26歳、冬(43話)—三井side
26歳 冬
― 26歳 冬 ―
「——みっち、……。」
ガラガラ〜ッ!と、勢いよく乱暴な音を立てて店の中に入ってきた人物が俺だと認識した直後、はっと驚いて固まる水戸。
「腹減った。なんでもいいから食わしてくれ」
ぶっきら棒に言いカウンターの椅子を引き腰をどかんと下ろす。隣には木暮、その奥には桜木が座っていた。あたりに異様な空気が流れる。
そんな中、店内の客のガヤガヤとした騒ぎ声が背後から聞こえるだけでこの四人の空間はずっと無音だった。その沈黙をいちばんに破ったのは、俺の隣に座っていた木暮。
「……三井、」
「……」
「こっちに帰ってくる用事なんてあったのか?」
「ない」
「……。」
またも沈黙が流れ、今度は、カウンター越しに水戸が俺に向かって、少々矢継ぎ早に言った。
「さっき、お袋さん来て。みっちーのこと探してたぞ」
その水戸の言葉を待って、木暮が口を割った。やけに呆れたような、溜め息まじりの声で。
「電話も繋がらない、なんの連絡もないって……なまえさんのところにも、帰ってないらしいじゃないか」
「お袋さんのところに何度も連絡あったらしいぜなまえさんから……」
付け加えてそう言った水戸の言葉に俺もすこし目を泳がせた。そうして、この異様な空気の中、水戸が問う「あんたら、うまくいってんのか?」——と。
肯定も否定も出来ず目を伏せた俺に木暮が追い打ちを掛けるように問いただす。
「三井、お前。なにしてた?」
ピンと張り詰めるその場の空気に反して店内のBGMにはやたらアップテンポな音楽と店内の客の笑い声が、延々と流れつづけている。そこで俺が観念して溜め息を吐くように言った。
「探しもんしてたんだよ……ストラップ。」
「ストラップ?」
抑揚のついた水戸の聞き返しにまた小さく溜め息を吐いて軽く頷いたあとこのまま黙っていても仕方がないと思い、事の経緯をあらかた説明することにした。
「名前が……」
その名前を口に出した瞬間、桜木も俺のほうに視線を向けてきたのが視界に入った。それには、とくに反応せずに目線を目の前のおしぼりに落としたままつづける。
「名前の結婚が、ダメになって……」
「……」
「こっち戻ってきたとき、ストラップなくしたんだとよ」
「……」
「だから、俺が探してやろうと思って……海だと思ったんだけど結局、見つからねぇから——」
「おなじの買って来た」と小さなビニール袋をカウンターの上に、乱暴に放り投げた。カサッと鳴ったビニール袋の音。あいかわらず愉快そうな音楽と客の笑い声が耳に痛い。そんなことを考えていると、木暮がそっと口を開いた。
「三井」
「あ?」
「おまえ、なんでそんなことするんだ?」
「……は?」
「おまえには、なまえさんがいるだろ」
「わかってる」
またもあたりまえに沈黙の時間が生まれたが、この重い空気を割ったのは意外にも桜木で「よーへー、ビール」と自身のグラスを持ち上げ、追加注文をした。水戸が俺を横目に桜木のおかわりを作りはじめる。
「お前に、ンなこと言われなくてもわかってる」
「わかってないだろっ!」
木暮の張り上げた声に、一瞬だけ店内が静まり返ったがまたすぐに客の声が聞こえてきて店内は賑やかさを取り戻す。その背後の客の声に紛れて今度は木暮が落ち着いたトーンで話し出す。
「俺たちだって、名前ちゃんにとってお前がどれだけ大事なものになったかってことも、よくわかってるよ」
俺は無意識に、歯を食いしばっていた。自然と強く握られる、膝の上に置かれていた自身の両の手のこぶし。
「けど、結局ふたりは別々の人生を選んだんじゃなかったのか?」
「……ああ。」
「お互い、それでいいと思っていまがあるだろ」
「……、」
……わかってるよ、
「今は辛いかも知れないけど、名前ちゃんだってこの機会に昔のことはぜんぶ忘れられるかも知れないっていうのに……」
「……っ、」
——テメーなんかに言われなくても、
ンなこと……。
「もうすこし、周りのことを考えて行動しろよ」
『
大人になれよ、三井
』
——まただ。こんなときに……
あれは、退院して間もなくのころの出来事だ。初めて土足で踏んだ体育館のコート。手に乱暴に持ったボールの感触に胸を締め付けられたのを、いまでも鮮明に覚えている。その、好きだった、ずっと手に取りたかった、大切だったバスケットボールに俺は、唾を吐いたんだ。
18歳を迎えるカウントダウンに差し掛かっていた——17歳、春。また、フラッシュバック。
