自分から去っていった人に執着しないこと。
原因は自分かもしれないし去っていった人かもしれない。
もしかしたら原因さえなくて、なんとなくかもしれない。人ではなく、そういう場所もたくさんある。
人間は人にも場所にも物にも飽きてしまう事があるから『縁があったらまた会おう』くらいで、丁度いいんだよ。
*
2月14日——聖・バレンタインデー。最近ではあまり顔を出さなくなったバスケ部見学。今日はちゃんとした理由を肩書に添えていた私は放課後久しぶりにバスケ部員に会いに行くため、彩子と一緒に体育館に向かった。
「彩子はあげないの?」
部員たちに手渡している晴子ちゃんの様子を、体育館の入り口に立ち腰に手を当てて眺めていた彩子に向かって私は聞いてみた。彼女は「えっ?わたし?」と少し驚いたように聞き返してくる。
「晴子ちゃんと相談して一緒に買いに行ったからねー。あれは私からって意味も含まれてんのよ」
私は「ふうん」と聞き流しチラとリョータくんを見やる。リョータくんは晴子ちゃんから貰ったチョコを手にして桜木くんらとはしゃいでいた。
チョコを貰えれば、誰でもいいのかな結局は、なんて考えていたとき、聞き慣れたガヤ声が後方からした。
「花道のヤツ浮かれてんなー」
そう言った野間くんに次いで高宮くんが「ギリなのに」と、揶揄い口調で付け加える。
「やっと来たわね、そろい組」
私と彩子の隣に桜木軍団の四人が立って並ぶと水戸くんが、親鳥のような雰囲気を醸し出して、桜木くんを見ながら言う。
「なんてったって、人生初のチョコだもんなぁー花道にとっては」
「あっ! 洋平くんたちっ!」
軍団の存在に気づいた晴子ちゃんが太陽みたいな笑顔でこちらに駆け寄ってくる。晴子ちゃんは「はいっ!」と軍団にも小包を手渡しはじめた。それに対して一番最初に声をあげたのは大楠くんだった。
「えっ! 俺たちのもあるのか!!」
「まあー、アンタたちもバスケ部の部員みたいなもんだからねえ」
「そーよぅ!」
言いながら晴子ちゃんが順番に手渡す。その時ふいに水戸くんと目が合った。私が微笑みかければ、なぜか水戸くんは困ったように眉をさげる。そのまま間もなくしてキャプテンのリョータくんの掛け声と共に、いつも通り練習が開始された。
見学している傍らで「あ、そうそう」と私が、手に持っていた紙袋から小包を取り出し、軍団に友チョコを差し出す。
「え!! マジ?!」
「残念ながら手作ってはいないけどね?」
「ぜんぜん構わねーぜ!サンキューな!」
大楠くんが言って目を輝かせる。順番に渡して最後、水戸くんに手渡したとき水戸くんが小首を傾げ、私の手に持たれている紙袋に視線を落としながら言った。
「これで、全部?」
「え?」
「本命は?」
「……」
「あるんだろ?」
やっぱり目敏くも突っ込んできた。そんな水戸くんからなぜか、目を逸らせなかった私。
が、先に視線を解いたのは、水戸くんだった。流川くんに罵声を浴びせながらボールを追っかけている桜木くんにチラと視線を向けて、ぽつりと呟く。
「今年だけだぜ? 渡せんのは」
わかっている。でも、奇跡でさえ起こるのには時間がかかるものなんだよ……水戸くん。
でも、たとえ時間がかかったとしても、そんな奇跡なんて私には、起こせそうにもない。
*
「さて、バイト行かねーと」
しばらくして、水戸くんが体育館の正面に掛けられている時計を見て言った。
「じゃ、俺帰るぞ」
水戸くんが軍団に言うと、みな揃って手をあげ水戸くんを見送る姿勢を取る。隙のない動作で、スタスタと歩いて行ってしまう彼を見つめながら私は紙袋の中からもう一つの箱を取り出し、袋は隣で座っていた大楠くんに無理やり押し付けた。
「ごめん!これ、みんなに休憩のとき渡して!」
大楠くんが私の勢いに気圧されて「わ、わかった」と返してくれたのを合図に私は「帰るね!」と言い置きその場を後にした。急いで水戸くんの後を追いその背中を見つけた瞬間、声を張った。
「水戸くん!!」
少し先で立ち止まり振り返った水戸くん。私が彼の目の前まで行って立ち止まると不思議そうに彼は言う。
「なに?」
「これっ」
