君だけは生きなくてはならない

「そっ…そんなバカなァ!!」


椅子をガタンと鳴らして誰かが立ち上がった。
3年B組の男子委員長・元渕恭一だった。


「ん?」

「ぼっ僕の父は県政府の環境部長なんだ……僕が入ってるクラスがプッ…プログラムにぇ えっ選ばれるわけなかっ……」


現実を受け入れられず、元渕が小刻みに震えながら呂律の回らない口調で言った。


「あのね、君は元渕くんだよね」


坂持がやれやれといった風に首を横に振った。長い髪がゆらゆらと揺れている。


「平等っていうことがどういうことか、知らないわけじゃないだろ?いいですかあ、人間は生まれながらに平等なんです 

親が県政府の役人だからって、その人が特別扱いを受けていいわけがありません。その子供だってもちろんです。いいですか、君たちにはそれぞれ境遇があります。お金持ちの家の人も貧乏な家の人も、そりゃあいまーす 

だけど、そんなふうに自分にはどうしようもないことで君たちの価値は決まったりしないんです。君たちは、自分たちの価値を自分たち自身で見つけなきゃならない。だから元渕くんも自分だけが特別だなんてそんな勘違いを――するんじゃない!」


それまでゆったりたした口調で喋っていた坂持にいきなり一喝されて元渕はぺたんと腰を下ろした。


「わかったなー えーっとそれでだ。実は今回のプログラムは例年のものと少し内容が違ってだな」


坂持はにっこり笑顔を浮かべた。


「前にこの特別プログラムが実施されたのが4年前だったか。うん。まー通常はクラスメイト同士の殺し合いなんだがちょっとこっちにも事情があってなあ

おまえら特攻攻撃部隊っていう部隊があるのは知ってるなー?」


特攻攻撃部隊。その言葉を知らない国民がいるとすれば、それはまだ生まれたての赤ん坊以外にはいないだろう。


特攻攻撃部隊とは大東亜共和国の持つ最高戦力の総称。今や特攻攻撃部隊なくして軍事戦力は語れない。そう言わしめる程の絶対的主力戦力なのだ。
その名の通り国が襲撃やテロ行為を受けた場合先ず第一に即戦力として駆り出される、国が誇る最高峰の兵士達が集う部隊。もちろん3年B組の生徒達も例に漏れず知っている。


――だがしかしそれが一体何だというのだろうか。3年B組の生徒達の間に何とも言えない緊張感が走る。嫌な予感がしてならないのだ。




「いいですかーおまえ達の中に2人、特待生ってのがいまーす。実はその特待生がかの有名な特攻攻撃部隊でなー。まあ特攻攻撃部隊って一口に言っても一般部隊と精鋭部隊があるんだけどなあ

残念なことにおまえ達の中に紛れているその2人が中でも精鋭部隊に位置づけられる兵士達なんだ」



「まー誰とは言わないけどなあ」と坂持が付け加えた。


一体この男は何を言っているのだろうか。このクラスの中に特攻攻撃部隊の兵士が交じっていると、そう言ったのだろうか。


もしそれが仮に本当だとしたら。それは殺し合いもクソもない、一方的な殺戮に他ならないのではないだろうか。


自分達のようなごく普通の中学生が特攻攻撃部隊の精鋭になど勝てるはずがないのだ。そもそもこのクラスにいる生徒達は川田章吾を除き、クラスは違えど一年の頃から同じ学校で共に育ってきた顔ぶれの者しかいない。――その中に特攻攻撃部隊の兵士がいるなど誰が信じられようか。


坂持の言う特待生とは誰なのか。それを考える暇もなく再び快活な声が生徒達の耳に届いた。


「おまえ達にとっては酷かもしれません いきなり特攻攻撃部隊――あー、いや、ここでは特待生だったな まーそんなやつらが混ざった中での殺し合いなんて無茶だと思うのが普通です

けどなあおまえ達、希望を捨てる事はないぞー 最後に残った1人だけは家に帰れるからなー。もちろんそこに特待生は含まれませーん 特待生とは別に最後に残った1人がお家に帰れるんです

だからおまえ達全員が全員死ぬってわけじゃありませーん その点では通常のプログラムと違いはないので安心して下さーい」


慰めにもならない坂持のそんな言葉にすすり泣く女子生徒や、まだ現実を受け入れられず放心する生徒など反応は様々だった。
流石に泣く事はなかったが、美月の内心も決して穏やかではなかった。クラスメイトと殺し合えというのだから無理もない。――それもその中に特攻攻撃部隊の兵士が混ざっていると言うのだから尚更だ。