「みっちーアンタ……思い出の品探すってことは名前さんの人生を引き受けるってことと同じことだぞ?」
「……」
「なまえさん、捨てること出来るのか?」
「それは……」
「もう関わるなよ……名前さんに。」
『
かかわらないと言え
』
バスケットに明け暮れた中学時代。そばにはいつも仲間とアイツがいて彼女が転校してから彼女の居ないこの地で俺は高校生になった。大好きだったバスケットを失ったあの日。そばに彼女は居なかった。
苛立ち、戸惑い、悔しさと、複雑に絡みついた感情のまま仲間を連れて、土足で入った体育館。きっとあれが、俺の『分岐点』だった。
プライドを捨ててバスケットを取り戻せた頃、また巡り会い、再会した初恋の相手。色で例えるならば��白�≠ニ��黒�≠サんな感じだ。黒が、あの忌まわしい記憶ならば、幼馴染の彼女の存在は、きっと白だ——。
成人式のあの約束の日もまた、海で待つ彼女が俺にとっての��希望�≠セったのであれば婚約者に声をかけられ、お人好し精神で立ち止まってしまったことが��絶望�≠ヨの第一歩だったのかも知れない。一番苦しい思い出と、一番幸せな思い出は俺の中では、いつもセットだ。
「……みっちー、もうほっといてやれよ。」
そう囁くように言った水戸の声に、強く握っていた自身の拳をゆっくりと解く。手のひらが赤くなっている。
「俺、俺……本当はなにがなんだかわからねぇ」
「三井……」
「ダメだダメだと思ってても、名前のことが気になって仕方ねぇ。心配で、仕方ねぇーんだよ」
「お前が心配するのは名前ちゃんじゃない、なまえさんだろ」
「わかってる!」
「わかってねぇ!!」
叫んで立ち上がり俺の胸ぐらを掴んで思い切り殴りかかってきたのは——桜木だった。
「……バカ、花道やめろっ!」
咄嗟に「店内じゃマズい」と、カウンターから手を伸ばし、桜木を阻止しようとした水戸。
「それがどーした!!」
『
それがどうした
』
時々ふと、考える。もしバスケットと幼馴染と出会って居なかったらもっと平穏で気楽な人生があったんじゃないかと。
でももしも彼女とバスケに出会っていなければ苦しい思い出も、幸せな感情も、なにひとつ経験しないで味気の無い人生を送っていたんじゃないのかなとも思う。どっちが幸せだったのかはよくわからない。ただ、俺は………。
「名前さんの優しい心をっ!!」
俺は抵抗もせずに桜木の拳をただ無心に浴びていた。いや、むしろ。ぶん殴って欲しかった——だれかに。こいつらに俺は、怒って欲しかった。罵倒して欲しかったんだ……こんな未熟でどうしようもない、クソ野郎のことを。
「よせって、花道!」
「名前さんの優しさを踏みにじりやがって!」
「止めるんだ桜木っ!」
「俺は、そんな男を慕ってた覚えはねーぞっ!」
——桜木……ッ
必死に桜木を止める木暮と水戸の姿が、視界に薄っすらと見えた。けれども桜木は、二人を振り払って俺を床に叩き付け俺にまたがると、さらに殴る動作を見せて、拳を高く突き上げた。
「桜木、やめろ——っ!」
そのとき木暮が桜木を背後から抑えて、桜木の動きを阻止する。「止めるなメガネくん!」と、木暮を振り返る桜木。
つい、このあいだの出来事だ。実家に婚約者と帰って来たときなんとなく水戸の店に一緒に立ち寄った。そこでは桜木と野間たち、木暮と赤木が宴会を開いており、その場でついでに彼女を紹介する流れになった。そのとき木暮が話していた。
『桜木のやつ、三井の話ばっかりでなぁー』
『あ? なんだよ、俺のはなしって』
『センセーになって湘北でバスケやってんだぜ、ミッチーすげー!……ってな。』
『ふはっ、クソガキが……なに言ってんだ』
『桜木は、三井を慕ってるんだよ。俺もセンセーなれるかな、なんて言ってさ。』
『……ふ、100年はえーわ。』
あの日の酒は、格別に旨かった。
信頼していた後輩を、仲間を。大切にしてきたつもりでいた、初恋の相手とその想い出を。俺がぜんぶ壊したんだ。俺は『大馬鹿野郎』だ——。
「わかってる……」
そう小さくつぶやいた俺に「ああん!?」と、桜木が視線を真下にいる俺に戻してガン垂れる。
「ぜんぶ、わかってんだよっ!」
「……」
「けど、今の俺が名前にしてあげられることは、これぐらいのことしかねーんだよ!」
「ミッチー......」
「これぐらいの事しか……出来ねーんだよっ!」
そう叫んで力のかぎり桜木を突き飛ばした俺はそのまま水戸の店を飛び出した。
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