14歳、春(3話)
14歳、春
― 14歳、春 ―
「卒業おめでとう」
「おぅ、サンキュ」
いつも当たり前のように近くで見ていたはずの幼馴染のその満面の笑顔に、今日はなんだか照れくさくなった。私は彼から目を逸らすようにして視線を頭上へと向ける。
空は快晴、雲ひとつ無い青空。けれどなぜか、とても切ない気持ちにさせた。それは��卒業�≠ニ言う節目の季節がもたらす、この独特な雰囲気のせいなのだろうか。
ずっと側で見てきたはずの幼馴染の姿。二人を包み込む風の中に、ひらひらと桜が舞っていた。
「人気者だね〜」
ボタン残ってないじゃん、と彼の学ランの胸のあたりを小さく指差す。この日のために、クリアピンクのネイルを施してきたことに、さりげなく気づいてほしい。きっと彼は、気づいてくれないだろうとわかっていても。
「ったりめーだ」
なんて。自信に満ち溢れた彼の顔が、そこにはあって。「ハイハイ」と呆れながらも、素知らぬふりをして聞いてみた。実は先ほどからずっと、気になっていたことなんだけれども。
「……ねえ?」
「あ?」
「なんで……第二ボタンだけ、残ってるの?」
聞いてしまったら今まで培って築き上げてきた二人の関係が、壊れてしまう気もした。けれど、聞かずにはいられなかった。だって��ソレ�≠ヘ、私が今この世の中で一番、欲しい物だったから。
なかなか質問に答えてくれない彼を流し見て、私はあいかわらず減らず口をたたく。
「みんな第二ボタンを狙う程のファンではなかったってことだねー!」
「残念だねMVP〜」なんて言って笑っていると彼がフッと微笑んで目を細めた。その瞳を見つめ返した刹那——私の頭の上に、彼の大きな右手がそっと置かれた。
「向こうに行っても、元気でな」
「——、」
なんなの……いつもは意地悪ばっかりなのに。だけど本当は、本当はね?とっても優しいこと、知ってるよ。いつも私が落ち込んでいるときにはその柔らかい笑顔で優しく慰めて笑わせてくれることも知っている。ズルい。ズルいよ、そんな、笑顔で……そんなの、こっちの台詞なのに。
強がりなのも、負けず嫌いなのも。本当は凄く凄く思いやりに溢れていて優しくて意地悪で……優しくて。寿はずっと優しかった。私が、世界で一番、誰よりもアンタのこと知ってるんだから!
ずっと大切にしてもらった。ずっと、ずっと、ずっと——側に居てくれた。ねえ、寿。……私、
「バーカ、泣いてんじゃねーよ」
「ホント、お前は泣き虫だな」って言いながらやっぱり優しく笑う幼馴染の愛しい声が頭上から降ってくる。もう、こんなに背が伸びたんだなって、改めて時間の流れの速さを実感した瞬間でもあった。無力にただただ溢れ出す、止まることを知らない私の涙を拭いてくれる、温かいこの手の温もりは、もう遠くに行ってしまうんだ。
子供の頃のように泣きじゃくる、私の目の前に差し出された幼馴染の左手。その握られたままの拳が開かれたとき、手のひらの中に見えたのは、紋章が彫られた金色の小さな円形の代物だった。
「名前にやるよ」
受け取った��ソレ�≠ヘいま私がこの世界の中で一番欲しかった物。その初恋の��第二ボタン�≠�握りしめて——。
「ありがとう」
たくさん、たくさん。
「湘北行っても、バスケット頑張ってね」
今日は精一杯の素直な想いを『泣き虫卒業』の目標とともに——。強くならなきゃって思うよ、これからは。もう側に寿はいないのだから。強くならなきゃ。わたし、頑張るからね。
今までたくさん大切にしてくれてありがとう。
卒業おめでとう、寿——。
*
これが彼と私の初恋の思い出。結局は初恋からその先には進展できなかったけれどきっと二人の初恋はこれでよかったのだと思う。初恋とは綺麗なもので、そして、実らないというのが定番だと思っていたから。
『初恋』
好きだからとか、好き合っているからと言って必ずしも恋人同士になるとか結婚するとは限らないわけで。時を経てから「なんであのとき、手を繋いだんだろうね」とか「なぜ両思いだったのに付き合わなかったのだろう」などと、お酒の席で話題に上がる程度のものだったりする。逆にそういった経験こそが人生の種となり自分自身が形成されていくのだろう。私と寿もまた、その類なのだろうと。
世間の人達から聞く��初恋の相手�≠ニ何ら変わりない。現に二人は、それ以上でもそれ以下でもなかった、あの頃は……。
ただ純粋で偽りのない確かな想いは二人の中で綺麗な思い出となるだけ。いつの時代も思い出は美化されるものだから。
けれど——人生の分岐点でまた、過去の記憶が交差することも稀にあるということを、この頃の二人は知る由もなかった。
名字 名前、十六歳。三井 寿、十八歳。
神様の悪戯か、はたまた運命なのか。
再び巡り会う、初恋の面影——。
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