ただ思うだけで泣ける、って……それだけでもその恋は、本気の恋だったんだと思う。
叶わなかった恋があるからこそ叶えられる恋もある。
恋の終わりと恋の始まりで、女の子はキレイになれるんだってさ。
*
ユニクロで新調した大きめサイズのセットアップスウェットに財布と携帯電話。ペディキュアの剥げかけた足に履き潰したクロックスを引っ掛け近所のコンビニへ向かう、早朝四時半。
「セブンスター2箱」
夜中の三時過ぎに目が覚めた。春休みは昨日で終わり今日からは新学期。なので今すぐ眠りにつかなければ確実に寝坊してしまうという世界線。
しかし、結局のところ目が冴えてしまったのでこうしてコンビニに来てみたはいいがそこで私は珍しい人の姿を発見した。
大学生らしき店員の綺麗なお姉さんは少し頬を赤く染めながらレジを操作している。
「年齢確認は——いいですよね、今更ですし…」
「ははっ、いつもすんません」
「い、いいえっ!」
世の中って意外と軽いなぁ、なんて思いながら白々しくも未成年の彼が見事セブンスターを二箱ゲットするのを陳列棚の陰から盗み見ている私。
「あ、アイス。」
「……!」
「買ってあげれば良かったなァ……」
ピンポーンピンポーンと、入り口の自動ドアの呼び鈴が鳴る音と同時に発せられた、その言葉。ビクッと肩を振るわせた私の方をゆっくりと振り返った彼と目が合う、そんな春の香りが漂う——四月初旬のお話。
16歳 春
― 16歳 春 ―
水戸くんと歩く海沿いの道、防波堤の上。私は歩幅を広げて歩き彼の真横に並んだ。すると彼が足を止めて、海の方に体をむける。そのまま彼はその場に腰を下ろして、あぐらをかいた。
「早起きだねなまえさん。おばーちゃんみたい」
「その言葉、そのままそっくりお返ししまーす」
「俺、おばーちゃん?」
「ううん、ヘビースモーカーな、おじいちゃん」
「ははっ、ヘビーって決め付けねーで下さーい」
「どうだかね〜未成年が平気でタバコ買えちゃう時代なんてよくないよ」
当たり前になった軽口をいつものように交わし私は、あぐらをかく彼の隣に腰を降ろす。昔からこの眺めが好き。少し寒いが、風が気持ちいい。
何かを言わんとした彼はちょっとだけ口を開きやっぱりその口を閉ざして考えている風を装う。そうして次に、私の顔を見た。私がフン!と鼻を鳴らすと彼はハハハ、と笑ってみせる。
「あ、そうだ。なまえさん」
「ん?」
「その節はどーも。ありがとーございました」
「え? なにが?」
「え?あー、ほら……誕生日?」
「ああ!全然!みんなで準備するの楽しかった」
「ほんと、嬉しかったデス。これ素直な気持ち」
「……、ううん。なら、よかった……です。」
ふと。世の中って、こんな男性が好きって子も多いんだろうなぁ、なんて思う。大楠くんのお父さんが言っていた通り、水戸くんって男前だし。
「てかそれさ、なまえさんにしてはちょっとサイズでかくないか?スウェット」
「あ、やっぱ変かな?これしかなかったの。本当はもう一つ小さいサイズが欲しかったんだけど」
「萌え袖、ってやつだ?それはそれでアリだね」
「そーなの?こーゆうの好きなの?水戸くん」
「んー?嫌いじゃないですよー、そーゆうの」
そしてほら。なにより、優しい。正義の味方もしてくれるし。きっと好きだ、世の中の女の子は全員もれなく。
「ねえ水戸くん。来年の誕生日までの目標は?」
「目標?」
「そ、目標。やめてみる?タバコとか」
「タバコねぇ……」
思いつきで言ってみたけれど水戸くんはまるで止める気なんてさらさらないですって顔をして、不意に目だけで空を見上げる。そして、さらりとした口調で言った。
「やっぱモチベーションを上げるには、ご褒美が必要だよなぁ……なまえさん、くれるの?」
「ハイハイ、いいよー。でも禁煙できたらねー」
「じゃあ——なまえさんと、キスがしたい。」
「——、」
時折チラつく女性慣れした空気とかは、たまに私も鳥肌が立ちそうだった。てか……今なんて?
