16歳、冬(21話)
16歳 冬
― 16歳 冬 ―
「寒……っ」
手袋にマフラー、ショート丈のコートを羽織り「行ってきまぁ〜す」と、玄関の扉を開けると、冷たい風がぶわっと顔にかかって、一気に寝惚け眼を目覚めさせる。
「ふはっ、完全防備だな。」
「雪国かここは」と白い息を吐いて笑う彼氏。学ランの襟元から、フードが申しわけ程度に出ていて、そんな彼の学ランの中に着たフード付きのパーカーに目を向けると、やっぱり赤色だった。互いに季節を感じ取れるファッションスタイルに不意に笑みが溢れた。あらためて実感する、もう冬だなあ、と。
こちらから駆け寄って「おはよう」と言えば、短く「はよ。」と返してきた彼に私は微笑んだ。駅までの道程は、必ず彼が車道側を歩いてくれて電車に乗ると私を座らせて自分はつり革を持って私の目の前に立つ。彼曰くどうやらこれは、痴漢防止対策らしい。
「うぉ!おまえ、ケータイ新しくしたのかよ?」
「へへ〜ん、テストでいい点取ったからねー!」
「ずりぃー」
今日も相変わらずな高校生らしい二人の会話が飛び交う電車内。「なぁ、俺のと交換しようぜ」「ヤダよ」と、他愛もないやり取りをしていると電車が目的地に停車する。一緒に肩を並べて電車から降り湘北高校方面に向かって歩いていると、徐々に同校の生徒たちの姿も増えて来る。
「ホラよ、」
突然差し出される彼の左手。驚きと照れくささから「たくさん生徒もいるし……」と言って私が躊躇っていると、向こうから半ば強引にその手を繋がれた。
「寒みーんだろ?」
なんて言うけど、私は毎日手袋をしているので指先はさほど寒くはない。そんな彼の裸になっている手のひらを見れば、ほんのりと、ピンク色になっていた。なぁーんだ、寿が繋ぎたいのか……と、心の中でつぶやきながら、ニヤニヤと笑いを堪えているとギロリと睨まれている気配を感じて私は顔をあげ、彼を見た。
「嫌なら離すぞ!?」
そこには膨れっツラの彼の顔。私はクスクスと笑って誤魔化した。ほんとはわたしもずっと繋ぎたかったんだ、とは言ってあげない。
「名字おはよー」
そう声を掛けてきて走り去っていく男子生徒に「おはよー」と軽く挨拶を返せば「だれだよ」と不機嫌な声と共に繋がれた手に握力がかかった。——手がもげちゃうってば。
「クラスメイト」
半笑いで答えると「何部?何組?名前は?」と早口で問いただされる。いつもと変わらない朝の風景だ。
—— ガラガラ〜 ——
「おはよー」
毎朝こうして教室のドアを開けるたび、特定の人にではなくついなんとなく反射的に出てしまう朝の挨拶。私の声に同じく反射的に返してくれるクラスメイトたちに笑顔を向けて「うう〜、寒かったぁ〜」とマフラーを取り払い私は自分の席に向かった。
「手、繋いでおいて〜?」
「……!?……彩子っ」
「おはよ♪」と、いつからそこに居たのか不明だが彩子は私の目の前の席にすでに腰を下ろしていた。「朝からご馳走さま」とお得意のウインクをかます彼女を無視して、私も席に着く。すると彩子が「あ、そうだわ」と思い出したように言った。
「三井先輩が今日、バスケ部に顔を出したいって言ってたんだけど」
「うん、聞いたー。ボール触りたいんだってさ」
「それがねぇ、練習の前にミーティング入っちゃったから、伝えておいて?スタート遅いって。」
と、彩子から寿への伝言を頼まれた。三年生の校舎に出向くことなど滅多にないため新鮮だなと思いながら「いいよ」と短く返事を返す。放課後掃除が終わってから本人に伝えに行くとするか。
—— 放課後 ——
「三組、三組……」
彼の教室の前にたどり着いた丁度そのとき木暮先輩が、担任と思われる先生と廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。お互いにこりと笑顔だけで挨拶をかわしたら、すれ違い際に「三井?」と口パクで聞かれたので、素直にコクンと頷いた。木暮先輩の背中を見送り、さてお目当ての人はと私は、そっと教室の中を覗いてみる。どうやら、彼のクラスはまだ掃除の途中だったようで生徒が何名か残っていた。その中に、彼の姿もあった。
「三井くん!」
明るく声をあげた女子生徒が彼の肩を背後からぽんぽんと叩く。それに振り向き「あ?」と返す彼。「この参考書、使う?私もう使わないから」と、その女子生徒が彼に参考書とやらを手渡す。
「えっ、マジで?いいのかよ?」
「うん!使いやすいと思う、見やすいし」
「うおー、サンキュー!」
「いいの! ねえ、ところでさぁ……」
「あん?なんだよ」
「今週の日曜日って、空いてる?」
