「うわっ!?だ、だいじょうぶ!?え、え、どうしたんですか? えっ!?」
その場でぼうっとして10分位してからトイレを出ると、ちょうどトイレの前を通り掛かったらしい水戸くんと今朝、一緒に登校していた転校生、二年生の先輩に、声をかけられてしまった。
下級生か同級生か上級生かわからないからか、敬語なんだかタメ口なんだかよくわからない口調で焦り散らかしている。その声に周りの生徒達が私を見る。
どんなオーバーリアクションだよ。ただでさえイジメのせいで注目度アップ中なのに……先輩、声でかいよ。もう、これだと余計に——、
「トイレで、何やってたの?……ですか?」
「わたし一年です。敬語じゃなくていいです」
「あ、そっか。水戸くんたちと同じ学年……」
「……。」
��水戸くんたちと同じ学年�≠ニか確認しなくていいですから、先輩。嫌味ですか?って、そんなわけない。私のことなんて知りもしないでしょ、あなたなんかには。
「いや、これはですね、手を洗おうとして蛇口を捻ったら壊れててデスね、それで——」
「嘘、つかなくていいよ?」
「え……」
バレバレですか……どんな罰ゲームよ、これ。私、前世にまったく徳を積まなかったのか。に、しても、一番見られたくない人にこんな姿を見られるという不運。
「話、聞くよ?」
「………はい?」
「とりあえず……制服、乾かさないと」
そんな感じでなぜか私と先輩は屋上へと向かった。まあ、道は私が誘導したようなもんだけど。
屋上は貸切だった。たまーに、10組の流川楓が寝てたりするんだけど、今日はいないみたいだ。
「先輩は……さぼっちゃって平気なんですか?」
「え、私?ぜーんぜん。気にしないでいいよ?」
「……そ、そうですか」
「私ほら、生徒手帳の写真撮ったり体育着注文したりとかよく授業中に呼び出し喰らってるから」
「は、はぁ……」
フェンスに背中を預けて二人でコンクリの上に座る。風が心地よい。今日は特に絶好の昼寝日和だろうなぁ。
「実は私、転校してきたばっかでさぁ。あ、みょうじなまえです、二年一組!」
「……名字、名前……、一年七組です」
「水戸くんと桜木くんと同じクラス!?へぇ〜、よろしくね!名字さん!」
「……はい、どーも。」
先輩から、いい香りが漂ってきた。なんのシャンプー使ってるんだろ。私ってもしかして、匂いフェチだったのかな。あたらしい発見だ。
「いい天気だねー」
「そう……ですね」
……太陽、眩しいけどね。
しばらくそのまま無言で一緒に青い空を眺めていたら急に立ち上がった先輩が適当に干していた私の制服を触る。
「だいぶ乾いたみたいだけど」
「……」
「ははは、結構さらさらだよ」
今日は少し汗ばむ陽気だったから乾くのが早かったみたいだ。良かった。
私も確認するために立ちあがろうとしたとき、キィ、と屋上の扉の開く音がして反射的に二人で振り返ると、そこには——。
「あれ? 水戸くんだ。」
「えっ……どーいう組み合わせ?」
水戸くんが先輩の言った言葉にそう返して咄嗟に何かをポケットにしまったのが見えた。彼は、何ともいえぬ表情を貼り付けたまま、こちらへと歩み寄ってくる。とっても気まずい。その空気を知ってなのか無意識か、先輩が先に言葉を紡いでくれた。
「水戸くんサボりでしょー」
「ははっ、バレました?」
「バレバレ〜」
迷うことなく先輩と肩を並べて立つ水戸くんを私はじっと見つめてから視線をそっと地面に落とす。ついでに上げかけていた腰も地面に戻した。
もう一度チラと二人の方を見やれば、フェンス越しに、体育の授業をしている生徒を見下ろしている先輩と乾かしている私の制服のジャケットを見つめている水戸くんの姿。
「——名字さんて、さ……」
