20歳、冬 (32話)—三井side
20歳、冬
― 20歳、冬 ―
「おつかれしたーっ!」
「三井っ! 自主練、していかないのかー?」
きょうの俺は、朝から死ぬほどご機嫌だった。朝、準備をしているときに流れていたニュースの占いで双子座は一位だったし。ラッキーパーソンが牛乳だったから日課のコーヒー牛乳じゃなくてコンビニで牛乳を買って練習に向かったほどだ。
「あー、今日はちょい、先約があって……」
ばつが悪そうに先輩に伝えると「たまにはゆっくりしろよ」なんて、労われてしまう始末。
「あ、はいっ!おつかれしたー」
バカ野郎……ゆっくりなんてしてられねぇよ!腕時計を見ると時刻は14時40分。携帯電話も今朝は浮かれていて、自宅に忘れて来る不覚。
アイツ、待ってるだろうな……真冬の海に取り残しておくなんてかわいそうだなと思いながら、急いで向かおうと信号待ちで軽くウォームアップをして、信号が青になった瞬間に、猛ダッシュ。
「センパーイ!!」
信号を渡り終えてピカピカと青いランプが光りだすころ、俺のもとへと駆け寄ってくる、一人の女性の姿。
「三井センパイ!」
「ようやく追いついた〜」と息を切らしながら俺がいま渡った信号を彼女も急いで渡って来た。俺は無意識にも、いやな顔をしながらつぶやく。
「……なんだよ。」
「センパイ、練習終わったんですかぁ?」
「あ? まぁな……。」
「じゃあ、いまからお茶しませんかっ?」
こいつは一つ年下で同じ大学の後輩、みょうじ。
なぜだか入学当初からなにかと俺にだけしつこく絡んできやがる。鬱陶しいのなんのって。でも、素直にそう言えない俺のお人よし精神。こういう自分を、好きになれない。
「いや、今日は無理だ。」
「急いでんだよ」と俺がぶっきらぼうに返してまた歩き出すと彼女は「話があるんです」と俺の腕を引いた。どうやら、諦めてくれそうにない。
「センパイが私のことを避けてるの知ってます」
「……。」
……おいおい、勘弁してくれよ。なんなんだよ突然。ほか当たってくんねーかな。急いでんだ、俺は——!
「お話を聞いていただければ私、諦めますから」
「……、」
「お願いします、少しだけお時間くださいっ!」
そう言って、深々と頭を下げる彼女。まわりの通行人も女性がメンズに頭を下げている光景を、物珍しそうにジロジロと見て来る。参ったなぁ、やべぇ……めんどくせぇ。どうする、俺——。
「……わーったよ。」
「五分だけな」と俺が渋々了承すると、パッと顔を明るくした彼女が「ありがとうございます」と勢いよく頭をあげた。本当、俺ってお人好しがすぎるぜ。信じらんね、こんな自分自身が……。
*
「——んで、なんだよ話って。」
「時間ねーんだ俺は」と、とりあえず入った、近くのカフェの柱時計をチラチラと確認しながら彼女に急いで用件を伝えるよう促すと突然大声で彼女が言った。
「わたし、三井センパイが好きです!」
「なっ……、はぁ!?」
「ほんとに大好きなんです。入学したときから、ずっと……」
「い、いや、好きっつったって……」
「一目惚れでした。」
「……。」
予期せぬ彼女からの告白に俺は呆気に取られていた。しかし彼女は言い終えたあとで俯いて顔を赤くしていたので、どうやらこれは冗談ではなさそうだった。
「……悪い。」
即答した俺に顔を上げて目を見開く彼女と目が合った。俺はその視線からそっと目を逸らして、ぽつりとつぶやく。
「俺……好きなヤツ、いっからよ。」
「……。」
「話はそれだけか?」
そう言いながら立ち上がる俺に向かって彼女が「どうしてもダメですか?」と上目遣いで問う。俺はまたそれを、見て見ぬふりをして言い放つ。
「俺いま、他のヤツに気ィとられてる余裕なんかねェ」
続けて俺が「わり、急ぐから」と椅子に掛けてあったダウンを乱暴に取り上げてそれを羽織る。そしてまた、チラッと柱時計に目を向けたとき、彼女が声を張った。
「わたし、待ちます!」
「……あ?」
「その人とセンパイが終わるまで、わたし……」
「……もう、終わりたくねーんだよ。」
「え?」
「ぜんぶ、初めてだったんだ」
「……」
「誰かをすげー好きになったのも情けないくらい臆病になったのも、ぜんぶ……」
俺はなぜ深く面識もない相手に、こんな恥ずかしいことを言っているのだろうと思いながらも、自然と口からそんな言葉が出ていた。だが、俺のいまの偽りない気持ちが、こいつにも伝わって、すんなり諦めてくれたらという思いがあったのも事実だった。きっとこいつも根は素直で真っ直ぐな子なのだろう、って。思わせぶりな態度なんてとったら、逆に酷だと思ったんだ。
