��行こっか、名前ちゃん��
あなたが私の事を好きか嫌いかなんて、どっちでもいい。だって私、自分のなりたい姿に近づくのに忙しいから——って、言い聞かせている。
恋をしていないと弱くなる。恋ばかりだと脆くなる。特に、女の子ってやつは。だから厄介だ。
元はと言えば彼の隣は私の��ナワバリ�≠セったのになぁ……。
*
水戸くんの謹慎が開ける前日——私はその日、約束をしていた彼氏の自宅に向かった。インターホンを鳴らすと奥から気怠そうな足音が聞こえてきて、ゆっくりと玄関のドアが開く。
「遅かったじゃん」
「ご、ごめん。ちょっと委員会の仕事で……」
「また��委員会�≠ゥよ。お前そんな真面目ちゃんだったっけ」
声の主は明らかに不機嫌だった。それに気づかないふりをして微笑みかければ、そのまま無言で自宅の中に入るよう促される。
「おじゃましまーす……」
数ヶ月ぶりくらいに、とにかく久しく、彼氏の部屋に入った。ここ最近、会う約束をしていても土壇場で『予定が入った』と言われたりしてキャンセル続きになっていたので本当に久しぶりだ。
両親は仕事なのか不在のようだ。彼の部屋——特に変わった様子は見受けられない。
「なにも変わってないね」
「……」
……シカトですか。まぁ機嫌悪そうだったから仕方ないか。てか、こういう雰囲気、中学の頃はなかったからどうしたらいいのかわからないや。
「——なあ、こないだの電話のやつ、誰?」
「こないだ?……ああ、水戸くん?のことかな」
私の質問を無視されたとしても私はちゃんと答える。私は良い子だから、という呪文をかけて。ニコニコしていればいいんだ。大抵それでことが片付く。あれ?私ってそんなキャラだったっけ。まるで——��誰かさん�≠ンたいだな……。
「うざ……」
「え」
「つーか、お前もう、そいつと絡むなよ」
「おぉ? なになに?それ、やきもち?」
私がケタケタ笑ってやると更に顔を歪めた彼が「そーだよ」と、ぶっきらぼうに言い、無理やりキスをされた。驚いて彼の肩に手を置き、そっと押し返して私は言う。
「——水戸くんは、別に危ない人じゃないよ?」
言ったけれど聞く気ないみたい。本当に、私と水戸くんは、そんなんじゃないのに……。
中学を卒業して以来、思っていた事。彼が私を家に呼ぶときは、大抵��ヤリたい�℃桙セ。だから今日もそうなんだろうなとは思っていた。うん、私たち、普通に順調だと思う。
15歳、6月
― 15歳、6月 ―
彼氏と最後に会ってから、約一ヶ月。気づけばもう桜も散り梅雨入りを迎え六月になっていた。
桜木くん率いるバスケ部のインターハイ出場が決まり目立ちに目立った桜木くんは、何故か赤い髪はそのままに、坊主姿に変貌を遂げた。
結局、水戸くんの謹慎明け、彼とは学校で会っても、会話もないまま時間だけが過ぎてゆき、というか私が一方的に避けていただけだけど。目が合ってもことごとく反らし、下駄箱で会っても、私が一目散に挨拶もなく駆けて行く日々。でも、相変わらず水戸くんだって、何にも言ってこないから。今さら話しかるきっかけも見つけられないし、と言うのが正しい表現かもしれない。
しかしこうなったのには、そんな単純な事だけじゃなくて、もっと複雑で難しい要因もある。
水戸くんの謹慎が開けるのを心待ちにしていたのは確かだった。けれど私には��彼氏�≠ェいて、私のしている事、水戸くんへの感情……これってよくない事なのでは?と気づいたからだ。彼氏に気付かされた、と言った方がいいかもしれない。それとあと、もう一つ……、大きな要因は——。
「どーもっ」
湘北高校までの通学路。すこし前を歩いていた女子生徒に、うしろから軽い足取りで近づき声をかけるリーゼント頭の彼。そう、水戸くんだ。
上から声がふりかかった事で、その女子生徒が立ち止まり見上げる。その彼女に向けられた彼の顔には——はりつけたような、笑顔が浮かぶ。
「あっ、水戸くん。おはよ!」
