16歳、秋(17話)
「……風邪だって。」
彩ちゃんとオレが教室で昼飯を食っている時に名前ちゃんから彩ちゃんにメールが届いた。
「風邪って、もう一週間も休んでんじゃん」
「まぁ……前半は仮病だったんでしょうけどね」
「本当に風邪こじらせたみたいよ」と、オレにメールの画面を見せる彩ちゃん。オレは焼きそばパンを頬張りながら「ホントかなー」と言って、机に足を乗せ天井を仰いだ。
「三井先輩も元気ないしねぇー」
「アレはメシ食えば治るっしょ!」
「アレってアンタ……でも、そんなに簡単なことなのかしら」
そう言って彩ちゃんは、溜め息をついていた。まぁ……たしかに。言われてみれば三井サンも、あからさまに落ち込んでいたもんな。まったく、困ったもんだよ、あの二人ときたら、もう。
*
距離を置こうと言われてから一週間が経とうとしていた。なんだか学校に行く気分になれなくて適当に理由をつけて学校を休んでしまった。けれど、お父さんに早々にバレてしまい、学校へ行くよう説教されたズル休み二日目あたりから本気で風邪をこじらせてしまった。とにかく熱が下がってくれないのだ。高熱の原因はきっと風邪のせいだけではないのかも知れないけれど。なかなか、寝付けない。熱のせいか体の節々が悲鳴をあげている。熱い、痛い、苦しい。つらい、泣きたい、会いたい……。
そのとき携帯が鳴った。きっと彩子からだろうと泣き腫らした目で、受信ボックスを確認する。暗闇の中、液晶の光が眩しくて私は目を細めた。
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🕑 9/19 20:07
FROM 三井 寿
件名
本文
名前に会いたい。
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「……!」
一度は収まっていたはずの涙がまた溢れ出してとめどなく頬を伝っていく。私は重い体を起こしそのメールの主の名前を、電話帳から探し出す。そして見つけたと同時に、発信ボタンを押した。
コール、何回で切ろうか。いや……もう意地を張るのはやめよう。出なかったら会いに行こう。もう、失いたくない——。
『……もしもし』
「ひさっ、……」
久しぶりに声を出したことと、風邪を拗らせたダブルパンチで私の声はガラガラだった。彼からすれば助けを乞うような声に聞こえたのかもしれない。はじめはぎこちなく電話に出た彼の声が、一瞬で慌てふためき耳が痛いほど大きな声に切り替わったから。
『お、おい! 大丈夫かよ!』
「——たい、」
『……あ? なんつった?聞こえねーよ』
「会いたいよぉ……寿っ………」
ぐずぐずと、まるで子供のように泣きじゃくる私の声が室内に虚しく響く。ズズ、と鼻を啜ったとき『つか、あのよ。外……』という彼の気まずそうな声が耳に届く。
『いんだけど……』
と、受話口の向こうから、微かに聞こえた気がした。それは、己の泣き声でやや聞き取りにくかったけれども、たしかに私にはそう聞こえた。
私はそのまま携帯を放り投げ、ベッドから飛び降り部屋から出る。そのとき、家の中が真っ暗なことに気付く。お父さんはまだ帰って来ていないようだった。部屋着のまま急いで一階に降りて、ガチャガチャと玄関の鍵を外す。そうして、勢いよくバタン!と扉を開けると制服姿の寿がそこに立っていた。すでに夜になっていたことも、このとき認識する。彼の姿を確認して、私は思い切りその体に飛びついた。
「……」
「……」
冷たい。いつから外にいたのだろうか。この、彼の冷たい体温で私の熱を持っていた体内の温度も徐々に引けていく気がした。ひんやりしていてとても心地いい。ずっと求めていた寿の匂いだ。
「寿……」
