目が覚めたら少女の声
戸惑う僕、笑ってみるの
近寄る君『名前は何』と
手を伸ばす、真っ直ぐな瞳で
恋の始まり、時の戸締まり
桜月に出逢った君は
初めて僕を苦しみから救ってくれた
僕は怪獣。胸に何十の傷をつけられたの
見た目来襲ってだけで僕を世界中が拒んだよ
我慢するよ、祈ってるよ君が笑えますように
木漏れ日君に溶けて未来を色に駆ける、君と
街の声もわかってるよ
見た目だけで決めつけることも
気にしないって笑い誤魔化すよ
まるで二人、怪獣と少女
君とひと時、日々も彩り
桜美咲叶った恋は
孤独の頃の苦しみから救ってくれた
君は怪獣。胸に何十の傷をつけられたの
見た目来襲ってだけで君を世界中が拒んでも
側にいるよ、祈ってるよ君が笑えますように
おとぎ話の中に咲く場所選びに行こう、君と
——数時間前。
「……何で着いて来るのー?」
ハッと我に返る。奴の後を追って、四階に辿り着いたとき水戸が背を向けたまま問う。俺は一瞬怯んだ。そして、黙り込む。水戸は鼻で笑った。
コイツは全部気づいていて。かといって、引き返そうともしない自分にもう刺せる嫌気も無い。
「あの女を……守るとか言っちまって」
「……」
「守る気なんて、さらさらねーのにな」
呟いた俺に目を見開く水戸。俺はチラッと奴を見やり視線を斜め上に向け後頭部を片手で掻く。
「おめーがよ……」
「……」
「なまえのボディーガードなんてやってっから俺も誰かの力になりたかったのかもな」
「……やってないよ、ボディーガードなんて」
「宮城の野郎が……そんなこと言ってたから」
「宮城さんねぇ……」
水戸は溜め息交じりに言い、俺より高い位置でヤンキー座りをしてこちらを向く。そのおかげで何段かあった階段の段差もなくなり、同じ目線になる。普段は俺が奴を見下ろす立場だったのに、なんだか滑稽だなと思った。
「お前には感謝してる。体育館でのことも、あとなまえのことも」
「……」
「お前がそばにいてくれて、安心っつーか……。あいつもお前と一緒なら——」
「すごいね、みっちーって」
自分でもなにを言っているんだと突っ込みたい気持ちはあったがそれを悟ったように水戸が俺の言葉を遮る。
「まるで、全部自分の思うようになったみたいな言い方」
「やっ……そんなつもりはねーけど」
「いや、あるでしょ。そんなつもり。すごいよ」
「……おい、それ褒めてんのかよ」
「ううん、皮肉。」
返す言葉もない。水戸の言う通り俺は、全てが自分の思い通りになったと思っている。ちがう、なったと思いたかっただけだ。言い方の問題とかそんなんじゃない。これは、俺自身に問題があるんだ。
「そうだ、みっちー。じゃあお返しに一役買ってくんない?」
「は……?お返し?」
「だって、俺のおかげって思ってるんでしょ?」
「ま、まぁ……」
「俺さ、名前ちゃんに嫌われたいんだよね」
「え……」
「そうでもしないとあの子さ、ずっと苦しいままだと思うからさ」
俺の頭上には、クエスチョンが浮かぶ。それを見兼ねた水戸が「みっちーには難しいか」と薄く笑ったので俺は赤面して、うっせ!と反撃する。
「俺は彼女の気持ちに答えてあげらんないから」
「答えてやれよ。いま、決まった女いねーなら」
「ただの友達なら全然それでよかったけどねー」
「おい、人の話を聞けよ……」
「でもそれもなれなそうだし、諦めて貰おうって思って、色々頑張ったんだけどなー俺も……」
「お前——だから今までひでぇことばっか……」
水戸は「ようやく理解した?」とでも言いたげにニヤと少しだけ口角を吊り上げた。
水戸から簡潔にこれから仕掛ける作戦とやらを説明されて、ならば俺もと、調子に乗って、提案する。
