「……ばっかじゃねーの。」
何分かぶりに聞いた彼の強くて細い声。冷ます言葉。今の洋平くんはやっぱり、私には痛い。
「なに……なんか、」
「……」
「え、なんで、そんなまじになってんの?」
「……」
今言わなければ、私は一生後悔すると思った。だから言った。怖かったけど、言った。
だって私の心の中にはあなたしかいないから。それは、今までもこれからもきっと……。
「ばっかみてー。こっちは遊びだったっつーのになんか必死だよ」
「……」
「だいたい受け入れたってなに?笑っちゃうね、勝手にそっちが受け入れられたつもりでいただけでしょ」
「……」
「受け入れたつもりなんか、俺はないけどな。」
まるで、自分に言い聞かせるような口調。今、私のそばにあなたがいる。彼は今、私だけを見ている。この部屋には、私とあなたしかいないの。それは、紛れもない事実なのに。
「あの日——終わったんじゃなかったの?もう、こういうの」
「……」
「気まずくなったら困ると思って声かけたら……これだよ」
「……」
じゃあ、なんでキスしたりなんかするの……?あの日——汚い男子トイレの中で私たちの関係が全て清算されたんだとしたら、何でこうして変わらず、優しくしたりなんかするの?放っておけばいいじゃん。優しくなんてしなきゃいいじゃん。
「洋平……くん?」
「触んなっ」
驚いた。腕を掴んだら思いっきり振りほどかれた。彼は声を荒げるタイプじゃないはずなのに。
おかしい……やっぱり今日の洋平くんは、おかしい。これもぜんぶ、私のせいなの?
「洋平、くん?」
「……出てけ。」
「洋平、く——」
「出てけって!」
「……大丈夫?」
私が彼を見上げたら彼は私を見ていた。そしてほんの少しだけ、目を見開いていた。その漆黒の瞳の奥が、ぐらぐらと揺れている、柄にもなく。
「……なんなの、アンタ」
「名字名前です」
「知ってるし……」
始めに小さな嘘をついた。そしたらその嘘には尾びれ背びれが付いていつの間にか大きくなって広がっていって、いつしか、手に負えなくなっていた。
気付いたときには自分は��嘘�≠ニいう名のしがらみで塗りたぐられていて、前も見えなくて……ただ笑って、適当に誤魔化して生きてきた。
『湘北高校なら、ここだよ。』
『え?』
『ここ、湘北高校。合ってますよー?』
六月初旬、校門前で挙動不審な一人の女の子を見つけた。
俺は夜勤のバイト明けで、少しだけ仮眠をするつもりが寝坊して髪はトイレでやればいいかってその彼女の横を通り過ぎ、なんとなく、後ろ髪を引かれて、声をかけたのがきっかけだった。
『——あの、』
『……?』
『よかったら、俺と一緒に行きます?途中まで』
俺は得意の笑顔を作ってニコと笑って言った。ただ、それだけのことだったのに——。
軽く会話を交わして、案内係をする程で一緒に生徒入り口まで向かっていたとき、笑ったんだ。彼女が突然くすくすと、笑い出した。
『え、なに』
『ううん。なんか怖い人かなって思っちゃった』
『へ?』
『え?いや……笑うと可愛いな〜って、へへっ』
『——、』
初めてだった。俺のこんな、白々しく造られた笑顔を��可愛い�≠ネんて、言われたのは。
彼女はその日の放課後、ビシッと髪を上げてる俺と朝に校門前で会った人が同一人物だって気づいていなくて、バスケ部の見学に来た彼女と挨拶を交わしたあとで会話をしていたら彼女が笑顔で俺に言った。
「……初めてだったんだ」
「……」
「俺に関わりたいなんて、言ったの……」
「……。」
洋平くんの腕が私に絡み付いて、だから私も、彼へ腕を絡ませて。
私は、あなたの全てを知ってるわけじゃない。けれども——。
『水戸くんもバスケ経験者?』
『いや、花道だけ。つってもあいつも、高校からだけどなー』
『そっか、じゃあ仲間!私も全くやった事ないのバスケ』
『そう……でもさ、転校生ならあんま俺たちには関わらない方が身のためだぜって警告しとくね』
『え、どーして?』
『どーして、って……』
真の愛だと気づく瞬間?それは誰かさんの関心ごとが、自分自身のものより上回ったときだよ。
過去、彼女はそう言った俺を、きょとんとした顔をして見ていたけれど、あの言葉の真意に気づくことはないだろうと思う。気づかれても困る。
『私は水戸くんと関わっていきたいけどなー』
『……はい?』
『だって私、この学校で一番最初に出会った人、水戸くんだもん。初めてできた、お友達。』
『え、嘘。覚えてた感じ?今朝のこと……』
『ふふふ。内緒にしとくね、髪型のこと♡』
そう言って、満面の笑みで自分の前髪を上げておでこを晒した彼女に俺は、情けなく笑った。
もし彼女に落ちる瞬間があったんだとしたら、きっと、このときだったと思う。天中ドーンってまるで、花道みたいに。
『私達、ずっと��ベストフレンド�≠ナいようね』
『——あぁ、ずっと��ベストフレンド�≠セな。』
彼女に落ちたのか落ちなかったのかは自分でもよくわからない。気づいた時には彼女はすでに、誰かのモノだった——。
「名前ちゃんが初めてじゃないんだ」
「……」
「俺を、受け入れてくれた子……」
「うん……」
「ごめん……名前ちゃん」
「……うん、」
「俺、やっぱ無理なんだ」
私にだって、あなたを愛することくらい出来るのに——ちゃんと正面から愛する事さえ、させてくれないんだよね、あなたは。いつだってそう。
「やっと、見つけたのに……」
私は泣きはらした目を頑張って開ける。今言わなければ、私は一生後悔する。だから言うんだ。
「15歳の、水戸洋平——」
洋平くんは一瞬きょとんとした表情をしたあと切れ長の目尻に皺を作って笑った。そして優しい声音で言った。
「ごめんね。」
「……」
「俺、やっぱり誰かを愛するとか……そーいうの出来ねーや」
「うん……知ってるよ。」
泣かないよ。全部、わかっていたことだから。だから大丈夫。
ひねくれ者の更正の日、私の恋は儚く散った。正面から当たって砕けた。それでも、私は——
「それでもいい」
「え……?」
「二番目でも三番目でも、最下位でもいいから」
「……」
「それでもいいから私に、洋平くんの事、好きでいさせてよ」
「……。」
何千回も失恋する方が愛を知らないよりマシ。今は、強がりでいい。嘘でもいい。暇潰しでも、遊びでもなんでもいい。
私を、洋平くんの、あなたの側にいさせてよ。
理由
なんて、あるはずがない。
(だって、あなたの存在じたいが好きだから。)
※ image song『 心のそばに/Bell 』
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