25歳、夏(38話)
『——あ、もしもしっ!? リョータ?』
「彩ちゃん? どうしたの、そんな慌てて」
突然鳴り響いたスマホ。相手を確認してオレはすぐにその着信を取った。どうやら飲みの誘いでは無さそうな雰囲気だった。電話越しに聞こえる彼女の声を聞いて、そう感じた。
今日はバスケの練習があって、このまま飯でも食って帰ろうかな、とか考えながら着替えていたときだった。彩ちゃんからの連絡が入ったのは。時刻は、夜の八時を過ぎたところだ。
『——名前と、最近連絡とってない?』
「ううん?土曜に会ったきり連絡とってないよ」
オレはロッカールームで着替えをしていたが、それを中断してそばにあったベンチに腰をかける。電話の向こうが騒がしかったので彼女はどうやら、室外に居るようだった。
『……やっぱりね。』
「ん? やっぱりって?」
『実は私もあの日以来、全く連絡とれないのよ』
「えー?忙しいんじゃないのー?引っ越しの準備やらなんかで」
『わたしも、そう思ったんだけどねぇ……』
彩ちゃんは、ひどく不安そうな声でつぶやく。その声にオレも便乗して、徐々に嫌な予感が頭を駆け巡りはじめた。まさか三井サンといるなんてそんなことは、ねえよな?……なんて。
『昨日、あの子のアパートに行ったら真っ暗で』
「えっ? 帰ってないかんじ?」
『そうみたいね。久々に会って飲んだ日から連絡も頻繁に取ってたほうだけど、こんなに連絡とれないのなんて、初めてで……』
「たしかに……。妙だよね」
『土曜日……あんなことがあったあとでしょう?わたし、心配で……』
オレは天井を仰いで考えてから「わかった!」と声を張った。彼女の不安をすこしでも取り除く一心で、できるだけ明るい口調で。
「オレ、藤真のとこ行ってみるよ」
『ほんと?ごめん。頼んだわよ、リョータ……』
電話の向こうで『まかしといて!』とリョータが言ってくれたので私はいったん電話を切った。
「あの子……どうしちゃったのかしら」
そんなことを無意識につぶやき、私はしばらく自分のスマホのディスプレイを眺めていた。
*
—— ピーンポーン! ——
一回、二回……三回………四回。
無遠慮にも立て続けで連打したマンション内、エントランスにあるインターホン。ほどなくして『はい』と機械的な声が戻ってきて「開けて」と名前も名乗らずに短く言い放った。
『……なんだ、宮城か』
という、またも機械的な声が戻ってきたあと、ウイーンと、目の前の自動ドアが開いた。オレは足早にそこを潜り抜け目的の相手がいる上階までエレベータで登った。
部屋の前、ためらうことなくそのドアを開けば「どうした」と廊下の先、奥の部屋からこちらに背を向けるようにして座っていた藤真から、声が投げかけられる。なんとも、あっさりとしたその物言いに「居るんじゃねーかよ」と、舌でも打ち鳴らしそうな勢いで吐き捨てて、室内に入った。
藤真の座っている、ややうしろに突っ立って、あたりを見渡すオレ。そうしてぽつりと言った。
「……名前ちゃんは?」
その問いかけに藤真からの返答は無いままで、無言のまま相手は立ち上がり今度はソファに腰をかけた。ここでようやく、相手様と正面から向き合う体勢となった。距離はまぁまぁあるけれど。
「なあ、名前ちゃん。どこにいるか知らねーの」
「……なにか、あったのか?」
「なにかって……いや、彩ちゃんが、土曜日から連絡とれないって。アパートにも帰ってねぇみてーだし」
「今も連絡もとれなくてさ」とやや早口で話すオレを無表情で見つめるだけの藤真。オレはなんだか不審に思って、すこし首を傾げつつ問う。
「名前ちゃんに、なんかあったの?藤真、おまえならわかるっしょ?」
「……知らないのか?」
ようやく口を開いた藤真はやや目を伏せてそう答える。その表情を見た瞬間オレの中でなにかを察知して、反射的に藤真を睨みつけてしまった。一気に口の中が乾いてきた感覚になって、オレはゴクンと生唾を飲みこんでから言う。
「なんの……ことだよ」
「別れたんだ、俺たち」
「……はいっ!?」
「あいつと、別れた」
「……へ?ちょ、お前それマジで言ってんの?」
「仕方ないだろ。どう頑張っても、お互い考えを変えられないんだから、別れるしか」
「や、わかれるしかって……」
「俺は何度も言ったぞ、グズグズ泣く女は嫌いだ切り捨てるって。けど……あいつは違う」
「……」
「いつまでも過去を引きずって切り捨てることが出来ない。……面倒なのはごめんだ」
淡々と話す藤真の姿を、ただぼうっと見ていただけのオレの手のひらは自然と拳が握られておりオレの役目ではないと理性を働かせて、その手を上にあげまいと己の中で必死にセーブを掛ける。
でも、どうしても——これだけは、言わずにはいられなかった。
「それでも、それでもさぁ?べつに、見守っててくれればよかったじゃねーか!」
「……」
「アンタは大人だと思ってた、そうゆーとこひっくるめて、名前ちゃんのこと好きでいてくれるって思ってたのに」
「あいつに……言われたよ」
「……へ? あいつ?」
「俺は弱いんだと、弱い人を支える力がないからだから、切り捨てるんだろって。その通りだな」
「——! あいつって……もしかして」
「俺はあの子の過去まで背負えない。俺じゃだめなんだ、俺じゃあ……。」
やや頭を項垂れて、膝の上に乗せた両手の指を絡めてそう言い終えたいまだ頭を上げない藤真にオレはくるりと旋回して背を向け、玄関のほうに歩き出した。
「あいつのこと頼む。ちゃんと……見ててやってくれ」
背中に突き刺ささった、そんな、身勝手すぎるお願いごとに、オレはぴたりと足を止める。そうして藤真のほうに顔だけ気怠く向けてから鼻先で笑って吐き捨ててやった。
「アンタに言われる筋合いはねーよ。」
オレはそのまま振り向くことはせず、早足で、ヤツのマンションをあとにした。
*
「——あ、もしもし?彩ちゃん?」
『リョータ……どうだった?』
「うん……別れたって。」
『えぇ!?』
「藤真と名前ちゃん、別れたんだってさ」
『……そうなの。』
オレはマンションを出た先のバス停のベンチに腰を掛けて彩ちゃんに連絡をした。さっきまでは晴れていたはずなのに気が付けばポツポツと雨が降ってきた。そのとき、ふいに思いついてオレが「あっ!」と、大きい声を出す。
「父ちゃんは? 名前ちゃんのお父さん!」
『……来てないそうよ、実家には。』
『さっき、電話したわ』と彩ちゃんが弱々しい声で言い返してきた。オレは思わずその場で深く溜め息を吐き散らす。
「……そっかぁ」
『一応、桜木花道とか木暮先輩たちにも、連絡は入れたんだけど……』
「そか。じゃあ、とりあえずオレも名前ちゃんが行きそうなとこ、いろいろ探してみるよ!」
『……ええ。わたしも、そうしてみるわ』
彩ちゃんがそう言ったあと『じゃあね』と向こうから先に電話を切られた。雨足が強くなる前に捜し出したいところではある。
オレはベンチから腰をあげ腕を伸ばしてストレッチをし、軽い足取りで、その場を走り去った。とりあえず、思いつくとこぜんぶ片っ端からまわってみよう——。
TOP