16歳、秋(15話)
16歳 秋
― 16歳 秋 ―
「三井先輩!好きです、付き合ってください!」
「はっ?……なっ、えっーと、」
「……っ」
「あーっと……その、気持ちは、ありがてぇんだけど……よ。」
「……っ」
「いや……俺、彼女いっから……よ。」
「ですよね……」
「……わりィな」
インターハイが終わり、夏休みも開け新学期がはじまって、すでに二週間が経とうとしていた。
おいおい、どうなってんだよ……これで今月、四回目だぜ。
衣替えをして男子は学ランに、女子はブラウスからジャケットになった。そういえば、転校してくるまえから思っていたけれど、湘北の制服って可愛いよね。なんて考えながら窓の外に目を向けると、グラウンドでは、昼休み恒例の鬼ごっこをしている一年生の男子生徒たちの姿。
「元気だねえ……」
ああ、今日も平和だなーと窓枠に両肘を乗せて頬杖をつきながら空を仰いでいたとき、隣にいた彩子から不意に放たれたそのニュース速報に私は教室の外まで響き渡るほどの大声をあげた。
「ファ、ファンクラブぅー!?」
「ええ。みっちー親衛隊とか言ってたかしら」
突如そう報告された私の彼氏の最新情報に困惑して頭を抱える。「三井先輩のファンクラブってアンタが設立したんじゃなかったの?」と彩子は不思議そうに言い首を傾げていた。……知らん、聞いてない。そもそもなんだ、そのふざけたネーミングは。センスのかけらもない。
「リョータも見たって言ってたのよねー」
「告白されてるところ」と彩子。……え、なにそれ。あの人、いつからそんな人気者に……!?
「……ちょっと!? 名前〜?」
気付いたら走り出していた己の足。校舎を走り回っている最中、水戸くんたち、桜木軍団とすれ違って「名前さ〜ん!?」と声を掛けられたが、その声にも振り向かず猛ダッシュで向かった先は親友から情報提供をされたファンクラブとやらになっているアイドル、張本人の場所。
ふざけんな!なーにがファンクラブだ!誰にも渡さないんだから……!
「うおおおお!!」
「キャーッ!!」
曲がった廊下の角で、私は勢いよく大きな影に激突した。その反動で軽く吹っ飛ばされて廊下に尻餅をついた私の元に慌てて駆け寄る大きな影。
「痛……っ!」
「名前さんっ!!」
「大丈夫ですか〜!?」と大慌てで歩み寄って来た大男は今年、インターハイでも大活躍をしたあの天才、赤坊主の一年生だった。
「大丈夫、ごめんね桜木くん……」
「なにをそんなに急いでるんすかぁ?」
あわあわしながらも、そう問い掛けて来た桜木くん。そのとき、答える間もなく放心状態の私の後ろに続く階段から響いた、聞き慣れた声——。
「おーおー大丈夫かよ、名前」
「派手に転んだな」とその声の主が階段を降り切る。そうして私と桜木くんの方へと歩いて来る気怠げでいて軽やかな上履きの音がした。
「桜木でかいからなぁ」
ややあって呆れたような優しい物腰で笑う声。一緒に階段を下りて来たであろう、彼の友人だ。その人の足音も、こちらへと向かって来る気配。
「ミッチー、めがねくん!」
桜木くんの言う『ミッチー』と名の付く人物が転んだままの私の目の前まで来て「よいしょ」と大袈裟に声に出して、しゃがみ込んだ。うつむく私を見て優しく微笑んだあと「ホラ立てるか?」と、長くて大きなその手を差し伸べて来る。
「気を付けろよ」
なんて木暮先輩は桜木くんに注意を促していて桜木くんはそれに対し「スマン」と素直に謝って縮こまっていた。決して桜木くんのせいではないのに。私もようやくハァハァ、と荒くなっていた息を整え、そっと顔を上げた。
「ドジだよなぁ」
そう言って優し気に目を細めて微笑む幼馴染の姿が視界に映る。そんな彼の姿を見たらなんだか自分が情けなくなり言い合いをする気も起きず、観念して彼の手を取ろうとしたまさにそのとき。
「おぉー三井〜、また告白かー?」
階段から降りてきたほかの三年生の集団にヤジられる彼が「ちげーわ!バカか!」と言い返したその瞬間、私の血管がピキッと、破れる音がした(正確にはそんな気がしただけ)ので、自ら差し出した手をピタリと止める。
バカはてめーだろ……照れてんじゃねぇーよ、こんの、バカ差し歯!スケベ、アンポンタン!