「おはよ。あれ?みっちーと一緒じゃないんだ」
「こらこら。なんで私が寿と一緒に来ないといけないわけ〜?」
「はいはい、すんませんでしたー」
「そんなことより、水戸くんさぁ」
「んー?」
「眠気こらえてまで、笑顔作んなくていいよ?」
女子生徒は首を元の位置に戻して歩き出すと、隣に並んだ彼に易々と、そんなことを言った。
彼女は最近この湘北高校に転校してきた二年生の先輩だ。何があったのか、彼女が現れてからというもの、水戸くんはよくあの先輩と一緒にいる事が増えたのだ。
「あはは、バレてました?」
「バレバレ」
「ははっ」
「もう、まだ笑うー」
二人をチラ見する生徒達の視線。でも、触らぬ神に祟りなし——的な感じで皆、見て見ぬ振りを決め込んでいる。
なにそれ……じゃあ私と水戸くんのこともそうやって、スルーしてくれればよかったじゃん。
なんて黒い感情が蠢く。私と何が違うんだよ、あの先輩とか赤木さんとかと私は何が違うんだ。ああ、全部か。そっか、そうだった。
そもそも、はりつけてでも笑顔作る水戸くんを軽蔑するなんて私をいじめの対象にしているあのクラスメイトの女子二人組が変なんだよ。失礼にも程があるって話だよ。聞いてるかぁ?女ども。全然わかってない、どいつもこいつも。
「水戸くん」
「はい水戸です」
「昨日言ってた予習?だっけ。やってきたの?」
「俺が? するように見えます?」
「全っ然!あははっ」
彼女が全力で否定すると、水戸くんはへらっと笑った。……あ、
「あ!ねえ、今の普通だったよ!」
「ん?」
つい、声が出そうになった。私も、同じ台詞を言いそうになったからだ。
水戸くんは、後ろを歩いている私の存在なんか気づいていない。その先輩だけに目を向けている彼の瞳に、私なんか映りっこないんだ。虚しい。
「昨日さ?私がずっこけたとき。あのときもさ、普通だったよー」
「ん? 何が?」
「笑顔」
彼のまばたきが一瞬だけ止まった。彼女は変わらず微笑んでいる。「意識しなきゃいいのにー」とか言って。
きっとあの先輩は気づいていない。今あなたの真横にいる彼が、心底やさしい目をしてあなたを見ていることを。あんなやさしい目で見つめられたら私なんか、一瞬で溶けちゃいそうなのに。
「あれ大丈夫だった?結構派手に行ってたよな」
「大丈夫、大丈夫!桜木くんおかしかったねー、フーフーって、私の肘を手当てしてくれてさぁ」
「あははっ、吹いてたな、そー言えば」
「おかげさまで痛いの飛んでいったよ」
「痛いの痛いの飛んでいけーの効果か」
「そっ!ふふ。可愛かった、桜木くん」
……楽しそうだなぁ。水戸くんって、あんなに自然に他人と会話できるんだ。意外だ。
……あれ?もしかすると、同じクラスの子たちよりも私が一番、彼に対して偏見を持っていたんじゃなかろうか、という、ネガティブ思考が私を襲う。
「私さ、軍団の中では水戸くんが一番、優等生に見えるんだよねー」
「ははっ、あいつらの中で一番採ってもなぁー」
「なんなら、リョータくんの方が水戸くんよりも不良に見えるし。ほら眉毛への字に歪んでるし」
「宮城さん?まあ、それは当たらずも遠からず」
「でしょー?彩子も言ってたもん」
「アネゴ? かわいそー宮城さん」
瞬間、予鈴が響いた。「急がないと遅刻だ!」とか言って、笑いながら掛けていく二人の背中を私はじっと見据えることしかできない。
私が最初に気づいたのに……水戸くんの笑顔が偽物だってこと。それを、最近出会ったばかりのあの先輩はいとも簡単に水戸くんに言えるんだ。そして水戸くんも「知らねーよ」とか言わないんだね。
そっか。終わったのかもしれない、お互いに、私も水戸くんも。
ただのクラスメイトに戻ったんだな、きっと。これでいい。そうだよ、これでよかったんだよ。
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