初めて見た絶望

「はい、いいですかあ、もともと君たちは能力が違いまーす。知能とか体力とかいろいろありますがー不公平なのは最初からでーす だから君たちの中から特待生を探し出して彼らに挑むも挑まないも――うらーそこ!私語をするんじゃない!」


坂持は突然叫ぶと私語のした方に何かキラッと光るモノを投げつけた。
それが何なのかを理解する前に、委員長の内海幸枝の前の席に座っていた女子生徒、藤吉文世の頭が幸枝の机の上にどっと倒れた。
何事かとそちらに目をやってみると、どういうわけか彼女の額の真ん中にナイフが生えていた。


それを見た女子生徒達が一斉に悲鳴を上げた。男子達からは短い悲鳴が洩れた。
その悲鳴の原因はそう、目の前でクラスメイトの1人、藤吉文世が死んでいたからだった。クラスメイトに訪れた突然の死。文世は自分が死んだことにすら気付いていないような顔で、目を見開いたまま天井を見上げている。


美月は思わず口に手を当てた。でないと叫んでしまいそうだった。昨日まで元気だったクラスメイトが死んだという事実を受け入れるには少し、急すぎた。


「あー、やっちゃったーごめんなー、先生が殺しちゃルール違反だよなー」


坂持が目をぎゅっとつむり、頭をかいた。
その顔はとてもじゃないが反省してる人間の顔ではなくて。


「だけど、もう勝手なことは厳禁でーす。私語もだめだぞー。私語をするやつには、先生つらいけどナイフ投げるぞー」


美月は坂持がそう言うのと同時に息絶えた文世から無理やり視線を逸らした。これ以上見ていられなかったからだ。


「それじゃ改めてプログラムの細かいルールを説明しまーす。先ほども言いましたが今回のプログラムは通常の物とは異なります。しかしそう複雑な物ではありませーん

お互い殺し合うルールは変わらずそこに特攻攻撃部隊の兵士、特待生が2人紛れ込んでまーす。誰が特待生なのか、注意深く観察して見極めて下さい。

一般部隊と違い極めて高度な殺傷技術が訓練された兵士達なので油断は禁物でーす」


坂持の忠告に、クラスメイト達の唾を飲む音がどこからともなく聞こえてきた。


「特に反則はありませーん。特待生を除き最後の1人になったところでゲームが終了します

そして先ほども言った通り、特待生のうちどちらか1人でも殺す事ができた生徒はその時点でお家に帰る事ができまーす

僅かな可能性に賭けてお家に帰れるチャンスを掴むも、逃げ惑い優勝を狙うも君たちの自由でーす。いずれにしてもよく考えてから行動してくださーい」


坂持はそう言うとそばに控えていた専守防衛軍の兵士に指示を出した。迷彩服に身を包んだ兵士が黒のナイロン地の大ぶりな鞄のような物を運び入れ始めた。


「さて、1人ずつここを出てもらうんですがー、それぞれ出発する前にこの荷物を渡しまーす。中には多少の食料と飲料水、武器が入ってます。

武器はそれぞれ違うものが入ってまーす。銃器類からナイフなど種類はピンキリでーす。これには力の弱い者……特に女子にも勝利のチャンスを与えるというキミ達に対する総統陛下の御慈悲だと思って下さい

いいですかー女子もガンバって闘うんだぞー!希望持っていいぞー これまでの優勝者は49パーセントは女子なんだからなあ」


ふいに坂持は目を細めると美月に目をやった。


「あーでも女子って言うと藤宮なんかはちょっとズルいかもなー」


突然自分の名が上がり、美月が顔を上げる。坂持が、ねばつくような視線で美月を見つめていた。


「なんてったってこのクラスの優勝候補、桐山が命懸けで守るなんて言うんだからなー

ですがこれも全てはその人の持つ運や日頃の行いの賜物なのでもちろん不公平な事ではありませーん

好きな人を守って死ぬのも、逆にその好意を利用して相手を殺すのも立派な戦略の一つです。大いに互いを利用し合い、特待生の魔の手から逃れ優勝を目指してくださーい」


最初の頃よりなんとか少しずつ落ち着きを取り戻し始めた美月はさらに細かな説明を続ける坂持を睨むように見据えた。


今いるこの場所が島の分校で、坂持を始めとする政府の人間達は常にここにいるということ。自分たちの首に巻きついている首輪はその生徒の生死を判別する事ができる機能が備わっている他、居場所なども坂持たちに特定されてしまうということ。


