女ってつくづくめんどくせえ生き物だと思う。日によって言う事は違うし、日によって態度まで違いやがる。
それに付け加え「まだまだだね〜」と女に振り回されるのもまた、男の役目なのだ。
*
今日もバスケ部の練習に、水戸は来なかった。そういや最近ずっといない。別にどうだっていいけど。
あれからあいつらは、結局どうなったんだろうとか思う。いや、どうだっていいけど。
というかまず、何でこんなに水戸とあいつの事ばっか考えているのかがわからない。考えなきゃいいのに。どうだっていいんだし。別にあいつらがエロいことをしようがどうだっていいんだし。エロい関係だったとしても俺には関係な——って何でエロに走る俺の思考。そういや前にもこんな思考に脳みそを蝕まれたことがあったな。やっぱおかしいな、俺。うん。おかしい……
「ぶへっ!」
「おいおいミッチー!パスだぞパス!」
変なことばかり考えているから、桜木のパスが見事顔に炸裂した。つーかなんだミッチーって。俺は先輩だぞ。まあ、今更だけど。
「らしくないねー、三井サン。」
横で宮城がドンマイ、と肩を叩きながら言う。うっせ。ほっといてくれ、もう。
頭の隅には、いつまでもあいつらの影が延々とチラついて、おかしくなりそうだった。
クタクタにしごかれて帰路に着く午後9時半。江ノ電に揺られて自らの最寄り駅を降りて、コンクリの上をせりせり歩いているとコンビニが目に付いた。家まではあと少し。目と鼻の先。いや、でも喉乾いたな。でも金が。でも喉乾いたし……迷ったときは寄っちまえ!と、俺は目の前の自動ドアをくぐった。
「コンビニ価格ってどうなってんだよ、ったく」
小言を吐きながら安いのでいい、安いので。と心の中で、言い聞かせる。めぼしい値段のペットボトルに手を伸ばしレジまで持っていって会計を済ませてコンビニを出ようとした、そのとき。
「……!」
俺は立ち止まる。構わずセンサーが反応し勝手に開く目の前の自動ドア。延々と鳴り響く、ピンポンピンポーンの音。その向こうに、公園の前の道に、見慣れた身長、髪型、その見てくれ。目を凝らさなくたって暗闇だってもう判る。あれは、女を連れた——水戸洋平だ。
「マジかよ……」
開いたドアはしばらくして閉まり俺がまた一歩踏み出す事でまた開く。コンビニを出て、たったいま通り過ぎた影を見送る。まだ見える。水戸の隣を、手を繋いで歩く、暗いから色はわからねーけど黒っぽい髪の、ロン毛でスタイルのいい女。今朝校舎の自販機で話したあの女……ではない。
「……」
俺は右腕にレジ袋を下げたまま両手をポケットに入れた。
なにしてんだ、こんな時間にこんなところで。しかも制服のままで。女の方は私服だったけど、どう見たって学生じゃない。前にも女と歩いてるところを見たことがある。その時の女と今の女はあきらかに違う人物だ。おいおい水戸よ……あの生意気な同級生はどうしたよ?
「おい」
結局、後を追ってしまって声を投げると、怪訝そうにこちらを振り向く水戸洋平。何の気なしに銜えるタバコが、やけにナチュラルでムカつく。15歳でここまでサマになるヤツも、そうはいないだろうと思う。
「あら」
「……あら、じゃねーよ不良が」
「はは。どうしました?サボリですかセンパイ」
水戸は口から煙草をまたナチュラルに離し煙を吐きながら、そう俺に返す。
「おめーに今更先輩とか言われっと、トリハダ」
「へぇ? じゃあみっちーのままで」
けらけらと水戸は笑う。普通に喋る分にはこんなに普通の奴なのに。今の今まで何してたのかと考えると、なんて俺がモタモタやっているうちに奴は一緒に歩いていた女に帰るよう促していた。素直に従う女が、駆け足で去っていく。
「あのよ」
「はい?」
水戸は上目づかいに俺を見た。俺は一瞬言うか言わないか戸惑った。ホントに今はただの普通の高校生にしか見えないのに——。
「あ、てかお前……」
「ん?」
「手、怪我してんぞ?ほら、拳のとこ」
「ああ、これね。ちょっと正義のヒーローやってきたもんで」
「や、笑えねーし」
沈黙が流れる。俺はゴクリと生唾を飲む。奴はきょとんとして、俺を見据える。
「お前、あいつのことどーする気なんだよ」
言った。俺は思わずぎゅっと拳を握る。水戸は俺を見たままゆっくり煙草に口をつけ離してまた煙を吐いた。顔に煙がかかる。腹が立ちはしたがそれでも俺は黙って耐えた。こいつの返答の方が100倍重要だったから。
「誰?あいつって」
「しらばっくれんな。わかってんだろ。あの……一年の、おめーとつるんでる女」
水戸は「ああ」と言いながらタバコをポイっと地面に落として踏みつける。そして、軽く首でも鳴らすみたいにして、首を左右に振る。
「どーもこーもねぇけど……つーかアンタに関係ないよね」