何度も泣きながら名前を呼び続ける私を彼は、ぎゅうと、強く抱きしめ返してくれた。
「……風邪、引いたって聞いたぜ。大丈夫か?」
「うん。もう、治った……」
そう言ったあと「はっ、嘘つけよ」という彼の小さな笑い声が聞こえてきて、そして優しく額を小突かれた。ややあってゆっくりと離された体。そのまま両手で私の頬を優しく包みこんだ彼は、「熱、ありすぎだ……」と零し、そっと私のくちびるに、熱を落とした。
苦しめて、苦しんで。傷つけて、傷ついて——それでも、どうしても、この手を離したくない。
翌日、私は病院に行って解熱剤と風邪薬をもらった。病院の薬とお父さんが作ってくれた鍋焼きうどん。あとは風邪を引くと食べさせてもらえる桃の缶詰のおかげで、あっという間に回復した。ほんとに、単純な体だ。
そしてプチ休暇を終えた私。明日からはまた、登校できそうだ。
仕事に出たお父さんに夕方頃電話をした。明日からは学校に行けそうという報告と今日はバスケ部だけ見に行きたいという旨を伝えたら「暖かくして行くんだぞ」と、しぶしぶ了承してくれた。
*
—— ダム、ダム、ダム…… ——
コートに弾むボールの音。シュポッとボールが入る網の音。あれは、だれのシュートだろうか。
「こんばんはぁー......」
「名前さん!!」
体育館の入り口付近で、タイムを計っていた、新マネージャーの晴子ちゃんが私の気配に気付き甲高い声で私の名前を叫んだ。その声に他の部員たちも私の存在に気付いたようだった。体育館に入ってすぐの壁際では、恒例の桜木軍団がすでにスタンバイしていて「仮病クイーン」なんて水戸くんに命名されてしまった。あながち間違いでもないなと面を食らっていると「花道、調子戻ってきたぜ!」と、報告してくれる大楠くん。
「名前さぁーーん!!!」
やはり、トップバッターで出迎えてくれた湘北バスケ部の部員は桜木くんだった。「背中の具合どう?」と私が聞くと「バッチリっす!」とブイサインをして見せる。
「なんだか風邪を引いたとリョーちんから……」
そう心配をする桜木くんに「大丈夫だよ、ありがとう」と素直にお礼を言うと「花道!ゲーム中だぞ、コート戻れ!」と新キャプテンのリョータくんが怒鳴りに来た。私の姿を確認したリョータくんは「こんばんは、名前ちゃん」とウインクをして、桜木くんを連れてコートに戻って行った。あれ?もうひとりの、ウインクガールは……。
「名前!もう大丈夫なの!?」
……ほら、来た来た。
「大丈夫だよ、心配かけてごめんね」
彩子は「よかった〜」と、全力で安堵した姿を見せた。こんなにたくさんの人たちに心配をかけてしまって、仮病をしたことと、風邪を拗らせたことを深く深く反省した。
「名前」
聞き慣れたその愛しい声のするほうを見て私が笑顔で視線を合わせると、口角をやや吊り上げてこちらを見下ろしながら彼は言い放つ。
「今日は先に帰ったりすんなよ〜?」
私がまたそれに面を食らっていると真横に座る四人組から、ヒューヒューとヤジが飛んで来た。「見せつけんなーミッチー」と野間くんが言う。ついで「秋なのにお熱いねー」と水戸くん。私がギロリと四人に視線を向けると「おっかねー」と高宮くん。みんなに、みんなに会いたかった。
*
「そーいや、もうすぐ学祭だな」
その日の帰り道「寒いだろ」と湘北バスケ部のジャージを彼から無理やり着せられた。——が、萌え袖、なんて言っていられないほどのオーバーサイズ加減に少しだけ歩きにくかったのは内緒。
「そうだね〜、三年三組は出し物決まった?」
「いや、今年はバスケ部の連中と屋台やるからよ遊びに来いよ」
と、笑顔を向けられたので「絶対行くね!」と即答で返した。もうすぐ国体もある。国体が終われば彼にとっては実質、高校生活でのバスケットが終了となる。国体が終わると学祭。学祭が終わると期末テスト。そして冬休み、クリスマスと、イベントがあって、間もなく年が明ける。