風が吹いた。遠くから、雨の匂いがする……。こんなに晴れているのに、また雨が降りそうだ。
「物好きだよな。」
「そう……かな?」
「だから言ったでしょ、俺に関わるとロクなことないよって」
「……」
「まぁ最近は露骨にシカトされてたみたいだからなんとも言えんけどさ」
「……っ」
「こういう事されても俺に構いたいって思う?」
彼はそう言って下を向いた。先輩は聞こえないフリを決め込んでくれているのか、グラウンドを見て「あっ、寿のクラスだ」とかなんとか呟いている。
「みっちー?」
それに反応した水戸くんが、視線を持ちあげて先輩にそう聞き返し、今度は先輩と一緒になってグラウンドを見下ろしはじめた。
「手、振ってみたら?」
「やだよ、サボってるのバレたらうるさいもん」
「ついでに、男といるのバレたら厄介だしなー」
「え!? な、なんでよ!別に大丈夫だしっ!」
「ははっ、どーだか」
……悔しい。ふたりの後ろ姿を見ているだけの私の気持ちも考えて欲しい。でも、残念だけど、とってもお似合いだ。てか誰だよ、ヒサシって。誰だよ、ミッチーって。どこのどいつだよ、こんにゃろー。私にも、教えてくれてもいいじゃん。別に、知りたかないけどさ。
「……」
物好き——っていうのかな、この気持ちは。
「構いたいよ……」
私が下を向いたとき、入れ違いに、水戸くんが私のほうを見た気がする。
「関わり……たいよ」
「……」
「だって……気になったんだもん」
目の前の影が揺れる。その影を体育座りのまま指で、つ——と、なぞってみる。
「かっこいーくせに、笑うのヘタだな……って」
「……。」
こら、水戸洋平。そんなに見てんじゃないぞ。照れるだろうが。
私がゆっくりと彼の方を見上げる。それと同時に先輩が「あ、いっけない!」と、声を上げた。
「私、職員室に行かないといけないんだった!」
「え、職員室?なぁ〜んか、うっそくせーなァ」
「まじまじ!大マジ!だから、ごめん水戸くん、あとはヨロシクっ!」
「え、あ……ちょっと……、俺っ?」
「じゃーねー、名字さんも〜!」
まるで春風みたいに去っていった先輩。バタンと閉まった屋上の扉の音がここまで響いてくる。
ふと水戸くんを見やれば先に彼が私を見ていたので驚いた。しかし私は、その表情に吹き出してしまう。
「ぷっ、水戸くん」
「え?」
「なに、その顔ー」
「あ……いや、ごめん」
笑えちゃうよ、ほんとに。残念だったね、助け船がいなくなっちゃって。好きな人が——いなくなっちゃってさ。
「はァ、ほんとにあの人は……」
ポリポリと後頭部をかく水戸くんは、もう一度チラッとグラウンドの方を見ていた。なぜだか、心なしか冷めた視線で。
水戸くんにとっていつか私が心を開ける存在になりますように。自分を偽って生きてきた彼の、休み時間になれますように。
寂しいときそばにいてあげられる��友達�≠ノ、なれますように——。
「……あ。また雨、降ってきたなァ。」
「え?ああ、そうだね……降ってきた」
恋人へ。ごめんなさい。何かやっぱり私、水戸くんを放っておけないんだ。こんなに哀しい笑い方をする人、見たことがないの。
放っておけない——この気持ちは、恋じゃない
……きっと。
天気予報は
雨
のち
思春期
。
(——で、乾いたの?)
(あ、うん)
(じゃあ、先に戻りな?)
(え?)
(君を守るために言ってんの。さあ、早く)
(……やだ。一緒に、教室戻ろうよ。)
(はぁ……やれやれ。困ったお姫様だな。)
※ image song『ノスタルジックレインフォール/CHiCO with HoneyWorks』
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