水戸は顔をあげ、少し小首を傾げた。俺は息を呑む。いやな汗が、背中を伝っていく感覚。
「あ……あるよ」
「へぇ。ずうずうしい」
「テメっ!つーかな、お前のせいであの女、ボロボロなんだぞ!?」
水戸は、きょとんとした表情でまた小首を傾げこちらを見据える。その瞳を見返すことが出来ず俺はサッと視線を外した。
「別に、人様の性癖にアレコレいちゃもんつける気はねーけど。ドSも、ほどほどにしとけよ」
俺はいつのまにかそんなことを口走っていた。何のために?誰のため?あの女のために?水戸のため?いや、違う。お前がなまえと——アイツと付き合ってるなんて噂を聞いたから。だから俺は……
「お前のせいで、あいつマジで……」
「……」
いや、そういやここは、俺のナワバリだった。こんな、地元のド真ん中で……なんちゅー会話。つーか、何でこんなとこに、こいつがいるんだ。
「……!?」
途端。水戸は俺の胸倉をつかみ、物凄い力で、ぐいぐい引っ張ってコンビニの裏、人目の死角になったコンクリで出来た塀に乱暴に俺を突き飛ばした。無様にも尻餅をつく俺。
「……ってーな!」
「うるせー変態」
「んなっ……!」
テメーにだけは言われたくねーよ!と、思ったけれど、数秒前にもこんな公共の場で、さんざん恥ずかしいことを言っておいて、そんな事を言う資格はねえだろうと口を噤んだ。水戸は、そんな俺を見て、あからさまに溜め息をつく。
「みっちーってさ、いつも口先だけだよな」
「なっ……!」
「守りてぇもん一つも守れねーで口ばっか」
「は……なんだよ、急に」
「人に守られてばっかの奴ってさ、そうなんだよなー。口だけ達者でさ。俺さ、そーいうの苦手」
「……」
いくばくかの逡巡を持って、目の前の水戸は、ヤンキー座りのまま意を決したように俺の背中を軽く叩いた。きっと立ての合図だ。けれども俺は尻餅をついたまま、その場から動けなかった。
「バカだね」
「う、うるせーよ!」
「ほんっと、バカ。」
「あン!?」
俺が立ち上がる前に目の前にいた水戸が、俺の髪をぐわっとつかんで俺の顔を自分に近づけた。
「なに? あんたホモかなんかなの?」
「は!?バババババカじゃねーの!?」
「じゃー、何で俺にかまうの?」
「だ、だから俺はあの女のためにっ!」
「ホントに、そう思ってんのかよ」
ふいに。こいつの台詞が脳にえらく浸透した。同時に奴が、冗談で言ってるわけじゃないことに気がついた。俺は必死に声を発する。
「じゃなきゃおかしーだろ、お前なんかに——」
「自分が、ホモっつー確率はゼロだって?ねえ、言い切れる?」
「……つーか離せよ! 気持ち悪ィな!」
おかしいだろ。どっからどう見てもこの状況はおかしい。誰のため?あの、女のためだろ。それ以外ねーだろ。だって、あの女めんどくせーんだよ。早く何とかしろよ。水戸、てめーが。
「……ッ」
やべえ。頭が痛てえ。ぐらぐらする。なんか、脳がいかれそうだ。
「水戸……お前、何した」
「ん?」
「——あの女に、何した」
くらくらする。切れ長の目の中に、俺がいる。ちょっと、待て……何でコイツからなまえの匂いがするんだ? は?どういうことだよ。
「何って……なにでしょ」
「何したんだよ!」
「名前ちゃんの話?それとも——なまえさん?」
「……!」
「へえ、知りたいの?」
ゴツと額同士が触れ合った。ビクッと俺の肩が震えた。ヤベエ。マジでこいつから……なまえの——匂いが、する。
「……ぜってーホモでしょ、みっちー。」
本人とできないから間接が欲しい?彼女の匂いが他人からして、それに勃つ?思い出して逝く?
欲しい物が今では永遠に手に入らないもので。おこぼれを貰うのに必死にあがいて。プライドも意地も何もかも全てを捨てて。誰のためにこんなことになってんだ、俺は——。
「なーんちゃって。」
「……は?」
途端に、ぱっと水戸が俺から離れた。奴はヘラヘラ笑って「ごめんごめん」と眉を下げる。何がなんちゃって……だ。笑えねーよ、バカヤロウ。
「やだよね、冗談でもホモとか言われんの」
「……」
「じゃ、気ィつけて帰ってねー。お疲れ。」
水戸がポケットに両手を突っ込んで、やや猫背気味の姿勢をこちらに向けて去っていく。
大胆なようで慎重で安定していて図太そうで、だけど、不安定で繊細な15歳のアイツのことを、俺は一生、理解できないだろうな、と思った。
月明かりが照らしてる、
こんな
夜
は。
(あの記憶もこの制裁も後悔や絶望
苦痛も全部、お前らのせいだ——)
※ image song『 蝸旋/jon-YAKITORY feat. Ado 』
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