私は、顔を赤らめてギャーギャーと、同級生に反論している彼を睨みつける。それを静かに傍で見守る木暮先輩と桜木くん。メラメラと、怒りのボルテージが上がりはじめている私の表情を見た桜木くんの瞬発力が発した「ミッチーやべーぞ」と、慌てふためく声が私の耳にも確かに届いた。
—— ドンっ!! ——
「うぉ……!?」
私は目の前のその巨体を、いま出せる精一杯の力で押し退けた。しゃがんだまま、階段のほうに向かってギャーギャーと喚き散らしていた彼は、ノーマークの背中にかかった私からの圧力にそのまま無様にも床に両手を着いて前のめりの状態になった。
「痛って……」
「勝手に照れてろ、バカ寿!!」
「……お、おぃ!!」
廊下に響き渡る声量でそう吐き捨てて一目散に目の前の階段を駆け上り私は屋上まで直行した。
*
—— ......ガチャ。——
古いアルミの扉を開く。扉を開けた途端に香る清々しい風の匂いに包まれて淀んだ心のモヤモヤがスッと取り払われる気がした。そしてふと目を向けると先客がいた。見慣れたそのシルエット。真っ黒でサラサラな髪。大きなその影はこちらに背を向けて横たわっていた。静かに歩み寄って、すこし距離を取りつつ、その伸びた長い二本足の先に私も腰を下ろした。
「………誰だ、」
そうつぶやいて、むくっと起き上がった相手。ぎょっとする私を置き去りに、そのままあぐらをかいて座り直し頭をポリポリと掻く仕草をする。そして、彼が起き上がったことで、距離をあけて隣り同士に並んで座るかたちになってしまった。一度チラとこちらを見てから彼は「なんだ」と、ぶっきら棒に言った。な、なんだ、って……もうひどいなぁ。ごめんね、私で。
「……サボりすか」
え……と、息を呑む。意外だった。彼から話しかけられるとは、夢にも思っていなかったから。晴子ちゃんにはぜったい口が裂けても言わないでおこう、そんなことを考えながら「今からサボるとこなの」と言い返すと「そーすか」と、小さくつぶやく流川くんの声が聞こえた。
………え、やだ。なんか、悲しくなってきたんだけど。違うんだ、これは違う。そうだ、先程の一連の流れだ、あれだ。あれが原因だ。彩子からの情報を聞いて勢いよく飛び出した教室。途中、水戸くんたちに声を掛けられた。あらためて思い返してみれば廊下をダッシュしている私の様子を心配して呼び止めてくれたに違いない。リョータくんもまた、教えてあげなければと親切心で見たままの情報を彩子に言っただけなのだろう。
そして廊下の角を曲がった時にいた桜木くん。確実に私から体当たりしたのにも関わらず慌てて駆け寄って謝ってくれた。「大丈夫ですか?」と尋ねられたあの瞬間——
「寿が女に媚びを売ってるの!」
とか、なんとか言って、助けを求めていたら、「なんだとミッチー!」なんて言って軍団を呼びつけて、一緒になって怒ってくれたに違いない。
そのあとの木暮先輩。優しく心配をしてくれて挙げ句の果てには桜木くんに注意を促していた。紳士すぎる。二人とも、私と寿の掛け合いを心配そうな眼差しで見つめていた。いまさらになって胸が苦しくなる。そしていま、ここ、屋上にいた流川くんだ。話し掛けられた事なんてなかった。初めてこんなに多く言葉を交わしたかも知れない。それがこうして私に追い討ちを掛けたんだ。
私は、こんなにも多くの人たちから大切に想われて愛されている。いや、寿と私だから。いつも喧嘩ばかりで困った二人だから、みんなが助けてくれて、応援してくれているんだ。
「なんか、あったんすか」
私は「……へ?」と流川くんを咄嗟に見やる。すると彼はいつもと変わらぬ無表情のまま言う。
「泣いてる」
と、ぽつり。そんな彼と視線がかち合った。ここで初めて気付く。私は今泣いているのだと。てかさ……待って。「泣いてる」って。やだ、おかしい。「泣いてる」だって。あいかわらず淡泊すぎる。なんだぁ、この子、可愛いとこあるじゃん。流川くんのそんな不器用な気遣いに徐々に乱れていた気持ちも落ち着いてきて、平常心を保ちはじめたころ、流川くんがむくっと立ち上がったので「流川くん、ありがとう」と、小さな声で感謝を述べた。
「別に」
「……」
「……なにもしてねーけど」
そう吐き捨てたあとくるりと振り返り扉の方へ歩き出す流川くんの上履きの音がペタペタと聞こえてきたので、思わずクスッと笑ってしまった。
「 あ 」
静かな屋上に響く流川くんのその声に私が顔を背後に向けると、そこには寿が立っていた。流川くんは「ウス」とだけ短く投げかけて、彼の横を通り過ぎ、屋上を出て行った。あれ?てか、寿、いつからそこにいたんだろう……?
