泣きたいときにそばにいてくれる友達や恋人、家族を大切に。
それは、お金なんかよりもずっとずっと価値のあるものなんだからね。
さあ、今日は君が主人公。誕生日とは強制的に主役になれる日なんだよ。
*
「ちぇ、なんか最近ツレねーな洋平」
私の横で大楠が唇を尖らせてぽつりと呟いた。卒業式を終えて数日経った今日、三月九日——。もうすぐ高校一年目が、終わろうとしている。
「しゃーねぇって。どうせ今日もバイトだろ?」
大楠の隣で野間が笑ってそう返した。すると、前を歩く高宮がくるりと振り返り「洋平のバイト黒服らしいぜ〜。いっちょ派手にヒヤかしに行くか!」と、ニヤニヤ締まりのない笑顔で言う。
夜のバイトしてるんだ、とちょっと動揺したがそれを表に出さないよう、さらっと返す。
「たぶん学生向けのバイトなんかより稼げるから夜のバイトやってんじゃないの?」
未成年なのにねー、と私が笑いながら言うと、野間が「間に受けてんじゃねーよ」と呆れ口調で溜め息を漏らした。残り二人はガハハハと笑う。
当たって砕けても頑張ると卒業式、三井と約束したのにも関わらず洋平くんとは、やっぱりどうしても気まずくて前みたいに接する事はできなくなってしまった。でも他の軍団は変わりなく私と一緒にいてくれるから、ありがたい。
なんやかんやで色々あった一年だったけれど、バスケットマン桜木くんは無事リハビリも終えて最近ではやっと正式に部に戻れるようになった。今日も夜遅くまでアヤコさんとかいう美人マネージャーと新たに部に加入した、愛しの赤木さんと基礎練習をしているのだろう。
暗くなった夜道でゲラゲラ笑ってこうして桜木軍団と帰るのも、もうすぐなくなるのだと思う。
最近はみんなもバイトを始めて、そのバイトに精を出しすぎて全員が揃うことも、あんまりなくなってきたから。寂しいやら静かでいいやら……なんだか、複雑な心境だ。
「……洋平くんってさぁ」
「あー?」
「何で彼女、作らないんだろうね」
電車を待ちながら、適当に話題を振ってみた。すると三人は顔を見合わせてからふはっと笑う。
私たちは、来た江ノ電にぞろぞろと乗り込む。三人は吊革に立って、私だけ座席に座る事ができた。さりげなく優しいんだよね、こいつらって。
「まーそうだなー、あいつ中学んときも彼女いなかったよな」
「あー、そういや
カノジョ
(
・・・・
)
は、いなかったな」
「何よその、カノジョは、って部分の強調は」
「たぶん特定の人と付き合ったことねーと思う」
言って大楠が「なぁ?」と、他の二人に同意を求める。二人は本当なんだか冗談なんだか、うんうんと頷く。なんだよもう……わたし、真面目に聞いてるのに。
「なんつーか彼氏彼女とかの次元じゃねぇんだよアイツは。中学は死ぬほど荒れてたしなぁ〜」
「毎日女とっかえひっかえ。男とは毎日殴り合いの喧嘩!洋平喧嘩最恐伝説はこっから始まってるわけよ」
大楠に続いて高宮が人差し指をぴっと伸ばして得意げに言った。
洋平くんの家庭が複雑なのは過去——野間から何となく聞いた。確かあれは卒業式の前日だったと思う。洋平くんは今あのアパートで一人暮らしをしているとも、その時に言っていた。ハードなバイトのシフトは、生活費に消えていくってことなのかな。
「重ーい過去を抱えてるのね、洋平くんって……私とは大違いだわー」
「まーな。洋平に比べたら俺らなんて、まだまだガキだよなー」
大楠がかわいた笑い声を出した。そんな大楠を野間が横目に見て溜め息をつく。たぶん、野間がこの中で一番わかっているような気がした、洋平くんのことを。
洋平くんが一番信頼しているのは桜木くんで、きっと桜木くんもそうなんだろうと思う。軍団はみんな大親友だけど、あの二人はどこか、別格な感じがする。
「つーかよ……なんか、過去にもこんな会話した気がするんだが」
「おー、あったな。いつだっけ?」
「そうだ、姐さん。姐さんとこんな会話したわ」
野間と大楠が思い出すように斜め上を見やって言う。そして「俺らやっぱガクがねーなぁ」とか言って笑い合っていた。ニワトリかあんたらは。同じ会話を使い回すなんてダッサ。もっとテレビを見るなりして学べよ会話のコミュニケーションとやらを。遊んでばっかいるんじゃないよ。
「おっ、噂をすれば姐さん!」
一人ノリツッコミを脳内で繰り広げていたら、高宮が声を張った。全員で高宮が指をさすほうに視線を向ければ、ギクっとして入り口の手すりを掴んでいた三井の元カノが、こちらを振り向く。
「や、やっほー。みなさんお揃いで……」
「何だよ、こっちに来いよ、姐さんも!」
大楠の声に何故か私に視線を投げて寄越す三井の元カノ。私がどうぞ、と言う代わりに隣の空いている席を手の平で促せば気まずそうにしながらこちらに歩いてくる三井の元カノ。
私の隣に彼女が腰を落ち着けたと同時に高宮がつぶやいた。
「……ん? そーいや、今日って何日だぁ?」
「えーっと、9日だろ?」
「うお! マジ!?」
大楠と野間が驚いて顔を合わせると「おめーら明日洋平の誕生日だよ!」と慌てたように高宮が言った。初耳な私と三井の元カノが声を揃えて、「えええ!?」と叫ぶと「あー!ホントだ!」と大楠が高宮をびしっと指さした。
「10日だったよなー、うわ早ぇな」
「って事はもーすぐ花道もだよな!春だなァ…」
野間がしみじみ言って腕を組む。春だなぁってそんな、悠長なことを言ってる場合じゃないよ!重大事件だよっ!