今年のクリスマスは、寿になにを渡そうかな、初詣はバスケ部みんなで行きたいななどとそんなことを考えていたら「鼻の下伸びてんぞ」と顔を覗かれた。気付けばもう間もなく自宅に到着してしまう。寿の家が見えてきたということは今日もそろそろお別れかぁと、ちょっと寂しくなる。
「あ。……なあ?国体終わったらよ、」
「ん?」
「朝も一緒に学校行こうぜ」
まさかの予期せぬ提案に、心が弾んだ。実は、私からも同じことを提案しようと考えてはいたけれど彼はこう見えても(失礼)受験生だし彼女にばかり、気を向けてもいられないかなと思って、遠慮していた。
「もちろんいいけど、どうしたの?急に」
「どーしたって……まぁ、なんつーか……」
「へ? なんつーか、なに?」
「卒業まで、すこしでも名前と長く過ごしてー、から?」
そう言って照れ隠しなのか、代わりに私の頭をぐしゃぐしゃと撫でつけた寿。だけど——不意に彼の口から放たれた、その二文字の言葉。卒業。目先のイベントばかりに気を取られていて正直、忘れていた。そうだ、来年からはもうそばに寿は居ないんだ。
一気に不安な顔をした私に対し彼は「まだ半年もあんだろーが」と、呆れ口調になる。しかし、「バカだなぁ」と言って、また頭を撫でられた。しかも今度は優し気に。それでもなお俯いたままの私に「不景気な顔ツラしてんじゃねーよ」って大好きな幼馴染の彼は、情けなく笑っていた。
「ご、ごめん……」
私が苦笑いで返すと困ったような顔をして自身の後頭部をぐしゃぐしゃと掻いたあとにホラ、と右手を差し出された。その手を取って、強く握り返しながら来年からどんな毎日を送るのだろうかとふと考えてみる。
そう言えば。寿の進路はどうなっているのだろうか。こんなに長いあいだ、時間を共に共有してきたというのにそっちの情報となると彼のことを全く知らない。なので、この機会に聞いてみようかなと思った。
「ねえ、寿は進路……」
そう言い掛けたとき私の自宅の方向にペコリと頭を下げた彼の姿が目に入る。
「こんばんはー」
今度は、彼が声を掛けたであろう相手のほうに目線を向ければ、そこには私のお父さんが立っていた。車の鍵を掛けているところを見ると、どうやら、いま帰宅したらしい。
「こんばんは、寿くん。」
「上着を借りたのか」と、私の羽織った大きめサイズのジャージをちらりと見たお父さんから、「ちゃんと洗って返すんだぞ」なんて忠告を受けてしまった。
「や、いいっすよ」
彼が軽い口調でお父さんに言うと「はやく風邪治せよ?」と、もはや袖を通さずマントのように羽織るだけとなっていたそのジャージを、私からひょいと取り上げた。その一連の動向を見ていたらしいお父さんが、軽く微笑んで「いつも名前を送ってくれてどうもありがとう」と丁寧に感謝の気持ちを述べる。
「いや、近いんで大丈夫です」
「今度は、家にも遊びにおいで」
「あ、はい。」
私はそんな二人のやり取りをただ呆然と眺めていた。お父さんは自宅の鍵を開けて「それじゃあごゆっくり」と言い置いてさっさと自宅の中へと入って行ってしまった。
「お父さん……もしかして、気を遣ってくれたのかな?」
「ふはっ。両家、公認カップルだな俺ら」
「結婚するとき楽だぜ」と言って、ケタケタと笑う彼に堪らず私はそのまま勢いよく飛び付く。するとバランスを崩した相手が「危ねぇ!」と、体勢を立て直して、私をしっかりと抱き抱えた。
幸せだった、大切だった。大好きだった。
ずっと、続くと思っていた——。
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