタイミングを掴めてないだけかも。うん……そういう事にしておこう。よし、この話はおしまい。
「そこの、おねーちゃん」
「……え?」
空から視線を前に戻すと目の前に五人組の男性がいた。内二人は私服。残り三人は学ラン。私と同じ、学生なのだろうか。一瞬、私服警官に補導でもされたのかと思って焦っちゃった。
「は、はい……」
「その制服、湘北高校だよね〜?」
「え、はい?」
「ちょっとその高校に、思い入れがあってよ」
「……は、はぁ」
「なあ、俺らと遊ぼうぜ?グヘヘへ」
「……」
様子の変な目の前の男達に、何だか怖くなって私は素早く立ち上がる。ブランコから離れようとすると、その中の一人に左腕を掴まれた。
「わっ!」
そして、ぐいぐいと奥の物陰に引っ張られる。ちょっと、待って。なんですか!?この展開!!
「ちょ、あの、すいません、離してください!」
「いーじゃねーか。こんな時間に一人でうろついてる方が悪いんだぜ」
「やだ、離して!はーなーしーてー!誰かー!」
そう叫んで辺りを見回しても、さっきまでいたカップルや犬の散歩をしてた人たちの姿がない。信じらんない!女子高生を置いて逃げないでよ!
「……へへへ」
「ちょ……うわっ!」
急に思いっきり腕を引かれて、そのまま地面に尻もちをついた。色々とやばくないですか?この状況。目の前の人たちは、気味悪く唇を舌でなめながら笑っているし。背筋が、ぞっとした。
逃げたくて、五人組に背中を向けた瞬間。ものすごく強い力で制服のスカートを引っ張られた。
「きゃあ!」
もう半ば半狂乱で私は叫んで、スカートを下げられる直前でその手を掴んでなんとか阻止した。学ランを着た男性の生ぬるい息がかかる。気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い……悪霊退散!!
「助けてー! だーれーかーーーーっ!!!!」
まるで『助けて、アンパンマ〜ン』のあのワンシーンを彷彿とさせるように、今出せる最大限の声量で叫んだときだった。
「死ね」
バキッ。ガッ。ゴッ。——ガ ア ン !!
色んな音がして、どこか聞きなれた声と匂いがして。目の前の学ランを着た男性の指が、一瞬にしてスカートから離れた。
「ケンジくん!?」
「ケンジ!!」
残りの人達がケンジくんとやらの名前を叫んで慌てながら、うしろの方を振り返っていた。
「あーあ、ザコ。」
「み、みとく……ん!?」
私の目の前には水戸くんの背中があった。彼の後ろからちらりと覗くと吹っ飛ばされた学ランを着た男子——多分ケンジくんが、向こうでのびている。
えっ、と……ばきっ、がっごっガーン!だったから四発かな。四発KO!?うっひゃー。す、すごすぎ……。恐るべし、天下の水戸洋平さま。
「なまえさん、こんなとこで何してんの?」
「え」
くるりと水戸くんが振り向く。瞼をぱちくりと瞬かせる私に目を細めしゃがんで目線を合わせてくれた。久しぶりにこんなに近くで話すかも……少なからず、緊張している自分がいる。
「おぅおぅ、やってくれたな?クソガキ」
「なんだぁ、王子様のお出ましかぁ〜?」
「あ?」
水戸くんが一瞬で怖い顔になり殺気立って振り返る。思わず私もひぃ、と声をあげてしまった。
だって怖すぎる、こういう時の水戸くんって。さすが元和光中の狂犬、生粋のヤンキーなんだなって改めて思った。
「てめえ、一度ならず二度までも……この野郎」
「誰だ、お前ら」
「誰だはねーだろ!お前らに殴られた傷が、まだ痛むぜ。治療費払ってもらおーかぁ?あぁン?」
「忘れたとは言わせねーぞ!俺たちはスガ高の」
「おいおい……」
「あン!?」
「口喧嘩しに来たのか?おしゃべりくんたち。」
なにやら確実にまずい空気を感じ取った私は、勢いよく立ち上がり水戸くんの手を引いて、無我夢中で走った。公園を出てとりあえず人気の多い場所に行かねばと、駅を目指す。途中、背後で私から手を引かれて走っている水戸くんが楽しげに笑っていた理由は、よくわからないけれど……。
辿り着いた駅で足を止め私はゼーゼーハーハーと駅伝にでも出たのかというほどに肩で息をしていた。それでも水戸くんは、けろっとしている。
「なぁに女子高生っぽいことされてんのー?」
「ちょっと!わ、わたし女子高生ですから!」
「うん、危なかったね。良かった、見つけて」
「あ、うん……ほんと、ありがとう水戸くん」
水戸くんが、いつものように困ったように眉を下げて笑っている。泣くもんか。どうしてこんなときに、丁度良く現れるの。なんで?どうして?