また、禁止エリアというものがあって、そのエリアに入ると首輪が爆発し、問答無用で死んでしまうこと(因みに分校は全員が出発した20分後に禁止エリアになるらしかった)。そして本来なら24時間にわたり死亡者が出なかった場合、その時点で全員の首輪が爆発しゲームが終了するが今回の場合は特待生がいるのでそのルールが免除されるということ。
とにかく、まだ現状を受け入れられていない生徒たちに構わず一気にルールの説明がなされた。


「はーいややこしい説明は以上です 何か質問がある生徒はいますかー?」


長い髪を揺らしながら坂持がそう問うと、窓側に座っていた三村がスッと挙手をした。この状況にしてはかなり落ち着き払った声が教室内に響く。


「はーい 質問いいっすか?」


「んーえーと、君は三村くんだったな。はい、何でも聞いてくださーい」


「センセーはこのクラスに特待生が2人いるって言ってましたけど、その特待生が誰なのかってのはプログラムが始まっても教えてもらえないんですよね?」


「はい、その通りです。残念ながら特待生の正体を教える事はできませーん。ですが一つ言えることがあるとすれば、そう!特待生は必ず君たちの中にいるという事です

もしかしたら君の隣、江藤がそうかもしれないし 斜め後ろの旗上かもしれない。または後ろの席の――あー藤吉はないなあ先生が殺しちゃったもんなー」


坂持が悪びれもなくそう言って笑った。
一方名前を挙げられた江藤恵や旗上忠勝は顔を引きつらせながら少し大袈裟なぐらいに首を振ってそれを否定した。
特待生だなんて疑われでもしたらたまったもんじゃない。疑われた暁には優勝者以外の特別枠、"特待生殺し"を狙ったクラスメイトにあっという間に殺されてしまうかもしれないからだ。


「まあとにかく誰が特待生かは先生の口から言うことはできませーん 君たち自身で考えて答えを見つけ出してくださーい」


他に質問がある生徒はいますかー?という坂持の呼びかけに答える者はいなかった。
ただただ重苦しい空気が教室内に蔓延している。
気の弱い女子生徒に至っては目からこぼれ落ちる雫でスカートにいくつもの小さなシミを作っている始末。だかしかし、坂持はすすり泣く生徒を気にした様子もなくコホンッと咳払いをして息を整えた。


「それで誰から出発するかですけどー、一応プログラムのルールで誰かまず一番の人を決めて、その人から後は男女交互に出席番号順に出発する事になってまーす」


坂持が懐から封筒を取り出した。


「一番の人はくじで選んでここにその結果が入ってまーす。ちょっと待てなー」


坂持はポケットからハサミを取り出すと封筒の端を切り取りながら続けた。


「そうそう今から私語も勝手な行動も一切禁止でーす。ルールを破った人は即この場で撃ち殺します
例えばそう、待ち合わせ場所を書いたメモをお友達に渡そうとしたりとかなー」


坂持のその言葉に女子出席番号4番・小川さくらの肩がビクッと大袈裟に跳ねた。さくらの手には小さなメモが握られていた。大方彼氏の山本和彦にでも何かを伝えようとしたのだろう。さくらはそんな坂持の忠告を聞くと顔を青くして回そうとしていたメモをぎゅっと握りしめた。


そんなさくらを尻目に坂持は視線を封筒の方に移した。中から白い紙を引っ張り出す。そして、そこに書かれた名前を見て少しばかり目を拡大させた。


「驚いたなー初っ端からクラスのマドンナだぞ 女子14番 藤宮さん」


坂持に呼ばれ、美月は椅子から立ち上がると足元にあった自分の学生鞄を手に取った。緊張で右手が震えている。しかし美月はそれを掻き消すように手の平を強く握りしめた。


いくら考えてみても現段階でプログラムから逃げる術はない。だがどんなに絶望的な状況であっても現状に怯えて自分を見失う事があってはならないのだ。冷静に、落ち着いて行動をしなければ。


美月はデイパックを受け取る為、教室の前の方に向かって歩き出した。



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