「やるんなら、本気で来いよ?」
「へ?」
「こう……腹とかなら最近鍛えてっから、瞬時に対応できるし、今なら、たぶん」
「え……やめとけよ。みっちー、死ぬよ?」
「バッカ!!三井寿様を舐めんじゃねえ!」
「……」
「あっ、あの頃とは、わけがちげーんだぞ!?」
水戸は完全に呆れたように哀れみのような視線を投げて寄越す。それでも「任せろ俺に」と意気揚々、胸を張って見せると、奴は小さく笑った。
水戸は携帯を取り出して放課後の人気の少ない廊下をぺたぺたと歩く。突き当たりの男子便所の前を通り過ぎようとした矢先、水戸はふいに俺の胸倉を掴み、バン!と勢いよく男子便所のドアを開け、俺を突き飛ばす。
「——って!」
情けなく尻餅をつく、そんなデジャブ——。
水戸は静かに後ろ手で扉を閉め、無言のまま、また俺のYシャツの衿を掴み無理矢理個室へ引き入れる。ガチャリ、と鍵が閉まる音が響き渡る。薄暗くて狭くて異臭の充満する、この異空間。
「な……、なんだよ」
無言のままの水戸の目を見れないままで、俺が声を発すると水戸が俺に顔を寄せる。俺は当然、顔を背ける。これは、演技——。しかし無表情の奴を見て無意識に、嫌な汗が背中を伝う。
「……ッ、ムカつくんだよ、テメェは!」
いつどこで彼女が見ているかわからないので、俺はとりあえず、声を搾り出した。水戸の動きが止まる。
「何でもかんでもすました顔して——何でも自分のものにしようとする、どんな手を使ってもよ」
俺は、水戸と目を合わす。凍てつくような……温度のない色。この目つきが、苦手だった。
「汚い自分に満足して、他人を見下して!勝手に線引いて殻に閉じこもって!やっとこじ開けようとしてくれた女をヤリ捨てて……っ!」
今度は俺が、水戸の胸倉を掴む。それでも奴は表情を一切変えることはない。
「エゴに酔ってんじゃねーぞガキが!何でもっと周りを大事にしねぇんだよっ!!」
そう、言い放ったとき——
「じゃあこんな時に手振るわせてんじゃねーよ」
動けなかった。回避もできない、俺はその目を知っている。目の前で食らった事がある。そう、過去に、あの体育館で——。
水戸は俺の胸倉を掴み返し物凄い力で俺の頭を壁に打ち付けた。壁に打ち付けられた頭がぐわんぐわんと悲鳴を上げている。
水戸の拳は綺麗にみぞおちに嵌まり俺が前屈みによろめいた時、膝で鼻を蹴られる。痛さに鼻を押さえようとするのと、鼻血が垂れるのが、同時だったように思えた。ガッ!と左頬を殴られる。次にガンッ!と、右も。
「……ッ、テメェ……」
ボグッ!と、また左。飛び散る鮮血。蘇る——数ヶ月前、体育館での出来事。これもデジャブ。
「もう彼女には、かかわらないと言え」
ガ ン ッ ! !
「ちょ、待て、水戸——っ」
誰だよ、彼女って。誰のことを言ってんだよ。あの女か? それとも、なまえ——?
「俺と彼女には、二度と近付かないと言え」
ガ ア ン ! !
『もうバスケ部にはかかわらないと言え』
『この体育館には二度と来ないと言え』
『ぐっ……くそ……なんなんだてめえは!』
『バスケ部でもねーのに……』
『関係ねーだろ、てめーには!!』
そうだ、思い出した。
俺は、あの時からお前が——
「イミ、わかんねーんだ……」
血が匂う水戸の手が、俺の身体にぶち当たる。
「だから……俺は、アンタが嫌いなんだよ」
そう吐き捨てて奴は携帯を取り出した。何回かボタンを押し耳に当てる。少しの静寂のあと——
「——名前ちゃん? やべっ、出た」
心底愉しそうな水戸の声色。痛みが全身を支配して、身動きのとれない俺に奴が足を乗せる。
——なあ、一度聞いて見たかったんだけどよ。そうやって上から見下ろす気分は、どんなだ?
