19歳、冬(29話)
19歳、冬
― 19歳、冬 ―
今日は成人の日——テレビを付けると、全国の成人式の様子が生中継されていた。毛皮のショールを首に巻き付けて、艶やかな色の振袖で着飾る女の子たちに、カラフルな色の袴や真新しいスーツに着せられている男の子たち。晴れて今日から大人の仲間入りだと言わんばかりにカメラの前でお酒を持ちながらハイテンションで騒ぐ若者たちの図。すごいなぁ。来年わたしも、あんなふうになるのだろうか。絶対にイヤだな……。
『20歳の抱負は、なんですか〜?』
なんて楽しげにマイクを向けて聞く現地のキャスターに『人の役に立ちたいです!』と、派手な袴を身に纏ったお兄様たちがピースサイン付きで答えている。その背後で「オレもですっ!」と、うぇ〜いの集団が踊り狂っていた。
「……。」
うそつけぇ!そんなん明日になったらぜ〜んぶ忘れているくせして。でも成人式、成人式かぁ。寿もやっぱり、袴とか着たのかなぁ……。
—— プルルルル…… ——
突如鳴り響いた無機質なその着信音に無意識のうち溜め息が溢れてしまった。どうも最近、溜め息をつくことが増えた気がする。このままだと、本当に幸せが逃げていってしまいそうだ。
「はーい?」
そんなことを考えながら気怠く着信を取る私に『ちょっと、アンタ!きょうは遅れたらタダじゃおかないんだからね!』と、すでに7割くらい、鬼と化している高校時代の親友からの最終警告。
『もう主役以外、みんな集まってるわよ!?』
「そんなに焦らなくても20分で着きますケド」
私が溜め息混じりに答えると、彩子が大声で、『主役より遅れてきたら本気で怒るからね!』と声を張る。もう充分怒ってるじゃん……と、言いそうになったけれど、とりあえず耳があまりにも痛かったので無言で電話を切り、急いで身支度をすませて玄関の扉を開けた。つい先ほどまでは、雨がぽつぽつと降っていたはずの空は、まさかの満点の星空へと変わっていた。
「ほんとあのひとって、晴れ男……」
会場は私の自宅から徒歩二十分程度のところにある、小さな居酒屋だ。そこでバイトをしているのがあの赤坊主のマブダチ水戸くん。そのお店はもともと水戸くんのおじさんが切り盛りしているお店だった。未成年が働いても許されるのは身内ならではの特権なのか、疑問なところではある。
お昼時には、水戸くんのおじさんとおばさんが定食屋としてお店を開けていたので、私もたまに食べに行ったりしていた。そうして夜になると、おじさんと水戸くんがお店を回す。
桜木くんたちは水戸くんがお店でバイトをはじめた頃からあたりまえに、ほぼ毎日そこでたむろしているらしい。
いまとなっては湘北のみんなで、あまり集まる機会こそなくなったけれども、来年は私や彩子にリョータくん。再来年には桜木くんに流川くん、晴子ちゃんや桜木軍団全員が成人を迎える。そうしたら堂々と揃ってあのお店でお酒を交わせるんだなぁ、なんてことを思い浮かべると、なんだか心が弾んでしまう。もう、あの頃のようにはいかないかも知れないけれど。想像するだけなら許されるかな、なんてね……。
—— ガラガラガラ〜...... ——
「こんばんはー」
「いらっしゃい」
私がお店の扉を開けて挨拶をすると、聞こえてきたのはカウンターにいた水戸くんの声だった。
「お!名前さ〜ん!!」
そう楽しげに叫んで手をブンブンと振っていたのは、すでに座敷席に座っていたらしい桜木くんだった。「待ちくたびれましたよー」と言われてしまい「ごめん」と素直に謝って私も急いで席に向かった。まさかのコーラを大ジョッキで飲んでいた桜木くん。ああ、そうか。彼らはまだ、現役高校生だったもんね……。
ふと、あたりを見渡してみると主役はまだ来ていないようだった。きっと今頃、成人式を終えて友達とワイワイ、盛り上がっていることだろう。自宅に着替えに戻ってから「三人で行こうぜー」なんて仕切ってさ。「あいつらもう始めてんじゃねーか?」って、悪態ついてケラケラ笑うんだ。って……なに考えてるんだろ、わたし。
「名前さん! また一段とお美しくなられましたね〜」
勝手な妄想をしている私を置き去りに、そんな桜木くんのリップサービスが耳に飛び込んできて馬鹿正直に照れている私に「どーせ、三井サンのこと考えてたんでしょー」とリョータくんが口笛でも吹きそうな面持ちで、得意のヤジを入れる。
「——ち、ちがうってば!」
私がすぐさま、全身全霊で否定をすると「素直じゃないね〜」なんて軽口を叩いて飲み物を運んで来た水戸くんがテーブルにそれを置いて言う。
「でも、美人になったよな」
「ぅえっ!?」
「きれーになりました。」
「……っ、」
またそんな、軽々と……。でも、そんなことを慣れたように言えてしまえる水戸くんって、絶対モテると思うんだよね。実際私が三年生のときもものすごく、陰では人気だったと記憶している。��水戸親衛隊�≠チてなかったのかな、高校時代。
「きっとミッチー腰抜かすぞ!」
ガハハハ!と大声で笑う桜木くんに徐々に私も緊張してきてしまった。ちくしょう……みんなのせいだ。ポーカーフェイスでさらっとかっこよく水戸くんみたいに「久しぶりだねっ!」と、何回自宅の鏡の前で練習したと思っているんだ——!