悔しい。水戸くんに助けてもらってほっとしている自分にも。ちょっとだけ、寿じゃないかって期待していた自分にも。
「暇なんだよ、バスケ部の見学、なく、なって」
「うん」
「誰なの、ケンジくんって……」
「うん」
「学校でも、シカト、される、寿に……っ」
「あらあら……泣かないの」
「だって、怖かっ……た!」
水戸くんの手が私の頭の上にぽんと置かれた。頭が働かない。動けない。ただわかるのは、水戸くんのタバコと香水の匂いがするってことだけ。やや小柄な彼の薄い胸板。私は恐る恐る手を伸ばす。そしてそのまま、その背中に、腕を回した。それでも彼は抱きしめ返す事はしなかったけど。
涙なんか枯れなくて。狡い。やっぱり、狡い。水戸くん、これから先もしも世界中が水戸くんを拒んでも、私はずっと味方だからね……あなたはいつだって正真正銘、正義の
味方
(
ヒーロー
)
だよ。
*
「……ごめん。落ち着いた」
しばらくしてから私が言って体を離すとどうせ困った顔でこちらを見ているのかと思いきや……全然、真面目な顔の水戸くんだった。
「水戸くん……?」
そっと名前を呼ぶと、くすりと彼は笑って私の頬を伝った雫を、親指で拭い取った。くすぐったくて顔を少し背けると彼は目線を合わせて言う。
「一人で帰れる?」
水戸くんを見る。いつものように、優しい声音なのに。少しだけ、ほんとに少しだけ彼を怖いと思った。何故かはわからない。
「う、うん……帰れるよ。」
水戸くんはニコッと笑ったまま何も言わなかった。なんで、何も言わないのかな。
彼は「よし」と言って、くるりと踵を返した。私は不思議に思いつつその動向を見つめるだけ。私に背を向けたまま彼は「気をつけてお帰り」と言って片手を軽く翳して、来た道を戻っていく。
思わず目を擦った。水戸くんが怖い。何だろうこの胸騒ぎ。まるで、このまま一生、水戸くんに会えなくなる——そんな気がしてならなかった。
とは言え。その場で、かれこれ15分ほど呆然と立ち尽くしてしまっていた。当たり前にもう水戸くんの姿はどこにもない。今更どうする事もできないので、とりあえず小腹も空いたし近くのコンビニに入って無意識の内に肉まんを二個買った。二個……そこで私はハッとして水戸くんが戻って行った道を走って追いかける。
辿り着いた先、先ほどの公園に差し掛かった時数名の人影が、公園内の頼りない電柱の光で照らされていたのを発見した。目を凝らしてみれば、立っている人が一名、その他は地面に蹲っている者や、その場に伸びている者。
ザザ、と思わず後退ったときに発してしまった音でこちらの存在に気づいたらしい、その立っていた人物がゆっくりとこちらを振り返る。予想は的中——それは、水戸くんだった。
「みっ……と、く……」
声にならない声が漏れる。無傷な彼の下げられたままでいる右手から、ポタポタと、雫が滴っている。その事に体が反応した。ぴくぴくと、肩が震えた。悔しくて苦しくて、悲しくて。生理的な涙が溢れた。だって、意味が分からなくて。
「一人で帰れるって言ってただろー?」
「……っ」
私が……させた。喧嘩をさせるように仕向けてしまったに違いない。そう、思った。
水戸くんは狡い。いつだって、なんにも言ってくれなくて。誰にも心なんか開いてくれない。
なのに、いつだってこうして窮地に陥った時や困ったときには必ず助けてくれる。まさに、絵に描いたような��ヒーロー�≠セ。
近づいてくる影。遠い意識の中。私の好きな、誰かの匂い——甘い誘惑。嘘、こんなところで?
髪を撫でられて悪戯に頬を摘まれる。甘い甘いその微笑み。そこで、彼は飄々と言い放つ。
「取り返しのつかない事を、取り返しに来たってだけさ」
なにこれ。ヒーローなんて言葉じゃ足りない、まるで王子様みたい。待ってよ、私こーいうの、全然免疫ないんだってば……!
水戸くんと一緒にいると、辛いと甘いが交互にくるから、究極のメンヘラになりそうだよ、私。
『
正義の味方
戦隊、参上!』
冬の第二幕を独り占めした日。
(かくして、再び地球に平和が戻ったのであった)
(……)
(……なーんちゃって。)
(……笑えないよ。あ、肉まん食べる?)
(アンパンマンみたい。ちょーど小腹空いてたとこ)
(一言多い。どーぞ。もう、喧嘩しないでね)
(ははは。まあ、今日のところは戦闘終了。)
(もう……。)
※ image song『 君のとなり/當山みれい 』
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