私は三人を交互に見ながら慌てたように矢継ぎ早に言う。
「え、どうすんの? プレゼントとか買った?」
「や、今気づいたしよぉ」
と、高宮。なんなら苦笑いをされた。腕時計は夜の七時。単純計算であと五時間後には洋平くんの誕生日になる、ということだ。
「洋平くん、バイト何時までなんだろ……?」
「さぁなー」
「ちょっと!あんたらそれでもトモダチかよ!」
首をひねる高宮の腰を思い切り掴んでブンブンと真横に振る私に高宮は「あ〜れぇ〜」とか言って、ふざけている。はっ倒してやろうか、ワレ。
「じゃあ……次の駅を降りた先のジャスコに寄らない?」
突然、三井の元カノがそんな事を言い出した。私は高宮から手を離し真横を見る。軍団の視線も一斉に彼女の方に向けられた。
「私、ちょっとしたケーキくらいなら作れるよ」
大楠が「おいおい姐さん。何時までいる気だよ女子は早く帰らないと危ねーぞ?」と、ちょっと咎める口調で言った。やっぱり優しいな大楠は。
「平気。お父さん今日遅いし。それに私だって、水戸くんを祝ってあげたいもん」
「なら明日学校終わってからでいいじゃねーか」
「ダメだよ。だって水戸くんが家に帰ってから、誰が祝ってくれるの?水戸くんの誕生日。」
「そ……それはそうだけどよぉ」
「水戸くん……親は忙しくて夜もいないって前に言ってたからさぁ」
大楠と野間がちょっと睨み合う。三井の元カノって何も知らないんだな、洋平くんの家庭環境。と、私は心の中で、哀れみの視線を真横の彼女に送る。すると高宮が、大楠と野間の横でニカッと笑って言った。
「ま、いーじゃねーの。なんかあったら、俺らが守ってやれば」
「高宮くん優しい。さすが正義の味方戦隊……」
「それに、姐さんの手作りケーキ食えるしな!」
大楠はバツが悪そうにボリボリと金髪をかいて「しょーがねーなぁー」と苦笑した。それを見て三井の元カノもニコリと笑う。
「それにしても正義の味方戦隊とか懐かしいな」
「あれだろ?晴子ちゃんと花道が一緒に行った、夏祭りの時の」
「あんとき、姐さんもいたんだっけっか?」
「いたいた!ほら、バスケ部が合同合宿で静岡に行った時だったから」
「あー、そうだそうだ。そういやあのお面、今も家に置いてあるぜ!」
『次はぁ——陵南高校前駅、陵南高校前駅——』という江ノ電が知らせる下車駅を聞いて私以外の全員が立ち上がる。私は未だ座席に腰を下ろしたままで、声を張った。
「ごめん!……私、今日は無理だわ」
「あ? そーなのか?」
野間からの返しに何度か頷き再度「ごめん」と謝ると三井の元カノが「水戸くんに名字さん用事あるから帰ったって伝えておくね」と言った。
伝えなくていいけど、べつに。三井にも三井の元カノにも言ってやりたい『小さな親切、大きなお世話』ですよ、って。
なんだか……入り込めないなって思ったんだ。軍団と私だけで話している分には、特に気にならないけれど、三井の元カノが入ってくると一気に私の知らない世界になってしまう気がして。
だって——私は思いつかなかった。突然、彼の誕生日が明日だって言われて『ケーキを作ろう』なんて発想は。だから、いじけただけ。私って、本当に性格悪いなぁって、つくづく思う。
*
駅にはたくさんの陵南の生徒がいた。ツンツンバラン頭の長身の生徒を見て軍団は「あれ、仙道じゃねーか?」とか言って笑っている。私は首を傾げつつ、口を開く。
「知り合い?」
「え、覚えてねーのか姐さん、仙道のこと」
「せんどぉー? 誰、知らないよ?」
「オイオイ一緒に試合見たじゃねーかよー。これだからミッチーの血を引いた姐さんはなぁ〜」
「こらこら、血は引いてないから」
本当に知らない人だからそんな事を言われてもどうしようもない。
どうでもいいけど、陵南高校のバスケ部はこの時間まで部活をしているんだなぁなんて思った。とりあえず仙道とか言う人の事は置いておいて、私たちは海風の中、ジャスコの方へと向かった。
ふと今でも寿と付き合っていたら放課後も彼のいないバスケ部を見学しに行っていたのだろうかと考える。きっと『部員達の様子はどうだ』とか毎日のようにお節介メールが飛んできて、それに答えるために顔を出していたのかもしれないな。
いまでは��元カレの所属していたバスケ部�≠ニいうだけで、なんとなく足が遠のいてしまった。我ながら薄情者だと思う。
「姐さん、何やってんだよー置いてくぞ〜」
「あ、ごめん! 待って待ってー!」
でもこういうのもいいかも。お友達の誕生日をみんなでワイワイお祝いするって、まさに高校生らしい、輝かしい青春の思い出の一ページとして刻まれるだろうから。
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