�� これからだよ ��
�� 俺も、名前ちゃんも ��
本当に戻りたい夏は、原チャリと、バスケットボールとポカリスエット。あとは、ほんの少しの反抗心があれば、どこまでも行けた気がした夏。
その夏にはグーグルマップもインターネットも必要なければ、ましてや恋人仲も必要ない夏で、ネットゲームを、死んだように繰り返す夏でも、ユーチューブに甘やかされる夏でもない。絶対、ない。
*
「え……」
四月初旬。けたたましく鳴った携帯を取ると、高宮からの電話だった。それは昼休みの出来事で今日、桜木軍団は桜木くん以外、誰も学校に来ていなかった。そういえば、新学期の初日の昨日も洋平くんは学校に来ていなかったな……。
思えばそれは初めてのことだった。その時点でおかしいと思うべきだったんだ。
また最近になってから仲良くなった、私に液体窒素をぶっかけてきた女子二人組と一緒に昼食をとっていた私は高宮からの話を聞くなり椅子から立上がり、弁当なんかそっちのけで教室を出た。
『洋平、居ねぇんだよぉ』
つい数分前に高宮が言っていた言葉がずしんと頭に響く。動悸がする。吐きそうだ。でも私は、必死に走る。
『今まで俺らに黙って消えたことなかったのに』
廊下を走りながら、途中色んな人にぶつかる。「すみません」と、短く謝りながら、私は走る。
『嫌な予感すんだよなぁ……』
それは……ただの年頃の高校生の、洋平くんの気まぐれなのかもしれない。でも、私もなんだか嫌な予感がする。直感がそう感じた。だから私は走った。これからは直感を信じて生きていくって決めたから。
「高宮!」
呼び出された公園に桜木くんと洋平くん以外の軍団三人がいた。私が高宮を呼びながら、三人のもとに駆け寄る。
「名前……」
高宮が、私に気づいて口を開く。私は肩で息をして両手を膝につき「洋平くんは…?」と問う。
「昨日の朝方、花道がアイツと連絡とってから、いっさい連絡がつかねぇ」
大楠が溜め息混じりに答える。私はハァハァと荒く息継ぎをしながら大楠を見る。
「多分家も帰ってねーよ。さっき見てきたけど」
続けて野間が言う。「こんなん始めてだ」と、高宮が小さく呟くと全員あさっての方を向いた。胸が痛くなる。呼吸が苦しい。
「名前、なんか聞いてねーか?」
大楠からの問いに、私は黙ったままで首を横に振る。すると大楠はそうかと残念そうに呟いた。
「探そう?」
私は三人を見渡しながら言う。私の言葉に三人はバラバラに頷いた。
彼の携帯は繋がらない。何度かけても、お客様サービスセンターに繋がってしまう。留守電にはならないので電源は入っているのだろう。だけど出ないんだ。どうしちゃったの、洋平くん……。
*
私たちは一番はじめに、洋平くんのバイト先に向かった。到着して、店長らしき人に聞いても、「昨日も今日も休みで」と言われるだけだった。
「そうですか……すみませんでした」
私が一礼すると、軍団もペコっと頭を下げた。最後に二人きりで話したのはあの社会科準備室。その後は普通に学校に登校していた。別にとくに変わった様子もなかったと思う。教室では普通に私とも軽く会話をした。
春休みに入る前日、笑ってバイバイしたよね?また「新学期な」って、言ってたよね……?
『これからだよ』
ねえ、洋平くん——
『俺も、名前ちゃんも』
どこに、いるの……?
『……初めてだったんだ』
『俺に関わりたいなんて、言ったの……』
「——、」
走って渡ろうとした歩道橋の真ん中で——私はふいに立ち止まる。空を見上げれば、分厚い雲が今にも落ちてきそうだった。
「……三井の、元カノ——」
私がぽつりと呟けば、三人も立ち止まって振り返る。三人は私よりも体力があるだろうけどそれでも少々息を切らしながら顔を見合わせている。
「なまえ、姐さん……?」
野間が私に向かって言う。私はこくん、と一度だけ頷いた。そして口を開く。声が震える。
「三井の元カノなら、何かわかるかもしれない」
それを待って大楠がおもむろに自身のポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけはじめる。相手はすぐに出たらしく、大楠が声のトーンを少しだけ上げた。
「——あ、姐さんか!?」
大楠はすぐにスピーカーに切り替えた。三井の元カノの声がその場に反響して響き渡る。私達は自然と円を作って、大楠の持っている携帯に顔を近づけた。
『どうしたのー? つぎ、体育なんだけど……』
「なあ、洋平しらねーか?」
『水戸くん? あー、そういえば見てないかも』
「洋平……昨日も今日も、学校来てねーんだよ」
『え!?昨日来なかったの?おかしいなぁ……』
呑気にそう言った三井の元カノ。私は大楠から携帯電話をもぎ取って、大人気なくも声を張る。
「知ってるんですか!?洋平くん、どこ……?」
『え?あ、えっと……昨日の早朝、一緒にいて』
「……、それで?」
『あ、あさマックしたら水戸くん一旦帰るって。そのまま遅刻して学校来たんだと思ってたけど』
「……」
私はぎりっと、奥歯を噛み締める。一気に頭に血が昇ったのが分かった。抑えきれず、今思っていたことを、ストレートに言葉に出した。
「知ってました?……理解してました?彼の事」
『え……?』
「いいよね、いつもみんなから必要とされてさ。自分ばっか被害者ぶって助けてもらってばっか」
『……』
「ほんと、三井そっくり……」
おい、と野間が止めに入って携帯を奪い取ろうとしたが、それを無視して私は大楠の携帯を意地でも離さず、はっきりとした口調で吐き捨てた。
「洋平くんの心にも穴が空いてるんですよ……」
『……、』
私はそのまま静かに電話を切った。三人が私に視線を向ける。私は無言で大楠に携帯を返した。それを受け取ったのを目の端に映して、呟く。
「……気付いちゃったの」
隠していたつもり……じゃない。ずっと、見え隠れさせていたんだ。なんで、気づいてあげられなかったんだろう。
「逃げたんだよ……」
涙が出る。歩道橋を渡る人たちが変な目で私を見ている。でも今は、そんなのどうだっていい。彼は、捨てられるのが怖くて、逃げたんだ——。お前なんか要らない、そう言われるのが怖くて。
昨日——三井の元カノと会ったときに、何かがあった事は容易に想像できた。思い当たるのは、どんな形でなのかまではわからないけど、三井の元カノに、見限られたのではないかと……。
電話口の彼女の様子だと、三井の元カノは何も気づいていない。だから、言い合いをしたとか、告白したとかされたとか、そういう類ではないのだろうと思う、でも……。
「ふ、うっ……」
泣き叫びたかった。どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。洋平くんは苦しかったんだ。私が、ずっと好きでいたいなんて、言ったから。
誰かに強く想われるということで、彼は彼女の大切さに気づいてしまったんだ。彼女といる事で自分がコントロールできなくなることに。だから全部を捨てたんだ。私のことも、彼女の事も切り捨てるために、全部、消したんだ。
「ごめ……よ、へ……く、」
すべてに嫌気がさして、すべてが嫌で、全てを投げ出して逃げた人を探しても、無駄だよね。
ごめんなさい洋平くん。ごめんなさい。勝手にこっちが好きでいれたら、それだけでいいって。
……私、うかれてたよ。
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