—— ガラガラガラー...... ——
「遅れてすまんな」
「あら、赤木先輩!」
彩子が大声で叫んだことで、座っていた全員が入り口の方に目を向ける。先ほどまでガヤガヤと騒いでいた音が急に鎮まりかえり、つづけて赤木先輩の横にいた木暮先輩が面を食らって言った。
「いや〜、いろいろと長引いてさ」
「悪い悪い!」と、木暮先輩は額をぽりぽりと掻く。——ど、どうしよう……。やばい、心臓がうるさくなって来た気がする。おさまれ。おさまりたまえ、私の心臓。お願い、おさまってくれ、頼むから……!
「——おい、三井〜。早く来いよー」
木暮先輩が暖簾を潜り、まだ外にいるであろう人物に声を掛けると、しばらくしてから「わりぃわりぃ」と、暖簾の先から現れた人物——。
「……よお。久しぶりだな、お前ら」
口角を吊り上げる、その変わらない笑顔に私の心臓が、ドクンと大きく高鳴った。
「ミッチー! おせーぞっ!」
と、桜木くんは嬉しそうに彼を怒鳴っている。その主役の三人が席に向かって歩いてくる姿は、まるでアイドルだ。そして赤木先輩と木暮先輩は適当に空いている席に腰をかけた。座敷なので、とくべつ誰がどこに座ると決まっているわけではないのだけれども。
「はいは〜い♡せっかくだから三井先輩は名前の隣へどーぞ♪」
あ、彩子……!!
「ああ、そうしろよ三井。たまには昔話にでも、花、咲かせろよ」
こ、木暮っ……!!
私と寿がぎこちなく目を合わせると「まあ……べつにいーけどよ」と、ぶっきらぼうに言って、私の隣にどかんと腰をかける彼。その姿をちらと横目で見送ってから、すぐに私は俯いた。そんな私を置き去りに「はいはい静かに〜」と、早々に彩子がその場を仕切りはじめる。
「では二代目キャプテンから乾杯の音頭を〜♪」
そのまま彩子が続けて「いよっ!」と持ち上げると「オレ?」とリョータくんがきょとんとして自身に指を差す。それを見て「早くやれー」なんてヤジを飛ばす私の幼馴染。リョータくんはそんな彼をジロッと睨みつけながら「ヨイショ」と、声に出して立ち上がった。
「……ゴホン。それではー、ダンナたちの成人をお祝いしてぇ——乾杯!」
『 カンパーイ!!!! 』
——高校生のころ、いつも思っていた。あなたなしじゃ生きていけないとは言わない。きっと、生きてはいける。でも、あなたなしで生きていたくない、ただそれだけ、って。
あのときその気持ちをちゃんと伝えていたら、私たちの未来はなにか変わったのかな……。
*
「ようやくお酒もタバコも許される年齢になったんだねー」
「ばーか、タバコは吸わねーよ」
「バスケやってんだから」と、嬉しそうに話す彼を見て私は頬が緩んだ。
お店の雰囲気のお陰かそれともまわりが賑やかだからなのか。意外にも、自然と私は彼と会話を繋ぐことが出来た。
「そういえば、さ……」
「あ?」
「あのー、袴とか……着たの?」
「は?……着た、」
「赤いやつ」とジョッキを口に当てている彼を横目に絶対そうだろうなと思った予想が当たって嬉しくなった。「すごく似合ってたんだろうね」なんて言葉は言ってやらないけどね。だって……絶対に似合っていたんだろうなってわかるから。
「……、なにっ?」
不意に視線を感じて私は真横を向く。すると、じいっとこちらを見つめている彼と目が合った。
「は? こっちの台詞だっつーの」
「へ?」
「なあ〜に、ニヤニヤしてんだ」
目線を私から正面にそっと戻した彼が「気持ちわりーな」と言って、そしてなぜか笑われた。
