16歳、冬 (25話)
——大晦日。
『さあ〜!今年も残すところ、あと一時間を切りました〜!』
年末のテレビ特番では、カウントダウンを祝う生中継がやっていた。毎年毎年変わり映えの無い内容の番組を流して、本当におめでたい連中だ。
—— プルルル…… ——
こたつの上にあがっていた携帯が鳴ったので、すこし躊躇った結果、10コールほど放置してから通話ボタンを気怠げに押した。
「……はい?」
『なぁに、シケた声出してんのよー』
「……、」
『どうせ、ダラダラしてたんでしょう?』
いつもとお馴染みの声だ。電話の向こうからは数人の騒がしい声も聞こえて来る。こちらこそ、いつもと変わり映えの無いメンバーなのだろう。
私は携帯をスピーカーに切り替える。くの字に折り曲げられた携帯電話をこたつの上にこつんと置いた。そうして、先ほどまでと同じ体勢を取るために両手をこたつの中にしまい込んでみかんの籠が上がったこたつに顎を乗せれば背中は丸まりなんともだらしない形姿の完成だ。きょう一日、ずっとこの体勢である。
『ちょっと、出てきなさいよ』
「えー、ヤダよ」
「寒いし」と気怠く答えるとスピーカー越しで盛大に溜め息を吐く気配。そうして相手はもはや業務連絡みたいな口ぶりで淡々と言った。
『バスケ部のみんなで初詣行くから』
予想は的中。罰ゲームのようなお誘いだった。電話の向こう、騒がしい声の中に桜木軍団の声も混じっているということは、やっぱり、いつものオールメンバーなのだろうと想像する。
「結構です。」
きっぱりと断るとまた溜め息を吐いた彼女から「大丈夫よ」と、途端に優しい声が返って来る。ちょっとだけ、心臓がチクリと痛んだ。
『三井先輩は、来ないって連絡があったから』
「……あ。へえ……そう、デスカ。」
『ねえ?』
「んー?」
『リョータから聞いたわよ』
「……。」
『たまには外に出なさいよ』
と言う彩子の声がスピーカーから流れた。リョータくんから聞いたと言うのは、私と寿が別れたことだろうか。言われてみれば、たしかに歯医者以外、あれから外出もしていなかった。冬休みということをいいことに、ダラダラと実にならない生活を送っていただけだった。寒いのが苦手だという理由もあるけれども。
いつもの食卓でお父さんから「寿くん塾に通い始めたらしいぞ」なんて聞いたのが、クリスマス直後だった。もう報告をする間側ではないのだということに、そんな瞬間ですら別れたことを思い知らされてうんざりした。でもすこし安心したという気持ちもある。彼が、しっかりと前に進んでいるということに。私なんかが心配しなくても、夢に向かってちゃんと歩いているということに。
「お父さん、初詣行ってくる」
玄関で鉢合わせになったお父さんに告げると、「寿くんと?」なんてストレートに聞かれたので「バスケ部のみんな」と即答したら「そうなのか気を付けて」と言って、送り出してくれた。まだお父さんには、寿と別れたことを言えずにいる。寿のほうはもうおじさんとおばさんには言ったのだろうか。
*
「あけましておめでとうございまーす」
あまり気乗りしなかったのもあってダラダラと準備をしていたせいで、現地に到着したころにはすでに新年を迎えていた。
「遅いわよ!」
と怒るウインクガールに、あんず飴をくれる、ほんのすこしばかり髪の毛が伸びた、桜木くん。かたや「寒そうだなぁ」と、ジャケットを貸してくれる水戸くんに、丁寧にも「あけましておめでとう」と、言い返してくれた木暮先輩。そんな、いつもと変わらないみんなの笑顔に、あの日から凍り付いていた心がすこしだけ温かくなった気がした。やっぱり、外に出てきてよかったかも。
「名前さん、そんなに怖い顔をして、なにお願いしてるんすか〜?」
「……え?」
「ぬ?」
「……んーっとね。桜木くんと晴子ちゃんが結婚できますようにって」
「ンなっ!!!」
とたんに顔を真っ赤にした桜木くんのお陰で、いい初笑いが出来た。今年は穏やかな一年になるといいな、なんて。そんなことを思いながら私は帰り際みんなに隠れてひっそりと絵馬を書いた。
「……よし、これで大丈夫。」
