25歳、秋(39話)
——来てしまった。寿の住むこの町へ。なぜか来てしまった。
一目会いたい。元気であかるい、笑い声を聞くだけでもいい。最後に、一目だけ……。
25歳、秋
― 25歳、秋 ―
地元に着いたその足で私は、神社へと向った。何年もまえにここにぶら下げた、自身の思い出の産物を探してみる。そうして見つけた古い絵馬。もはや文字すらも掠れかけているそれに高校生のころの自分を思い返して思わず苦笑した。私は、その絵馬を手に取り、そのまま神社の隅にあった返納箱へとそっと納めた。
神社を出たあとは幼馴染とよく歩いた通学路をひとりで歩いて、思い出のあの海へと足を運ぶ。到着していつも二人で腰をかけていた石段を遠くから眺めてみた。記憶の中にぼんやりと見えた、ふたつの面影。想い出の中のふたりはいつだって笑顔なのに——。
「………、あれ?」
うそ……ないっ?ふとコートのポケットに手を入れたときだった。たしかにポケットの中に入れていたはずの自宅の鍵につけていた、あのストラップの感触がないことに気が付いた。それでも、自宅の鍵だけは、しっかりとポケットの底に存在している事実。もしかしてストラップだけ取れてしまったのか。そして気付かずに、どこかに落としてしまったのかも知れない。信じられない……
「……うそ、でしょ。」
ついに無くしてしまった。彼と、唯一繋がっていた大切な小さな��証�≠�——。
—— 翌日 ——
「……あんた、ここで何してんの?」
湘北高校の正門前で立ち尽くして校舎をぼうっと眺めていると、湘北の生徒だろうか、やや学ランを着崩した男子生徒に声を掛けられた。反射的に勢いよく振り返って私は目を見開く。
「うわっ……」
「……あ?」
「赤毛の、坊主……桜木くんみたい。」
「は?」
声を掛けてくれた少年はそれは見事な真っ赤な坊主頭だった。刹那、あの、懐かしい後輩の姿を彷彿とさせて昔の情景と重なり自然と頬が緩むのを感じた。
「……う、ううん。なんでもない」
「そんなとこにいたら不審者と間違われるスよ」
「えっ? あ……ああ、」
たしかにそれは同感だ……。近頃は卒業生でも校舎へは、簡単に出入りできなくなったと聞く。そもそも目の前の少年の瞳が語っている。『ぜったいこのひと不審者だ』と。私は情けなさそうに「それもそうだね」と溜め息混じりにつぶやく。
「……んで、なにしてるんすか?」
「えっ?」
「なんか、湘北に用すか……?」
「んー。……あのね?ここに、三井寿って先生がいると思うんだけど、知ってるかなーと思って」
「……?ミッチーとどー言う関係?もしかして、結婚する人か?」
……��ミッチー�≠セって。ほんと、まるで桜木くんだなぁ。そっか、ミッチー......か。どうやら彼は知ってるみたいだ、寿のことを。
「ううん、ちがうちがう! ただの幼なじみ。」
「ふーん……。ミッチーは俺の担任。」
そう言って少年はくるりと校舎に背を向けて、学校とは逆方向へと歩き出した。私はなんとなく彼のあとを着いて行ってみることにした。
海辺まで来たところで彼は地面に腰を下ろして溜め息を吐く。そんな姿をうしろで見ていた私は思わず笑ってしまう。それを隠すように咳払いをして、私も彼のもとへと歩み寄り、隣に座った。彼は私が隣に座ったことに嫌がることも抵抗することもなくずっと海を眺めている。そんな相手に私は、唐突に訊ねてみた。
「君はなにしてるの?とっくに授業、始まってる時間だよね?」
「……サボり。」
まさかの即答をされてしまって、説教する気も失せてしまった。そもそもはじめから説教なんてする気もなかったけれども。
あきらかに落ち込んでいるふうな彼を横目に、なんだか私は微笑ましくなる。懐かしいなって。私にもこんな時期があったんだよなぁ……って。もちろん��ミッチー�≠ニ愛称で教え子から呼ばれているあの、幼馴染の彼にだって——。
「……ミッチー先生、怒るんじゃない?」
「……、ミッチーは——」
「……?」
「どんなにときでも、必ず迎えに来てくれんだ」
海を見つめて微笑むように言った彼のその姿が不意に遠い昔の自分と重なって見えた気がした。そんな彼の誇らしげな横顔を眺めてから、そっと私も視線を海へと向ける。
