26歳、初夏 (11話)—三井side
26歳、初夏
― 26歳、初夏 ―
—— プルルルル……!——
昨夜、枕元に放り投げたスマホが大音量で鳴り響いた。二日酔いの頭にガンガンと響く無機質なその着信音に次からは酒を飲みに行った日の夜は必ず電源を落として寝ようと、まだ半分夢の中を彷徨いながらオレは自分自身にそう強く誓った。
プルルルル……そのうち切れるだろうよ。そう思いながら、着信相手すらもまともに確認せず、故意にそのスマホを床に落とし布団を深く被る。
—— プルルルル……!——
……あー、うるっさいなぁー、もう。鳴りやまない着信に苛立ちも倍増。ついに頭も冴えてきてしまった。ガバッと勢い良く起き上がり、自身で床の下に投げやったそれを拾い上げて、今度こそ寝ぼけまなこで液晶を確認する。そしてスマホの画面に表示された名前を見て、明らかに嫌そうな表情を浮かべたあとオレは「よいしょ」とあえて声に出しベッドの上であぐらを掻くと、ようやく��通話�≠ニいう文字をタッチした。
「も〜、……なんスか〜?」
その声はガラガラで、多少、掠れつつもある。不機嫌マックスなオレの声がスピーカーから聞こえたからか『なんだよ、二日酔いか?出るのおせーんだよ』と、ケタケタ笑っている電話の相手にムッとしつつも、何故こんなタイミングで電話をしてきたのだろうと逆に疑問符を浮かべる。昨晩面白い光景を目の当たりにした手前もしかしたら電話の向こうの主も昨日偶然出くわした��元ライバルと元カノ�≠フ関係性を知っていて、もしくは知ってしまった等の類で事実確認の連絡でもして来たのだろうか。
「久しぶりスね、三井サン」
「どうしたんスかー?」と、隠しきれずニヤついた声で返せば、多少の苛立ちを含ませて『練習試合申し込みに来たんだよ』と不機嫌そうに言い返してくる。
『仕事だ、仕事』
と、三井サンは平然を装っているけれど、いやいや、電話なんて滅多にしてこないくせに!と、いつも連絡を取り合っているふうなその物言いに先ほどよぎったオレの推理が確信に変わった。
「仕事ね?仕事。」
そう返すと『あンだよ』と今度は不機嫌な声を全面に出した。いよいよ面白くなってきた、そう思わずにはいられない展開に、オレは笑いそうになるのを必死にを抑え込む。そしてスマホを耳に当てたまま冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、その三分の一を一気に飲み干した。
『明日も朝早いからよ泊りなんだよ、夜付き合えよ。どうせ休みだろ?』
なんて仕事の都合だと託けて誘い出したのだろうけれど、なんか、バレバレなんだよなー、見え透いた魂胆が。ほんとにこのひとは昔から、何も変わっちゃいない。変わらなすぎて萎えるレベルだ。
「いいスけど、……二人で?」
『他に誰がいんだよ!』
『じゃあな、後でメールする!』と、一方的に電話を切られた。変なところでムキになるのも、ほんと、昔から変わらねーや。
オレは「んー!」と背伸びをして、シャワーを浴びにバスルームへ移動する。彩ちゃんも誘おうかなって一瞬思ったけど、今回はやめておこう。今日は、サシで飲みたい気分なんだ、きっと三井サンは。
*
「お疲れ」
三井サンの掛け声で互いのジョッキを触れるか触れないかの位置でぶつけて、軽く乾杯をする。そうしてぐびぐびとアルコールを互いの喉に流し込んだ。さて、どんな会話が飛び出してくるのか要チェックだ——。
「宮城」
ニヤニヤしているのがバレないようジョッキで口元を隠していると、意外にも落ち着いた声で、三井サンの方から先にアクションがあった。呆気にとられたオレは「へ?」と、間の抜けた返事を返してしまう。
「名前と……、連絡とってねぇか?」
ほう。早々に本題ですか。けれど意地悪をしたところでオレには何の得もない。何せ、昨日も、ここと同じ場所で彼女とは会ったばかりだ。なんなら、いまお付き合いしているという相手も紹介されたばかり。三井サンも知っている——オレと同じポジションでポイントガードだったあの彼のことを。
「あー、むしろ会ってますけど?」
「とくに最近はね」と付け加えると目を見開きこちらを凝視する三井サン。恐いって……目つき悪すぎて。そう思ったのも束の間——すぐにその視線を自身のジョッキへ落としこむと三井サンは「そうか」と小さくつぶやいたあとに、そのままジョッキに口を付けた。
「昨日も飲んでたんスけどねー、ココで。」
テーブルに指を突きニコリと笑顔を向けてみるが三井サンはずっと真正面を見ていてジョッキを持ったままなにやらぼーっとしている。どうやら考え事でもしているみたいだ。はあ……ったく、もう。世話の焼けるセンパイだなぁ、ホントに。
「……なんか、あったんスか?名前ちゃんと」
急に優しい口調になるのはコイツの……宮城の無意識の癖だ。いつも馬鹿にしたようにヘラヘラ笑っていても、何かを瞬時に察する能力は高い。高校時代もそうだった。後輩だが、友人に近い。そんな関係をこいつとは、築いてこれた気はしている。