きょとんとしている彼を無視して、手に持っていた箱をとぐっと差し出す。頭の上にクエスチョンを浮かべる水戸くん。私は更にぐっと腕を伸ばし、彼を真っ直ぐに見ながら言った。
「あげる」
「……へ? いや、さっきもらったぜ?」
傍から見れば、無理やりバレンタインの品物を押し付けているように見えるかも知れないと頭の片隅で考えつつも、私は言葉を続ける。
「あのっ、お、お礼……」
「お礼?」
「色々と、助けてもらってるから、水戸くんには特に……」
「……。」
下校中の生徒達がチラチラとこちらを見やる。それを見かねた水戸くんが参ったなという感じでやっぱり、困った顔をした。
*
同級生と別れた俺が駅のホームで電車を待っていると、先ほど校門の前で見えた後輩の後ろ姿、その本人が、少し距離をあけて俺の横に立った。
「水戸……」
「やぁ。どーも」
中腰でへらりと笑う生意気な後輩に「あ!」と俺が、声をあげた。
「お前、校門の前でイチャついてんじゃねーよ」
「へっ?」
「さっき見たぜ?湘北の奴かー? 一年?」
ニヤニヤしながら聞く俺に一瞬目を見開かせた水戸。しかし、すぐにいつもの表情に戻りポケットに両手を突っ込んで俺の質問には答えず呟く。
「そっちこそ」
「あ?」
「女子と下校?俺も見たぜ、一緒に歩いてく姿」
「……」
「あと——体育館裏でチョコもらってるとこも。みっちーも隅に置けないねぇ」
「……。」
ややあって「ああ」と短く返した俺を真っ直ぐに見据えていた水戸。反射的に俺も奴のほうへと体を向け「なんかもらってよ、コレ」と言って、手に持っていた紙袋を、ひょいと掲げて見せた。
「へえ......一個じゃ、なさそうだな」
「帰りに、下駄箱に勝手に入ってたんだよ」
不服そうに唇を尖らせて言ったが水戸はなぜか遠くを見るみたいにして、目を細めた。
「邪魔くせーから、全部一個の袋に入れた」
「ハハ、なるほど」
俺はズズッと人差し指で鼻を啜り、正面に向き直った。横目に奴を見てみれば俺と同様に正面に体が向き直っていた。
「さっき、同級生に外で渡されてよ。で、一緒に帰らねーかって言われちまって……」
「うん」
「なんか……断ったら気まずいじゃねえか」
「そう……?」
「だって、駅まで同じ方向みてぇだったしな」
「ああ、確かに。それは断ったあと気まずいな」
と、水戸は情けなく言って浅く笑う。そして、少しの沈黙をおいて水戸がハーっと白い息を吐き空を見上げながら言った。
「彼女かと思った」
「え?」
思わず水戸の方を見やると、水戸もゆっくりと俺の方に顔を向ける。なぜか気まずくて、すぐに視線を足下へと落とし込んでからぼそりと返す。
「……彼女なんか、作んねえよ」
「……」
「もう、そーいうの……興味ねえ」
よりによって、俺は何でコイツなんかとこんな会話を繰り広げているのだろうと、自分で自分に呆れ返る。そんな中、奴がぽつり言葉を漏らす。
「——顔の傷、痛そうね」
俺がチラッと横目で奴を睨む。しかし水戸は、正面を向いたまま緩く笑っている始末。誰にやられたと思ってんだ。てめーだ、てめー。ほんと、反省しやがれ。こンの……くそ不良が。
「つか——その後、どうなんだよ」
「え?」
「あの、女と……」
「……」
一気に気まずい空気が漂う。そう思っているのはこちら側だけなのかも知れないが、やはり今、言うタイミングではなかったか、と後悔する。
が、特にいつもと変わらぬ様子で水戸が淡々と言葉を返してきた。
「別に。なんもないですよー」
「そ、そうか……」
「そう。」
「……なんか、女ってめんどくせーよな」
「はは、そう?」
「めんどくさくね?日によって言う事は違うしよ日によって態度まで違いやがる」
「んー......でも『まだまだだね〜』って女に振り回されるのもまた、男の役目なんだぜ?」
「……。」
「女性は偉大よー」なんて、飄々と言ってのけるお前が一番めんどくせーんじゃねえか?と思う。
まったく。どの口が言うんだ、どの口が……。こいつほんと、二重人格もはなはだしいぜ。怖。
「心配してたよ、みっちーの幼馴染さんも。」
「え……?」
「転んだんだって? ご愁傷さま」
「てんめっ——誰のせいでっ!!」