「——え!? わたし、ニヤニヤしてた?」
「おー、してた」
彼の袴姿を想像してニヤけていたなんて、口が裂けても言えない。恥ずかしすぎる。私は、顔を赤くしつつ「やだ、恥ずかしい」と言って両手で顔を煽ぐ。ほんとヤダとか、べつにニヤニヤしてないとか、ぶつぶつとひとり言のように言い訳を述べていると、フッと、小さく鼻で笑ったような気配を横から感じた。私はまたそっと顔を真横に向ける。
「……こんどは、なに?」
「いや……変わんねーなあって。」
やや目を伏せてそう言った、あの頃のままの、彼の笑顔がそこにはあった。
こんなにも切なくて、こんなにも苦しいのに、なぜか温かい、その変わらない笑顔——。
*
笑い声が響く店内。楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
「……つーか、ンなことよりよぉ、」
と、幼馴染の彼がお酒の力が働いてかぐいっと顔を寄せてきて私を覗き込んで来た。急に整った顔面が目の前に現れたので私は思わず持っていた箸を落としかける。
「おまえ、化粧濃くなったんじゃねーか?」
そう言ってケラケラと笑い「塗り絵かそりゃ」なんて指を差しながら私から離れていく。私は、「うっさいなぁ」と言い返すしかできなかった。変わってないのはどっちだよ、と思いつつそんな懐かしい憎まれ口にも、つい頬が緩んでしまう。まったく、重症だ。
「寿がなにも変わらなすぎなんでしょ……」
と、今度は私が憎まれ口をお見舞いしてやれば「いや、俺はかっこよくなった。さらにな!」と得意げに、あのドヤ顔をする。私はふん、と顔を背けて言った。
「寿みたいなのには分かんないんだねー」
「あ? なにが?」
「この私の魅力が!大学では、み〜んな振り返るんだから!」
そう言って髪をなびかせる仕草をしてみれば、「みんなこわくて話しかけらんねーだけだろ?」なんて、口角を吊りあげて見下ろしてくる。……くっそぉ。あーあ、むかつく。
「——な、なんかあれだね。年取って、ますます性格悪くなったんじゃなーい?」
「は、てめぇ……」
「なによ」
「ますますってなんだー、ますますってよぉ!」
「——キャア!」
そのまま彼にヘッドロックをお見舞いされた。その弾みで彼の膝の中へと上半身がすっぽりと持っていかれるかたちになる。回された腕をバシバシと叩いて私は抵抗する。
「ギブギブっ!」
「じゃあ謝れ!」
「ヤダ!!」
——ねえ、寿?うそだよ。わたし、すごくドキドキした。16歳の冬、あの日……あなたの手を離してしまったことを後悔してしまうくらいに、すごく、かっこよくなったよ。
——なあ、名前。本当は久しぶりに会った瞬間かわいくなったなって思った。
18歳の春、あの卒業式の日……名前のもとへ行けなかったことを悔やむくらい、すげー綺麗になった。
寿、
名前、
寿のなかに
名前のなかに
……私は
……俺は
まだ、ちゃんと居る——?
*
「……結局、仲良いんだなアイツら」
優しくふたりを見守るような表情でぽつりと、木暮先輩がつぶやく。私は呆れるように溜め息をこぼしつつ言った。
「まあ、三井先輩って昔から諦めの悪い男でしたからねぇー」
あきらかな嫌味を含ませた感じのその物言いにハハ、と緩く笑った木暮先輩が「でも三井、幸せそうだな」なんて言って微笑んでいた。思わず、それに釣られて私も頬が緩んでしまい「そうですね」と、ひとりごちた。
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