16歳、秋(18話)
国体を終え寿がバスケ部に顔を出す頻度も以前と比べるとぐんと減った。三年生は受験シーズン真っ只中。赤木先輩や木暮先輩のもとには推薦の話がすでに来ており進路の決まった生徒たちも、あとは卒業を待つのみとなっていた。
学祭まであと一週間あまり。最近の寿の様子はと言うと進路指導や、担任との面談が多く続いていて遅くまで補習を受けることも増えた。そんな日は私ひとりでバスケ部の見学に行ったりなんかして彩子やバスケ部、桜木軍団のみんなと一緒に帰宅する日も多くなった。それでも朝は、一緒に登校しており、とくに不満はなかった。彼氏が、受験生と言うことも、充分理解はしていたし。
休みの日は時間を作って、お互いの家で課題をやったりダラダラと過ごす日もあればバスケ部にちょっかい出しに行こうぜ!と目を輝かせる彼と顔を出しに行くこともあった。その他、練習試合などがあった際には全て一緒に応援にも行った。体がなまるからと理由を付けて、彼が練習に出る日もたまにある。そのときは必ず着いて行った。そんな生活の中で私が最近気になっている事案。以前、帰り道で聞きそびれてしまった寿の進路の話だ。と、言うのも最近一緒に居ても、物思いにふけていたり私の話を上の空で聞いていなかったりと、様子があきらかにおかしかったからだ。
「どうしたの、なにかあったの?」
そう尋ねてみても「なんでもない」と言われてしまえば深くこちらも踏み込めなくなる。しかしそんな彼に対してまぁ大丈夫だろうと高を括っていた部分もあってそれとなくやり過ごしていた。
そんなある日のこと。珍しく「ちょっと買い物付き合えよ」と誘われ、学校が終わってからいつもとは違う駅に、二人で降りた。向かった先は、本屋さんだった。後を着いて入って行くと分厚い参考書を手に取り、殴り書きしたであろう自身のメモとお店に並ぶ参考書を交互に見比べていた。
「参考書、買うの?」
私が覗き込んで尋ねると「ああ」と気の抜けた返事が返ってきた後に「これ何て読むんだよ」と逆に質問返しをされた。ああ、そうだ。赤点軍団だったっけ、このひとも。
結局お目当ての物は無かったようで本屋さんを出て私たちは、ゲームセンターで時間を潰した。UFOキャッチャーに苦戦している彼に愛想を尽かしていたら堀田先輩たちと出くわして私の狙っていたぬいぐるみを取ってもらった。
「それ、いらねーだろ」
堀田先輩たちと別れたあと、歩きながら何回もしつこくそう文句を垂れて「きょうは調子が悪かった」と自分が下手くそなことから目を逸らしていつまでも悔やんでいたのは、ちょっと面倒くさかったけど。
クレープ屋さんでクレープを買ってもらって、食べ終わってから駅に向かうと丁度、電車が着いたのでそのまま乗り込み自宅方面へと向かった。最寄り駅に到着して改札口を出たところ、道路を挟んだ向かい側に、小さな雑貨屋さんがオープンしていた。なんとも、女子高生が食いつきそうな外観のお店だった。チラと目線を送ると「入りてんだろ?」と諭され「見て来いよ俺は待ってる」と言う彼を、半ば強引に中へと連行した。
「このストラップ可愛いな〜」
流行り物のキーホルダーを手に取る私に「お前腐るほど持ってんだろ」と寿。まったく、本当に女心のわからない奴だな。
しかし呆れている私など意に介さず「お!」となにかを手に取り、こちらへ翳して見せた。
「俺だったらこれだな」
珍しい。基本は「任せる」や「どっちでも」が口癖の彼。積極的に選んだり考えたりすることのすくないそんな彼が何かに興味を示したようだ。
「どれ?」
と、私が目線を送るとその手に持っていたストラップは、小さなバスケットボールがぶら下がる代物だった。最高!寿にしては、センスがいい。カラフルな色が並ぶ中、赤い色のバスケットボールを選びそのストラップをふたつ取り上げると、彼は足早にそれをレジに持って行く。
「え、いいよ!クレープもご馳走になったし」
言いながらあとを追ったが「いーから」と彼はあっさりと会計を済ませてしまった。その帰り道ではいつもと変わらず手を繋いで歩いた。今日は珍しく彼の足が自宅ではなく自宅近くの海の方へ向かって行く。到着して腰を下ろし、一緒に海を眺めていた。うしろから抱きしめられる形で座る二人の影が夕日に照らされ一つに重なっていた。
「なあ、着けよーぜ」
そう言って渡された赤色のバスケットボールが付いたストラップ。「どうして赤にしたの?」と尋ねたら、あたりまえに「俺らの色だろ?」と、誇らしげに言う。
「おれらの色?」
「ああ、湘北バスケ部の色だ」
彼がこんな子供だましなものにはしゃいでいる姿が新鮮だったし、絶対に嫌がりそうなお揃いのストラップなんかを、自ら提案してくれたことがなによりも嬉しかった。照れ屋な彼を知っている私にとっては、かなり驚愕の出来事だった。
ふたりで揃って携帯電話のストラップホールにそれを付けたあと彼がストラップを交わるように私の携帯に重ねて、それを夕日に翳して見せる。
「これだと、思い出せんだろ」
「え?」
「離れてても、これ見たら俺とかアイツらとか」
私は彼の言葉にふとストラップに視線を移す。そうしてゆらゆらと規則的に揺れるそのふたつのストラップを感慨深くも、ただただじっと眺めていた。
「いつでも思い出して寂しくねーだろ?」
潮風になびく私の髪を、彼がそっと触ったのがわかった。そのままサイドの髪の毛を耳に掛けられたところで、露になった私の耳たぶに彼のくちびるが触れた。
「名前、好きだ。」
その言葉が頭の中で何度も繰り返される。ダイレクトに耳に響いた彼の声にすこし頬が熱くなるのを感じた。
「ずっと一緒にいような」
泣きそうになった。私も、寿とこのままずっとずっと、一緒にいたい——。
「うん、ずっと一緒に居ようね」
「寂しくなったら思い出せよ、俺も同じの持ってるって」
私は「ん」と首を縦に一度振った。もう言葉に出来なかった。ただ、ただ……幸せだったから。
「……ねえ、寿」
「ん?」
「私にできることがあったら、何でも言ってね?力になるから」
今日のデートの最中も、実はずっと気になっていた。やっぱり、彼の様子がちょっと変だって。
今日は、本当に楽しかった。それは嘘偽りない本音だ。普通にデートをして、周りから見れば、普通のカップル、そう思うかも知れない。だけど私にはわかるの。たぶん寿は、私に何かを隠している、って——。
「名前は、そばでずっと笑ってるだけでいい」
寿がそう言ったとき、私が後ろを振り向こうとすると彼の手によって頭をつかまれて、無理やりまた正面を向かされた。仕方なく従ってそのまま正面の海を見据える。
「名前の笑顔みてっと元気になれる……なんでも出来るって思うんだよ」
「わかった。でも、隠し事しちゃヤダからね?」
私が正面を向いたままそう伝えると、しばらく反応の無かった彼から「あぁわかった」と返事が返ってきて、すこしだけ安心した。
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