突如取り残された私たち。私はまた元の姿勢に戻り彼に背を向ける。そんな私の動作に苛立ちを隠せず、ズカズカと歩み寄って来る彼の上履きの乱暴な音。彼が歩き出すと同時に、アルミの扉が勢いよくバン!と閉まる音もした。どうせ、頭に血が上った彼が、勢いよく閉めたのだろう。
視界の端に彼が見えた。どうやら、隣に立っているらしい。私は溜まらず勢いよく立ち上がり、スタスタと入り口へと歩いて行き、その場を立ち去ろうとする。
「——なあ、思ってることがあんなら言えよ!」
屋上のドアノブに手を掛けたときだった、彼の声が聞こえたのは。その声に私はピタリと動きを止めた。
「べつに……ないけど」
体勢はそのままで背を向けたまま答える。こちらに歩み寄って来る足音。相変わらずズカズカと地面を蹴るその音にはひどい苛立ちと興奮状態が伺える。
彼の片方の手が私の肩を掴み、半ば強引に体を彼の方に向けさせられたことでドアノブに掛けていた手も行き場をなくし、ぶらりと下に落ちた。
「ほかの野郎のまえで泣くぐれーなら、ちゃんと言えよ!」
彼は、私の肩を掴んでいた自身の手を離すと、ほんの数秒前までは怒りの声を上げていたのにも関わらずその様子が途端に消えて低く落ち着いたトーンでつぶやいた。
「そうやって、溜め込んでねーで言えって……」
素直になれたらいいのにな、って思う。彼は、こんなにも優しく受け止めてくれるというのに。
私の幼馴染は、ややキレやすい体質だと思う。意地っ張りだし私と似ていて素直な方でもない。ただ、どんなことにも真っすぐで、一生懸命で、いつも私を優先してくれた。小さなことでも解決しようと必死だったし一度は道を外したかも知れないけれど、今でも変わらずバスケットを続けている。そういう直向きで真面目なところも魅力的だと思う。今では後輩とも上手く関係性を保てているし本人からの話を聞いている限りでは、先生にも同級生にも、好かれているのだと思う。そう言えば小学校も中学校のときもそうだった。寿のまわりには、いつも人が集まってくる。
そんな彼が校内ですこしばかり有名になった。モテないわけがない。だって、こんなにも素敵な人なんだから。嫉妬——。ヤキモチ焼いただけ。ただ、それだけ。
「……隠し事してんのは、どっちよ!」
……ちがう、だめ。こんなふうに、八つ当たりしたいんじゃない。でも——先走るのは苛立ち。身勝手で、大人になれない自分本位な感情。
「……あ? なんだよ、隠し事って」
「……っ、もういい!」
意地になって、そのまま扉を開けて階段を駆け下りた。私の名を叫ぶ彼の声がしたけれど、立ち止まらずに振り返ることもなく私はその場を立ち去った。
その日は、放課後のチャイムと同時に真っ直ぐ自宅へ帰った。いつもよりも断然早い時間帯だったので、この時間は駅も混んでいるという新たな発見もあった。そうだ、最近はずっと帰宅がバスケ部と同じだったから遅い時間に下校していたんだっけ。
ベッドにうつ伏せになって携帯を閉じたり開いたりと繰り返していたらパチリと部屋の明かりがついた。部屋の入り口を見るとお父さんが立っていて、制服ぐらい着替えなさいと注意を受ける。
「ご飯は?」
という問いかけにふと掛け時計に目を向けるとすでに十九時を回っていた。「いらない」と顔を枕に押し付け、布団を頭まで被るとお父さんが、「電気、付けておくぞ」と言い残し部屋のドアを閉めて階段を下りていく音が聞こえた。お父さんが出て行ったあと、そのままベッドに横たわっていたら、眠ってしまっていた。
「やば、制服……」
つぎに目を覚ましたときハッとして私は思わずそう漏らす。ダラダラとベッドから起き上がると枕元に置いていた携帯電話の小窓が光っていた。急いで手に取りパカッと中を開くと『受信メール1件』の文字——だいたい送り主の見当はついていたのでベッドに腰をかけ受信メールを開いた。