大学に入ってからも、ただひたすらに、夢中でバスケットに打ち込んだ。それはひとえに彼女の想いを無駄にしないよう、いつか必ず取り戻そうと、そう想っていたからだ。
離れて改めて気づいた幼馴染の彼女への想い。会いたくて、何度も、着信ボタンを押しかけた。けど、押せなかったんだ。そんな彼女とまた再会した。自惚れでもいい……嫌われてもいいんだ。ちゃんと、自分の口で伝えたい。あの頃のように「好きだ」と、「付き合ってくれ」と。次はもう終わりにしたくねえ——。
「もし——この先なにがあったとしても俺……、あいつのことだけは、絶対一生忘れられねぇ」
「……」
「今度こそ、幸せにしてやりてーんだ」
「その人ですか?」
「あ?」
「……さっき言ってた、大事な用事って」
「え?……ああ、まぁな。」
「そんなに、好きなんですねその人のこと……」
か弱くそう言って俯いた彼女を真っ直ぐに見て俺は、はっきりと肯定する。
「好きだ。」
「……」
「俺には、あいつしかいねーんだよ。」
「……」
「いまも昔も……ずっとな。」
俺のその言葉に情けなく笑った彼女が「わかりました、諦めます……」と言って小さく溜め息を吐いた。ほっと安堵し、俺も小さく息を吐く。
「わりーな……って、おいっ!もう、こんな時間かよ!」
カフェの柱時計で時間を確認して俺は二人分の代金をテーブルに置くと「じゃあな!」と言って猛ダッシュで店を出た。さきほども渡った、同じ信号を戻って近道をしようと思い立ちピカピカと歩行者信号が青から赤に切り替わる直前に道路を渡り切ったところで、また、彼女の声がした。
「センパーイ!」
その声に足を止めた俺が振り返ったとき「これ忘れてますよ!」と、彼女がバスケットボールのストラップが付いた俺の自転車の鍵を手に持って信号を走って渡って来た。
「これ、自転車の鍵っ!」
「……!?——バカ!!」
——危ねぇ……!!
—— キキーーーーーッッ!!! ——
—— ドン……っ!! ——
「……みょうじ!!」
信号が変わったことに気づかなかった彼女が、走って渡って来たときに、猛スピードで向かって来たトラックと正面衝突した。彼女は倒れ込み、トラックの運転手が慌てて降りてきて、救急車を呼んだ。救急車が到着して、俺はそのまま一緒に救急車に乗り込んで病院へと向かった。
手術室の前の待合で俺が座っていると、彼女の親も病院へと駆けつけて来た。俺は何時間そこに居たかなんて覚えていない。しばらくして医者が手術室から出てきたとき、その医者に泣きついた彼女の母親の姿が、いまでも目に焼き付いて離れない。
「先生あの子は……あの子は無事なんですか!」
「命に別状はありません」
「よかった……よかったわ、あなた!」
彼女の母親はそのまま父親に泣きついていた。その光景をなんだか客観視している自分がいて。うまく、頭が働かなかった。
「ただ下半身に、後遺症が残るかもしれません」
「え……。下半身、ですか……?」
「はい。足が、動かなくなると言うことです」
そう医者が淡々と説明したあとに彼女の両親がその場で泣き崩れた姿を、ただ茫然と俺は眺めているしかなった。
「俺の…………せいだ。」
そのあとのことは実はまったく覚えていない。彼女の両親とどんな会話をしたのかもどうやってここまで帰って来たのかも——。
ただひとつ覚えているのは、大学に入ってから住んでいたアパートではなく、自宅に帰って来てしまったということだけ。完全に無意識だった。そして実家に着いたとき、すでに日付は変わっていたような気がする。確かリビングでまだ起きていたお袋に「あら、帰ってきたの」なんて言われそれに対して、なんて言い返したのかも、覚えていない。冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出して飲んでいたとき、お袋が「あ、そうだ」と言った。
「名前ちゃんが来てたわよ」
「……。」
名前……?ああ、きょう、俺は……
でも、俺はきょう……。
いろんなことが頭の中でグルグルと駆け巡り、なにひとつ整理が出来ずにいた。その日は一睡も出来ず、朝を迎えた。無い頭で考えて俺の出した答えは。一生、みょうじの側にいよう。その選択しか思い浮かばなかったんだ——。
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