「……な、なんで」
「したいと思ったから?」
「だっ! だから、ナンデ!?」
そもそもの話。総合してどっちかって言うと、私にとって水戸洋平くんタイプの男性は、確実に『苦手』な分野だったはずなのに。なんで私たち絶対に交わらない人種なのにも関わらずここまで仲良くなったんだろうか。湘北の七不思議だよ。
「ヤダ」
「……」
「……ダメ。」
「わかった。じゃあ別のご褒美考えておきます」
水戸くんが、くすっと笑ってそう言った。私は思わず視線を逸らす。水戸くんってば……いつもすぐにそうやって揶揄ってくるんだから。いつか絶対にギャフンと言わせてやりたい。
「俺に��待て�≠ェできるのはなまえさんだけです」
「え?」
「いつまで持つかわかんないけど……まあ、躾の悪い犬なんで」
「……もう、水戸くんふざけすぎ」
「はははっ」
ギャフンとなんて——私には言わせる事なんてできないだろうな。また、わけなく転がされた。
そう言えば……なぜか最近こうして一緒にいる事が増えたかも。だけど一緒にいると落ち着く。なんか、おかしいよね。でも恋仲とかじゃなくてこういうのって、嬉しいよね。まるで本当の親友みたいでさ。
人と深くつきあうことって、実は私もそんなに得意じゃなかった。でも水戸くんを見ていると、なんだか私と似ていてもどかしい。だけど、そういうところが、たまらなく好きだなぁって思う。もちろん、ベストフレンドとして。
「〜〜♪」
「……なんだっけ、その歌」
私が不意に鼻歌を奏でれば水戸くんがすかさず聞いてくる。けれど私はその質問には答えずに、肩を左右に揺らしながらそのまま鼻歌を継続中。
「〜〜♪」
「ヒント」
「……んー、ポカリスエットのCMの曲〜」
言って私がまた鼻歌を再開すれば、水戸くんも合わせて軽やかな口笛で途切れ途切れにハモってきた。それが面白くて私は、煽るようにピッチを上げる。
「あーわかった。このままずっと忘れたくないーって?」
「そうそう!
現実
(
いま
)
が想い出に変わってもぉ〜♪」
「ユア ドリーム アイ ビリーブ ときめいてるー」
「心を開いてぇ〜♪ ってやつ!!」
歌い終わって思わずパチパチと拍手を送れば、水戸くんはすっきりした、と言って目を伏せた。曲名がわかったからなのか人前で歌ってすっきりしたからなのか、どっちかはわからないけど。
水戸くんって切れ長の一重だけど、意外とまつ毛が長いんだなぁって、このとき改めて思った。新発見かもしれない。でも直接本人に伝えたら嫌がるだろうから絶対に言わないでおこうと思う。
「なまえさん。」
「んー?」
「その後、彼氏は?」
「え、いないよ。何? 知ってるくせしてさぁ」
「どんくらいいないのー?」
彼は急に声のトーンを上げた。こんなときだけ妙に後輩面。わかってはいたけれど、きっと彼は色んな顔を持っているんだろうな。
「四ヶ月……くらいかな」
「そうなんだ」
「う……うん……」
「……そっちは、って——訊かないんだね」
「……、」
その手には乗らない。私は目線だけであれこれ彼に訴える。彼は苦笑する。
興味もないくせに、どうしてそんなことを聞くんだろう……それに、仮に「そっちは?」なんて聞いたって答えてくれないじゃない。知ってるんだよ、残念ながらあなたのことは、それなりに。
「でも俺、なまえさんだったら彼女でもいいな」
「…………はぃ?」
思わず、情けない声も出ちゃうってば。私は、自分が動揺している事に気がついた。情けない声というか心なしか唇も震えている。寒いからではない。動揺しているんだ、確実に私は、今……。
「なまえさんならいけるなってこと」
「……え、何ソレ。私ならいけるってめちゃくちゃ失礼じゃない!?やだ、笑っちゃう水戸くん」
「それそれ、俺そういうの好きですよー」
「えぇ?」
「素直じゃないヤツ、黙らせんの好きなんです」
そう言って水戸くんは自分の吸っていた煙草を私の口へ——デジャブ。こんなことが、ちょっと前にもあった気がする。
突然の出来事に、反射的にそれを咥えてしまい驚いて煙草を取ろうとした手も押さえ込まれた。近い、強い、力が。そんな私をよそに水戸くんは笑いながら、密やかに呟く。
「なまえさん」
いや……笑っていない。またこれだよ。彼の、この瞳に支配される流れ。
瞳が笑っていない彼の瞳に、飲み込まれそうになる瞬間——。
「——これ、二回目のキスにカウントされる?」
「……!」
彼は私の口からパッとタバコを取り返し、再び自分でくわえた。一連の動作が速すぎて、ついていけない愚かな私。「よいしょ」と言って、彼がゆっくり立ち上がる。
「朝方はまだちょっと冷えるね」
「……」
「……ね?」
「……っ」
また何も言い返せなかった……。私は、買ってもらったアイスをかじりながら、いままで何人の女性に言ってきたんだかって、ぼんやり考えた。
無情にも、さあさあと潮風が吹く、そんな午前五時半の出来事。
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