いつも通りの人懐っこそうな憎たらしい声に、思わず耳を塞ぎたくなった。水戸は俺に目を向けながら続ける。
「あのさぁ、今から四階のトイレ来れるかい?」
嘘だろ……正気かよ。こんな状況であの女呼びつけんのかよ。誰か来たら、どうするつもりだ?
聞いてねーぞ。こいつマジで頭おかしいんじゃねえのか——?
——数時間後。
もう良いだろ。何をそんなにこだわってんだ、水戸。彼女はもう充分、ボロボロじゃねーか……
あまりの惨状に見ていられなくなって背後から彼女の腕を思いっきり自身の方へと引っ張った。
「……へえ、なるほど?」
水戸が、目を細めて呟く。もうこの際、作戦がバレてしまってもいいと思った。やっぱり俺は、役者には向いていないようだ。
俺は荒い呼吸のまま、ゆっくり呟きかける。
「テメェ、やりすぎだ……」
「み、つい……ッ」
「水戸、もう……いーだろ」
「……」
「もう喋んないで!無理しちゃダメだよ三井!」
言いながら彼女が俺のYシャツの袖を掴むと、目の前にいた水戸が今度は彼女の空いたもう一つの手首を引いた。驚いて俺は思わず目を見開く。
「……よう、へ——」
「そんな顔しないでよ」
「え……?」
「名前ちゃんは、その人を選ぶのか?」
「選ぶとかそんなの……ないでしょ、関係ない」
「あるだろ?だって、ボディーガードしたいって言われたんだろう?」
「……な、なんで知ってんの」
「その人ねぇ、名前ちゃんを守る気なんてねーのよ。……あれ?勘違いしちゃった?」
肩がピクリと震える。同時に彼女が俺を掴んでいた手の力を強くした。それを見た水戸の眉が、怪訝そうに動く。
「……洋平くん……っ、おかしい、よっ……」
彼女から手を離す水戸。彼女は奴を見上げる。水戸は嗤っていた。心底、愉しそうに。そして、一歩下がり洗面台に寄り掛かる。奴の口が紡ぐ、やっぱり、心底愉しそうに。
「俺も欲しくて、みっちーも欲しくて、彼氏とも別れられないって?」
「……」
「へぇ……虫が良すぎる話だな、名前ちゃん」
彼女は応じない。今までの態度と一変した俺を受け入れまいと必死に闘っているように見えた。だから忠告してやったのに、俺に関わるなって。
もうこれ以上は、甘くなんてしてあげないよ。残念、ゲームオーバーだ。
「欲張るなよ……なぁ?名前ちゃん」
「……っ」
「だから君は、誰の一番にもなれないんだぜ」
俺は彼女の肩をドンと押す。放心状態の彼女がふらっとよろめく。その反動で彼女の腕を掴んでいたみっちーの手も、自然と離れた。俺は彼女の胸倉を掴み床に突き飛ばす。汚いトイレの床に、彼女は放り出される。
「いつだって、世界は二つに一つだ。」
彼女へ向かって、指を二本突き立てる。それはピース。見かけだけの、平和の象徴——。
「それがわかんないうちはさ、いつまでたってもただの女。」
「抱かれるためだけの。それ以上の価値もない」
そう吐き捨ててズボンのポケットからタバコとジッポを取り出し、ナチュラルに一息。そして、みっちーの肩を叩いて便所のドアをそっと開く。
「行こっか、みっちー。」
「あ……ああ。」
言い寄る男を拒否できない女。最後に選べず、逆に両方を失う女。
歪んだ性格は、そう簡単には直せない。歪んだ性癖は、そう簡単には直らないんだ。
誰が正解か不正解かなんて、始まる前からわかっていたことだった。
俺とみっちーが彼女の前から消えること——。
それで終り、それで��ゼロ�≠セ。
暗黙の
境界線
を引く。
(いつだって、そうやって生きてきた。)
※image song『 怪獣と少女/Rio,こぴ,stb 』
TOP