16歳、冬 (23話)
16歳 冬
― 16歳 冬 ―
「ねえ。ちょっとあれ、三井先輩じゃないの?」
湘北高校は明日から冬休みに入る。四時間目、今年最後の移動教室のときだった。一緒に廊下を歩いていた彩子が指をさす先に彼の姿があった。職員室の前。彩子の言う��三井先輩�≠ヘ、誰かと話をしているようで、私たちに背を向ける姿勢で立っていたため、私たちの存在にはまったく気がついていない様子だ。彼と話している相手の顔は見える。あれは彼のクラスの担任だ。でも何だか険しい顔をして困っているふうな雰囲気だった。
「……あ、いっけない。」
そうつぶやき彩子が何かを探しはじめた。その様子に「どうしたの?」と聞けば「ノート忘れてきたみたい」と、そのまま彼女は「取りに行ってくるわ」と教室に戻るため階段を登って行った。このまま先に行くつもりだったが、せっかくだしと、先生と話し終えたら声をかけてみよう思い私は彼と先生がいる方へ歩いて行く。足音を立てずに忍び寄って行くと微かに聞こえて来た二人の会話。それに私は聞き耳を立てる。
「——成績だって、まったくあがってないぞ?」
「……スンマセン」
「これじゃあ行きたい大学も正直、厳しいぞ?」
「ハイ……」
「推薦ダメだったんだから受験するんだろう?」
「まぁ……はい。」
「はぁ。彼女作って浮かれてんのもいいけどな、いま最優先しなきゃならないこと他にあるんじゃないのか?」
彼の担任は最後にもう一度軽く溜め息を吐き、「頼むよ」と、彼の肩をポンと叩いて職員室へと入って行った。私は彼が振り返る前に階段の方へ急いで向かいそのまま音を立てずに階段を登ろうとした。そのとき、不覚にも背後から掛かる声。
「……名前?」
その呼びかけに私はくるりと振り向き「おお、寿!奇遇だねー!」と、白々しくも返事をする。向こうが階段を一緒に並んで登るかたちを取ったところで「なにしてんだよ」と不思議そうに聞くので「あー、えと、移動教室、なんデス」と吃りながらも言い返した。
「——つか、急がねえとチャイム鳴んぞ?」
ひょいと私が手に持っていたその荷物を、彼が持ってくれる。ほんとに偶然出くわしたと思っているのか、まるで、なにもなかったかのように、「途中まで一緒に行こうぜ」なんて、笑いかけて来たので私は溜まらず涙が出そうになる。必死に堪えたけれども相手はお構いなしに、世間話をしはじめた。
……笑わないで、普通にしないで。そんなに、優しくしないで。ヤダ、だめ。泣きそう……!
「……おい、どーした?」
「……ごめっ、彩子が待ってるから行くッ——」
いつもとは違う様子の私に相手が、きょとんと視線を向けてきたが私はそう言い勢いよく彼から荷物を奪い取ると階段を駆け上がって次の授業が行われる教室まで猛ダッシュした。
その日から悶々と考えるようになった、彼との未来予想図。
私たちは、このままでいいのだろうか。好きという気持ちだけで一緒にいてもいいのだろうか。彼の望む未来にバスケットがなくなったら。私がいたらそれでいいと、バスケットを失っても彼は変わらずに笑ってそう言うのだろうか。もしも、仮にそう言ったとしたら、それは嘘になるよね。
�� いま、最優先しなければいけないこと ��
私が湘北に転校して来なければ彼はもっとその『いま』を大切に出来たのではないのだろうか。恋愛なんかに浮かれていないで、真面目にバスケットと勉強に、励んでいたのではないだろうか。行きたい大学がある。やりたいことがある。その彼の夢が私のせいで壊されつつある。そんなの、絶対に嫌だ……!
あの頃をいまになって思い返してみれば彩子と一緒に私も教室に戻ればよかったな、とか。声を掛けようとせずに、立ち去ればよかったなとか。あの瞬間に寿と出くわさなければ私たちにもっとべつの未来があったのかも知れないと悔やんだりもしたのだけれど……。
でもきっと、あの日あの時あの場所で寿と私が遭遇したのが二人の運命だったのかも知れないなとも思うんだ。
*
「——もう、クリスマスかぁ……」
ふと自室のカレンダーに目を向けて、ひとり、そんなことをつぶやく。
��あの日�≠�境に私は寿からの連絡を避けつづけている。何度も家に足を運んでくれたそうだがお父さんに『居ないことにしてほしい』と伝えてある。
彼を避けつづけて、今日で一週間。早く答えを出さなければいけないことは、十二分に理解していた。けれどまだ迷いから抜け出せずにいた私は同じようなことを考えてはまた振り出しに戻る、そんな日々を、ただ無意味に送っていた。
—— プルルルル…… ——
そのとき——しばらく放置していた携帯電話の着信音が鳴り響き、ディスプレイに目をやると、『宮城リョータ』の文字。
「……リョータくん?珍しいなぁ」
そう言えば、彩子からの着信にすら出ていなかったのでそれを知った彼が心配をして掛けてきてくれたのかも知れないな……。
友達とも彼氏とも一切触れ合っていない、この一週間。人肌が恋しくもあり不意にだれかの声が聞きたくなった。そんな自分の甘えで油断をした私は、珍しいその着信相手に対して迷うことなく通話ボタンを押してしまった。
「もしもし? リョータくん?」
『…………もしもし、』
——えっ、なんで。寿の、声……!?
電話に出たとき、その声の主がディスプレイに表示されていた『宮城リョータ』ではないことに動揺して、咄嗟に終話ボタンを押そうとした——そのとき。
『——切んなよっ!』
と、耳に響いた声。驚いて硬直した私は、終話ボタンを押しそびれてしまった。
『頼むから、話聞いてくれ……』
切な気な声だった。けれど、やっぱり愛しいと思ってしまうその、聞き慣れた声。
私はこのとき、向き合おう、と。このままではいけない、そう腹を括ったのだった。
『なあ……どうしたんだよ、急に』
「……」
『俺、また何かしたか?』
そう心配そうに尋ねてくる彼。しかし、なんと言おうか。腹を括ると決心したくせに、まったくもって言葉が出てこない。はいはい……、どうせバカだよ。現文できないってば。
「……べつに。ちょっと、具合悪くてさ」
『……だったら、はじめからそう言えよな』
どうせ怒鳴られるのだろうと思っていたけれど続けて『よかった、あー焦った』と電話の向こうで安堵する声が聞こえてきて私は思わずくちびるをキュッと噛みしめる。
「……ねえ、寿」
『……ん、あ? なんだよ、どうした?』
久しぶりに聞く彼女の声に心配しつつも隠しきれず嬉しそうな表情を浮かべているであろう彼の姿が電話越しからでも想像できる。電話の向こうからは「俺の勝ちだな」とか「ズルっ!」だの、「なんだよ!洋平の一人勝ちかよ〜」などという楽しげな桜木軍団の声が聞こえた。くそぅ……。賭けてやがったなぁ、あの子たち……。
「明日……会えないかな?」
『——! 会える!迎えに行く!』
『そういや明日、イブだもんな!』と、電話の向こうで嬉しそうに話す愛しい彼の声に胸が痛くなったけれど私は短く「じゃあ明日ね」と言って彼とはきっと最後になるであろう電話を切った。
��意地ばっか張ってると幸せ逃げちゃうよ��
意地ではない。大切な彼が幸せになるための、第一歩なのだと、そう思いたい。私のこの決断が正しかった、間違いなかったんだって、そう思いたいだけ。
TOP