25歳、春(10話)
彩子と久しぶりに会ってリョータくんを交えて三人でお酒を交わした日から数日後、藤真さんと私は食事に出掛けた。
「今日は名前のセレクトで」
なんて珍しく言うから、最近よく一人でも立ち寄るようになったあの日、彩子とリョータくんとお酒を交わしたbarを案内する。
「こんなところにbarなんてあったんだな」
「そうなの!家も近いから仕事帰りに立ち寄るの最近」
「ふうん。」
「どれにしようかな」とメニューを広げる彼に対して「ここのチーズフォンデュ美味しいよ!」なんてお節介を焼きながら私も一緒にメニューを覗き込む。こうして、意外と安定した関係を藤真さんとは築けているほうだと思っていた。きっとそれは相手が大人すぎるというのも大いにあるのだとは思う。
今日は混んでいるなとかカウンターでの食事もいつもの向かい合った雰囲気と違っていいなとか考えながら、ふと蘇るあの日の光景。そう言えば彩子とリョータくんと会った日も、同じこのカウンターに座ったっけなんてことを思い出す。そうして、自然と出てしまった思い出し笑いを必死に抑えていたら藤真さんがチーズフォンデュを頼んだので「私にも少し分けてね!」と言って店員を呼ぼうとメニューから顔をあげた、そのとき。
「名前ちゃん?」
声のする方を見やればお店の入り口付近にその思い出し笑いの中の登場人物、彩子と、リョータくんが二人で立っていて、その二人が藤真さんと私を交互に見ている。
「あ……!」
私は声を出し、思わず立ち上がる。そんな私をよそに彩子とリョータくんは私ではなく藤真さんの方に視線を送っているようだった。藤真さんもまた彩子とリョータくんを見るとニコリと笑みを投げ掛けている。
「——え、もしかして、藤真……!?」
リョータくんが放った言葉に、私は当たり前に驚きを隠せない。どうやら彩子の表情から見ても彼女も藤真さんのことを知っているふうだった。
「………知り合い、なの?」
完全に蚊帳の外状態の私が三人に向かって問いかける。そして、この異様な空気を破ったのは、やっぱり藤真さんだった。
「知り合いだよ、古くからのね。」
笑顔で私にそう言うと「お前らも座れよ」と、自身の隣りのカウンター席へと、二人を促した。その藤真さんの言葉に対して、無言で座ったリョータくんの席は藤真さんが促した席とは反対側の私の隣。後を追うようにリョータくんの隣に腰を下ろした彩子。藤真さんは、相変わらず社交的で穏やかな表情を浮かべており「ここチーズフォンデュが旨いんだって?」なんて、私を飛び越えてリョータくんに話し掛ける始末。けれどリョータくんからの返答はない。なんだろう、謎の、この気まずい空気感は……。
「あ、彩子もリョータくんも、何か奇遇だね!」
その、気まずすぎる空気に耐えられなくなった私は、自らあれやこれやと、会話を繋ぐのに必死だった。
「奇遇って……アンタにも、メッセージ送ったんだけど?」
呆れかえる彩子に「嘘!」と、急いでスマホをたしかめると、そこには彩子の言う通りお誘いのメッセージと、一本の不在着信。見る見るうちに青ざめていく私の表情に彼女は「今見たわね」と冷たく言い放った。顔を見なくてもその声色だけで分かる不機嫌そうな様子にスマホをテーブルに静かに置いた後「スミマセン!スミマセン!」と素直に頭を下げた。
「いいわよ。そんなことより、」
その言葉に私が彼女に視線を向けると、同時に未だ困惑ぎみのリョータくんの顔も視界に入る。
「ちゃんと、説明してもらいますからね〜?」
今更いいわけしても仕方がない。隠すいわれもないので観念した私は、藤真さんとの出会いから今日に至るまでの出来事を全て簡単に説明した。と言うよりも、ほぼ藤真さんが説明してくれたのだけれど。
「みんなは、どんな関係なの?」
そう私が問うと「あのね!高校の頃さぁ」と、今度はリョータくんが熱く熱弁し始める。徐々にお酒が入り始めたころ、はじめの気まずさは無くなり当時の試合の事やインターハイ、桜木くんの話など、大いにその場は盛り上がった。
本日新たに分かったことは、藤真さんがお酒に強いこと、藤真さんの出身校が、翔陽高校だったこと、藤真さんもバスケ部だったこと、そして、藤真さんが高校最後の年に、湘北に負けたこと。また藤真さんも寿と同い年で彼を知っているということだった。私が湘北に転校して来たのは高校二年の六月頃だっため、藤真さん率いる翔洋高校対湘北高校の試合のことは、あまり深く知らなかったので彼がまさか寿とすでに知り合いだったとは、夢にも思っていなかった。
「名前ちゃんさぁ〜、あの三井サンと付き合ってたんだぜ!?」
リョータくんの口から出た言葉に私は一瞬ハッとしたけれど、しかしすぐに相手があの藤真さんだったことを思いだす。予想通り、特に気にした様子も見せず「へぇ、意外だな」と、まるで興味なんてなさそうに鼻先で笑って流していたので、ほっと胸を撫で下ろした。
*
「遅くまで悪かったな」
この人にアルコールは混入したのかと疑わしくなるほど、藤真さんはいつもと至って変わらない様子だった。そして、お代もすべて彼が支払ってくれた。相変わらずの紳士ぶりだ。
リョータくんはよほど楽しかったのか見る影もなくベロベロになっていてお決まりの彩子の介抱を受けている始末。見かねてタクシーをスマートに呼び停めてくれた藤真さんの姿を見て、本当に隙がなく気の利く人だなと私は改めて感心する。
「ふじま〜、また飲もうぜ!」
ヒラヒラと手を振ったかと思えば「名前ちゃんをよろしくな!」と藤真さんの肩に手を置き今度は、おいおいと泣き始めたリョータくん。
「アンタは、もう!」
彩子が、タクシーにリョータくんを押し込む。押し込まれたリョータくんは、タクシーの奥の席から「藤真また連絡するわ!」と嬉しそうに手を振っていた。お店に入って来たときに見せたあのリョータくんの藤真さんへのメンチ切りはどこへやら。ライバルだったから無意識に敵意を出してしまったのかな。ライバルだったという確執は、好きや嫌いとはべつにして時が経っても消えないものなのかな。……いや、今この瞬間のリョータくんの笑顔を見ると、そんな事は決してなくて、案外簡単にライバルとも心のうちを見せ合えば、分かり合えるのかも知れないなと思ったりした。お酒の力ってすごいや。昨日の敵は今日の友とはよく言ったものだ。
「ああ、今度は赤木たちも。」
そう軽く手をあげた藤真さんを横目に私はなんだか、とても温かい気持ちになった。
「俺たちも帰ろうか」
彩子たちを乗せたタクシーが去っていくのを、二人で見送った後に言われた藤真さんからのその言葉に笑顔で「うん」とうなずいて私たちも歩き出す。
「今度、湘北戦の映像見せてやるよ」
「たしかあったと思うんだよな」と嬉しそうに話すきょうの藤真さんは、珍しくご機嫌だった。それを見て私も微笑ましくなり、今夜はぐっすり眠れそうだなぁ、なんて思いながら二人で、肩を並べて家路に向かった。
TOP