絵馬を引っかけてパンパン!と大きく手を叩きもう一度、強くお願い(お祈り)をした。
「名前さ〜ん!早く〜!」
桜木くんその声に「いま行く!」と返事をして私はみんなのもとに走り出した。
最近、大失恋したらしい彼女が桜木花道の方へ走って行ったのが見えた。私は途中、安西先生を見かけたので、リョータを連れて、二人で挨拶をしに来たのだが、ついつい話し込んでしまった。「さてと。私たちも行きましょ」と、リョータを促して歩き出したとき、リョータがなにかを見つけたらしく「え?」と、声を上げる。
「……ん? どうしたの、リョータ。」
「彩ちゃん、これ……」
リョータが目をつけたのは、ひとつの真新しい絵馬だった。先ほどまでここにいた彼女の文字で描かれたであろう、その絵馬。私とリョータは無意識にそれをそっと手に取って目を合わせ、言葉に詰まった。
桜木くんたちのもとにたどり着いたころ彩子とリョータくんの姿がないことに気が付く。辺りを見渡せば二人でこちらに向かって歩いて来る姿が見えた。二人が戻ってきたところで「どこ行ってたの?」と、尋ねると「安西先生に会ってね」と彩子がやや目を伏せて微笑みながら返してきた。私は、なるほどと納得して、また歩き出す。
「……名前」
「ん?」
「今年は、いい年になるといいわね」
「……うん、そうだね。」
みんなの一番うしろを彩子と二人、肩を並べて歩いていたら彩子が突然そっと手を握って来た。すこし驚いて珍しいなと思ったけれども、それはとてもあたたかい温もりだった。その温もりに、なんだかよく分からないけれど新年早々涙がぽろぽろと零れた。
笑っちゃうよね……初泣きが、これかよって。もちろん彩子も隣でくすくすと笑っていたけれどとくに言葉は交わさずに、握られた手にぎゅっと圧力がかかるだけだった。
*
転校して来て初めて迎えた冬休みが終わった。休み明けに行われたテストは散々だったけれど、今年はみんなと初詣にも行けたので、それなりに良い一年にはなりそうだ。
「んでー?」
「ん?」
「アンタ、なんで三井先輩と別れたのよ?」
昼休み、彩子とサンドイッチを食べていたときだった。唐突にもそんな質問が降ってきたのは。水戸くんと、自販機の前で一服をしたときから、まんまといちごミルクにはまってしまいそばにはいちごミルクの缶も添えられていた。私は思わずそのピンク色の缶を、倒しそうになる。
「な、なんでって……」
「なによ。もしかして、私に隠し事するの〜?」
そう言ってウインクをする彩子。ほんと敵わないなって思う。私は観念してそっと目を伏せる。
「私はさ、いつも自分のことばかりで好きな人の気持ちとか想いを、なにひとつ分かってなかったんだよねぇ……」
「え?……そんなこと、ないわよ?」
優しく囁いた彼女の声に、封印していたはずの感情が一気に込み上げてきて涙腺がまた、いとも簡単に崩壊する。拭いきれない後悔の気持ちは、抑えようとすればするほどボロボロと涙となって溢れ出てきて私の頬にこぼれ落ちた。
「……自分で、決めたからっ……がんばるって、言ったから、」
「……名前」
「毎日泣いて暮らすのは、ズルいと思って……」
場もわきまえず嗚咽する私の頭に、そっと手を乗せて「三井先輩のことが大好きだったものね」と、優しくその頭を撫でてくれる彩子。まるで、お母さんみたいだ。
「——いっぱい、いっぱい、だった……」
「うん」
「好きで好きで、好きすぎて……」
「うん」
「もう、自分の感情が手に負えなくてなって、」
「うん……」
「こうするしか、なかったの……っ」
そのまま耐えきれず、机に突っ伏してひたすら泣いた。その弾みでカラン…と、いちごミルクの缶が床へと落ちた音がした。その音でハットし、乱暴に制服の袖で涙を拭って、そっと顔を上げ、私は彩子を見据える。
「——彩子。わたしの、願いはね……?」
「……」
「大好きな人がずっと……バスケットを、続けることなの……」
彩子は、そんな私の言葉にきれいに微笑んで、「アンタらしいわ」と言い、また私の頭を優しく撫でてくれた。
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