私はその場でどきっとする。今週の日曜日は、バスケ部の練習試合だ。リョータくんから他校と練習試合があると聞かされたときから一緒に観に行こうと約束をしていた。
「友達と冬期講習行くんだけどさ〜、よかったら三井くんも一緒に行かない?」
「無料だしっ!」と人差し指を立てて笑うその女子生徒と彼のやり取りを私はずっと、教室の外から眺めていた。彼は、そのクラスメイトからのお誘いに天井を仰ぎ見て少々悩んでいる様子だ。
「あー......その返事って、急ぐか?」
「全然、ギリギリでも大丈夫だよ!」
「よし。わかった!」
と、彼は彼女から受け取った参考書をバッグにしまい帰り支度を済ませる。そしてそのバッグを肩にかけると彼はそのクラスメイトに向かって、「参考書サンキューな!」と告げ、ようやく入り口の方へと向かって来た。そこでようやく、私の存在に気付いたようだった。
「おっ、来てたのかよ!」
「わざわざお迎えか?」とニヤニヤ嬉しそうに肩を組んで絡んで来る始末。それを、少々鬱陶しそうにしている私のことなど意に介さず「俺よ、今日バスケ——」と言いかけたその言葉を遮って被せるようにしてに伝える、友人からの言付け。
「三井センパイに練習のまえにミーティング入っちゃったから伝えておいてスタート遅いって。」
「はっ……?」
「じゃ。」と私は手を軽く上げてくるりと彼に背を向け来た道を戻る。スタスタと先を歩く私をすぐに追いかけて来た彼が、慌てた様子で言う。
「オィ、待てよ! なに怒ってんだよ」
「怒ってないよ」
そう軽くあしらって私は三年生の校舎の階段を早歩きで降りた。私の斜め後ろを駆け足で追ってくる彼の上履きの音。丁度、階段の踊り場に差し掛かったとき私がピタリと立ち止まって見せるとその勢いで相手が私に思いきり激突する。
「——バッカ、急に止まんなっ!」
大声で騒ぎ立てる彼の声が階段にこだまする。そのまま私が勢いよくクルッと体を振り向かせると「な、なんだよ……」と相手がすこし怯んだ。
「日曜日、ひま?」
「……あん?日曜?」
「うん、日曜」
「日曜はァ……練習試合、見に行くんだろ?」
即答する彼に「午後から!」と私が声を張る。「な、なんなんだよ」と困惑しながらも相手は、「午後かぁ」と天井を仰いで考えたのち「なんもねーよ」と、あっさりした調子で返して来た。
「じゃあ、おうちデートしてっ!」
私がなおも大声を浴びせると彼はぎょっとしてから眉を歪ませた。そして、不思議そうに問う。
「いいけど……。なあ、名前。どうしたよ?」
「おっかねー顔して」と、私の頬をツンツンと突きながら「かわいー顔が台無しだぜー」なんて言って、揶揄ってくる愛おしい私の彼氏。
「……きょうも、」
「あ?」
「今日も明日も明後日もっ!」
「!?」
「毎日、一緒に帰ろうねっ!!」
そう矢継ぎ早に叫んで私は一気に三年生の階段を駆け下りた。バカみたい、嫉妬まる出し。かっこわる……。
勢いで駆け降りて来た階段。足を止めて、ふとあたりを見渡すと、校舎内の生徒はほぼ下校したようで数名の生徒が残るだけとなっていた。気づけばどうやら勢いあまって一年生の校舎まで降りて来てしまったらしい。情けない……と溜め息を吐いた私は二年生の校舎に戻ろうと階段を登るため手すりに手を掛けた。そのとき、珍しい人から名前を呼ばれた。
「名前さんっ♪」
「……水戸くん?」
「ども」と眉毛を下げて水戸くんが軽く右手を上げ「あ、みっちー待ち?」なんて聞いてくるから咄嗟に首を横に振って否定したら「ハハ。ワケありね?」って言われて笑われた。
「一服どうすか?」
と水戸くんがタバコを吸う仕草をして見せる。私は、罰の悪そうな顔をして「付き合いマス」と言い返し、水戸くんと一緒に、売店に向かった。売店の側にある自販機で水戸くんがいちごミルクを買ってくれた。自販機の横に置かれたベンチに二人でそのまま腰をかける。横から彼が自分用に買ったらしい缶コーヒーの蓋をプシュっと開ける音がして私も買ってもらったいちごミルクの缶の蓋を開ける。それを見て水戸くんが「乾杯」と、自身の缶コーヒーを私のいちごミルクの缶にぶつけて来た。
「水戸くん、ブラックコーヒーじゃないんだ?」
「俺、ブラック飲めまセン。」
そう言って水戸くんが微糖コーヒーを口に運んだ。私も釣られて、いちごミルクに口を付ける。すこしの沈黙のあと「なにかあったのかい?」と静かなトーンで聞いてくる水戸くんに、私は少々目を泳がせた。
「あ、あの……実はね、」