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🕑 9/12 20:07
FROM 三井 寿
件名
本文
何で先に帰ってんだよ
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「……!」
はぁ……!?絵文字とか、記号とかさ。なにもないわけ!?あっそ、そっちがそんな態度なら、こっちだってね……!
べつに、一緒に帰ろうと約束しているわけではない。毎日バスケ部を見学に来なければいけないと言う決まりも、とくにないのだ。
数時間前、屋上であんな言い合いしか出来なかった。だから今日は部活に顔を出さない事なんて容易に想定できていた。そもそも部活を見に来なかったことや、先に帰ったことなんか本当はどうでもよかった。俺の気になっていることはそんなことじゃない。
どうして怒っているのか。なにがそんなに不満なのか。本当に聞きたい根っこの部分は、そこにある。それでも文章にすると彼女に送ったメールのような意地の張った文章になってしまう。思いつく言葉はいつもこんな内容ばかり。あぁどうせバカだよ。現文できねえよ。んでもって、電話をかけるまでの勇気も持ち合わせてねーし。
自分がまた、なにかしてしまったのだろうか。「俺、なんかしたっけ?」と宮城たちに聞くのもなんだか、尺な話だしな。頭をぐるぐる使わせているうちに、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
—— ブーブーブー。——
湘北バスケ部の更衣室。部員が個々に着替えを済ませているときオレは本日、朝から不機嫌大売出し中の三井サンの携帯に目を留めた。
「三井サン、ケータイ鳴ってるよー」
三井サンは「知ってるよ」と吐き捨てると鳴り響く携帯は無視したまま、先にさっさと着替えを済ませていた。そして着替えを終えたあと携帯を開く三井サンの一連の流れ。それを見ていたオレの目に映った三井サンの表情は、みるみるうちに変化して眉間にはシワが寄せられて行く。今にも人を殺めそうな表情だ。
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🕑 9/12 20:10
FROM 名字 名前
件名
本文
関係ないでしょ
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「だあ゛ーッ! もう知らねっ!」
—— ガンッッ ——
自身の携帯を、乱暴に鞄に投げ込む三井サン。あーあ……と、オレはその光景を流し見る。三井サンが、バッグのファスナーをシャー!と締めたところで「そんなんしたら、ケータイ真っ二つになっちゃうでしょ」と多少の嫌味を含ませて投げかければ「割れねーよ!」と、今日イチの声量が耳に響いて「うるせー!」と思わず両耳を人差し指で塞いだ。そんな三井サン本人は「宮城、メシ食ってこーぜ」と言い先に更衣室を出て行った。
「ミッチー荒れてんな……」
花道が声を掛けてきて「リョーちん鼓膜やぶけたんじゃねーか」なんて言うから「ほんと。慰謝料もらわねーとな」と、溜め息混じりに返した。
花道も連れてその日は三人でラーメンを食って帰った。麺を大盛りにしなかったところを見るとまあまあ、参っている様子の三井サン。素直じゃないセンパイを持つと、ホント疲れる。
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