19歳、冬(30話)
「今日は楽しかったよ。なあ赤木」
木暮先輩が赤木先輩を見て言うと赤木先輩もそのかたい表情をやや綻ばせて「そうだな」と返していた。
「そうだ! またこうして集まりましょうよ!」
私が二人に提案すると「ああ」と二人ともやや照れながら声を揃えて即答してくれた。そして、さきほどからやけに騒がしい向こうの二人組に向かって「三井先輩もねー!」と叫ぶと私の親友とじゃれあっていた彼がこちらを勢いよく振り向く。
「へっ?……あ、ああ。」
……ったく、あんたたちねぇ。ふたりの世界に入ってんじゃないわよ、まったくもう。と、私はその言葉は飲み込んで、大きな溜め息だけを声に出して盛大に吐き出す。
「あのねぇ、遊び足りないなら他所行ってやってくれるぅ?」
そう言って両手に腰を当て呆れ果てていると、「ばっ、ちげーよ!」なんてあいかわらずムキになって言い返して来た三井先輩。ちがわねーわよホントにもう。
「とーにーかーくっ!」
そこでパンパン!と手を叩いてリョータくんが締めに入った。私はヘッドロックで首に回されていた寿の腕をその隙に、そっと払い除ける。
「また、近いうち会いましょーや!」
「じゃあ解散ー!」というリョータくんのお開きの声に釣られ全員がバラバラに家路に向かう。
し、しまった……!こんな、性格の悪いヤツと絡んでいたお陰で、完全に取り残された……!
「……じゃ、じゃあね。」
「わたしも、帰るから!」と、軽く手をあげて彼から回れ右っ!スタスタと歩き出したところで背後から「おい!」と大きな声で呼び止められてしまう。私は思わず、足をぴたりと止めた。
「は、はい……?」
私がゆっくりと振り返ると、真横を流れる海のほうに視線を流した彼が「ちょっと歩こうぜ」とつぶやいた。そうして、一度こちらを向いた彼。お酒が入っているせいかほんのり赤くなった顔の彼がさっと目を逸らして「な?」って言うから、拍子抜けして思わずぷっと吹き出してしまった。
今日はどうやら実家に帰るらしい。そうなると結局私と彼は帰り道が同じ方向になるのでどうせ一緒に帰ることになってしまうのだけれども。
昔、何度も歩いたこの道には彼との思い出が、たくさん詰まっている。いまも変わらない、彼の大きな背中。それを眺めながら、あの頃のように私はすこしうしろから着いて歩いて行く。ねえ、なんだか、懐かしいね……。
「なあ、」
「ん?」
「なんか……懐かしいよな」
私のほうに顔だけで振り向いて彼がそうつぶやいて笑った。もしかして彼もいま、わたしと同じことを想っているのかな、って。
「……あー、っと。」
「……ん?」
「その……彼氏、できたか?」
「えー、またその質問?」
高校時代に再会したときのことを思い出して、クスッと笑いながらそう返したら、前を歩く彼の足が、ぴたりと立ち止まった。背を向けたままの彼に、私も反射的に足を止める。
「……寿は?いないの、彼女。」
私は自分が答える前に同じ質問を投げてみる。なぜか押し寄せる不安と期待の狭間で。そうしたら彼は「俺の彼女はずっとバスケットだからな」と言い、スリーポイントを打つ格好をして手首をクイッと返して見せた。これも、デジャブ——。なんだか無性に、泣きたくなった。
なにも言葉を返せずにいる私に「んで?」と、すこし不機嫌そうな声でようやく振り返った彼が語気を強めて言う。
「いんのかよ」
「彼氏」と、しつこく聞いてくる様子を見ると彼もわたし同様にどうしても確かめたいらしい。
「いるよ?」
「はっ!?」
「……嘘だよ」
「だっ、テメーなぁ……」
——これもまた、デジャブ。そうしてふたりで目を合わせて笑い合った。そのまま自然と私達は肩を並べて歩く。
記憶の中の扉が解き放たれて、引き寄せられてしまいそう。隠していた気持ちが、また。でも、同じ痛みを繰り返したくない……。
「いないよ?寿と別れてからずっと……」
そう隣でぽつりと言って私が手を後ろに組むと「俺もいねーよ」と珍しく素直な彼の声が返ってきて私は不意に、彼を見上げる。それに気づいた彼が真っ直ぐに私を見下ろして言った。
「名前と別れてから、ずっと。」
はっきりと言い切って、そのまま彼は、真横に流れる海に視線を移した。
昔と同じように車道を歩いてくれる彼。ここはいつも学校の帰り道に立ち止まって、二人でよく話をした思い出の場所だ。彼のその表情は、緊張しているのか、懐かしんでいるのか、はたまた、照れているのか。もしくは彼も私と同じ気持ちでいま、この海を眺めているのかな。
そんな淡い期待を抱きながら、俯いた顔をまた上に持ちあげると、海に視線を移していたはずの彼と目が合った。私は咄嗟に「ん?」と言って、すこしだけ首を傾げる。
「あのよ……」
立ち止まって、ポケットに手を突っ込んで下を向いた彼。月明かりが彼を照らして静まり返った二人のあいだを、夜寒の潮風が通り過ぎる。
「俺の、自惚れだったらわりーんだけど……」
静かにつぶやき、こちらを向いた彼とまた目が合う。先ほどまでの無邪気な姿はなくその真剣な瞳に真っ直ぐ見つめられて、思わず目を逸らす。
「俺らよ——」
そのとき風が吹いた。波の音が勢いよく鳴ったことで、途切れてしまった彼の声——。
「……え?」
咄嗟に聞き返す私に「いや……」と言い淀んで私の目の前に移動した彼が「こういう大事な話は酒が入ってないときにちゃんと言うわ」と言って風で乱れてしまった私の髪を直してくれた。
「来週の日曜日、開けとけよ」
そう言い残して彼はまた歩き出した。そんな彼の背中を追いかけると「そんとき海来ようぜ」なんて……誇らしげに柄にも無くロマンチックなことを言うもんだから思わず笑ってしまったけれど「絶対さみーけど」と嬉しそうに笑う彼を見ていたら、やっぱりいつもの寿だなぁって改めて感じることができて嬉しかった。
「まぁ、そのときちゃんと……俺の気持ち伝えるからよ」
「行く!」
「……ふはっ、クソ元気。」
「だって……行く。」
「……おぅ。じゃあー部活あっから、三時に待ち合わせな」
そう言って私の頭上に、あの頃と同じのように優しく手を置かれた。しばらくして私の家の前に着いたとき、彼が満面の笑顔で「じゃあな!」と言ったのを、いまでも私は、鮮明に覚えている。大好きな彼の笑顔を目に焼き付けて二人の未来に期待を込めて眠りについた、そんな寿の成人式の日の夜。
——絶対に行くよ、待ってるから。あの海で。夢の中でも、私はそう誓ったのに……。
けれど、約束の日。寿は現れなかった。約束の時間を過ぎて、辺りが暗くなるまでずっと待っていたのに、寿は結局、来なかった。
笑顔で言った彼の『じゃあな』の台詞。あれが本当に私と彼の最後になった。それから寿とは、一度も会っていない。
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