最初から知ってたみたいに、僕の痛いところを
見つけて手をあててくるから、きみはきっと、
未来から来たんだろう。
いらない思い出だらけの僕の頭を、君は笑って
抱きしめてくれた。本当は最初からどこかで、
君を好きになると、僕は気付いていたんだろう
だからきっと、君を避けたんだ。
形があるといつか壊れてしまうなら、初めから
作らなければ、その方がいい。
失うのが怖くて、繋がってしまうのが怖くて、
なのに君は何度も、何度も僕の名前を……
いま君の手を握って、出来るだけ目を見て
こんな毎日で良かったら残りの全部、まとめて
君に全部あげるから。
きっと、人を想うことも大切にするってことも
大袈裟じゃなくて、きみが教えてくれたんだよ
だからもう僕は、君のものだ。
*
「とりあえず……ここでうだうだしててもしょうがねーから俺ら一旦、花道んとこ戻るわ」
野間がそう言い置いて三人は、学校へと戻って行った。私はどうすることもできずに、ずっと、その場でただ、蹲っていた。
思う存分泣いたおかげで、日はとっぷり暮れ、目は腫れて、擦りすぎてまぶたが痛い。歩道橋の住人と化した私は歩道橋の下を見る。せわしなく車が走る。落ちたら死ねそう。別に、死にたくはないけど。時計を見れば夜の八時をさしていた。
「……やば」
机にお弁当を広げたままだ。鞄も置きっぱだ。学校に、取りに戻ろう……。
私は、おぼつかない足取りで、歩道橋の階段を手摺りにつかまりながら降りた。
「……あン?」
聞き慣れた声が、背後からした。足を止めて、ゆっくりと振り返ればそこにはまさかの半月前に湘北高校を旅立っていった卒業生、三井がいた。
三井は、その場で固まっている私の方へと目を逸らしながら向かってくる。私の目の前に立った彼は、後頭部に右手を添えながら口を開く。
「何してんだよ。」
「……そっちこそ」
「俺?俺ァ……藤真と牧と偶然会ってよ、メシ、食ってきたとこだ」
「……フジマ?マキ? 誰だよ、それ……」
チッと私が舌打ちをして視線を足下に落とせば三井は「あ、知らねーか」とか言って、ワハハと呑気に笑っていた。
「食うか?」
チラッと三井の方を見ればヤツは私に向かって何かを差し出していた。私は思わず眉毛を歪めて首を傾げる。
「肉まん。」
目を見開く私に三井は、ふはっと白い息を吐き更にその長い腕をぐいっと突き出したのだった。
*
三井と別れ学校に戻ると、まだ残っているのはバスケ部だけのようだった。
校内は当たり前に暗くて、非常用の電気だけが頼り。事務室に行き理由を話して許可してもらい怒られながらも、校舎内へ入る。オートロックを外すにはセコムがどうとかめんどくさいらしい。
誰もいない廊下をひたひた歩く。七組に着いて教室の中に入ると一応お弁当はちゃんと蓋がしめてあってランチョンマットに包まれていた。机ももとに戻っている。誰だか知らないけれど……。
「ありがと……」
私は喉の奥で喜びを噛み締めた。弁当を鞄に、ブリックパックをゴミ箱へ放って、教室を出る。手摺につかまりながら恐る恐る、階段を降りた。一階に着くと、いつもの癖で下駄箱の方へと来てしまった。事務室の方じゃないと帰れないのに。
馬鹿やったわ……と、私は踵を返そうとした。
「……。」
いつもの癖、っていうか、そういえばここ——洋平くんと初めて出会った場所だ。駄目だ、泣きそう。本能には逆らえない。私は足を下駄箱の方へ動かした。すのこの上を歩く。あの日ここに、彼は来た。私は洋平くんの靴箱を開く。あるのは見慣れた、少し汚れた上履きだけ。ローファーはなかった。静かに閉めて、また歩く。
すのこはそこで終わり私もそこで立ち止まる。下を向いたら涙が流れそうだ。何やってんだろ、私……。
「……帰ろ」
帰って寝て起きたらもう金輪際、洋平くんには関わらないようにしよう。探さないし考えない。それで洋平くんが、楽になれるのなら。
私、自分の事しか考えてなかったよ。ごめん、もう関わらないから。だから帰ってきてよ、ねぇ洋平くん。いま、どこにいるの……。
——カ タ ン、
「え……?」
驚いた……すのこが鳴ったから。私じゃない。もっと、そっちの奥の方。さっき私がいたところらへんだ。私は息を殺す。
「……っ」
——今、聞こえた。聞こえちゃった。私は絶えきれなくなって駆け寄る。
すのこが終わったそこ、下駄箱によりかかってあぐらをかいている、水戸洋平を見つけた。
「洋平、くん……」
私が呟く。すると彼はポケットから小さな箱を取り出した。細くて短いものを取り出し、洒落たライターで火を点ける。紛れもなく、それは——紙タバコだった。
「煙草、無理って……」
——言ってたのに。私、夢だと思ってた。痴漢から助けてくれたあの日、洋平くんのアパートで煙草を吸っていた、あの光景。
私ね、あれ……夢だと思ってたんだよ。いや、夢だと思って、いたかったんだよ。ぜんぶ、現実だったんだね。
洋平くんは煙を吐き出す。どうして何も言わないんだろう。無言な空間に雨音が響いた。小さく雷鳴も聞こえる。堪え切れなくなった雲は、とうとう雫を落としたんだ。