それでも結局は彼に相談してしまうオチ。私は素直に先ほど三年三組の教室内で見た光景とそのあとの自分と彼とのやりとり(嫉妬と反省点)を簡単に説明した。すると水戸くんは「みっちー、鈍感そうだもんなー」なんて言って眉毛を下げて笑っていた。たまらず私も、苦笑いを浮かべた。そういえば、水戸くんとゆっくり話す機会なんてそうそう無いので、なんだか新鮮だなと思った。あれこれ話している内に話題は、桜木くんの話に切り替わってしまったけれどそれはそれで結局、盛り上がった。あの天才はネタが尽きないから。
「……あ、そろそろバイト行かねーと」
不意に、校内の壁に掛けられている時計に目を向けた水戸くんがそう言って立ち上がった。飲み終えたコーヒーの空き缶を彼が籠に投げ込むと、カーンッ!と良い音を鳴らしてナイスシュート。そのまま両手をポケットにしまい込んで、靴棚の方に歩き出した水戸くんが「あーそうそう、名前さん」と不意に振り返り私に視線を落とした。
「意地ばっか張ってると、幸せ逃げちゃうよ?」
不覚にも年下からのストレートな助言。私は、思わずフッと小さく笑って「水戸くん、ありがとね」と、素直に感謝を述べる。それに対して、「いや」なんて、困ったようにまた眉毛を下げた水戸くんが、静かに微笑んだ。しかし水戸くんがすぐに真顔になって、軽く中腰になる。不思議に思い、私が首を傾げたら私の背後、階段のほうに向かって水戸くんがピッ、と人差し指を差した。
「王子様が、お迎えに来たよ?」
振り向き階段に目を向けると寿がこちらに向かって降りて来て「おー水戸」なんて呑気に片手をあげていた。
「俺、帰りマスんで」
水戸くんは寿にそう言ったあと、寿には聞こえないような声量で「ファイト」と私にウインクを投げてよこした。私の周りは、ウインク常習犯が多いんだな……なんて、思ったりして。
水戸くんの姿を寿と見送り、ついに私は後輩の言う��王子様�≠ニ、二人きりになってしまった。
「水戸と、なァ〜に話してたんだよ」
ニヤニヤしながら聞いてくる鈍感王。なにが、そんなに面白いのか、このすけこましが。しかしどうやら嫉妬深い彼でもバスケ部員と桜木軍団に対しては、ようやく嫉妬心を捨てたようだ。まぁそれもこれも全部ここ最近の話なのだけれども。
「キスのしかた」
「……ンなっ!」
ぷいっと顔を背けてベンチから立ち上がり体育館の方向へ足を向けスタスタ歩き出すと「てめ、ふざけんなっ!」とギャーギャーと、喚き散らしながら寿が追いかけて来た。
意地ばかり張っていると、幸せが逃げる——。本当に、そうなのだろうと思う。それは私と寿、どちらにも言えることなのかもしれない。
*
「こんばんは〜」
「あら、名前ちゃん。いらっしゃい!」
約束の日曜日。バスケ部の練習試合が終わったあと、外で適当に時間を潰してしまったことで、帰宅が夕方過ぎになってしまった。お互い一度、着替えに自宅に帰ってから晩御飯を食べて、彼の家で会おうと言うことになり準備をして向かうと玄関では彼のお母さんが笑顔で出迎えてくれた。
「寿ねぇ、お風呂入っちゃったの〜」
「上がって待っててシャワーだから」と言われお言葉に甘えて先に彼の部屋で待つことにした。そこら辺に散らばっていた雑誌をパラパラと捲りながらテレビを付けるとなにかの歌番組がやっている。クリスマス間近は歌番組の特集が多いな、なんて思いながら時間を潰していると、しばらくして、ガチャリと部屋のドアが開く。
「あ、おかえり」
「ただいま」
そう言い返した彼の両手には飲み物の入ったコップが持たれていて、その長い脚で器用に足でドアを閉める。
「おばさんに、上がっていいよって」
「ああ、下で聞いた」
「……、」
「……あ?」
「!?……ちょ、ちょっと!変態!なんで上着てないのっ!?」
「はぁ……うるっせーなぁ。風呂上がりだから、あっちーんだよ」
「ったく、いちいち興奮すんな」と首にかけていたタオルを、頭にぱふっと投げられた。一瞬で視界が真っ暗になり私はそのタオルをはぎ取って座っていたベッドの脇に置く。
「——キャ、!」
同時にまた視界が暗くなり、バランスを崩して両手をベッドのうしろに着くと今度はタオルではなく、彼本人が私に覆いかぶさっていた。
「それとも、こーいうの期待してたのかよ?」
「……ヘンタイ。」
「どっちが」
私は溜まらず、彼の首に両手を回し自身の方にぐいっと引き寄せる。
「……っと、大胆だな今日は」
「好き。」
「………、残念だったな」
「え?」
私が聞き返した瞬間に、くちびるとくちびるが重なった。ゆっくりと名残惜しそうに離れたあと「俺の方がもっと名前のこと好きだぜ」と言った彼と目が合う。そして自然と、笑い合った。
気持ちが溢れてこぼれ出しそうなときはいつもこうして体を重ねて、体温を分け合う。
甘い甘いこの夜を、あふれる熱情を、満月の月だけが見ていた——。
TOP