――あまりに受け入れ難いその現実に生徒達が悲観し涙していた時、少し冷たい感じの、りんと響く声が静かに教室内に響いた。


「優勝者は一人だけなのかな?」


そう声を発したのは不良達のボスと崇められている男、桐山和雄だった。
普段の桐山を知っているクラスメイト達は滅多に喋らない桐山が自発的に声を発した事に驚き、一斉に彼の方に視線を向けた。
桐山のその整いすぎた顔立ちは、まるで彫刻した人形のように取り澄ました感じで坂持を静かに見据えている。突然の事に美月も驚いた様子で桐山を見つめた。


「そうだぞー桐山ぁ 先生お前に賭けてるんだから頑張ってくれないと困るぞー」


続け様に「大金払ってるんだからなー絶対生き残れよー」と言う坂持に、桐山はまるでそんな事は聞いてないという風に再び口を開いた。


「自分ではない誰かを優勝者に据えるのはルール上問題ないのか?」


「んんー?その話の流れだとつまりなんだ、おまえは自分じゃなく誰か他の人間を優勝者にしたいと、そういうことなのか?」


坂持の問いに顔色一つ変えず、桐山が頷いた。


「わかってるのかー桐山 自分以外を優勝者にするってことはつまり、おまえが死ぬ事になるんだぞ」


「それで藤宮が助かるのなら問題ない」


間髪入れずにそう言った桐山に、その言葉を放った本人以外の全員が目を丸くした。クラスメイトはもちろん、坂持も同様だった。桐山に向いていた視線が一気にその横にいる少女、藤宮美月に向けられる。


当の美月本人は驚きで数秒固まっていたが、我を取り戻すと視線の先にいる桐山に焦点を合わせた。美月は目を拡大させながら桐山を見つめている。桐山に向かって何かを言おうとしていたが、驚きすぎて声が出ないようだった。


そして桐山もまた、坂持に向けていた視線を静かに横に向けた。――桐山と美月の視線が交わった。


「なるほどなあ 好きな女の子を命懸けで守る、か。うん、先生なんだか感動しちゃったよ。こんな状況でも自分の命を顧みず藤宮を守ろうとするその心意気になっ」


坂持は暫く考える素振りを見せると、閃いたとばかりに左手の手の平に右手の握り拳をポン、と乗せた。


「ならこういうのはどうだ、桐山 このクラスに紛れている特待生2人のうち、どちらか1人でも殺す事ができたら準優勝の席も設けてやるっていうのは」


坂持が、気味の悪いほどにっこりした笑顔で桐山に言った。しかしそんな提案にも桐山は眉一つ動かさない。坂持が続けた。


「そうすればおまえが死ぬ必要もなく、愛しの藤宮と2人で生き残る事ができるぞー まあそれも――特待生を殺すことができたらの話だけどな」


坂持は黙ったままの桐山を暫し見つめてから、次にざわざわとざわめき始めるクラスメイト達に向き直った。


「もちろん桐山以外でもこのルールは適用できまーす 特待生を殺した生徒は、その時点でお家に帰れるんです。どうですかあ皆さん 少しはやる気が出ましたかー?」


(と言っても上には何の確認も取ってないけどな)


内心そんな事を考えながら坂持は一部目の色が変わった生徒達を見ながらほくそ笑んだ。
そう、これは坂持が今勝手に作り上げた何の確証もない嘘だった。特攻攻撃部隊を殺す事など、いくら桐山とてなし得るはずがない。
しかしこの言葉で桐山がやる気になれば彼は特待生を除く第三の殺戮マシーンと化すだろう。
無論自分の命を捨ててまで守ろうとした藤宮美月と共に生き残る為に。


その後は実にシンプルだ。最後に残った桐山か美月か、どちらかを特待生が始末すればプログラムは終わる。戦闘能力から見ても生き残るのはどう考えても桐山の方だろう。いくら美月を守ると言っても2人の特待生を相手にそれは無謀な話だ。
そうすれば桐山に賭けていた金が何倍にもなって帰ってくる。全ては坂持の計算通りに事が運ぶと言うわけだ。


そうとは知らず、坂持の提案にわずかな希望を胸に数人やる気になっている者達もいた。
特攻攻撃部隊。真っ向勝負では敵わない相手かもしれないが、不意を突けば、もしかしたら。そんな考えが、恐怖で塗りつぶされた頭の中、一筋の光となって彼らに約束されることのない残酷な希望を与えた。



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