うん——わかるよ、わかる。そうなんだよね。たとえいじけいても怒っていても泣いていても。どんなに我儘を言っても最後にはいつも、迎えに来てくれることを、追いかけて来てくれることを私もずっと、信じていたから。
「……なにか、悩みでもあるの?」
私はそう問いかけて少年の顔をすこしだけ覗き込むようにして身を屈める。すると彼の顔が途端に曇った。そうして俯き加減でぽつりと言った。
「バスケの試合……俺のせいで負けたから」
「あ、バスケ部なんだ……」
「ん?……バスケット、好きなのか?」
こちらに顔を向けて、不思議そうに聞き返してきた彼に、今度は私が動揺して「あ、まあ」と、歯切れ悪く言って目を逸らす。すると彼は「変なひと」なんて言って、鼻で笑っていた。しばらくそのままお互い無言で海を眺めていたけれど彼が「でも……」と、ぽつり言葉をこぼした。私は、再度彼のほうを向く。
「いまの俺の気持ち……ミッチーなら分かるかも知れねぇ……」
「……。」
……やっぱりね、と思った。おなじだなって。
私はまた視線を正面に戻して目を伏せ、フッと小さく笑った。そして「よし!わかった」と言い立ち上がる。突然立ち上がった私に驚いた彼が、ぽかんと口を開けて、私を怪訝そうに見上げる。
「ちょっとおいで!」
そう言って、私は少年の手を取り走り出した。彼は「お、おい!どこ行くんだよ!?」と、私に手を引かれるまま動揺して困惑していたけれど、私は「いいからっ!」と、彼を引っ張っていく。そうして辿り着いた先は——��湘北高校�$ウ門前だった。
「はぁ、はぁ……なんで戻ってくるんすかぁ?」
軽く息継ぎをしながらそう問う彼に私は、やや目を細めて微笑みかける。少年は「ん?」と眉を歪めて首を傾げた。本当に桜木くんそっくりだ。
「寿に、見つけて欲しかったんでしょ?」
私はできるだけ優しい声で少年の問いかける。すると彼は「そ、そんなこと……」と吃りながら罰が悪そうに俯く。私は、彼と視線が合うように彼の目の前にしゃがみ込んで、その顔を覗き込みながら言った。
「大丈夫だよ」
「……え、」
「寿なら、きっと君の気持ちわかってくれるよ。だから、安心して話してごらん?」
「……。」
「じゃあね!」と言って私はその赤毛の少年の頭をポンポンと軽く叩いてから、そのまま湘北をあとにした。
*
「——おい、自称天才!」
「げっ、ミッチー......!」
うちの問題児が正門前に突っ立って、どこかを茫然と眺めていたので俺は歩み寄り背後から声を掛ける。俺の存在に気付いて我に返った教え子が勢いよく振り向いてバツの悪そうな顔をしたので「なァーにサボってんだよ」と頭を軽く小突いてやった。すると生徒は「痛って……」と大袈裟に自身の頭を両手で抑えた。
「ミッチーこそ、なにしてんだよ」
「あ?お前を探しに来たんだろ?」
頭を抱えていた手をそっと下ろした生徒がくちびるを尖らせつつそのまま無言で正門の壁に背を預けて腰を下ろした。不貞腐れたそのナリに俺は不意に笑みがこぼれた。「やれやれ」と、あえて口に出して、俺も生徒の隣に並んでしゃがみ込み壁に軽く腰を掛ける。
「今日は、いいなあ〜。」
「……はぁ?」
「サボるには、絶好のお天気日和だ。」
「……。」
俺が呑気にそう言って空を仰げば、隣に座っていた問題児は俺とは逆に下を向いて俯いた。その姿を横目に見て俺は正面に顔を向き直し、言葉を続ける。
「まーだ気にしてんのかよ、試合のこと」
「だ、だって……あれは……」
口籠る彼に俺はハッと鼻で笑ってから告げる。遠い過去に同じ頭の色をした後輩の問題児を思い浮かべながら——。
「お前のリバウンドが無かったら、もっと散々な試合だったよ」
「ミッチー......」
「——さ、学校戻るぞ。」
「おう、でも……」
順番に立ち上がって先に歩き出した俺がそう呟いた生徒の声に立ち止まり振り向くと、彼は校外を見つめたままで未だその場に突っ立っていた。不審に思って「どーした?」と投げかける。
「いや……なんで、俺の気持ちわかったのかな、あの人……」
「あの人?」
「うん……。俺がミッチーに見つけて欲しいの、知ってたんだ」
——知ってた?
「——誰だ!?」
「あ?」
「名前、言ってなかったか!?」
「や、聞いてねーよ、でも……」
「……」
「ミッチーの、幼なじみって言ってた。」
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