「……探したんだよ」
私は彼の隣にしゃがむ。彼はこっちを見ない。タバコの匂いが充満する。セッター?マルボロ?もうそんなの、なんでもいい。
「高宮も大楠も野間も……三井の元カノも。」
「……」
「——私も、みんなすごい心配して」
私は胸ポケットから携帯を取り出し、三人に、『見つかったよ』と、メールを送ろうと思った。そのときだった。かしゃん!と携帯が吹っ飛ぶ。それは、洋平くんに手をはたかれたからだった。
彼の突然の行動に、私は驚きが隠せない。雷の音が近くなる。時折光っては、お互いの顔を照らす。一瞬だけ見えた彼の顔は、表情がなかった。私が携帯電話を拾いに行こうとすると今度は腕を引っ張られた。凄い力に、私は尻もちをつく。
「……私っ、か、帰るから……っ」
声が震えた。そんなに邪魔なら私、帰るから。お願いだから、そんな、怖いことしないでよ。
「誰にも、言わないから——きゃっ!」
立ち去ろうと腰を浮かしたところへ、また腕を引っ張られ、尻もちをつく。意味、わかんない。なんで無言なの?鳥肌が立つ。背筋が凍る。また私の知らない、水戸洋平がいる。
「……うざいんでしょ?めんどくさいんでしょ?だから、逃げたんでしょ……?」
駄目。頑張って必死に堪えていた涙が、また。堪えろ。堪えろ、堪えろ——!
「捨てられるのが嫌で、先に捨てたんでしょ?」
やっと掴まえたと思ったのに……すこしだけ、ほんの少しだけ心に触れる事ができたって思ってたのに。
そのとき。雷の音が、これでもかってくらい、大きく響いて——
「 」
洋平くんが口を開いたのに、何も聞き取れなかった。彼はタバコをすのこに押し付けた。そして私の首の後ろに片腕を回す。次の瞬間、噛み付くようにキスをした。
雷が鳴る。鳴る。鳴る。雨が降る。雷が光る。転がった携帯。広がるすのこ。倒される私の体。真っ暗な——昇降口。
「……っや、」
離れられない、苦しいのに。悲しいのに——。
離れた瞬間、私は信じられなくて、彼を見た。彼はやっぱり、私を見てはいなかった。
「……言っただろ」
はっとして、もう一度、洋平くんを見る。彼の言葉を初めて聞き取れたからだ。
彼は起き上がりまた煙草を一本取り出して火を点ける。煙を吐き出し、口からそれを離す。私も上体を起こす。
「煙草、吸えるって」
「……」
洋平くんは目を瞑って淡々と呟く。私はただ、彼を見据える。涙で歪む視界に洋平くんがいる。
「まさか——見つかるとは思わなかったなぁ」
そこでまた、タバコをくわえて煙を吐き出す。その様を私は穴が開くんじゃないかと言うほどに見つめる。
「そんな……見つめないで」
「……」
「穴あきそう」
息を吐くように言った彼。今日初めて洋平くんと目が合った。苦笑した彼はやっぱり、いつもの水戸洋平だった。
「……洋平くん、ずるいよ」
思ったことが、そのまま口を通る。彼は驚いたように小さく目を見開いた。
「ずるい……」
手を伸ばして彼の頬を両手で包む。視界が滲むから、また、涙が出てきたんだと思った。そんな私を見て、洋平くんは眉毛を下げて困ったように言った。
「ごめんね」
「謝るくらいなら、逃げないでよ……」
捨てられるのが怖いから——先に捨てる。そうやって全てを拒む。私を、みんなを、遠ざける。
「みんな、怖いんだよ」
——そんなの。
「洋平くんだけじゃない。私だって怖い」
今だって、
手も声も、笑えるくらいに震えているんだよ。
「洋平くん……そんなんだからいつまでたっても変わらないんだよ」
馬鹿にしないで。
馬鹿に、しないでよ……。
「洋平くんを愛すことくらい、私だって出来る」
涙が流れたから、目を瞑って下を向いた。一度瞑ると開けるタイミングがなくなってしまった。
「強いね」
ようやく目を開けるタイミングがあった。彼を見る。彼はそう言って、苦笑いをしていた。
「最初だってそーだ」
洋平くんは私の手を自分の手で包む。冷たい。見つめ合う。今度は、どちらも反らさない。永遠なんてないのに、この時間が、永遠に続きそうな錯覚を起こす。
「よくそんな、踏み込めるよな」
「……」
「そーいうの、わかんねぇ」
「……っ」
抱きしめた。私は洋平くんを抱きしめた。これでもかってくらいに、強く——強く、強く……。
一人で生きられる強さより、誰かに泣きつける弱さを持って欲しかった。避けてもいい、怒ってもいいよ。でも、悪く捉えないで。これは私が、1000回悩んで、考えた結果だから。
さて、長ったらしい前置きはここらへんにしておこう。夜は永い。しかし優しくはない。そして私たちには、時間がない。
ああ……二人の夜がこのままずっと、続いたらいいのになぁ。
今日は、
明日
の思い出になる。
(寂しいときは、誰かと笑えばいいんだよ。)
※ image song『 僕の名前を/backnumber 』
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