お互い様
物に触れるとその記憶を一瞬見ることができる。それは右手で触れるときだけであって、見る記憶の長さは物によりけりだった。
それに気付いたのはフェリシアーノさんのベッドを借りた次の日。私は一日彼の部屋から出なかった。
寝ていたというのは嘘ではない。ロヴィーノさんがくるタイミングで本当に寝ていたのだ。
あの夢を見たあと、何故だかそれを現実の出来事として理解している自分がいた。根拠はないけれど、それが事実だとわかってしまうこのもどかしさ。
とりあえず彼の部屋に置いてある本やペン、紙や物に触れてみた。笑ってしまうような小さな出来事だったり、少しだけ悲しくなるような思い出だったりと、その物が持つ記憶とはとても様々だった。勝手に人の過去を物色している気分は良いものではないけれど、私は知りたかった。
何故私が、こんな世界に来てしまったのか。
此処が本来私が住む世界とは違う場所だってことは知っていた。いや、知ってしまったと言うべきか。こちらの世界に来るまでは持ち得なかったこの力を使って得た知識は、それだけではない。
「(なんか…こういうのなんて言うんだっけ?とりっぷ、って言うんだっけ?)」
この右手で触れると見える記憶。見ようと思って触れれば見えるようで。けれどその物が持つ記憶の重さだったり念が強かったりすれば、私の意思とは関係なく触れただけで脳に流れ込んでくるらしい。彼のベッドがそうさせたように、少なからずこの世界にはそういったものが沢山あるのだろう。
念が強いものほど見たあとの嘔吐感はハンパないし、凄く体力がそがれるというか、意識を保つことが難しくなる。ロヴィーノさんが部屋にくるときに私が寝ていたのはきっとそれのせいだろう。
「(ロヴィーノさんのパスタ、美味しかったなぁ)」
フェリシアーノさんもロヴィーノさんも国として存在していることは知っている。けれど彼らが私にそれを話さないのなら私から聞くことはしないし、一人の人間として接するまでだ。
思えば国として存在するなんて、どこの誰かもわからないようなこんな小娘に打ち明ける事ではない。きっと彼らはそう解釈しているからこそ私には何も言わないし人間としての名前を教えてくれた。
ならば私ができることは一つ。彼らが望む返答と対応で接するべきなのだと、小さい頭で答えを出した。
演じきろう。秘密も知識も理解もこの力も、全てを隠して。一人の小さな人間として、演じきろうじゃないか。
「ナマエー!いるんだったらちょっと下りておいでよー!」
いつ帰って来たのか、フェリシアーノさんの元気な声が聞こえてくる。そういえば昨日の夜に用事があるとか言っていたなぁなんて考えながら、私は返事をして彼の部屋から出る。
大丈夫。彼は人。彼の名前はフェリシアーノ・ヴァルガス。昨日、彼は自らそうだと認めた。国ではないことを隠し、人として私の前に立つと決めた。
私はそれに少し安心した。もし打ち明けられたらどうしようかと思った。
大丈夫、私も人。私の名は名前。それがわかれば、それだけで充分だと思った。
「あ、はい。今行きます」
秘密を抱えているのはお互い様。
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