意識の向こう側。誰かが自分の名を呼んでいる。どこか焦燥感駆られる声で何度も、何度も。次第にその声が大きくなり、並行してゆさゆさと体を揺さぶられる感覚がして美月はハッと目を覚ました。
「…!!」
「美月!起きたのねっ」
「光子…」
美月の体を揺さぶっていたのは光子だった。まだ完全に覚醒しない意識の中、美月はホッとした表情で自分を見つめる光子を不思議そうに見上げた。暫く(と言っても数秒だ)ボーっとしていた美月だったが、クラスメイト達の不安げな声が聞こえ、何事かと周囲を見渡した。そして周囲の状況を目に映すと少し驚いたようにパチパチと数回瞬きを繰り返した。
一瞬慣れ親しんだ教室にいるという錯覚が美月の思考の大半を占めたが、よく見るとどうも違う。
教壇があり、色あせた黒板がある所までは城岩中の教室と指して変わりはない。
だがその左、高いところに大型テレビを置いた台があったり、本来窓がある所が黒い板のようなもので覆われていた。廊下側のスリガラスの向こうも同じように黒い板で覆われている。それは教室というには少々、いや、かなり異様な光景だった。
そもそもだ。自分たちは修学旅行に来ていた筈。それが一体どうしてこんな異様な教室に集められているのか。何かがおかしい。
「光子、ここは……教室…?私たち、修学旅行に来ているのよね?」
「あたしもなにがなんだかさっぱりよ」
「そう…貴子は…」
「いるわよ ホラっいつもの席」
美月が光子の指差す方向に目を向ける。廊下側の一列目の先頭に貴子が座っていた。そこで美月は始めて席の配置が3年B組の教室での席順そのままだということに気づいた。
貴子は美月が目を覚ました事に気づくと席を立ってこちらに来ようとしたが、それよりも先に快活な声がして動きを止めた。
「はーい目が覚めましたかー?よく眠れましたかー?」
教壇の上に見たことのない長髪の男が立っていた。その男は呆気にとられる生徒達に構わず、にこにこしながら言葉を続けた。
「はいはいはい、それじゃ説明しまーす。あーその前にそこ、相馬は自分の席に戻ろうなー」
光子が美月の机に手をつきながら首だけを教壇の方に向けてその男に鋭い視線を向けた。そんな光子に何故だか嫌な予感がして、美月が一先ず席に戻るよう諭せば光子は渋々席に戻っていく。そして光子が席に着いたのを確認した男はにっこりと気味の悪い笑顔を浮かべて口を開いた。
「うんうん偉いぞ藤宮ー 先生お前みたいな美人で空気が読める子は好きだぞー」
長髪の男がウンウンと頷きながらにっこりと胡散臭い笑顔で美月を見つめる。
それに対し、美月は顔を強張らせながら男から視線を逸らした。やはり何か嫌な予感がする。
「まず私が新しい皆さんの担任です。サカモチキンパツといいまーす」
サカモチと名乗った男は、間延びした喋り口調でそう言い、黒板に向き直ると白いチョークで大きく縦に"坂持金発"と自分の名を書いた。
「えーっ今日みんなにここに来てもらったのはほかでもありませーん 皆さんにあるゲームをしてもらうためでーす」
「な…何だよゲームって」
「さあ?」
「もしかしたらレクリエーションの一環なのかも」
生徒達が困ったような顔で口々にそう話す中、坂持が手を何度かぱんぱんと叩き、注意を引きつけた。
「はいはいはい静かにしなさーい」
何か言いようのない違和感を肌で感じ取ったクラスメイト達は一瞬にしてピタリと口を閉ざした。
「えーっこのゲームはとても興味深いゲームで……皆さんさまざまな行動をとると思いまーす
勇気をもってやれる者、やれない者。仲間をつくる者、孤独になる者 信じることができない者、それでもなお信じようとする者 そして最後に狩る者、狩られる者
そうそう中には狂っちゃうやつなんかもいるんだぞー!なァ?すごいだろー」
坂持は1人だけ、この雰囲気に似合わず異様に高いテンションで続けた。
「えーつーまりー 今日は皆さんにちょっと――」
どくん、と誰かの心音が高鳴る音がした。
「――殺し合いをしてもらいまーす 皆さんは今年のプログラムの対象に選ばれました」
きっと悪い夢を見ているに違いない。坂持の放ったその一言にクラス中の(桐山や他数名以外)誰もがそう思った。女子はもちろんのこと、男子達(再び桐山、他数名以外)の顔色もまた次々に血の気を失っていく。坂持のその言葉は、この3年B組のクラスメイト達にとって死刑宣告そのものだった。
(私達のクラスが、プログラムの対象…?)
自分たちのクラスが"あの"プログラムに選ばれた。にわかに信じ難いその内容に、頭を殴られた時のようなショックが美月の全身を貫いた。
政府主催のプログラム。その存在は美月とて勿論知っていた。平均して2年に一度、テレビで大々的に放送されるのだから当たり前だ。
専守防衛軍が防衛上の必要から行なっている戦闘シュミレーション。各学級内で生徒を互いに戦わせ、最後の1人になるまで続けてその所要時間などを調べる。各学級の最終生存者には生涯の生活保障と総統陛下の直筆の色紙が与えられるのだ。国民なら誰しもが知っている。
そう、知ってはいた。知ってはいたのだが、星の数ほどある中学校の中でまさか自分たちのクラスが選ばれるとは露ほども思っていなかったのだ。
それも仕方のない事だった。なにせ全国の中学校からプログラムに選ばれる確率は交通事故にあって死ぬのと大して変わらない確率なのだから。
それが開催されれば優勝者が1人になるまで決して終わることのない、生死をかけた史上最悪の椅子取りゲーム。
そんな恐ろしいプログラムが今この瞬間、すぐにでも行われようとしている。
美月は思わずぎゅっと拳を握りしめた。絶望と悲しみと、そして怒り。いろいろな感情が一気に体中を駆け巡る感覚に、自然と拳に力が入っていた。
一方そんな美月とは反対にこんな状況でも相変わらず桐山の表情に変化はない。
しかし何を思ったのか。ふと桐山の冷たい色をした目が美月を捉えた。
そして暫く美月を見つめたのち、桐山は次に坂持に視線を移していた。
どんな時でも常に無機質だった桐山の瞳が珍しく何かを思案するような色を見せていたが、周りのクラスメイト達も、そして桐山ファミリー達でさえもその微細な変化に気づくことはなかった。
そしてもちろん、この時桐山が何を考えていたのかも当然彼らの知るところではなかった――