今日はやけに口が乾く。緊張してるのか?宮城なんかに?いや違う、久しぶりに身内に出した、彼女の名前。それに、後輩から聞く彼女のこと。それがやけに緊張感を煽ったからだ。自分から、彼女の話題を振ったくせに。
「このあいだ、あいつと会ったんだよ……」
「家の前で」と低いトーンで俺は溜め息を吐くように零す。
婚約者と鉢合わせになった事、彼女がこっちで働いているという事、そんな彼女に冷たい態度を取ってしまった事。始めは遠慮がちに話していた。しかし話し出すと次々と途切れる事なく溢れ出る感情。後輩への相談ではない。はたまた、世間話とも違う。俺は宮城に……なにを伝えにココに。誰かに聞いてほしかったのか?受け流してほしいのか、いや——。
「三井サン、」
——ほら、来た。
わかっていた、コイツのことだから……
「アンタ、どうしたいんスか?」
——そう返してくる事を。確信に迫ってくる、いつもそうだった。
��三井サン、いちばん過去にこだわってんのは、アンタだろ……��
フラッシュバックする。
突如現れる、高校三年の頃の忌まわしい記憶。
*
「まぁもういいじゃないスか、名前ちゃんもいい人居るみたいだし〜」
重苦しい空気から一変して、今度はヘラヘラと話し出す宮城。そんなところも、ほんとに昔から変わらない。
「そーだ、三井サン。聞いて驚くなよ?」
「あ?」
宮城は得意げに、自身のスマホを触り始めた。アルバムの中の写真か何かを探しているようだ。
��いい人�≠ェいる。彼氏……だろうか。いや、変なことではないのだ、決して。まあ、大人にもなれば、そりゃあ、いろいろあるだろうよ。もう高校生じゃねーんだから。うん、仕方ない、あるある。ただ、どこか寂しいと感じた自分がいる。あれから一度も会っていないし、ましてや連絡も取っていなかったのだ。偶然に会ったのだって、本当に、何年か振りで。だから、寂しいだなんて薄情なこと。そんなことを思う資格など自分には無い。そう自分に言い聞かせていたとき「あったあった〜」と、宮城がスマホを俺に翳して来た。
「この緑のユニホームのさぁ〜」
「あ……? みどり?」
宮城のスマホに映し出されていたのはこれまたずいぶんと古い、昔の画像だった。そこにはなんとも懐かしい風景が広がっている。
「この4番しょってんのが、名前ちゃんのいまのカレシさん♪」
—— 対、翔陽。
「うぉー!お前、こんなんよく持ってたな〜!」
一気にテンションがあがった。いや、これは、本当に懐かしい。「めちゃくちゃ懐かしいな!」と興奮気味に話しながらその画面を眺めていて、ふと我に返る。………カ、カレシだと?待てよ、翔陽戦だろ?4番ってたしか——ふ、藤真!?
宮城は硬直している俺の姿を見ていたのかそれともとくに深い意味はないのか、ひょいと自身のスマホを取り上げ、自らそれをポケットにしまい込んだ。その一連の流れを、目の端に映していた俺に落とし込まれる宮城からの追い打ちの台詞。
「結婚するかもねー、あの二人」
「……。」
……おっ、と。すこし大袈裟すぎたかな。三井サンには、刺激が強すぎただろうか。いや、これくらいのほうが丁度いいだろう、このひとには。そう思いながら空になった自分のジョッキを見て追加注文をしようとオレが店員に声を掛けた、と同時に真横から聞こえてきた声。
「幸せなら……問題ねぇだろ。」
微かに聞こえた三井サンからの祝福ともとれるその文言。やや聞き取りにくい、小さな声だったせいか「すんませーん」とオレが店員を呼ぶ声と重なって語尾は掻き消されたもののオレの耳にはしっかりと届いていた。
*
「いや〜、花道たちとも飲みたいスね〜!」
店を出て、夜風に当たって酔いを醒ましながら二人で歩いていると、宮城が楽しそうに言った。宮城の乗るタクシーを待っていたのだが「今日はなかなか捕まらない!」などと隣で文句を垂れている。
「——あ、てか三井サン」
「……あ?」
「明日は、何時ころ向こうに帰んの?」
その質問に「夕方過ぎだな」と答えた。きっと宮城も仕事なのだろう。そういや明日は、月曜日だもんな。なんて、そんなことを考えていると、ようやく宮城がタクシーを停めた。
「じゃ、また!」
と、あっさりタクシーのドアが閉まり、宮城を乗せたタクシーが発進する。冷たい後輩だぜ……ったく。でも、会えてよかった。素直にそう思った。嘘ではない、意地でもない。本当に彼女には幸せになってほしいんだ。
��良い人が出来た�∞�別々の道を歩いている�′續yからの報告だったにしろ明確にそれが分かっただけでも、今日は宮城と会った甲斐はあった。もう二度と彼女と会うことはないだろう。それは予想ではなく願望。俺はあの日、確信したんだ。もう会ってはいけないと。二度と彼女と会うべきではないと——。
押し寄せる想いに目を瞑って見ないふりをしてその想いすべてに、堅く蓋をした数年前。いつの頃からか、気づかないふりをするのが得意になった。これでいい、これでよかった。何度も何度も自分に言い聞かせた台詞だ。
——幸せになって欲しい。それが自分では無く他の誰かの手の中だとしても。
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