裸足で深海を行け_7

七海さんの同僚さんと会いました。

 短い報告とともに送られてきた画像を見て、七海は額に手を当て大きな大きな溜息をついた。こんな胡散臭いナリをした人間に好意的に接するなどどうかしているんじゃないか。
 そう、確かに、彼女の隣で満面の笑みをキメている男は、一応同業者の先輩に違いなかった。
 むしろ間違いであって欲しかった。そう思いながら、七海は彼女に電話をかける。挨拶も本人確認もせずに本題に入ると、並々ならぬ圧を察したらしく焦った声が返ってきた。

「何を考えているんですか」
「えっ! もしかして全然知らない人ですか?」
「いえ、知り合いの同業者です」
「なんだ……変な人に騙されたのかと思ってびっくりしたじゃないですか」
「ですが、恋人に関わって欲しいタイプの人間ではないので」
「すごい言いようですね……。仲悪いんですか?」
「悪くないよ。ねえ、七海」
「ちょっと五条さん、乱入しないでくださいよ。馬に蹴られますよ」
「大丈夫、僕は馬より強いから」
「そういう意味じゃないです」
「はあ……まだ一緒にいるんですね?」
「はい」
「場所を教えてください。合流します。それまでに何か吹き込まれても信じないように」
「やっぱり仲悪いんですか?!」

 その後、電話を盗み聞きしていた五条の方から現在地が送られてきて、七海はもう一度溜息を吐いたのだった。


 合流してすぐ、焼き鳥を串から外している彼女にこうなった経緯を説明するよう求めた。手を止め順を追って話したナマエ曰く、七海のマンションを訪れたところエントランスで黒づくめの男がインターホンを鳴らしまくっていたため、思わず声をかけたらアレよアレよという間にこうなった、らしい。
 居酒屋だというのに子どもじみたソフトドリンクを美味そうに飲んでいる五条に目を向けると、「いやぁ、意気投合しちゃってさ〜」などとふざけた返事があった。頭痛がしそうだ。

「そもそもうちに何の用だったんですか」
「七海の彼女ってどんな子かな〜と思ってさ。まさかマジで会えるとは思ってなかったけど。僕って“持ってる”よね」
「五条さんに彼女の話はしてませんが」
「僕の情報網を舐めんなよ」
「はあ、伊地知君から無理矢理聞き出したんですね」

 楽しそうに吊り上がった口角が肯定を意味していた。自分に何かあった際、彼女へ連絡をして欲しいと無理を承知で頼んでいたのだが、漏れなくて良いところまで話が漏れてしまっている。個人情報の取り扱いがザルすぎないか。やや憤りを覚えたが、天上天下唯我独尊のコレを相手に立ち向かえと言うのも酷な話だろう。そう思うことで溜飲を下げた。
 その代わり、危機感のない恋人の方には釘を刺しておくことにした。

「ミョウジさん、アナタはもう少し危機感を持ってください。見ず知らずの男に話しかけて、相手が変質者だったらどうするんですか」

 2人の会話を聞いてクスクス笑っていたナマエは、突然お鉢が回ってきて目を丸くした。咀嚼していた鶏皮を胃におさめてから、慌てて首を振る。

「そんな誰にでも声を掛けたりしません。でも今回は黒づくめでサングラスしてる人が七海さんの部屋番号を何度も呼び出してたんですよ?明らかに七海さんに用のある同業者さんじゃないですか、素通りできませんよ」
「その場合も今後は素通りしてください。ろくなことがない」

 本気で性善説を信じていそうな彼女は、放っておくとそのうち壺を買わされたり怪しい宗教に入会させられたりしそうである。むしろ自分と出会うまでよく無事でいられたなと感心するレベルだ。
 しかも、本人にその自覚は全くないようなので恐れ入る。最も、ここまで来たらもう彼女を手放す気もないので自分が目を離さなければ良い話なのだが。

「私、人を見る目には自信があるので大丈夫だと思うんですけどねえ……」
「この人に声をかけている時点で、大丈夫ではありません」
「どういう意味だコラ」

 五条が会話に乱入し、場がしっちゃかめっちゃかになり始めた。これ以上軽薄を絵に描いたようなイカれた同業者を相手にしたくないので、ちょうど運ばれてきた山芋鉄板を取り分けてそれぞれに押し付ける。すると、五条もナマエも大人しく喜び始めた。この単純な明るさは似ていると思いかけた七海だったが、恋人と五条を重ねるのはやっぱりナシだなと首を振った。今日は多分、かなり疲れている。

 足元が覚束なくなると迷惑をかけるので、と言って彼女は早々に飲み物をウーロン茶に変えた。七海としては別に抱えることになっても構わないのだが、それを言うと先輩呪術師に一生揶揄われかねないので黙って好きにさせた。
 この場の会計は自分が持つと豪語した五条に勧められデザートを頼んだ彼女は、空いた皿を重ねながら思い出したように七海を見た。

「そういえば七海さん、私のことを職場に報告してくれてるんですね」
「やりようはある、と言ったでしょう」
「でも、面倒くさい彼女だなとか思われてません?」
「考えすぎです」

 少量とはいえアルコールが入っているからか、普段なら言いづらそうに切り出す話題がポンと出てきた。いつもこのくらいの気軽さでいてくれたらなと思いつつ返事をすると、向かいで頬杖をついていた五条が「つまんねー」と不服をあらわにした。

「僕はもっとこう、デレデレしてるお前を見に来たのに、いつも通りじゃん」
「知りませんよそんなこと」
「ナマエさ〜、コイツつまんなくない?」
「他人の恋人になんてこと言うんですか。私は一緒にいて十分楽しいですよ。ちなみに、七海さんってお仕事の時もこんな感じなんですか?」
「うん、暗いしクソ真面目だね」
「へえ、じゃあ私が見ることのできないお仕事中の七海さんも、今ここにいる七海さんとそんなに変わらないんですね。私の知らない七海さんが存在しないなら、嫉妬しなくて済みます。良かったです!」
「ミョウジさん、その辺で」
「えっ?」

 上機嫌のナマエを眺め、背もたれに体重をかけて椅子の前脚を浮かせる行儀の悪い五条は「七海にもやっと春が来たか〜」と笑う。尊敬しかねる先輩の視線を避け、七海は眼窩にサングラスを押し付けた。

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