「ごめんね、急所は避けたけどやりすぎたよな」
本当に申し訳ないと言うふうに顔を顰める奴を見て色々と言ってやりたいことは山ほどあったが今はそれを全て飲み込んで先輩らしく短く返す。
「別に。見た目ほど痛くねーし」
「……そっか」
「そもそも、俺から本気で来いっつったしな」
するとなぜか隣で水戸が言葉を返すかわりに、小さく鼻で笑った気配を感じ取った。俺は、息を吐き出すようにして独り言のように呟く。
「あー、寒みィ……」
「……」
「そーいや水戸、こっちの電車乗ってんのか?」
「……」
「会ったことねえよな、いまま——」
「みっちー」
言葉を遮られ突然あの低い声で名を呼ばれた。動揺して思わず強張ってしまった俺は「ンだよ」と、やや唇を尖らせて、不機嫌そうに聞き返す。
「コレ、あんたのだよ」
言って差し出されたのは可愛らしくラッピングされた、小さな箱。
「……は?」
「捨ててあったぜ?」
「あ?捨ててあったァ?何を、誰が?どこに?」
「見たの、捨ててるとこ」
へっ?と困惑している俺の姿に溜め息をついた水戸。無言のままの俺に対し、もう一度軽く息を吐いた水戸が続ける。
「よく、バスケ部見学に来てたさ……」
「……」
「一個上の、女の先輩がさ」
思わずゴクンと生唾を呑んだ音が聞こえたのか奴は全て知ってるとでも言いたげに先を続ける。
「俺らももらったのー、バスケ部への義理チョコついでに」
「……」
「けど、それとは完全に違ったからさ?大きさも包み紙も」
言い終えた後、その小さな箱に視線を落としていた俺はゆっくりと瞬きをし、奴の手からそれを引き抜いた。そして自分の手に持っていた紙袋を見下ろし「コレ」と言う。水戸は怪訝な顔をしてその紙袋と俺の顔を交互に見る。俺は眉間に皺を作り、あからさまに迷惑そうに言った。
「名前書いてなかったり、書いてても、知らねえ奴だったりしてよ」
「……へえ、」
「そもそも俺、チョコ嫌いなんだよな甘すぎて」
「……」
「俺、菓子はクッキーとかしか食わねーからな」
「それ——全部受け取ったの?」
「だから受け取ったんじゃねえって!勝手に、」
その先の言葉を飲み込んで「ハア」と本当に、心底困っているんだと言う思いを込めて、盛大に溜め息をついてみせる。
「でもまぁ……よかったな、豊作で」
軽口を叩いてくる水戸。俺は舌を打ち鳴らし、はっきりと、ストレートに吐き捨ててやった。
「いや、いらねぇモン貰ってもな……」
「ハハ。いらねーもん、か」
「……」
「……」
「……。——これ、いただきます」
言って水戸から受け取った箱を翳して見せた。次いで「ん」と紙袋を持っていた腕をぐっと奴の目の前に伸ばす。
「コレもらう代わりに、こっちはお前が食え」
「え」
困惑している水戸を無視して、早く受け取れと言わんばかりに「ほれ」と更に長い腕を伸ばす。
「俺はコレ一個で、腹いっぱいだ」
少しの沈黙。ややあって水戸がようやく紙袋を受け取ったとき、俺の乗る電車が到着したようであたり前に乗り込もうとする刹那、声をかけた。
「——水戸、乗らねーのか?」
「……俺、次の電車だから」
「ふうん、じゃあな。」
ようやく電車が発車して何となくそれを見送ったあと俺は、少し大きめの溜め息をつく。
実は俺の乗る電車は反対側。花道以外の奴に、こうして世話を焼いてる俺って、いったい……。しかも望んでもいない因縁の相手。二度も怪我を負わせてしまった相手。
それにしても、『俺はこれ一個で腹いっぱい』って——。それを本人に言ったら、めちゃくちゃカッコいいのになぁ……なーんちゃって。
やれやれとホームの階段に戻るため歩き出し、ほぼ無理やりに近いかたちで渡された可愛らしい少女趣味な紙袋を再度チラ見して最後には思わず心の声が、無意識にも出てしまっていた。
「ほんと、俺に言ってどーすんのよ……」って。
奇跡
くらい、俺が起こしてあげるよ。
(実は俺もチョコ、食えないんだよなぁ……。)
※ image song『 奇跡を望むなら.../JUJU 』
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